6-2 TS娘と二人の後輩
私がまだ男の身体だったころ。
いつも私は害虫駆除もハジメと一緒にやっていたし、二人で協力すればアリでもハチでもなんとか相手ができていた。
だけどこうして拉致されTSして女の体になり、オオサカのステーションではじめて害虫駆除に出向いたとき。
アリ一匹ハチ一匹が、こんなに恐ろしいものかと絶望した。
目にアリの酸を受けても、きっと誰も助けてはくれない。水で洗い流すのだって自分で全てやらなければならない。
ハチに刺されたとしても、もちろん解毒剤を買うお金なんてどこにもない。
何より、ただ一人で知らない場所で生きなくてはならなくなって。自分の横にハジメがいないということが、あんなに心細いものだとは思ってもみなかった。
ハロワで先生役の先輩ワーカーをつけてもらうにも、最低限は目をかけてもらえるような仕事ぶりが必要だ。
ハロワの職員たちが私みたいな貧弱そうな女一人に対し、そこまでしてくれる機会はついぞ無かった。
男のワーカーに自分の体を差し出す代わりに仕事に連れていってもらううち、いつの間にか最低限の害虫駆除は一人でもできるようになってしまった。
だから私には師匠みたいな存在はいない。
ただ自分の身体を食い物にしてくる男たちの技術を少しずつ盗み、自分なりに考え続け、ひたすらに鍛え磨き上げてきただけだ。
同じ時期オオサカのステーションには、私とほとんど同レベルに未熟な女の子の同僚ワーカーがいた。
性格のそりがあわず、一度お試しで組んだきりだったが。
よく情報交換なんかしたりはしていて、ライバルみたいなものだと勝手に思っていた。
目を守るゴーグルみたいな保護具の大切さは、確か彼女から教わったと記憶している。
だけどある日その子は、アリの駆除中に下手を打って命を落としたらしい。
たまたま遺体の回収を請け負った私は、身体中を食いちぎられて目もあてられない姿になった彼女の惨状をこの目で間近に見た。
きちんとゴーグルだけは着けていた形跡があったことは、なんとなく覚えている。
結局、目を守ろうがどこを守ろうが、死ぬときは簡単に死ぬ。
集団で行動していたって、無茶をすれば全員仲良く死体になる。
私だって同じことだ。
仕事も多少うまくなって二等級に昇格したとはいえ、例えば害虫の目の前で転倒すればそれだけで命に関わる。
だからこそせめて、こうして自分がたまたま知り合えた新人にくらいは、少しでも生き残る可能性を高くする手段や心がけくらい指導してやりたいとは思うのだ。
◇-◇-◇-◇-◇
朗報。
例の胸の大きい女は、ハジメの恋人ではありませんでした。
いやあこれでひと安心。
この情報、以前に武器のメンテナンスでお世話になったお店の店主やら、ハロワの受付嬢やらその他もろもろから集めたものだ。信頼性は高い。
二等級ワーカーの情報収集能力を侮ってもらっては困る。
ハジメはちょくちょくその女が働いている孤児院、すなわち私とハジメが子供のころに育った場所へ寄付やらボランティアやらやっているらしく、それで職員全般と仲が良いのだという。
例の女のことは、今となってはどうでもいいが。
ハジメがちゃんと生まれ育った場所へ恩返ししているということは、本当に立派だと思える。
やっぱりハジメは人間として素晴らしい。元幼なじみとして誇らしいことこの上なし。
私もこんな客観的に見てストーカーまがいのことばかりしていないで、ちゃんとハジメのことを見習うべきかもしれない。
そんなこんなですっかり気分も晴れやかになった私は本日、害虫駆除用のフル装備でハロワの受付へ集合していた。
今日は私が面倒を見てきた新人二人への教導の最終日。
今日はこのサセボステーションのワーカー十数名を集め、大規模なハチの巣の駆除作業を行うことになっている。
