10-2 TS娘と自分の居場所
しばらく二人でそのままゆっくりと過ごした。
お互いのことはまだ何も聞かないまま、ただハジメのそばに帰ってくることができた、その喜びを噛みしめていた。
僕の身体にはなぜか、ハチから受けた毒の影響みたいなものがほとんど残っていなかった。
刺されたはずの傷もあまりなく、足を激しく動かすと少し痛みがあるという程度。
体調はむしろ普段より良いと感じるほど。
「ハルオが忘れていったポーチの中に、色々薬が入ってただろ? なんでもいいから効いてくれって感じで全部飲ませたんだが。……なんか異常に効いたみたいなんだよな」
それで納得できた。
僕が忘れていったポーチの中には、オカヤマで手に入れていた万能の薬の最後の1錠が入っていたはずだから。
あの高価な薬なら、僕の身体のTSは治せないにせよ、死にかけの人間が息をふきかえしたって不思議ではない。
そんな話を聞きながら、ハジメが用意してくれた水を飲んだ。
自分の身体が強烈に乾いていたことも、そこで気づいた。
「二日も寝てたんだぜ。あんまり焦って飲むなよ」
ハジメの声を、優しい言葉を聞いているだけで、ふわふわと胸の奥が暖かくなってくる。
言われたままにちびちび飲み続けていると、水はすぐになくなってしまった。
「水はいくらでもあるからよ。メシもなんか見繕って持ってくる」
そう言って私のいるベッドから立ち上がろうとしたハジメの服を、私は無言で掴んで引き留めた。
「おい……ハルオ?」
「……水なんてどうでもいいから。……まだ一緒にいてよ」
一秒だって離れたくはなかった。
10年間、ずっとここに帰ってきたかったのだ。
ハジメのそばに。
ハルオという自分が帰るべき居場所、それはサセボというこの街なんかのことではない。
自分の居場所は、ハジメのそばしかあり得なかった。
まだほとんど今の状況には現実味がなくて、こちらに振り返ってくれたハジメを、私は膝立ちになって抱きしめた。
「夢じゃないんだよね? ハジメは生きてるんだよね?」
「当たり前だ」
低い声。分厚い身体。落ち着く匂い。私の背中に回された太い腕。
ここが、私の居場所。
だけどまだわからないことがある。
ハジメが求めているのは、僕なのか、私なのか。
これまでハジメに自分の正体を明かせなかったのは、この身体がかつての男だったころの自分とはかけ離れていたからだ。
弱くて、汚されてきたこの女の身体のままでは、ハジメに受け入れてもらえないと思っていたからだ。
「ねえハジメ?」
「ん?」
じっと、上目遣いでハジメの瞳を見つめた。
十秒か二十秒か。何も言わず、ただ見つめ続けた。
それはこの女の顔で、精一杯に媚を売るような。
ありのまま言えば、口づけを求めるための視線だった。
あえてそんな顔を作って、ハジメを見つめ続けた。
だけどハジメは傷だらけの顔に優しい笑みを浮かべたまま、そんな私に何もしてはくれなかった。
ああ。
わかった。もうわかってしまった。
「……そうだよね。気持ち悪いよね、僕のこと」
「あ? 何がだ?」
ハジメの声色を、少し冷たく感じた。
いつの間にか、自分の頬がまた涙で濡れていた。
ハジメからもらって飲んだばかりの水が全部涙に変わってしまうみたいで、必死に止めようとするのだけれど、涙が溢れ続けて止まらない。
「僕が……こんな女の身体になって。……お前と、あんなことまで」
ハジメは女としての私、ハルをもう望んではいないのだと、そう感じてしまった。
今ハジメの瞳に映っているのは、かつての幼なじみ、男としての僕、ハルオだけなんだろう。
もう僕たちが口づけを交わすことはないのだ。
このたくましい身体で私を犯してくれることも、もうきっと二度と。
もう、ハジメは私を求めてはくれない。
そう理解したとたん、息ができないくらい胸が苦しくなった。
もう、二度とあんなふうには。
考えると苦しくて苦しくて、何もできずただ涙腺が壊れてしまったみたいに涙が溢れた。
私はこのサセボに帰ってきてからずっと、こいつに恋をしていたんだろう。
男に本物の恋をしたのは初めてだったから、自分の気持ちに気づくのにも時間がかかりすぎた。
失恋も、男に対してはもちろん初めてのことだ。
こんなにも、こんなにも苦しいだなんて、知らずにいられたらどんなに幸せだっただろう。
こうして一緒にいられるなら、もうそれだけでいい。
なのにこんなにも、ハジメを愛しく想う心が悲鳴をあげて、苦しくて、苦しくてたまらない。
だけどそれは違った。
たぶん、私はまだハジメのことを甘く見すぎていたんだと思う。
ハジメは、私が想像していたよりもずっと、私のことを。
「……事情はこれからゆっくり聞かせてもらうけどよ」
ハジメは一瞬少し怖い顔になって、そしてたぶん私と同じように苦しそうに顔を歪めた。
そして私の腕がまた、ハジメの大きな手で押さえつけるように捕まれて。
どこか苦しそうな表情のまま、ハジメの顔が私に近づいてきて。
そのままゆっくりと、唇が重なる。
もう二度と手に入らないかと思ってしまったその感触。私は狂ったように何度も、何度もそれを繰り返した。
何百回でも欲しかった。
ハチに刺されていた右足が痛むのが煩わしくて、ハジメともつれあうようにベッドに横になる。
抱きしめあったまま、何度も、何度も唇を重ねる。
息さえまともにできていなかったから、一度顔をほんの少しだけ離したとき。
ハジメの目にも、また涙が浮かんでいたことに気づいた。
「くだらねえこと聞いてんじゃねえよ、バカ野郎」
そこでようやく返ってきた言葉はすごく厳しいのに、あまりにも暖かくて。
ハジメは私の頬をその大きな手のひらで包むようにして、泣きながらまた私に口づけをささげてくれたのだった。
さあ、ここからは更なるメス堕ちが始まるぞ!
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