11-1 TS娘と故郷の人々
それから丸々二日間、僕たちはほとんどの時間を同じベッドの上で過ごした。
僕がずっと眠っていたのは、今回ハチの駆除で戦ったその孤児院のベッドだったらしい。
最近院長になったらしいおじさんが頻繁に食事などを運んできてくれて申し訳なく感じていたのだが、全部今回のお礼だと言われて受け入れた。
孤児院というものは基本的に豊かではないから、食費なんかの負担もバカにならないだろうと心配したのだが。
いつもハジメから寄付をもらっているから気にするなと。
さらには、僕からも先日寄付をもらったから大丈夫だと。
すっかり忘れていたが言われてみれば、先日確かにそんなことをした記憶がある。なんでだったかは忘れたが。
だからもう、遠慮なく過ごした。
丸々二日間、食事すらもベッドの上で。
トイレのときだけは立ち上がるが、ハジメがトイレに行くときは僕もついていったし、僕のときはハジメにもそうしてもらった。
運動不足にはなっていない自信がある。
ハジメと過ごしたこの二日間のうち半分くらいの時間、僕は女のハルとして過ごした。
何度も身体を重ね、愛しあった。
ハジメが頑張れる限界一杯まで。私が耐えきれる限界一杯まで。
本当に、最高の時間だった。
こんなに強い快感も、胸の奥までふわふわになるほどの幸せも、初めて味わった。
ただ怪我の状態は僕よりむしろ、ハジメの方が酷かったらしい。
こちらは超高価な薬の最後の一錠を飲んだおかげで元気一杯だったわけだが、ハジメは普通の解毒剤しか飲んでいなかったわけで。
ハチに刺された傷痕は深く残っていて包帯も外せない状態。
一回目は夢中になりすぎて気がつかなかったが、何回か身体を重ねているとき、ハジメの方は明らかに痛みに耐えているふうだったのだ。
そういうわけで。
比較的多く動き、上になってスクワットじみた動きを繰り返していた僕は、すでに過酷なリハビリを乗り越えたような状態になっている。
抱かれていないときの時間は、幼なじみのハルオとして過ごした。
これまでにあったことを、二人でポツポツと話しあった。
自分が女になったときのことも、オカヤマ時代の恋人のことも、全部。
ハジメの顔のひどい怪我は、害虫ではなく人間にやられたことを聞いた。
そいつを今すぐ殺してやりたいのに、ハジメがすでに殺したあとだと聞いて、悔しくてワンワン泣いてしまった。
そんなふうに、たくさんハジメの話を聞いた。
僕がサセボに帰ってきてからずっと、もしかしたらこの女がハルオなのではないか、と感じていたこと。
僕が自分のことを油断して『僕』と呼ぶたびに、もしかして、まさか、と考えてしまっていたこと。
酒場の二階で僕を女として抱いて、いかに幸せだったか。
それと同時に、ハルオはもうやっぱりどこにもいないのだと、つらい感情もあったのだと。
「ごめんな、ずっと言い出せなくて、ごめん。隠してお前に近づいて、本当にごめん」
「いや、俺もだ。大事な幼なじみだって言ってたくせによ、すぐに気づいてやれなくて悪かったな」
これまであまり意識していなかったくせに、言葉にすると一番苦しかったのは、かつて僕たちと一緒に暮らしていた女の子の話だ。
僕と一緒に拐われて、犯されて、すぐに殺されたあの子。
遺体さえ海に捨てられて、骨の欠片さえ持ち帰ることはできなかった。
「ごめんな、一緒に連れて帰ってあげられなかった。何もできなかった。ごめん、ごめんなハジメ」
僕がそう言って女々しく泣くと、ハジメは全部わかっていたような顔で、優しく僕の頭を撫でてくれる。
「今度、一緒に墓を作ってやろうぜ。……お前がこうして帰ってきてくれたんだからよ。俺にはそれで、もう充分すぎる」
そんなふうに優しく言われてしまうと、僕はまた泣いたまま、ハジメの大きな胸元に抱きつくことしかできなくなってしまうのだ。
とはいえ。
丸二日ものんびりしていると多少は冷静になるもので。
色々と気になることができてしまう。
それまでの僕はあんなにハジメにべったりだったくせに、今は自らベッドを離れ単独行動していた。
具体的にはまず、脇の体毛がちょっぴり生えはじめているのが気になったのだ。
どこかに隠れて剃らないと、これでは恥ずかしくてハジメの前で裸になれないではないか。
がさつな元男だと、そう思われて幻滅されたら最悪だ。
とにかく一旦どこかで身綺麗に。
そして後から気づいて一番ぞっとしたのが、私がハチにやられて眠っていた二日間の、シモの世話のことである。
目覚めたあと。
思い返してみれば、僕のお腹は妙にすっきりしていた。
しかし僕だって、美女とはいえちゃんと人間だ。
尿意も便意もないのは、明らかにおかしい。
間違いなく、眠っていたあいだに放出してしまっている。
まさかハジメがその処理を?
