8-3 TS娘と旅路の護衛
朝日が出て以降は、同行する三人の荷運びのワーカーたちと多少フレンドリーに話をしたりしつつ旅を再開した。
今さらだが、多少は気を許してもらわなければ困る。
奴らはクロだ。
夜の間に証拠も抑えることができた。
だから殺す。心置きなく。
できればいくらかの情報を抜き取ってから。
「ここで長めに休憩だってさ。……私は少し、そのあたりをフラフラしてるから」
休憩に入ったところで私は行動を開始した。
護衛の依頼者は一旦休ませておきながら放置する。
前を進んでいたその三人のワーカーたちは吐き気がするほど仲良しこよしで、なかなか単独行動をしてくれなかった。
だがおそらく一人は用を足しにいったのだろう。
茂みの方へ離れていったそいつを追って、私は誰にも見られないように静かに遠回り。
蔦がひどく絡んでボロボロな廃墟の陰で出迎えてやった。
急に現れた私に驚かせすぎないように、外套のフードを外して優しく笑いかけてやる。
寝不足な目の下のくまが、あまり目立たなければいいのだが。
そいつは私よりだいぶ背は高いが、ハジメほど大きいわけでもなく、内臓がほどよく刺しやすそうな高さにあった。
狙うなら脇腹か腰のあたりか。どちらも魅力的だ。
「長丁場でそっちもお疲れだね。ねえあんた、この仕事やって長いの?」
無駄に身体を近づけながらそんな世間話を振ってやると、そのワーカーは薄汚なくひげの生えた顔を嬉しそうに歪めてペラペラと口を開いてくれた。
年は私より少し上くらいだろうか。
三人の中ではこいつが一番体格がいいから、最初のターゲットにするにもちょうどよかった。
体臭はかなりきつい。もし何の罪もないとしたって殺意が沸くほどだ。
私はそいつのどうでもいい話を聞き流しながら、髪をかきあげて自分のうなじをさりげなく見せつけてやる。
狙って自分からやっていることだとはいえ。性的な目線を向けられて、震えるほど気持ちが悪い。
「ねえ、休憩はまだ続くみたいだし……ちょっと二人でこの廃墟の奥にでも行かない?」
私は流し目で男の腕に身体を寄せた。
触れた部分から嫌悪感が激しく沸き上がるけれど、できる限りなまめかしい表情を作る。
「私さあ、疲れてくるとほら……なんか、溜まってきちゃうんだよね。……ね、いいでしょ?」
私の上目遣いに、相手の男の顔が卑しく緩んだのがわかった。
目線が私の胸のあたりに一度向けられ、そしてまた私の顔へ戻ってくる。
一人のゴロツキ相手ですらこんな手段をとらなければならないほどに、この女の身体は弱すぎる。
とはいえ見た目だけは小綺麗な女になれたことは、こういうときにだけは役に立つものだ。
これで、楽に殺せる。
「ひ、ひゃあああっ! はっ、ハルさん! 誰か! こっちに来て下さい!」
期待していた通りの場所で、依頼者の女性の悲鳴が聞こえた。
用を足すならこのあたりで、と事前に伝えておいたのだ。
私はずっと廃墟の陰で短剣を握りしめたまま、彼女が腰を抜かして倒れるのを見つめ続けていた。
彼女が目にしてしまったのは、先ほどのワーカーの無惨な死体だ。
血で真っ赤に染まった地面に、汚い男が醜い表情のまま事切れている。
最高の位置取り。こんなふうに叫んで欲しかったのだ。
我ながら見事にうまくいった。
死体も死にたてほやほや。刺し殺したときの感触は、まだこの手に生々しく残っている。
すぐに騒がしい足音が二人分聞こえてきた。
残りのワーカーたちだ。
近づいてくるルートも完全に予想通り。
うまくかかってくれた。
駆けよってくるそいつらは、無用心にも武器を手にとっていない。
ありがたすぎて笑えてくる。
「おい、騒ぐんじゃねえよばかやろう、何が……っておい!」
仲間の哀れな亡骸を目にしてそいつらの動きが止まった瞬間、私は素早く廃墟の陰から飛び出した。
近くにいた方の男へ、後ろから。
体当たりをするように体重を乗せ、全力で短剣を突き刺す。
「うぐっ……あっ……」
最高の角度で刺さってくれた短剣を右手で強くねじりながら引き抜く。
汚い鮮血が吹き出し、私の深緑色の外套が赤く染まった。
ここまで、完璧に想定通りだ。
しかし動きはまだ止めない。
流れるように、左手にとった鉈を大きく右肩の上までふりかぶる。
一瞬の出来事に呆然としたままの最後の一人へ、全力で振り下ろす。
「てめえ、何を……!」
肘は伸ばして手首を使い、腕の力に頼るのではなく全身を回転させるように鉈を振るう。
この女の細い腕でも、そうすれば充分な威力が出せる。
「うがあっ! ひっ、くそっ、あああ、いてえっ! くそっ! あああっ!」
狙ったのはそいつの利き腕の肩だ。
ここまでの旅路でこいつが珍しい左利きであることは見抜いていた。
