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雨の獣姫と竜の騎士  作者: 縹 野分
第一章 獣たちの姫君
4/7

2.2


 その時、城が大きく震えた。

 アギラと契約した(オパルス)の、地を震わすような笑い声がする。

 彼の姫を迎えにいくと言っていたことを思いだして、彼の体は勝手に王太子の部屋を辞していた。礼と謝罪の言葉を忘れないのが、騎士としての振る舞いを叩きこまれた彼らしい。その背中に、姫を案内してくるのを忘れるなよ、とかかった声も、きちんと拾って。

 空中庭園へとつながる回廊を駆け抜け、開けた視界の先にその姿を見つけた。


「セイリウス!オパルス!」


 朱をひとつ刷いた彼女の横顔に、どうしようもなく心が震えた。


「俺の天狼星」

 

 彼女が彼の唯一であることを知ってほしくて甘い呼び方を繰り返してきた。それを知ったら、彼女は笑ってくれるだろうか。

 飼殺してきた感情は、理性の強靭さにつながった。

 間違っても傷つけてしまわぬよう、触れる時の力加減も覚えた。

 彼女がこの距離を許してくれる無二の男であるという、自負もできた。

 踏み切れないのは、ただ彼女が愛おしいが故。

 ギルランドが話があるらしい、と告げたとき、アギラは彼女の顔を正面から見ることができなかった。

 知っていたのだ。

 復興しつつある故郷に帰るでもなく、だからといってどこかから婿を取ることや、どこかへ嫁ぐことをしない彼女を、『半端者』と口さがなく晒す人たちがいることを。

 そして、それを当然の帰結だと、傷ついた内側を彼女が必死に隠していることを。

 騎士として。幼馴染として。彼女を愛する者として。守ると、誓ったからこそ、彼女のその顔だけは見たくはなかった。


「雨多き地の守り人、ハイドランジア領次期領主である君に、縁談が申し込まれている」


 ギルランドの部屋。アギラ達の遠征の結果を聞いて、同じ結論であることを確認し。そして、件の封書を見た彼女の双眸が、音もなくひび割れていく。

 受け入れる必要はないこと、けれどいずれは相対さなければならなくなることを告げて、ギルランドはすまない、と謝罪した。


「殿下が謝ることではないでしょう?」


 およそ受諾しがたい申し入れに、彼女は微笑んでみせて。最後まで痛々しいまでのそれを張り付けて、彼女は部屋を辞したのだった。


「…フローラが、この後アギラを茶会に呼びたいそうだ」

 

 扉を見つめたまま、思い出した、と告げたギルランドに、アギラは一拍置いて盛大にため息をついた。


「俺がまたヘタレだのなんだのと要らぬ誹りを受けることになるんですが…?」


 フローラ・タレイア。

 王国の第一王女にしてギルランドの妹姫。〈花冠の王子〉とその整った容姿を讃えられる兄に似て、フローラの美しさは〈春呼ぶ姫〉と神祖タレイアに例えられるほどだ。幼いころからセイリウスを姉と慕い、『甲斐性のない男に私の姉様はあげない』と、何かとアギラを敵視してくる。過激派もいいところだ。


「あれも悪気があってやっているわけではないからな」

「…だからこそ困るのですが」


 心底頭の痛いことだというように額を抑えるアギラに、ギルランドは薄っすらと笑みを漏らした。

 王女の茶会は、断れるものではなかった。行かなかったが最後、延々とあることないこと、セイリウスに吹聴するに違いないのだから。その修正に四苦八苦する彼を見て兄王子そっくりに笑う王女を、アギラは知っていた。おそらくは、今回の話も知っているのだろう。


「毎度すまないな」

「…いえ。シリウスは、夜が更けるまでには」


 セイリウスはおそらく、彼女本来の仕事をしに〈暁の森〉へと向かうだろう。放っておけば二、三日は平気で帰ってこない彼女を探して連れ帰るのは、いつだってアギラの仕事だ。今回こんなことがあったことを考えれば、迷子の捜索は必須だろう。

 これから待ち受ける理不尽な叱責を想像して、〈百花の騎士〉は大きくため息を零した。

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