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雨の獣姫と竜の騎士  作者: 縹 野分
第一章 獣たちの姫君
1/7

1.1 竜の呼び声

[幻獣と会話できる姫君×王国の竜騎士]のお話です。楽しんでいただければ幸いです。

 彼方から響いてくる耳馴染んだ声に、セイリウスは蒼穹を振り仰いだ。

 彼の幻獣の喉はあらゆる楽器を奏でると謳われているが、今聞こえるのはかの牧神が奏でたといわれる縦笛の音によく似ている。それが自身を呼ぶものだと知っている彼女は小さく笑い、その淡青と琥珀の双眸を柔らかく染めた。


『シリウス』


 弾むような、低い声に名前を呼ばれる。彼女はそれに指笛を鳴らすことで応えた。

 数拍の後、唸るような轟音と共に地面ごと巻き上げるような突風が襲う。簡単に纏めただけの白銀の髪が煽られるのを手で押さえながら 、木立の間に姿を見せた大きな大きな来訪者に笑顔を浮かべた。


「オパルス!」


 ーーーそれは、竜だった。

 太陽の光を受けた鱗は美しく輝き、見る者を魅了する。角度によって青や赤、乳白色を混ぜ込んだ複雑な虹色を反射し、さながら希望の石(オパール)の化身のようだ。竜は彼女がいる空き地に、器用に翼を畳みながら降り立った。


『なぜ城にいないのだ』

「帰りは明日だと聞いていたの」

 

 拗ねるように問いかける竜に苦笑する。鼻面を撫でれば、その答えに納得したのか甘えるように喉の奥を鳴らす。


『白銀の騎士は連れていないのか』

「アセナなら、空中庭園で休んでる」


 白銀の騎士ことアセナは、セイリウスと契約した大狼である。幻獣よりも、存在そのものが自然魔力(マナ)と同義である精霊に近い存在であり、元々王都より遥か北方にある霊峰リィズナに連なる山の主だった。七年前、王都に移り住むことになったセイリウスに伴い、現在では彼女の"白銀の騎士"に収まっている。

 いつもならセイリウスと行動を共にしているのだが、昨日から王城内に敷設された主人手製の魔方陣に寝そべっている。つい先日、遠征で彼女を乗せて移動したためだ。魔力を取り戻すのに時間がかかっているらしい。

 ふと竜の首の付け根に視線を走らせて、騎乗用の鞍が付けられたままなのに気づく。


「あなたの契約者はどこ?」

『王に報告があると言っていたから、置いてきた』


 王城に、ということだろう。最後に見た騎士鎧を身につけた姿を思い出して、セイリウスは奥歯をぐっと噛み締めた。堪えるような、今にも泣きだしそうな、そんな顔で、彼女は竜を見上げていた。


『会いたいのか?』


 その問いに、彼女の異色の双眸がほんの一瞬、逡巡する。はく、はく、と何度か唇が動くも音にはならず、数拍の後に小さく、けれど確かに首肯した。その様子に、竜はぐっと顔を近づけて彼女を自身の元へと抱き寄せた。


光り輝く者(セイリウス)よ、我が背にその身を委ねる栄誉をくれまいか』


 勿体ぶった言い回しで。伺うような、少し、面白がるような。そんな眼差しが、彼女の揺れる瞳を映す。


「もしかして、乗せてくれるの‥?」


 幻獣は、その身に宿す魔力の量が多ければ多いほど、種として、個体としての強さにつながるとされる。竜種は、この世界に星の数ほど存在する幻獣の中でも、獣たちの王、と呼ばれている。それは彼らの強さに相応しい呼び名であり、同時に、例え王族であっても最上の敬意をもって相対しなければならないことを意味する。

 竜に限らず、幻獣たちと対等な協力者である《契約者》に認められることはこの世界の人々にとっては最大の誉である。《契約者》でないにも関わらず、幻獣たちからその背に乗せると申し出される人物は、この世界広しと言えど彼女しかいない。


『何を今更』


 幼少の時分に、跨がって遊んだことを指しているのだろう。セイリウスは思わず、といったように顔を綻ばせた。


「あなたの申し出を断るわけにはいかないじゃない」

『そなたの願いとあれば、どこへなりとも飛んでいくというのに』


 くつくつと笑う竜は、彼女の前に胴を沈めた。

 鞍の前側に取り付けられている持ち手を握り、鐙に足をかける。一呼吸のうち、躊躇いなくひらりと鞍へとまたがると、命綱としてつけられている革のベルトをしっかりと腰にまわした。頸をとん、と叩いて準備が整ったことを知らせると、竜はゆっくりと立ち上がった。それだけで体が不安定に揺れるから、セイリウスはぐっと腹に力を込めなければならなかった。短い旅とはいえ、先行き不安である。


『準備はいいか?』

「お手柔らかにお願い」


 その言葉をきくやいなや、巨大な翼が広げられる。足の下で翼を動かす筋肉がしなるのを感じた瞬間、彼女の体は宙に浮いていた。もう一度目の羽ばたきで、竜は伸びやかに木々の上へと上昇していた。


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