冬のお散歩
「お散歩」〈オトタン〉
晴吉が家に来てから2ケ月ほどが経ち、季節は年の瀬も押し迫った師走である。
晴吉も毎週0.1kg~0.2kgペースで順調に成長し、体重も4kg弱ほどに成長していた。家にきたときの体重は2.1kgだったので、倍に増えている。
必要なワクチンも一通り打ち終わった頃から徐々に歩いてお散歩に行きだした。お散歩を始めたばかりの頃は、マンションの裏手にあたる閑静な住宅街を散歩した。
しばらく経って少し慣れた頃からは車の通りの多い歩道なども歩き出した。
季節は12月。今年は娘の大学受験が控えており、朝のお散歩は近くの氏神様、丸子山王日枝神社まで行くことにしていた。毎朝、晴吉と一緒に娘の合格祈願をしよう、という算段である。しかし、この季節の朝の散歩は通勤前の暗い時間で行わなければならなかった。暗くて、寒くて、神社までの道すがらは朝から結構車の行きかう綱島街道を通ったりする。
家を出てから数十メートル、どうも晴吉は怖いらしく、足を踏ん張ったまま一向に動こうとしなくなった。全く鳴くわけでもなく、無言の抵抗である。小さい体ながら、ビーグルはなかなか力がある。駄々をこねるその態度がカワイイくもあるのだが、いくら宥め賺しても、強引に引っ張っても、梃子でも動かない。朝の時間のない中で弱ってしまう。
しばらく押したり引いたりした後に、弱り果てて仕方なくおやつを取り出すと、晴吉の視線がスッと上がる。そして、興味深そうにおやつを見つめて目を輝かせる。「さあ、歩こ」と声をかけると渋々と2歩、3歩と歩きだした。「オッ、これはよい」心の中でささやいてさらに5歩、10歩と歩を進める。5mほど歩いたところで「いい子だねーー!!よーく歩けたねーーー!!!」と大げさに誉めておやつをあげると、嬉しそうにおやつを「パクッ」。でも、おやつを食べちゃったらまた動かなくなる。
またおやつポーチをガサゴソする。と、下を向いて踏ん張っていた晴吉の顔がまたスッと上がる。おやつをチラつかせて、今度は先ほどよりもほんのちょっと長く歩いてみる。そしてまたちょっと大げさに誉めておやつをあげる。晴吉はまた嬉しそうに「パクッ」と食い付く。しかし「パクッ」といった後は、また座り込んで動かなくなる。この繰り返しが続く・・・。
しかし、この「断固座り込み」→「引っ張り合い」→「おやつチラチラ」→「お目目キラキラ」→「渋々歩き」→「大げさホメホメ」→「おやつパクッ」→「断固座り込み」のローテーションを10回くらい繰り返すと、ようやく晴吉も抵抗するのを諦めるようで、ゆっくりと歩き出すようになるのだった。お散歩を始めた頃はいつもこんな感じで、途中で時間が足りなくなって、目的の神社までたどり着けずに戻ってくることもしばしばである。
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『お散歩』《晴吉》
オトタンは毎朝オレを散歩してくれる。
朝のお散歩は寒くて、暗くて、朝とはいえ綱島街道は結構車も走っていて怖い。オレが足を踏ん張って歩くのをイヤイヤする時もしばしばあった。
『寒い、暗い、うるさい!』『怖い、怖い、怖い!』『お散歩なんて、イヤ、イヤ、イヤ!』。オレは力いっぱい足を踏ん張って、無言で抵抗をする。しかしオトタンは力がつよい。オレの首をグイグイと引っ張った。でもオレも動かない。お尻をヅルヅルっと引きづられながらもしぶとく抵抗する。イヤなものはイヤなのだ!断固拒否!なのである。『オトタンも困ってるみたいだけど、オレだって困ってるんだ、動くもんか!』。
すると、オトタンがおもむろにおやつを取り出した。『んっ!?、それなら話は別ですね。イヤだけど、ちょっと歩いてみましょうか?』オレは渋々ではあるが歩き出した。ちょっと歩いたらオトタンはオレの頭を撫でておやつをくれた。『おいし♪』ちょっと気がまぎれた。
が、少しあるいたらトラックがけたたましく通り過ぎる音がした。今度はバイクがオレのすぐ脇をすっごいスピードで通過する。『あぁ、やっぱりイヤだぁ』オレの心はポキッと折れてしまう。上目遣いで見上げると、オトタンがまた「困ったなぁ」という顔をしている。『オレも困ってるんだよー』オレは力なくまたうつむく。『はぁ、お散歩って大変だなぁ』とオレはつくづく思うのだった。
お家に戻ると暖かい部屋にはヒーターもついている。オレはヒーターの前に横になり、ホッと息をついた。