8・だまされるほうがわるいって意見には全面的に反対です。やっぱりだましちゃだめだよ、うん。
コンスタントに投稿できないことがストレスで投稿を差し控えてましたが、10万字ほど書きためることができたので再開します。楽しんでもらえたらうれしいなあ。
「ペンは剣よりも強し!」
闇夜に抗うような、羽根ペンの白。
白い光明を掲げるように、俺は腕を伸ばし、唱えた。
…………。
…………………。
……………………………………。
「……ほら、なにも起きな……」
【ペンは剣よりも強し:真実の光を起動しました】
「……!?」
頭の中に声が響く。
「コーヘイ、ペン先から……光が!」
俺が掲げる羽根ペンから、白い炎のごとく立ち昇る、光。
それはまるで、旅する鳥の軌跡のように。夜空に結ぶ星座のように。
黒々とそびえたつアルプルイチマンジャクに、山頂までの光の筋を描いていた。
「これ、ペンの光が、道順を示しているって……こと?」
俺はにわかには信じられない思いで、自らの手元から発す、光を追う。
「ナツメ! これって、そういうことだよなっ。すっげえ、ペンは剣よりも強し、マジで強し!」
「……コーヘイ」
「うん?」
「お前は、正気か?」
盛り上がる俺をさめざめと見つめるナツメ。
ペンライトの光を受けた、白い頬が強張っている。
「お前のペンが指した道……あれは、だましの森の方角じゃないか」
「にゃむぅう?」
「ネコ真似すんなっ。コーヘイ、お前はだましの森を、生きて通れると思うのか?」
「思うのかって俺、その森のこと、知らないし……」
「だましの森は、幻覚と幻聴、そして幻惑の森。侵入者は森が次々に見せる幻に惑い、迷い、道を失い……しばしば、命を落とす。そんな森です」
「そんなヤバい森を……なぜ通らなきゃならないんだ」
「それはお前の【ペンは剣よりも強し】に聞いてくれ。お前のペンが指し示す道を、私は懇切丁寧に説明したまでだ」
「聞いてくれって言われてもなあ……」
ペンが発する光は、ただただ強くまぶしく、質問は受け付けませんオーラが半端ない。
「そのだましの森とやらの攻略法は、なんかないの?」
「攻略法は、強い心」
「それなら任せろ」
俺は自分のムネ肉をどんと叩く。
疑わしそうに見るナツメ。
「森を抜けるには心をまっすぐに持つこと。そして、絶対に振り返ってはいけない。道も、過去も、振り返ってはいけない」
振り返ってはいけないって、よく物語にある……フラグ立つパターンなんですけど……不吉だからやめてほしいんですけど……。
「コーヘイ、覚悟はあるか。きっとこの道は、誰も選ばない道だ」
誰も選ばない道。
それが、ドラゴン消失地点に続いているのなら。
現場に辿りつけるのは、俺だけってことだ。
「それってつまり、俺だけが、スクープを手にできるってこと、だよな」
思わずこぼれた「スクープ」という単語に、胸の奥がかあっと熱くなる。
「行こう、ナツメ。今俺のムネ肉は、この上なくぷりっぷりに弾んでいる。いまなら行ける! 250℃の油で揚げてもかなわないくらい、熱く激しく盛り上がっているのだから!!」
「コーヘイの、ムネ肉が、熱く、ねえぇ……」
焦げちゃったけどまだぎりぎりいける唐揚げでも前にしたかのような、微妙な表情で俺を見るな。
◇◇◇
ペンライトの灯りを掲げる俺が前に立ち、ナツメが続く。
アルプルイチマンジャクの一体どこからがだましの森なのか、もちろん看板なんてものはない。
幻覚が見えたら森に入った証拠なのだろうが、自覚症状が出たときには半ば手遅れだというのはさまざまな重病が証明しているとおりだろう。
「だからコーヘイは決して振り返るなよ。私の耳は、コーヘイが自分だけに聞こえると思い込んだ音量でふんふん鳴らす調子っぱずれの鼻歌を10メートル離れても感知できるのだから。安心して前を向いたまましゃべればいい」
「なに、そのたとえ。感じわるいなあ」
「? アルプルイチマンジャクのふもとでお前を待っているとき、たしかにふんふん歌っていたじゃないか」
「!!! 猫耳っていうか、地獄耳だな……」
「地獄耳だと?」
背後で、爪を伸ばす気配がする。
……でも、振り返れない。
自然と早足になる。ペンの光は空中を、切れない糸のように走っている。雲の切れ間から時折、満月が姿を現し、ペンの光までも包み込むように木々を白く染める。
「きれいだ……」
こんなふうに自然を無心で見つめるなんて、いったいいつぶりだろう。
この道が危険な「だましの森」に続いているなんて、もはや信じがたい。
感覚を研ぎ澄ませると、ほのかな花の香りにはっとする。
まったりと甘く、嗅ぐだけでは飽き足らず、口をひらいて舌先でころがしたくなるような、そんな香り。
振り返らないという意識だけは辛うじて保ち、前方180度を味わうように見わたす。
ひときわ強い香りが右前方の茂みから立ち、目をやると、
「え、エルフ……?」
尖った耳。きらめくような淡い栗色の長い髪。
限りなく透明に近い白い肌に、限りなくゼロに近い防御力の羽衣をまとったエルフの女性が、緑のなかにすっくり立ち、こちらを見つめていた。