鉈は固い骨にまで届いた感触があった。
これで、もうこいつはまともに戦えはしない。
鉈が刺さったままの左肩をなんとか押さえようとするその馬鹿な動きに目を細めながら、私は思い切りそいつの股間へ足を振り上げた。
どうせもう使うことはできないんだから、潰れてしまってもかまわないだろう。
「いぎぃっ! うがあああっ!」
うまく当たりはしなかった。潰れた感触は薄い。
だけどそれですらとんでもなく痛くて苦しいのは、私も元々は男だったから良くわかるよ。
「静かにしなさい。いい子にしてたら、命だけは助けてあげる……かもしれないからさ」
汚い悲鳴をあげながらそいつが倒れた衝撃で、肩に刺さっていた鉈は抜けて地面に落ちた。
万が一にも使われないで済むように蹴り飛ばして、先に短剣で始末した男のほうへ転がしておく。
「ハルさん……これ、これは、いったい何を? な、なんでこんな、ひどいこと……」
ことを完璧に済ませた私を見上げ、腰を抜かしたままの依頼者の女性が震えた声を上げる。
汚い男たちの血で分かりにくくなってしまっているが、その股のあたりは別の液体を漏らして濡れてしまっているようだ。
「ごめんね、これが私のもう一つのお仕事なんだ。悪いけど少し離れててね。……あんまり汚いものは見たくないでしょ?」
たぶんうまく動けないだろうから申し訳ないけれど、今は彼女にかまっていられない。
私は足元で芋虫の害虫みたいに蠢く男の無事な方の腕を、固く鉄板で補強しているブーツの爪先で蹴りつけた。
「ぐうっ……てめえ、くそ女、こんなことしてただですむと思ってんのか!? よくも俺の仲間を……!」
私は男の悪態を聞き流しながら、外套のまだ綺麗な部分で短剣の柄と手をぬぐった。
なんとも痛めつけがいのありそうな男だ。
汚い顔で、しまりのない醜い身体。
すごくタイプだよ。
私がたくさんかわいがってあげないと。
私は昨晩、こいつらの運んでいた貨物を漁り、小麦の粉が大半を占めていたその荷物の中から大量の薬物を見つけていた。
集落で作られている麻の葉なんかが大半だったが、良く見知ったもっとタチの悪い薬物もかなりの量が運ばれていた。
私は懐から取り出した薬物の包みを、しゃがんで優しく微笑みながらその男へ突きつけた。
この薬は使われたまま抱かれると気が狂いそうになるほどの快楽が得られるし、ぼんやりしているだけでも身体中から粟立つような快感が沸き上がってくる。
クズどもが多用している、最低の薬だ。
「……じゃあ質問ね。あなたたちが運んでるこのお薬、わるーいお薬、どこに運ぶつもりだった?」
この薬物は、私がTSさせられた直後にも何度も無理やり使わされていたものでもある。
オカヤマで恋人を亡くした直後も、現実から逃げたくて何度か使ってしまった薬。
本来は一度使ってしまえばなかなか抜け出せない危険な薬だが、今はもうそれを見ても全く使いたいという欲求はない。
ハジメに抱かれるほうが、もっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずうっと気持ちがいいし。
ましてこういうクズを痛めつけるほうが、薬なんかよりよっぽど気分が良くなることを私はよく知っているから。
「知らねえな……っ! う、うぎゃあああっ!」
勢いよく地面に突き刺した私の短剣の横に、人間の親指が綺麗に切り飛ばされて落ちた。
「嬉しい? 次は中指にしてあげるね? ……もう一回だけ聞いてやるから無駄口叩かないで答えろ。このクソみたいな薬物、どこに運ぶつもりだった?」
私はそいつの髭だらけのアゴを左手に掴み、短剣を地面からもう一度抜いて見せつけるように構える。
「……仲間に、渡すつもりだった」
「へー。それはこの先の一番大きな白い廃墟に住み着いてる、汚いクズどものこと?」
「……クソ、知ってやがったのか。……ぐっ! うぐあああ! くそ、うぎぎ、やめろ、やめろ死んじまう! ぎあああっ!」
中指は、ゆっくりゆっくり力をこめて切り飛ばしてやった。人差し指と一緒に。
「あんた本当にかわいいね、死にたいのかと思ったよ。……で、そのクズどもは、どこで私たちを待ち伏せしてるわけ? 何人いるの?」
「ひっ! この線路跡、もうしばらく歩くと黄色い廃墟がある! そこで太陽が真上に来たところでかち合うように調整してたんだ! 四人。俺たち以外に全部で四人だ。頼む、もうやめてくれ! 殺さないでくれ!」
砂利が踏まれたような、物音がした。
「っ!」
その瞬間だった。
血の気が引いた。
私とその倒れたまま叫び続ける男の間に、血まみれのもう一人の男が割り込んできたからだ。
そいつはさっき私が短剣で仕留めたはずの男だった。
