忘年会で酔いつぶれ
「忘年会」〈オトタン〉
今日は会社の忘年会があった。忘年会でたまたま隣になったのは川島くん。川島くんは僕と同じビーグル犬の飼い主さんである。各々の年末年始の過ごし方などを粗方披露した後で、自ずと話はビーグルの話題となる。「ビーグルって、声でかいよねぇ」、「ビーグルって、力が強いよねぇ」なんて会話が弾むうちに酒も進み僕もホロ酔いになる。
「お散歩で他の犬とすれ違う度にワンワン吠えちゃうんだよね。川島くんはそんな時どうしてる?」
「お散歩で拾い喰ばかりで、なんでもかんでも口に入れやがる。その度に口に指を突っ込んで出させるんだー。落ちてるティッシュとか、本当にやだよー!」
「でも最近、“ペッ”を覚えて、僕が“ペッ”って言うと口に入れたものを吐き出すようになったんだよぉ。」
「晴吉は僕の言うことをきいてるんじゃなくて、実はおやつの言うこときいてるだけじゃないか、と思うんだよねぇ。その証拠にいつも食べ慣れたジャーキーじゃ伏せをしないのに、ふかし芋を見せたらスッと伏せたりするんだよぉ。」
ビーグル話で盛り上がり、僕は相当酔いが回っていた。その日は金曜日ということで翌日がお休みということもあり、いつもよりお酒も進んだのかもしれない。
深夜0:30、家に帰宅すると家の中は既にみな寝静まり、電気も消えて、部屋という部屋は暗くなっていた。玄関で靴を脱いでいると、リビングの奥から『クーン、クーン』という晴吉の声が聞こえてきた。僕は嬉しくなって、リビングの扉をあけると、晴吉はドックスペースを仕切る柵の上に両足を乗せ、尻尾を振りながら『クンクン、クンクン』と言ってゴムマリのようにジャンプする。
僕が手を差し出して頭や顔を撫でてやると、その手をペロペロ、ペロペロ舐める。僕は自分の鼻先を晴吉の鼻先につけて、「ただいま」の挨拶をすると。「ちょっと待ってね」と言って、着替えるために部屋に戻った。
着替え終わって再びリビング戻ると、晴吉はまた柵の上に両足を乗せ、ゴムマリのように弾む。僕は柵の錠を外して、晴吉を抱き上げた。晴吉は僕の顔をペロペロ、ペロペロ舐めた。ペロペロ、ペロペロ、まるで甘い蜜でも顔の毛穴から湧き出ているのかと思うほど、飽きることなく暫くのあいだ僕の顔を舐め続けた。
僕は和室につくったドックスペースに腰をおろして、晴吉をハグした。そして晴吉の顔や背中やお腹を撫でてあげた。晴吉はその間もずっと僕の顔を舐め続けた。結構酔っていた僕は、晴吉に顔を舐められながら、幸せな気持ちに満たされる中、いつしか記憶が遠くなっていった。
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『自由』《晴吉》
夜遅くにオトタンが帰ってきた。オレも寝むっていたのだが、今日はオトタンには会えないかと思っていたので、とても嬉しくって飛び起きた。オトタンはオレを抱っこしてくれたので、オレはオトタンの顔をナメナメした。
オトタンの顔は割りといいお味がする。特にほっぺたや鼻の頭などがお気に入りだ。オトタンもオレにペロペロされるのがまんざらでもないようだったので、オレは一生懸命ペロペロした。そして、オレがペロペロしてるうちに、オトタンは寝てしまった。
『せっかくオトタンと遊んでもらえるかと思ったのに、つまらない!』と思った瞬間、オレは気が付いた。『オレは”じ・ゆ・う”だ!!』。
いつもオレ一人の時は、ドックスペースを柵で囲まれて過ごしていた。が、今その柵はない・・・。『どこへでも行きたい放題だー!やっほー!』心躍って、オレはリビングの中を取り合えず走り回った。で、取り合えずダイニングテーブルの上に何か置いてあったので、取れないものかとジャンプしてみた。が、それは届かなかった。
