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6-1 TS娘と二人の後輩

「この子たちがこれから一週間組んでもらう二人です。よろしくお願いしますね、ハルさん」


 今私の前には、まだ間違いなく十代と思われる若さの、二人の新人ワーカーが目を輝かせて立っている。


 一人はいかにもフレッシュな若者、といった感じの男の子。

 一人はワーカーとしてやっていけるのかちょっと心配になるくらい、線の細い綺麗めな女の子。


 これはいわゆる教導というやつで、三等級を越えたワーカーにはこうして、有望な新人への指導を依頼されることがまれにある。


 元々受付嬢から話は聞いていた。

 教導と彼らの四等級昇格の試験を兼ね、しばらく組んで仕事を行って欲しいと。

 


 だけどおそらくこれは、私に対してのフォローの意味合いもあるのだろう。


 受付嬢は、私がオカヤマで荒れていたころの話を知っている。

 先日色仕掛けを受けて女の子とトラブルになっていた件で、私がまた荒れたりしないように。

 人間らしい交流みたいなもので、私の心の安定を保たせようと考えたに違いない。


 もうとっくにこちらはハジメに色々と助けてもらい、例の件のことは吹っ切っているつもりなのだが。

 正直面倒ではあるけれど、まあお気持ちだけはありがたいとは思っている。



「二等級のハルだよ、よろしく」


 下位の等級の子たちが相手とはいえ、失礼はないように私も外套のフードを外して挨拶する。


「よろしくお願いしますハルさん! わあ、すごい美人さんだったんですね!」


 女の子の方も見た目のか弱さにはそぐわず、なかなか元気な子のようだ。

 正直、好きなタイプ。

 私のストライクゾーン、ほぼど真ん中に入っている。


 入っている……のだが。


「よろしくお願いします、先輩」


 残念ながらこの男の子がいるもので、今回は女の子の方へのアプローチは禁止らしい。


 事前に受付嬢から説明は受けていたのだが、二人はいわゆる恋人同士。

 羨ましくてため息が出そうだが、人の恋人を奪い取るような悪癖は私にも流石にない。



「よし、準備はできてるみたいだね。今日は指定されたエリアに絞った害虫駆除の依頼に対応することになってる。なんでも、そのあたりの建物でかなり質がいい昔の文明の遺物が……」


 ハロワの受付前を借りて、その二人の新人と軽いミーティングをはじめていたのだが。



 私の視界に、いつものアイツの大柄な姿がうつった。


 そう、いつも通りハジメである。


 ステーションの奥まったほうで、ハジメが何やら話をしている相手は……。


「え、あれ……? 誰かなあの女……」


 遠くて顔はよく見えないが、安っぽい感じの服を着た胸の大きい女性と、ハジメがいかにも楽しそうな雰囲気で話をしている。


 まさか、な?


 モテないって本人も言ってたし。最近は私と結構頻繁に会っていたし。


 別に、ハジメがどこの誰と仲良くしようが構わないけれど。

 でもあいつ、昔から胸の大きい女が好きだったよな。



 ていうか。

 私とさんざん仲良くしておきながら、そういうお相手もしっかり確保していたってわけか。


 ふーん。へー。

 別にいいけど。そうですかそうですか。 


「どうかしました?」


 新人の男の子にそう聞かれたが、もちろんこんなどうでもいい話なんて説明するわけにもいかないし。

 私はちょっとひきつった表情を隠すように笑顔を作り、二人へのその日の依頼の説明を再開した。



 で、教導一日目。


「前はオレが出ます! 援護お願いします!」


 男の子の方は確かに、ハロワの職員たちが目をつけたのも分かるくらいにはいい動きをしていた。

 羨ましくなるくらいには、かなり運動神経が良いのだとすぐに分かった。

 人格なんて特に要求されない四等級への昇格くらいは、もう問題なしと判断して良さそうだ。


 害虫駆除の道具も、きっと頑張ってお金を貯めたのだろう。安売りされている感じの剣鉈だが、きちんと手入れして使っているようだ。

 五等級ワーカーの道具としては、充分に立派と言える。


「わわ、向こうにハチがいるよう! わたしが見張っておきますね!」


 こっちの女の子のほうは、まだなんとも言いがたい感じなのだが。

 少なくとも、疲れただとか怖いだとか、文句を言わないだけでもありがたい。



 ちなみにこの日、ハジメの姿を再度見ることはなかった。

 あの胸の大きい女と、ハジメの楽しそうな雰囲気がずっと頭にちらついて離れない。


 いったい何者なのか。ハジメとどんな関係なのか。

 少し、調べを入れてみるべきだろうか……。

 



