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5-3 TS娘と命の値段

 彼女とはそれ以来、二日に一回ほど一緒に害虫駆除に行くようになった。報酬は過剰だけど半分こ。

 だから毎度の報酬は、本来彼女のような五等級ではまず間違いなく手に入れられないはずの高額になっている。


 私には他に難しい仕事も入るから、さすがに毎日連れていってあげるわけにはいかないけれど。 それでも空いている日には、必ず彼女と稼ぎに出るようになっていた。



 毎回、いくらかのボディータッチと、何回かのキスくらいは堪能させてもらっている。


 夜のお相手としては、まだちゃんと誘うことができていない。

 最初のときにそこをビシッと決めれなかったせいで、誘う勇気が出ないというか、いざ彼女を前にするとなぜかカッコつけてしまうのである。

 

 我ながらヘタレすぎるけれど。

 実際問題、私もそろそろ生理の時期が近づいてきているし。

 生理前の性欲が抑えきれない時期になってきたら、さすがに今回ばかりは彼女にしっかりお相手頂くつもりだ。


 だからそれまでは、我慢我慢。



 そもそも私が女の子に求めるものは、精神的な安らぎみたいなものや、イチャイチャの部分がメインなのだ。

 

 だから先日は、手を繋いで買い物デートなんかもやってみた。

 市場では格安でナイフが売られていたので、それをわざわざプレゼントまでしてあげている。


 貢いでいるわけではない。

 仲良くなってきた女の子が、自分の身を守る最低限の道具すら持っていないのが不安だっただけだ。

 害虫と戦うのは、それ以降ももちろん私一人でやっている。



 つまり私は彼女にとって、非常に都合のいい金づるなんだろう。



 だけど、こうして少しずつは仲良くなってきているはずだし。


 お金もたくさん渡しているわけだし。


 だからきっと、いずれはもっとまともな関係になっていけるはずだと、そう期待していたのだけれど。




「おうハルさん、ちょっといいか?」


 後ろめたさみたいなものは、ずっと感じていた。


 だからある日の朝、仕事の前、ハジメに急に声をかけられたとき。私はハジメとうまく目を合わせることができなかった。


「あんた、まだこの前の女の子と組んでるのか?」


 ハジメの言葉は、明らかに少し冷たかった。


 ステーションの中にある休憩用の椅子にとりあえず二人並んで腰掛けたが、私は正直、逃げ出したいような気持ちだった。


 犯罪に手を染めているわけじゃない。

 以前の私のように、薬物に溺れたりするよりはずっといい。


 だけど自分のしていることが、彼女との関係が、まっとうなものではないことはさすがに自覚できている。



「組んでるってわけじゃないけど……最近はまあ、多いかな」


「なんでだ?」


 詰め寄るようにそう言われ、私は少し気分が荒立ってしまった。

 ハジメに向けた視線には、たぶん怒りが混じってしまっていたと思う。


「俺が言いたいこと分かるよな? あの子は……」


「言われなくても分かってる! 警戒だってちゃんと……っ!」


 立ち上がった私はそう荒く叫びかけて、ハジメの瞳を見てさすがに言いよどんだ。

 私に向けられたそのハジメの目が、いつもの通り底なしに優しかったから。



「……ごめん、分かるよ。心配させてごめん。ただ、私は……」


 私は馬鹿だ。

 あの子からのお金目的の色仕掛けに夢中になって、何より大事なはずのハジメを心配させて。



 だけど、私だって幸せになりたいんだ。


 恋人だって欲しい。

 毎晩自分の女の身体を自分の指で慰める、こんな惨めな生活はもううんざりなんだ。


 TSして女の身体になったからって、ハジメとそういう関係になれるわけでもない。


 私は私で、自分の幸せを探さないといけないんだから。


「いや、こっちもわざわざおせっかいすぎるよな。悪い、少し無神経だったか」


 そう言ってすぐに席を立ってしまったハジメの背中を見ながら、私の胸の中はもうぐちゃぐちゃになってしまっていた。




 憂鬱な気分のまま、ハロワの受付へ顔を出す。


 ハジメが悪いわけじゃない。悪いのはこんなふうに心配をかけている私だ。

 こんなおかしな生活を、いつまでも続けているわけにはいかないこともわかっている。


「ハルさん、おはようございます」


 とはいえ、約束は約束だ。

 ハジメに嫌われそうだからといって、今日の害虫駆除に行く約束をいきなりキャンセルするわけにもいかない。


 そうやって無意識に私は、答えを先伸ばしにしようとしていた。


 いつも通りにハロワの受付へ顔を出し、いつもの受付嬢と挨拶を交わす。



「おはよう……とりあえず今日も害虫駆除を」


 沈みきった気分のまま、言いかけて気づいた。


 何か、受付嬢の雰囲気が違う。

 その表情は普段の朝のやり取りと比べ、あまりにも固い。


「いえ、今日は別の仕事をお願いします。あなたにとっては非常に簡単なお仕事かと」


 受付嬢の言葉は、明らかに何か重い雰囲気に染まっていた。

 


 嫌な予感しかしない。

 聞かずに帰ることができるなら、どれだけ助かるだろうか。


 いつまでもこのままではいられない。

 それはわかっていたことだ。


 このまま進んだ先に、幸せな未来がないことなんてわかっていた。


 だけど、もうあとほんの少しだけ。

 そう願うことも、私には許されないのか。



 軽く目をつむった私に、受付嬢は少し小さめにした声で今日の私への依頼を告げた。


「最近ハルさんが組んで行動している五等級の女を、速やかにこの窓口へ出頭させて下さい。……報酬はかなり安いですが900円。抵抗するようなら、安否は問いません」


 ハチの化け物9匹分。アリの化け物18匹分。

 それがあの子の、安すぎる命の値段らしい。

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