5・いっそ温めたビールで肉とイモを煮込んだ料理もあるのだが、そのおいしさをきみはまだ知らない。
「おまえ……シンブンキシャ、なのか?」
俺を見下ろすそいつの表情は、読めない。頭をすっぽり覆う黒いキャップを目深にかぶり、しかも逆光。
ただその声音と、黒いフレアミニからすらりと伸びた脚で、若い女であることが、分かる。
「お、おう……新聞記者ですが、なにか?」
「証拠は?」
「証拠?」
証拠なら……ステータス画面を見せれば早い。
だけどいきなり証拠とか言ってくるヤツの言うことを聞くほど、俺はお人よしじゃない。
ゆえにむっつり黙っていると、
「なんだ、やっぱり私の勘違いか……」
キャップの透き間から、恨めしい視線を俺に向ける。
ネコの目のような透き通るブルーの虹彩のせいで、彼女の一方的な落胆が、正しい裁きのように見せる。
「シンブンキシャ、と聞こえたから、ベイクドポテトの最初のひとくちをなげうって駆けつけたのに……アツアツにバターのとろけた、この上なきホクホクを、今にも口にせんとしていたのに……絶好の機会を逃した私のブレイクンハートを、どうしてくれる!」
女はそう叫ぶと体育座りの俺の襟元をむんずとつかみ、
ぬいぐるみでも持ち上げるように、俺の身体を引き起こした。
浮いた。
襟首をつかまれたまま、女の片手によって俺、ちょっと浮いた。
「わ、すんません、離して! 証拠ならある!!」
ステータスオープン、と俺が慌てて唱えると、
「名前:コーヘイ、職業:新聞記者……なんだ、本物じゃないか。早く言え」
女は俺の首根っこを掴んでいた手をあっけなく放す。
つま先から床に触れる。ああ、床。二足歩行の礎。地に足が着く喜びを噛みしめる。
「いやあ疑って悪かったな、シンブンキシャ。こっちに来い。イモをおごろう」
女は俺を持ち上げたことなどけろりと忘れた様子で、店の奥を指す。
いちばん奥の薄暗いテーブルに、湯気を立てるイモと、突き刺したフォークが見えた。
なんとなく、突き刺されたイモの気持ちになる。
◇◇◇
奥のテーブルに、女と差し向かいに座る。
ひと肌のぬくもりのビールは遠慮して、冷たい飲み物を求めると露骨にヘンな顔をされた。川の水より冷たいものは、雪か氷になるらしい。
というわけで俺の飲みものは、ホットミルク。ミルクとイモ。小学生のおやつである。
女の動きに合わせて、ジョッキとマグカップをこつんとぶつける。
出会いに乾杯ってとこか。
「コーヘイ、だったな。私の名はナツメ」
ナツメが右手を差し出す。あいさつで握手する習慣か。
そう思い、俺も右手を差し出すと、
「え、ちょっと、ナ、ナツメさん……?」
ナツメはその手を取って、自分の顔へと持っていく。
ナツメの怪力はさきほどの一連のできごとにより証明済みで、
手首を掴まれた俺の右手はなすすべなく、彼女の白い肌へ近づいていく。
なにこれ、どういうご挨拶? え、いいの? もうあと1センチで、俺の指先とあなたのほっぺたこんにちはだけど、いいの???
期待と動揺にぷるぷるする俺の指先は、
キャップを被った彼女の頭に据えられた。
「……いいこ、いいこ?」
してほしいのだろうか。
強気な言動は典型的なツンデレで、突然甘えモードが起動したのだろうか。
ぐるぐると渦巻くオタク的思考。ばくばくと早鐘を打つ俺の心臓。
おそるおそる手首は固定されたまま、そろりそろりナツメの頭をなでる俺の右手。
しかし、このさわり心地……物心ついて以来、女子の頭をなでるという僥倖に恵まれてこなかった者としては確信が持てないのだが……
丸刈りにでもしていない限り、男と女で頭のさわり心地がまるで別モノということはないと思うのだが……
軟骨のような、あからさまな突起がふたつ、キャップ越しにもわかるのだが……
と、俺の手の中で突起がぴくっとはねた。
「ニャッ」
思わず声を上げる。
「ニャッておまえ……それは私のセリフなんだが」
「?」
「まだ分からないか」
「ニャニャッ?」
ナツメはひとつ大きなため息をつき、声を潜めてこう言った。
「私は、亜人だ。ネコの特性と習性を持つ」