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7・スカートはくのはお前らのためじゃないからな!しっぽを隠すためだからなっ!

夜。


アルプルイチマンジャクのふもとは、そのまま街の出口だった。


やってきた森とは反対側、太陽が沈む方角へ歩き続けばそこがアルプルイチマンジャクのふもとだというナツメの雑な指令に従ったから、前世の常識を適用してよいなら、東の果てに来たことになる。


真っ暗である。


満月の夜ならば月明りがあっていいようなものだが、


真っ暗である。


空は厚い雲に覆われ、月も星も何も見えない。


木々のざわめきと、獣の遠吠え。夜の湿り気を含んだ風。自分の足もとさえ分からない暗闇に、視覚以外の感覚が急速に研ぎ澄まされていく。


「コーーオーーヘーーイーーーー」


闇の中から突然、唸るような声がして俺はとっさに振り返る。


「ナツメ!? だな?? その不気味な声、一体何の真似だよ」


「私は、こっちだ」


俺の頬を、ぷにっとしたなにかがまっすぐとらえる。


ナツメの……手?


ネコの……手?


「闇で目が見えないとはいえ……お前の耳はどこから音が聞こえるかもわからないのか。まあヒト族が五感を研ぎ澄ませたところで、所詮そんなものか……」


ナツメの声……真正面にいるのか?


おれは、右腕をすうっと突き出す。


……ぽやんとした、やわらかーいものに当たる。


「ニャギャーーーーーーーー!!!!」


闇をつんざくような悲鳴と同時に、俺のほっぺたに鋭い痛みが走る。


瞬発的な痛みの直後、じわじわと広がるひりつくような熱。俺は、この痛みを知っている。酔った勢いなどで不用意に道ばたの野良猫を抱き上げると、こういう目に遭う。


「痛ってぇ! 引っ掻いたな! なにすんだよ!!」


「何すんだよはこっちのセリフだ! 恥を知れ!!」


「恥を知れって、俺が何をした?」


「ム、ムネを……私のムネ肉に、ふれた……だろっ」


……


…………えっ?


「ま、まじ? ご、ごめんっ。いまのぽやーんとしたのが……ま、まさかムネ肉とはっ」


すっかり気が動転したが、胸じゃなくてムネ肉っていわれると、秘匿感が薄れるのはなぜだろう……。


「ふん、まあいい。しかし今後私に無礼を働けば、この猫の手がところかまわずバリバリ爪を立てることを覚えておけ!!」


「ふ、ふわーい」


じんじんするほっぺたを抑えながら、俺は答える。


「よし、それではアルプルイチマンジャクに入る」


根に持たない性格なのか、はたまたこれ以上この話題を引っ張りたくないのか、ナツメはしれっと宣言した。


「うっす」


俺も調子を合わせて、姿勢を正す。


「じゃ、進め」


「……いや、俺が先頭って無理でしょ。何も見えないもん」


だからムネ肉に触っちゃったんだもん。


「私だって見えないぞ」


「見えないぞって、あんた、ネコの能力あるんでしょ? ネコって、暗闇で良く見えるんじゃないの?」


「笑わせるなコーヘイ。私の身体のすべてがネコのわけがないだろう。ぜんぶネコであったなら、私は亜人じゃなくてネコちゃんだ」


「は、はあ」


「私のなかのネコは、この耳と、肉球と爪を兼ね備えた前足ハンド、それからしっぽだ。暗いところは、人並みに見えない」


「つ、使えねえ……だいたいネコみたいな青い目をしていたじゃないか。さっきだって、まるで見えているふうに振る舞っていたくせに……」


「~~♪」


「まじでどうするんだよ。これじゃ明るくなるまで一歩も進めないじゃん。でも夜が明けたら、俺は山に入れないんだろ?」


「コーヘイ、お前の装備はどうなっているんだ。お前はヒトだから、魔法は使えないとして……何か灯りになるものを持ってないのか」


「……見たい? 俺の装備」


「もったいぶるな。まあヒトの装備といえば、剣に決まっているが」


「ところがねぇナツメさん。俺の装備は、剣じゃないんすよー」


「おお、そういえばシンブンキシャは、剣の力に立ち向かう者だったな。ではなんだ、弓矢か?」


「じゃじゃーん!」


やぶれかぶれのハイテンションで、俺は胸ポッケの羽根ペンを掲げる。


闇の中に白い羽がぼんやりうかぶ。


「なんだそれは……? ペン、か?」


「ご名答! ディスイズアペーン!」


「ふむ……さっきギルドでコーヘイは、シンブンキシャはキジを書くと言っていたな。ペンは確かに、書くためのもの。それはまことに、シンブンキシャらしい装備だな」


何か納得したらしい。


「しかし、ペンの出番はまだ先だろう。まずはシュザイをするんだから。ほかの装備を出せ」


やっぱり納得していなかったらしい。


「ない。俺の装備、以上」


「……正気か?」


「俺は正気だ。正気じゃなかったのは、召喚の女神だ」


「ああ、あいつか。何か新しい遊びを始めたとは聞いていたが……あいつならやりそうな正気の失い方だな、うんうん」


ずいぶん深く納得したらしい。


「ナツメ、女神と知り合いなの? 類は友を呼ぶ系? どことなーく似てるもんね」


居丈高な態度とか。


「女神に何か、言葉を授けられたんじゃないか。あいつがそんなことを言っていた淡い記憶が」


「ああ。決めゼリフガチャってやつを回してね」


「そうそう、ガチャガチャ言っていた。コーヘイ、授かった言葉を唱えてみろ」


「えー、ちょっといま、気分じゃないんすけどー」


「……気分に、してやろうか?」


ナツメの手から、にゅうーと爪がのぞく。


「ひぃぃぃぃ。バリバリ、反対! 分かったよ、唱えるよ……」


唱えるけど……唱えて、どうするの?


俺は一応、羽ペンを頭上に高く掲げる。


「……ほんとに、言うの?」


ああ、恥ずかしい。


「早く言え」


もう、逃げ出したい。


しかしこっちを、らんらんと見つめているナツメから、今さら逃れようもない。


……もう、知らない。言ってやらあ。


「ペンは剣よりも強し!」


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