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雨の獣姫と竜の騎士  作者: 縹 野分
第一章 獣たちの姫君
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4.1 星詠う姫

お待たせしました。

 太陽が最後の光を零しながら、水平線の向こうへと隠れていく。徐々に広がる夜の帳が禁域の木々を包み、瞑の色へ溶かしこんでいく。

 セイリウスは〈暁の森〉を歩いていた。傍らには、巨大な白狼アセナが身を寄せる。その体高はセイリウスの身長ほどもあるが、四つ足の歩みは驚くほど静かだった。

 さくさく、と夜露を踏み分けて進む彼女の歩みにあわせて、足元まで覆うドレスが柔らかくその音を隠していく。装飾の少ない、細身の体に沿ってすとんと流れる藍色の衣装。足には編み上げの丈夫な長靴(ブーツ)、腰には武骨な革のベルトを巻いて、移動用の鞄を吊り下げている。

 一般的な姫君たちとは程遠いその格好だ。コルセットは身に着けないし、美しく煌びやかなドレスも、宝石もない。けれど、森の奥深くに分け入ったり、アセナや、場合によっては幻獣たちに跨っての移動が常のセイリウスにとって、動きの邪魔にならないことは重要だった。何より、堅苦しくない身軽な装いを、彼女は気に入っていた。

 刻々と狭まっていく視界の中、急くようにどんどん王城から離れていく。軽快に歩を進めていたセイリウスだったが、獣道から一歩外れたところで躊躇うように止まった。道順は間違っていないのだが、どうにも動きづらい。


(さすがに、暗い…)


 木々が一層生い茂り、わずかな光さえ遮ってしまう。勝って知ったる森だが、行く先も満足に見渡せないままでは迷ってしまうのも時間の問題だ。

 と、傍らにいた白狼が体を差し入れ、進路を塞いだ。セイリウスから離れることなく、黄金色の瞳は淡々と暗がりに染まる木々の向こうを見据えている。とんとん、と首筋に手をやるも、ちらりとこちらを振り仰いて、すぐに前方へと視線を戻してしまう。どうやら、このまま先へと行かせる気はないらしい。

 小さなため息を一つ吐き出して、セイリウスは陽が沈んだのとは反対の方角に広がる空を見上げた。輝きだした星を認め、片手の平を上へと向ける。そして、歌うように呟いた。


「―――春の兆し、黄昏の迷い子。北の守護者(アルクトゥルス)穂先(スピカ)(レグルス)、我が手に集いて道示せ」


 群青に浮かぶ三つの星が、ほんのわずか、鼓動する。それに呼応するように、オレンジと、二つの白の光の粒子が、どこからともなくさらさらと現れた。それらは光の帯となり、柔らかく弧を描き踊りながら、セイリウスの掌へ集っていく。収束した光はほの白く、柔らかな光を灯す一つの球となった。


『相も変わらず、息をするように魔法を使う』


 ふわりふわりと浮かぶ光の球を満足げに眺めて、アセナは自身の鼻面をセイリウスに寄せた。甘えるような仕草に、呆れたように白狼を横目で見る。


「貴方が道案内してくれてもいいのよ、アセナ」

『お前の方が上手いだろう』

「こんな魔術じみた魔法と、あなたを比べないでもらっていいかしら」


 この世の森羅万象に、魔力は宿る。

 自然には、自然魔力(マナ)が。

 人の身の内には、体内魔力(オド)が。

 そして、それらを使って起こす技が、魔法と魔術だ。

 魔法とは、自然魔力(マナ)に干渉して現象を再現することをいう。

 自然現象の再演。

 精霊との共鳴。

 失われた古代の知恵。

 理論に縛られない領域に立ち入ることのできる者は、古には普通の存在でも、今ではそういない。

 対して、体内魔力(オド)を代償に意思を具現化するのが魔術だ。属性や術式といった秩序を魔法の中に見出し、知識として体系化したものといってもいい。魔法が人智を超えた術であるとするなら、魔術は人智が鍛えた結晶だ。分類により導かれた属性に対して適正があれば、誰でも使うことは可能だ。魔術を使う者は魔術師と呼ばれ、その多くが日々研鑽を積んでいる。


『そんなことを言っては、城の魔術師たちが泣くぞ』

「…私のせいじゃないもの」


 そう。 セイリウスは、魔法を使う。少しばかり特殊な。

 ―――星辰の魔法。

 星々の名を呼び語りかけ、干渉し、その力を借りる。

 先ほど、星座の名を呼び、地上にこぼれ落ちた星の燐光を宵道を照らす灯篭としてみせたのもそのひとつ。

 星座は、古き神話の具現だ。どれだけ歴史を重ねようと、人々が忘れないように穿たれた天の楔。そして、召し上げられた星座の数だけ、神話が存在する。

 彼女曰く、自身はそこに語られる名前、語源を紐解いて、唱えているに過ぎないらしい。ここまで明瞭にしてしまっている、純粋には魔法とは呼べない、と。しかし、自然魔力(マナ)に干渉しているのだ。それは、魔術ではなく魔法である。時に、百を超える小節の呪文を、子守唄でも口ずさむように唱えてしまう彼女を、魔術師たちは敬意をもって〈星詠う姫〉と呼んでいた。

 そして、彼女が操るのは、それだけではない。

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