最近妙にハチの数が多いと、先日もハジメと話したりしていたところなのだが。
サセボアーケードから少し離れた奥地で大きめな巣がようやく発見されたらしく、今回集団で駆除を行う計画になっていた。
今日も元気な新人二人と合流し、各々の装備と自分たちの今日の役回りを最終確認する。
彼らの昇格はほぼ確定だと考えているが、まだ現時点では五等級の新人二人は、巣の駆除作業そのものには参加が許可されていない。
なので私たち三人は、巣の駆除作業を行う本隊が動きやすくなるよう退路を確保しつつ、取り逃がしたハチをなるべく多く始末する役割だ。
稼ぎは少ないポジションだが、危険も比較的少ない。
だが何にせよこういう仕事の積み重ねが、彼らがワーカーとして信頼を得ていくために意味がある大事なものだ。
そんな新人二人とステーションの壁にもたれかかり本隊の準備を待っていたところ、身体の大きな男がこちらにずんずん歩いてくる。
珍しく重装備なので一瞬誰かと思ったが、やはりそのガタイの良さだけですぐにわかってしまう。
ハジメだ。
普段は二等級らしからぬ軽装のくせに、今日はしっかり防具もつけているようで安心できる出で立ちだ。
「おう、ハルさんたちも参加するのか。俺たち二等級が二人揃えば怖いもんなしだな」
ハジメは軽い冗談みたいにそう口にしたが、私はもうその言葉に思い切り舞い上がってしまい、全力のニヤニヤ顔になってしまう。
そうだよハジメ。
お前と一緒なら、いつだって僕は怖いものなしだ。
私はぴょんと跳ねてハジメの正面に近づき、若干だらしなく伸びていたハジメのバックパックの紐をきちんと締めてやる。
「ハジメは前線だよね? 一応、気をつけなよ。もしやばくなったら、大声あげれば僕が助けにいってあげるから」
私がそう言うと、ハジメはなぜか一瞬、何かに驚いたような表情になった。
だけどそれを隠すみたいに、すぐ優しい雰囲気の笑顔になると、外套のフード越しに私の頭へぽんと大きな手を置いてくれる。
「……ああ、ハルさんこそ油断しないようにな。ま、頼りになりそうなのが二人もついてんだし、あんたなら心配なんていらねえだろうけどよ」
どうしてか、そのハジメの声は少し固い気がした。
ハチの巣の駆除程度で、私たち二等級が今さら緊張なんてするはずもないのに。
ハジメは私と組んでいる二人の新人の方に向き直ると、ちょっと萎縮してしまっているのか無言になっていた男の子の首に、無理やり自分の太い腕を回して顔を寄せた。
「ハルさんを頼むぜボウズ。この人、案外泣き虫だからよ、ピーピー泣きはじめたら……」
「ちょっと変なこと言わないで! もうハジメは向こうに行きなさい!」
先日のことを、もうからかってくるなんて。
わざわざ後輩の前で私の恥ずかしい話をしようとしてきたハジメを、僕はあわてて両手で押し返す。
そのあたりでハジメはようやく、普段通りの裏のなさそうな優しい表情に戻っていた。
手を振ってまた本隊のほうへ戻っていくその背中を見ていると、こっちもなんだかほっこりした気持ちになってしまう。
ちょっと思うところがありそうなハジメのそぶりは気にかかるけれど、こうして気安く振る舞える関係に戻れて本当に良かった。
自分がかつての幼なじみだと言えないままでも、きっと僕たちはこうして元通りみたいに仲良くなれるはずなんだ。
だけど新人の女の子から笑って言われた次の言葉についてだけは、きちんと誤解をといておく必要があるだろう。
「ふふ、ハルさんもこんなに可愛いところがあるんですねえ。さっきの男の人、ハルさんの恋人さんですよね?」
言えないけれど、あいつはただの幼なじみだし。
僕は元々男だし。
だからハジメとのやりとりは全て、ただの友人同士のじゃれあいなのであって。
彼女が想像するような、色っぽい話ではないのだと。