そういえば血まみれだったはずの自分の身体はピカピカになっていた。
おかげさまでハジメとあんなふうに抱き合うこともできたわけだが。
なぜだ。
誰か拭いてくれたに違いない。
しかしその疑問は、わりとすぐに答えが出た。
「そんなのぜーんぶ、あたしがやったげたんだよう。ハジメちゃんにはさすがに見せられないでしょう?」
答えてくれたのは、孤児院で働く胸の大きな女性。
着ている古びた服の胸元がすごい存在感で、さすがに視線が吸い込まれてしまう。
この人には見覚えがあったのだが、よくよく考えるとこの人、以前にハジメと仲良く話している姿を何度か目撃していた女性だ。
ハジメの恋人なのかと疑い、数日調べ回したので覚えている。
以前にはあらぬ疑いまでかけておきながら、今回はシモのお世話まで。
もうこの人にはしばらく頭が上がりそうにない。
今はその女性へのせめてものお礼として、彼女がやっている最中だった洗濯物を干す作業を手伝っているところだ。
孤児院には今、10人もの子供たちがかつての僕たちみたいに暮らしているらしい。
洗濯物もなかなか大量。
そんなに大勢育てるのは資金的に無理がありそうに思えたが、ハジメを筆頭とした卒業生たちの寄付のおかげでそれほど厳しい環境ではないとのこと。
「でもおかえり、ハルオちゃん。生きててくれて、あたしも嬉しいよう」
「え?」
言われて僕はたぶん、眉間にシワを寄せてしまったのだが。
彼女は洗濯物をパンパンと音を立てて伸ばしながら、苦笑いを浮かべていた。
「あー、やっぱりその顔、あたしのことは覚えてなかったんだねえ……」
この女性、申し訳ないがこの10年間一度も思い出す機会はなかったのだが。
実はかつて僕たちが孤児院で暮らしていたころ、数年歳上で先に院を出た先輩だったらしい。
話をしているうちにぼんやりと思い出したが、子供だった僕たちをあれこれ世話してくれる、面倒見のいい人だったように思う。
そりゃあハジメとも仲良くおしゃべりしていたわけだ。
「……ハルオちゃん、本当に女の子になっちゃったんだね。あたしにはよくわからないけど、たぶん大変だったんだよね?」
そう気づかうように言ってくれるのはありがたかったのだが。
からかうような表情で次に言われたことは、全く身に覚えがなかった。
「あ、でもさあハルオちゃん。声、大きすぎだからね。あれお願いだからやめてよう」
ぷりぷりのお胸を付き出してそう言われても、こちらは全く自覚なし。
「え? 僕たちそんな大声でしゃべってたかな?」
確かに二日間、夜もハジメと話を続けたりはしていたが。
もちろん子供もいる孤児院にお世話になっている以上、顔を寄せあって小さな声で話していたのだ。
「そうじゃなくて、アレの声」
「アレ?」
全く察せず長い髪をかきあげた僕を見て、彼女は可笑しそうに僕の肩をはたき、クスクスと愛嬌のある表情で笑った。
「ハルオちゃんが起きたって聞いて、あたし何度もお部屋にお見舞いに行こうとしたんだよ? でもさあ、そのたびにあんなエッチな声がさあ……」
「あ、あああー! いや、あれは無意識っていうか! ほら……ハジメが! ハジメが悪いんだってば!」