死にかけのくせに私の鉈を握りしめ膝立ちで、倒れたままの姿勢の男をかばうように私たちの間に割り込んできたのだった。
失態だ。
興奮して周りに全く注意が払えていなかった。
きちんと息が止まったのを確認しておくべきだった。
もし仲間をかばうのではなく、その鉈が私に振り下ろされていたとしたら。
そいつの最期の命を振り絞るように必死に仲間をかばおうとする表情が、自分の記憶にだぶった。
TSする前に私が拐われる直前、殴られ続けていたハジメをなんとかかばおうとした、その自分の姿と重なった。
「……びっくりした。仲良しさんでうらやましいね」
だからそれ以上は何も言わず、死にかけのそいつを思い切り蹴り飛ばした。
ブーツに仕込んだ鉄板で、人間の肉が潰れるような感触。
倒れた男の体からは、もう血もほとんど失われて流れないほど。もう起き上がるどころか指一本動きはせず、息遣いも感じない。
私みたいに無理やりTSさせられるより、さっさと殺してもらえたほうが幸せだよ。
私だけはそれをちゃんと知っているから、そいつの胸に、顔に、首に、何度も短剣を突き刺してあげた。
息が上がって、苦しいほどだ。
力ずくで何度も何度も、もうとっくに動かなくなったそいつを刺し続けるうち、頑丈なはずの高価な短剣がパキリと真ん中からへし折れてしまった。
折れた短剣の根元でそいつの顔面をぎりぎりと削るように切り裂いてから、もう使えないその短剣は投げ捨てた。
高かったのにな。残念残念。
「くそ、ちくしょう。なんで……よくも俺の仲間を……」
私が立ち上がって荒い息をなんとか落ちつかせようとしていると、肩から大量の血を流したまま、最後の男がそう震えた声で言った。
その頬には、涙が流れている。
ああ、気持ちが悪い。
ハジメはどうだったのだろう。
僕がさらわれたとき、こうやって泣いてくれただろうか?
「はは、ごめんごめん。なんとなくムカついたからさ。……ごめんね、急ぐよ。あんたもこいつと一緒に死にたいもんね? 友達だもんね?」
私は左のブーツの足首のあたりに仕込んでいるナイフのようなもの、かつて10年前にハジメと一緒に買った大切な大切な短剣を取り出して、そいつの眼前に突きつけた。
この短剣は宝物だからあんまり汚い血で汚したくないのだけれど、まあ仕方ない。
悪人とはいえ、これだけ仲良しこよしなら。
当然、早く一緒に死にたいはずだろうから。
きっとハジメもあの頃、同じような気持ちだったはずだ。
絶対に。
だから次のそいつの言葉は期待外れすぎて、思わず笑ってしまった。
「ひっ、ひぃっ! やめろ、もうこんなことはやらねえ! 頼む、俺の命だけは! 俺だけは勘弁してくれ!」
必死に懇願するその汚い顔は、あまりにも滑稽で醜い。
「……ふふっ、ひどいやつだね。でも仕方ないか。素直でいい子いい子」
私は笑顔のまましゃがみこんで、血まみれの手でそいつの頭を撫でてやる。
仕方ない。
だってこいつはハジメじゃないもんな。
ハジメなら絶対こんなことは言わない。
わかるよ、絶対だ。
やっぱりハジメじゃなきゃだめだ。
ハジメ以外の男なんて全員クズで救いようがなくて、もちろん生かす価値なんてあるはずがない。
「これまでにお前らは何度も禁止薬物を売りさばき、他の荷運びのワーカーからは荷物を奪って、女は拐って売り物にしてた。……間違いないね?」
ハロワから事前に聞かされていた、真偽の確認が必要だった情報を一応最後に尋ねておく。
「……そうだ、だからもう二度と! もう二度と……あああっ! くそ、ああっ……かひゅっ……ひゅっ……」
ハジメではない、本当の友情のゆの字も知らないその醜い男は、私にゆっくりと首を切られてもう何も言わなくなった。
血飛沫でまた視界が赤く染まる。
心の底から、不愉快だ。
「もう二度と、その汚い口を開かないでくれるんだね。……最高に嬉しいよ」
自分が作り上げた三つの凄惨な死体を見下ろしながら、ふうっと息を吐き、身体のこわばりを緩めていく。
ちんけな友情ごっこを見せられたせいで、すっかり頭に血が上ってしまっていた。
僕とハジメの大切な思い出に、こんな薄汚い連中が割り込んでくるから悪いのだ。
しばらくぼおっとして立ちつくしていると、女性の息遣いが耳に届いた。
「はっ、はっ、はあっ……」
依頼者の女性だ。
やはり腰が抜けてそのまま立てずにいたらしい。
真っ青になった顔で、だがなんとか胃の中身は吐かずに耐えてくれたようだ。
私は自分の血まみれの身体を申し訳なく感じながらも、彼女の脇を支えるようにして立ち上がってもらう。
「ごめん、なんとか歩いて。……ここを離れる。荷物を取ったら安全なルートで移動するよ」




