6・シンブンキシャの上級職がノベリストなのかどうかは検証の余地があります。
ナツメと名乗った女の目は、暗闇で光るネコのように、あたりを鋭く警戒している。
頬のあたりで切りそろえた黒髪が、強いまなざしを縁どるように美しい。
「私は亜人だって……それが、なにか?」
「なにかって、お前はヒトだろ? 私が亜人と知って平然としていられるヒト族は、そういないはずだが」
「俺この世界初心者なんで。ナツメさんが亜人って聞いても、あ、そうなんだくらいにしか……」
どちらかというと、亜人を毛嫌いしているらしい先ほどの白マント野郎の価値観のほうが違和感あるし、
というよりもビールがひと肌のぬくもりで皆さんが満足していることのほうに、強烈に驚いているし、
さらに言わせてもらえばこの数十秒の勘違いときめき体験のほうが、俺の人生の走馬燈上位に投影される、エポックメイキングな出来事であろう。
「なるほど、肝が据わっているな。それでこそ、伝説のシンブンキシャにふさわしい」
何か認められたらしい。
ナツメは俺の手を自らの頭から離し、笑った。
「私の遠い祖先に、シンブンキシャだった者の記録が残っているのだ。その大おじはのちに転職でノベリストになったのだがな……」
ナツメがビールを豪快にぐびぐび飲む。俺はホットミルクをふうふう飲む。
いったいどっちがネコなんだか。
「ヒト族が使う剣の力。その暴走を止める切り札となるのが、シンブンキシャだと記録にある。大おじの転職以降、絶えて久しい職業なのだが、その遺言書には大おじの死から222回目の満月の日に、異界からやって来た何者かによってシンブンキシャが復活すると書かれていた」
「222……ニャン・ニャン・ニャンか……」
「きょうがその満月の日。ゆえに私は、危険を冒して市街地のギルドまで情報収集に来ていたわけだ」
ナツメは話しながらも、周囲へ警戒の目を光らせ続けている。
ヒトのたまり場に亜人がいるのは、そんなに異様なことなのか。
「消失した輸送ドラゴン。当然これをシュザイするんだろ、シンブンキシャは」
「シュザイ……」
取材。そうだ、新聞記者っていうのは、事件とか事故が起きたら、取材するのが仕事だろう、たぶん。
「お、おう、もちろんだ。さっそく取材して、記事を書かなくちゃな」
ナツメが目をぱちくりする。
「キジを『書く』? キジって、こねたり焼いたりするものじゃないのか?」
どうもナツメの脳裏には、パイ生地的なものが浮かんでいるらしい。
「え、ナツメのご先祖様のおじさんは、新聞記事を書いていたんじゃないの?」
「にゃむぅぅぅ?」
小首をかしげていきなりかわいいネコちゃんぶられても、あの握力を見せつけられたあとじゃ、もはやキュンとするのもためらわれる。
「遠い昔の記録だからな、具体的なことは私も分からん。私が知っているのは『シンブンキシャはシュザイをし、剣の力に立ち向かう』ということだけだ。そして私の名はシンブンキシャと行動をともにする相棒として、大おじの遺言に刻まれている」
ナツメの瞳が、使命感に燃えている。
「あの、ちなみにこの国に、新聞ってあるの?」
「にゃむぅぅぅ?」
「……分かりました、もういいです」
豊富なのは、使命感だけらしい。
たぶんナツメは、「シュザイ」が何なのかもわかっていないのだろう。
まあ俺も、取材っていうのがどんなものなのか、前世での漠然としたイメージしか持ち合わせていないのだが。
「しっかしコーヘイ、お前は私という優秀な相棒に出会えてとことん運がいい。アルプルイチマンジャクにお前ひとりで行くことは不可能だからな」
得意げに胸を張るナツメ。単独で知らない山を行くのが危険だというのは分かるが、「不可能」とは?
「ヒト族が亜人を嫌うのは勝手だが……山のほうだって、ヒト族を忌むものだ。あの白マントは腹立たしいが、正しい。ヒト族がアルプルイチマンジャクに踏み入れば、山の怒りを買い、無傷では済まない」
「それじゃ俺も入れないじゃん」
「私のそばにいれば、死ぬことはないだろう。ただし、闇に乗じて入る必要がある。山の神が夢うつつでぼんやりして『んん? ヒトかなあ……でも亜人といっしょだし、まあいっか……睡眠時間は7時間は確保したいし……』と警戒を緩めている隙を突くのだ」
「山の神さま、けっこうワキが甘いっすね」
「だから愛されているのだ」
「俺も、山の神さまポジションを目指します」
「うむ。では夜に」