オトタンは鼾をかいてしっかり寝ている。オレはソファーの上にのり、スウェード地で深緑色のソファーの生地をボリボリと掘り始めた。ボリボリ、ボリボリ・・・・。
『テンション上がるわー!!!』無性に掘りたくって、掘りたくって、掘りたくって、ひたすらホりホリしたら、深緑色のソファーの生地は白っぽくなって、少しささぐれ立った。
ソファーホリホリに飽き、ふっと視線を和室に移すと畳が目に入った。ドックスペースは和室にカーペットを敷いて作られていたが、畳にも前々から興味があってよくカーペットを引っぺがして畳をホリホリしてはママさんやオトタンに怒られた。
『今日は怒る人もいない!』オレは喜びに武者震いし、頭を数回ぶるぶると振り回した。
ここぞとばかり、畳も思う存分ホリホリしたところ、畳の表側は捲り上がり、畳の床がうっすらと見えるほどまで掘る事ができた。『ま・ん・ぞ・く♥️』
ボッサボサに捲れ上がった畳が美味しそうだったので、ちょっとハミハミした。長年使い込んだその畳は、イグサの香りに色々な味や匂いが染み込んでいて何とも言えず香ばしかった。
次に、今度は視線を上に向けると、目の前にオトタンがよく使っている作業机があった。机の上にはノートパソコンがおいてあり、その上には書類が山積みされていた。オレはジャンプして山積みの書類に噛み付いたところ、ガサガサッと音をたてて書類が下に落ちてきた。オレはまた無性に楽しくなってきてしまい、落ちてきた書類をザックザックに噛み千切った。
『アー、テンション上がるわー!!!』
何か悪いことをしているような気もしたが、もう興奮しちゃって止まらない。またしても気の済むまで書類を噛み千切った。
薄暗いリビングで、ひとしきり暴れ終わると、急に静寂がおとずれた。と、暫くの間をおいて静かな部屋の中にオトタンの鼾だけが響く。興奮が収まってくると、オレも眠かったことを思い出す。「あー、楽しかった。さあ、寝よう」。オレはオトタンの鼻をペロッと舐めて、オトタンのお腹の辺りで丸まって眠りについた。
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「目覚め」〈オトタン〉
朝の光がカーテンの隙間から差し込んだ。「クーン」という犬の鳴き声で目が覚めた。視線をその鳴き声の方に向けると、そこにはソファーにちんとお座りする晴吉の姿があった。
その姿を見たとき、一気に目が覚めた。「僕、寝ちゃったんだ!」。心臓が氷水をかけられたように”キュン”とした。本当に一瞬心臓が止まるかと思った。これまで生きてきて、これ程ハッとした目覚めは初めてだった。
次に、恐る恐る辺りに目を向けると、目も当てられない惨状が広がっていた。白く毛羽立ったソファー。イグサの散乱する和室。和室の一角には作業机から落とされて、ズタズタにされた書類の山・・・。
しかし、誰も晴吉を責めることはできない。だって彼は、まだ生まれて4ケ月ほどしか経たない子犬なのだから。『オレ、なんかちょっと悪いことしちゃったかなぁ・・』という感じで、うるうるした瞳をこちらに向けている晴吉に、僕はそっと近づいて軽く頭を触ってやった。溜め息をつきながら。晴吉は『ごめんなちゃい』といった感じで、その手をペロッと一舐めした。
僕はこの事件以降、酔って晴吉とハグハグするときは、必ずドックスペースに自分も入り、柵をしたままハグするようになった。
この後、目覚めて部屋の扉を開いたママさんの悲鳴がリビングに響き渡った。そして、僕は当然ママさんから大目玉をくらうことになったのだった。