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4・この国でシルクハットから飛び出すものといえば、ホケキョと鳴く何かと決まっている。

名前:コーヘイ

レベル:3

決めゼリフ:ペンは剣よりも強し

装備:ペン

職業:新聞記者


おばちゃんの水晶から、俺のステータスが飛び出して見える。


「お、レベルが上がっている!」


街までの道で、経験値を得たのだろう。


「さんざん探ったんだけどねえ、あんた、ランクがないねえ」


「ランク?」


「冒険者にはさ、S級からC級まで、ランクがあるんだけど……それがついてないんだよ、あんたのステータス」


それってつまり……


「すべてを超越した存在ということか……」


「ずいぶん楽天的なタチだね。C級にも満たない、とは考えないのかね?」


……考えない、わけじゃない。


しかし、言霊というものがある。そんなことを自ら口にすることは避けたい。


「で、このシンブンキシャって職業……はあ、いにしえの言い伝えには聞いていたけど、本当にあったんだねえ」


「言い伝え?」


なんだなんだ。いにしえとは、期待させる響きだ。


「むかーしむかしの、井戸端会議で耳にしてな……」


秘伝の巻物等を思い浮かべていた俺の想像力は、井戸の底に沈んだ。


「言い伝えによると、新聞記者っていうやつは、ランク不問でどの依頼を受けてもいいことになっている……」


なるほど。やはり、すべてのランクを超越した存在なのでは……


「ただし、ギルドは一切の責任を持ちません」


「ええっ」


「どこへ行ってもいいし、誰に会ってもいいけど……その結果はぜーんぶ、おまえさんが引き受けるってことさね」


水晶を前におばちゃんが、沸騰を始めたばかりの鍋のようにくつくつ笑う。


その様子は魔女の闇鍋を想起させ、不吉なのでやめてほしい。


「じゃあこれで登録完了……あんた、記憶をなくしたって言っていたけど、うちのギルドに来たの初めてだよ」


「あ、そうでしたか……なにか、勘ちがいしていたようだな……てへ」


「いい時に来たねえ。きょうが登録料無料キャンペーンの最終日だよ」


「それはそれは、善き哉」


「じゃあ引き受けたい依頼を見つけたら、今度はあっちの窓口さね。右からC級、B級、A級とS級の依頼の窓口だよ」


「どうも」


「じゃ、死なないようにね……くっくっくっ……」


…………。


…………行こ。


俺がおばちゃんのブースから離れ、入口に目を向けたそのときだった。


新しく張り出された依頼書に、大勢の冒険者が駈け寄り、どよめいている。


「大変だ! 輸送ドラゴンが消失したってよ!!」


「なんだって!」「ドラゴンが!」「輸送の!」「まさか!」「消失!?」


単語バラしただけの驚きの声がそこかしこから上がる。


奥でポテチをかじってた冒険者たちが、ポテチをまき散らしながらわらわら集まってくる。


「消失!?」


俺も、輪に加わりながら言ってみる。急に、冒険者の実感が出てきた。


「ロストポイントはアルプルイチマンジャク山脈付近だってよ!」


「墜落の可能性もあり!」


「ばかな、ドラゴンが墜落するかよ? それも輸送特化型だろ、飛行力強化の」


「じゃあ逃亡するのか? そっちのほうがあり得なくね?」


「空中でいきなり消える……いや、そんな魔法はねえか」


「生け捕りなら金貨1000枚!……って墜落してもドラゴンって、生きてるのか?」


「知るかよ。おいおいよく見ろ、この依頼S級A級限定だってよ、チクショウ!」


人だかりで依頼書はろくに見えないが、みんなが大声で、分かったことと思ったことをダダ漏れしてくれるため、突っ立っているだけで情報収集できる。


しかしはたと気づく。俺は、ここの文字が読めるのだろうか。


さっきおばちゃんからもらった、トランプサイズの登録証をポケットから出す。


「……読める」


アルファベットに似た、だが上や下や横に点々や棒や渦巻きがちょろりとついた文字が、


「読める……メインクイン王国コフキ地区中央冒険者ギルド発行……有効期限、フライド暦2222年12月まで……」


とりあえず識字力があるってのは随分助かる。


「これってペンは剣よりも強しのおかげかな……」