 教導二日目。


「すいません……面倒かけちゃって」


 男の子の方がアリの酸を腕に浴びてしまい、私はそれを丁寧に洗い流してあげていた。

 できればこういうふれあいは女の子とやりたいところなんだけど。


「新人がこれだけ動けるなら上等だよ。私なんてもっとめちゃくちゃだったしね」


 私がそう言っている間にも、女の子の方がてきぱきと近くの水場から水を確保してきてくれている。


 女の子の方は害虫駆除の腕は全然だし、そもそもまともな道具も持っていないようなのだが。

 こうしてきちんとパートナーをサポートできるというだけで、五等級としては充分優秀だと言って良さそうだ。



 ちなみにこの日の仕事上がり、ハジメが例の胸の大きな女とまた一緒にいるところを目撃してしまった。


 またか。


 ハジメのほうも、やけに親しげな雰囲気。


 へー。

 そうきましたか。そうですか。


 翌日は休みにしていたので、特に理由はないがその女のことをちょっとばかし調べてみたところ。

 そいつが私やハジメがかつて暮らしていた農場のある孤児院の、関係者だということまではわかった。

 なんとなく、ハジメと縁があるということだけはわかったわけだが。


 とはいえ。

 誰だか知らんが、時間があるときにもう少し調査が必要だ。

 特に理由はないけれど。


 とりあえず今回の教導で得られる報酬は、例の孤児院に寄付するよう、ハロワの受付嬢にお願いしておく。

 一応、調査のためにこちらも繋がりを用意しておかないと。




 教導三日目。


「目の保護具を買うお金がないなら、せめて水くらいは多めに持ってきたほうがいいよ」


 今度は女の子が少しだけ負傷。

 害虫駆除の際に跳ねた砂利が、不運にも目のあたりに当たってしまったらしい。


 とりあえず水で洗っておくくらいしかできることはないが、その日は水場が近くには無かった。


 新人の二人は最低限の飲み水しか持っていなかったので、私がいつも携帯している大きめな水筒の水で洗ってあげる。

 二人とも申し訳なさそうに、少ししょんぼりしていた。


 水は多めに確保しておく、というベテランのワーカーには当たり前の知識も、新人の二人にはいい勉強になるだろう。


 失敗したり人に迷惑をかけたりして、それで初めて重要性みたいなものが実感できる。

 私が横にいてやれるうちは、いくらでも失敗して学べばいい。


 とはいえ彼らがゴーグルみたいな目を守るものを着けていないのはちょっと心配だ。

 もちろん五等級では望んだところで、なかなかそういう防具には資金が回せないのは分かるのだが。



 ちなみにハジメと一緒にいた女の正体は調べに調べて特定した。

 奴はかつて私たちが暮らしていた孤児院の職員で間違いない。

 その孤児院に住み込みで働いていて。

 よくこの辺りまで、農場の収穫物を売りに来たりしているらしい。


 私とは違い、人当たりも良く性格も良いと。

 こんなひねくれ者の元男とはわけが違いますと。

 はいはい、そうですかそうですか。


 さらに胸の大きさは、ここらの男たちの間でかなり有名、というか評判だった。


 気に入らない。

 胸なんて大きくたって、すぐに垂れてみすぼらしくなるのに。何がいいんだか。


 しかしその日までの調査では、ハジメとの関係性までは残念ながら特定できず。

 さらなる調査が必要だ。




 もやもやしつつも、教導四日目。


 その日は本格的に、朝一から日暮れまでの長丁場で仕事を行っていた。

 ハジメとあの女の関係を調べる時間がとれないのはもどかしいが、教導としては大事な一日になる。


 昼の休憩中。

 私の前で二人が広げた食事はかなり貧相なものだった。

 私とハジメも貧しかったころにはよくお世話になっていた、固いパンを少しだけ。


「……若いんだから、もう少し食べなよ。行動食は不味くてもちゃんと食べなきゃだめ。とりあえずこれ、あげるから」


 私が自分の行動食としていつも持ってきているドライフルーツを分けてあげると、二人はめちゃくちゃうれしそうに食べてくれた。


 ちなみにこのドライフルーツ、あの胸の大きな女がよく孤児院併設の農場から出荷しているものらしい。

 いつも奴のお世話になってしまっていたというのも少々癪にさわるので、今後は別の行動食に切り替えていく所存である。

 二人に分け与え、積極的に消費しているというわけだ。

 


