3.1 春呼びの君
更新が遅くて申し訳ないです…とほほ。
ブクマ、ありがとうございます。とても嬉しいです。
読んでくださった方々が、少しでもこの世界観を楽しめていれば幸いです。
タレイア王国を含め、多くの国では黄道暦が採用されている。
一番若い月から順に、磨羯月、宝瓶月、双魚月、白羊月、金牛月、双子月、巨蟹月、獅子月、乙女月、天秤月、天蠍月、人馬月、と深まり、一年が巡っていく。
今はちょうど、白羊月の終わりに差し掛かっている。まさに春爛漫の気配を漂わせ始めたこの頃が、花の王国タレイアで最も美しい季節となる。王城内も例外ではなく、王族の住まう宮が擁する庭園も数えきれないほどの花々が咲き誇る時を迎えようとしていた。
その庭園の一角のガゼボで、一組の男女がテーブルをはさんで向かい合っていた。
一人は、仏頂面を隠そうともしなくなったアギラ。
そして対面に座るのは、咲き誇る花々さえも恥じらうような乙女。
美しく結い上げられた黄金に輝く髪、陽光にきらめく紫色の瞳。優雅にカップを傾けながら、煙るようなまつ毛の下では、紫の双眸が悪戯を思いつた子供のような光を灯す。
彼を招いた張本人、フローラだ。今年の双魚月に十七歳を迎えたタレイア王国の第一王女。少女とも、淑女ともいえるような狭間の美しさを宿した〈花呼ぶ姫〉は、刻一刻と秒単位で不機嫌を増す騎士を前に鮮やかにほほ笑んだ。
「アギラ」
「‥なんでしょう、フローラ様」
「先ほどから手も口も止まっていますわよ」
「‥お前な、」
「あら、王女に対して不敬ではなくて?」
くすり、と、いっそ艶やかに笑って。
アギラの眉間が、リィズナ山脈よりも険しい影を刻んだ。端正な顔が台無しである。
(分かって言ってるな、このじゃじゃ馬姫…!!)
フローラは、王女として相応しい振る舞いを欠かさない。基本的には。しかし、素の彼女を見せても問題のない人の前では、本来の悪戯っ子が顔を覗かせる。アギラも九つ離れた兄貴分として、フローラが幼い時からの付き合いだ。砕けた態度をとっても問題ない。セイリウスとて例外ではなく、アギラ、ギルランドから四つ下の、フローラからは五つ上の、兄妹姉妹も同然に縁を紡いできた。
アギラがギルランドへ報告に行き、その場にセイリウスもいた。その程度の情報は、フローラも把握しているのだろう。そして今、アギラはセイリウスと共にいない。すぐにでも追いたいと思っていても、この招きに応じないわけにはいかなかった。
自身が不在であった、傍に在れなかった間の彼女の様子を聞き出すこと。
アギラが知りたいことを細部まで教えてくれる人は、フローラ以外にはいない。アギラは存外、セイリウスに関することには不器用だった。
そう。この世には、断れない茶会も存在する。
「セリィ姉様に縁談ですってね」
「‥」
「いっそのこと、本当のお姉様にと何度も願ったわ」
どれほど嫌味を重ねられるとしても、だ。
「アギラ、今回の遠征でも活躍したそうね」
「…は?いや、ハイドランジアを一通り見て回っただけだが…」
ハイドランジアは、王国の北、霊峰リィズナのそば近くに領が広がっている。リィズナを越えた向こうには大帝国が広がっており、今回の遠征はハイドランジア領の巡回と北方の国境警邏のみだ。特に戦闘が起きた訳ではない。
訝し気に尋ねるアギラに、フローラはきりりと柳眉をつり上げた。
これは、まずい。
「わたくし、聞きましたのよ」
「何をだ…」
「立ち寄った北方領の領主に娘を嫁に!と言われたんですって?」
「いや、それは…」
「うっかり助けた町娘に一目惚れされて?」
「…」
「挙句、一度ダンスを共にすれば忘れられないなんて、どれほどリードがお上手なんでしょうね?」
その赤銅の瞳を驚きに染めて、ゆっくりと一拍。盛大に抗議の声が上がった。
「あれは!不可抗力だ!」