ひとりごちていると、目の前でバサッと白いマントが翻った。


「けふっ……はっくしゅッ」


マントの風で舞い上がった埃をもろに吸いこんでしまった。


……なんなんだこいつ。


「ふっ……アルプルイチマンジャクか……」


マント翻し男は、依頼書を囲む面々をひとりひとり確かめるように、たっぷり時間をかけて見渡して、もったいぶっている。


「まったく、ヒト様の行くところではないな……」


ふるふると首を振って見せるマント男。


ちょうどよく乱れた銀色の髪をかき上げて、ため息をつく。


「アルプルイチマンジャク……すなわち、未開のエルフとドワーフ、亜人たちが住処とする山脈地帯……この依頼、労多くして得るものは少ないと見た……」


依頼書も俺たちも、全部を見下すような低い笑いをこぼし、マント男は顎をしゃくった。


「行くぞ、わがパーティのしもべたち。なんの騒ぎかと思えば、まったく時間の無駄であったな……」


悠々と舞台の袖に下がるかのように、ギルドを出て行くマントと、しもべと呼ばれた数人の男たち。


しもべたちは口々に「主様のおっしゃるとおり」「さすがのご明察」など片腹痛い言葉を吐きながら、ギルドの俺たちにイキった視線を投げつけて、足早にマントを追って行った。


「……なんだありゃ。感じ悪」


俺が思わずつぶやくと、そばにいたヒゲ面のおっさんが分かる分かるとでも言うように頷いた。


その手には風呂場の桶大のジョッキが握られている。オレンジ色の液体は、ビールか。


「軍のお抱えパーティーはあんなのばっかりだからなぁ、ったく。別種族と交流しないで、何が冒険って話だよなあ」


掛け湯をするかのごとき勢いでジョッキの中身を吸い込んでいく。


「歴戦のS級勇者っつったって、それいつの話だって感じだよな。あいつらもうロクにどんな探索もしてないだろ?」


「軍からたんまり給金があっちゃ、危険に身を晒して戦うなんざバカらしいんだろうよ」


まわりのおっさんたちも口々に、酒臭い息を吐きながらマント男をこき下ろす。皆いろいろ溜まっているらしい。


「とは言え、なあ……」


「この依頼、S級A級限定か……」


にわかにしょぼんとするおっさんたち。


「あのう、みなさんのランクは……」


聞かなくてもいいことを聞いてしまうのは前世からの俺の悪い癖で。


「「「BとC!!!文句あっか!!!」」」


「めっそうもないです!」


「そういう兄ちゃんはどうなんだ。あんたロストドラゴン探索の資格、あんのか?」


「えーっとですね、ぼくはランク外と申しますか、別の次元におりまして……」


「はあぁ? ランク外?? なんだ兄ちゃん、ママのおなかにランク忘れてきまちたかあーー?」


ぶひゃひゃひゃひゃと大笑いするおっさんたち。


完全に酔っぱらいのテンションである。


昼間っから飲みすぎである。


「ぼくの職業がですね、新聞記者っていうんですけど、それはランクに縛られないジョブでしてねーー!」


なぜゆえに酔っぱらいのおっさん相手に愚直に説明しているのだ、と頭の中でもう一人の俺が冷静な判断を促すが、


「いやこれがもう大変なジョブなんすよ! 新聞記者!! 新聞だって! オワコンでしょ!? なんつったって、装備がペンなんですよペン! ここ剣と魔法の国でしょ!? なんだよこれ、クソゲーかっつうの!!」


ああああああ、と頭を抱え込む俺。


ああああああ、ずっと愚痴りたかったんですよ、誰かに。この憤懣やるかたない気持ちを、情けなくもダダ漏れしてもビールで流してくれそうな場所で。


うっひゃひゃひゃひゃ、兄ちゃん、気にいった飲め飲めとどこからかジョッキを持ってくるおっさん。


あざーっすと一気にあおる俺。


「ぎゃっ、ぬるいっ。ビール、ぬるっ」


冷たい喉ごしを期待してあおった飲みものが、ひと肌のぬくもりだったことによって我に返る。


「っくう……、しかし、愚痴ったところで、俺の装備は……!」


胸ポッケに刺さった、ペン。ディスイズアペン。これは、ペンです。


体育座りでうつむく。


床が近い。


その床に、濃い影が落ちる。


「?」


振り向くと何者かが、俺を見下ろしていた。


「おまえ……シンブンキシャ、なのか?」


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