 休憩後。

 次の獲物を探して廃墟群の中を動き回っているとき、新人の女の子の方からこう尋ねられた。


「ねえハルさん、女でアリを狙うのはやっぱり厳しいんですかね? 甲殻が固くて、この前は彼の足手まといになっちゃって……」


 そうだね、と答えかけてやめた。


 甲殻の固い種類の害虫が女の細腕には厳しいことは、自分が誰より良く知っている。

 だけど彼女が隣にいる男の子と本気でこれからも仕事を続けていくつもりなら、そんな甘えはきっと許されはしない。


 私もこんな女の身体になってからも、いつかハジメの横に並んで戦える日が来ると信じて、この技術を磨き続けてきたのだから。



「ちょうどいいね。見本、見せてあげるよ」


 廃墟の開けた場所に、ちょうど大きめのアリを一匹見つけた。

 人間の子供と同じくらいの大きさのアリだが、平気で私たち人間の大人でも食い物にしようとしてくるのが害虫の恐ろしいところだ。


 私は害虫駆除用のメイン武器である大振りな鉈をカバーから外し、左手に握った。

 力がないこんな女の細腕だからこそ、害虫駆除の道具には重量が必要だ。



 私があえて雑に音をたてながら近づくと、そのアリはいい獲物だとでも思ったのか、すぐにこちらへ頭を向けて突撃してくる。


 アリの動きはそう速くはない。小さな子供が走る程度の速度。

 私はこちらへまっすぐ突っ込んでくるアリに対し、それをかわしつつ懐へ飛び込むよう斜めに入り込んで、素早くその黒光りしている頭を右手で押さえつけた。


「アリは正面以外攻撃できっ! よいしょ! できないし、向きを変える動きは遅いの! だからこうやって懐に入ってしまえば! よっ! ほら! 何もできなくなってるでしょ!?」


 旋回や後退をしようとするアリの動きに合わせ、私はあえて攻撃をせずに位置をキープし続けてあげる。

 常にアリの頭の横、首の辺りより少し腹のほうに。ここがアリと戦うときに狙うべき位置取りだ。


 離れすぎれば酸を吐かれる。

 正面にいれば噛みつかれる。

 お尻の方へ行きすぎると、こちらも決定打を打ちづらくなるし、アリの動きが読みづらくなる。


「すげえ……」


 少し離れた場所から、男の子も真剣な表情でこちらを見ている。

 自分の動きかたと比べてどう違うのか、人の戦い方をここまでまじまじと見れる機会は今後もまずないだろう。



「あとはこう! こうやって! 触角を切り落とせばもっと動きも悪くなるけど……」


 私はちょっとだけ得意な気分になりつつも、流石に遊びではないのだから見せつけるのは終わりにして、アリの首のあたりに鉈を力いっぱい叩きつけた。


 男の子は元々理解していたようだが、アリ退治で狙うのは、頭と腹の繋ぎ目みたいになっている首の部分。

 切り落とせなくても、ある程度刃物が通れば、アリはそれで絶命してくれる。

 刃物が無いなら無いで、固いもので同じあたりを何度も叩き続ければそれでもいい。


「はい、おしまい。でもこのくらい分厚い刃物がないと、戦いながら触角狙いは厳しいかな。……二匹に襲われたとき、彼が一匹駆除し終わるまで引き付けるだけでも最初は充分だと思うけどね」


 アリが動かなくなったのを確認してから、私はアリの触角を右手で掴み、左手の鉈で切り落とした。

 この触角を持ち帰ることで、ハロワから一匹あたり50円の報酬を得ることができるのだ。

 ここまでがアリの駆除のワンセットである。



「勉強に……なったのかな。うまくできそうな自信がないです……」


 私と一緒にアリの死骸を廃墟のすみに寄せながら、女の子はうつむき気味にそう言った。


 難しい問題ではある。害虫駆除の仕事は間違いなく、筋力のある男性向きの仕事だ。

 私はTSのせいで意地を張って続けてきてしまったというだけであり、女の子に積極的におすすめするような仕事ではないのだ。



 だけど私は、そんな意味のないことは言わなかった。

 この仕事を続けるも辞めるも、いつだって彼女が自分で決めればいいこと。


 この子は私ほどではないが見た目も良いし、本来は色んな生き方が選べるはずだ。

 その中で自分がどんな選択をするのかは、人がとやかく口を出すことではない。 


「アリの駆除は腕力どうこうより、使う道具でもだいぶ苦労が違うからね。だけど狙いはしないにしても、最低限の相手はできるように練習はしといたほうがいいかな」


 それに私は、男女ペアで働くこの二人の姿に、自分の思い描く理想の未来を重ねてしまっている。


 ハジメがいて、その横に私がいて。


 TSの治療はできなくても、こんな弱い女の姿でも、ハジメの横に並んで戦える未来を。


「お、じゃあちょうど向こうに一匹いるし、まずはオレからやらせて下さい!」


 そう元気に飛び出していく男の子の姿に、私は思わずにっこりと笑ってしまっていた。

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