3・水晶味っていうのは、おいしい水の味のことだと食べた人は言いました。
「あ、あのーーすいません」
俺は、隣で依頼書を品定めしている冒険者に声を掛けた。
「手配犯の写真なんすけど……」
「ん? あんた見ない顔だな? 賞金首討伐狙いなのか?」
「あ、いや、なんでみんな、亜人なのかなあって」
冒険者は(何言ってんだコイツ)という心の声を如実に表現した半笑いで、俺を見やる。
「そりゃ、冒険者が人間ひっ捕らえるわけにはいかないだろ。人間を裁いていいのは、軍だけだから」
あ、そういう仕組みなの。
「お兄さんは、人間っすよね?」
冒険者は(何言ってんだコイツ!!!)という苛立ちをそのまま鋭い視線に込めて、俺をにらんだ。
「見れば分かるだろ! だいたい街の一等地のギルドに、亜人が来るかよ」
「そ、そうですよね。失礼しましたーー」
「……あんた、よそ者か?」
心臓が跳ねる。
警戒されている?
しかしここで街の人間を装うのも無理がある。
一方でこの、明らかに部外者に厳しい雰囲気をどうしてくれよう。
「ええっと、ちょっと階段から落ちて、しばらく寝ていたもんですから……記憶がやや曖昧でして……」
……ウソではない。
「なにっ!? そりゃあ災難だったなあ。そうだ、記憶力強化の薬草摘みの依頼も、どこかにあったぜ。契約によるけど、冒険者は成功報酬のほかに収穫物の10パーセントがもらえるだろ? あんたにちょうどいいんじゃねえか?」
おお、予期せずして情報ゲット。
しかもこの御人、意外と親切だ。せっかくなので、さりげなく聞いてみる。
「そもそも、依頼の受け方とかも、忘れてしまっていて……どうすればいいんでしたかねえ?」
「おいおい、大丈夫かよ。あのいちばん左の窓口で、ランク鑑定と登録更新からやり直したほうがいいんじゃね?」
冒険者がギルドの奥を指さす。
「ああ、そうだそうだそうだ、ありがとう」
俺は親切な彼にそそくさとお礼を言い、左の窓口に向かう。
ちょうど銀行の窓口のようなブースが、正面の壁沿いに並んでいた。
入口の依頼書に気を取られていたが、ギルドの奥は意外なほど広くカフェのようになっており、木のテーブルと丸イスが並んでいる。
スープらしきものを啜ったり昼間から酒を飲んだり、何か交渉事をしている連中もいる。
そして、揚げたイモの香ばしい匂いがじんわり漂っていた。
「はいはいなんですか。登録ですか」
ガラガラの左奥の窓口に俺が立つと、ぎょろっとした目のおばあさんに見えるけどおばちゃんと呼んでおいたほうが無難な感じのおばちゃんが七面倒くさそうに言った。
「はいはいそうなんです。登録したいんです」
「はいはいじゃあこちらの水晶にね、利き手をかざして」
おばちゃんは小さな座布団の上に鎮座した、透明の水晶を窓口に突き出す。
なんとなく水晶が、正座したおばちゃんに見える。
という感想は胸にしまい、右手を水晶に伸ばす俺。
「はい、息を吸ってー、吐いてー、もう一度大きく吸ってー………」
おばちゃんは真剣なまなざしで俺を見つめ、唱える。
吸うの? まだ吸うの?
「止める!!!」
レントゲン撮影かよ!!!
と物申したいが申したら息を止められないので必死に、止める。
「おや……はっはぁ……へぇぇぇぇ……」
おばちゃんは水晶をなめまわしそうな距離で矯めつ眇めつしている。
「いやはや……ほほぉぉぉぉ……こんなことが……」
新鮮な空気を求めて、そろそろ俺の肺は痛みだしている。
「まあまあ……ぬにゅゅゅゅ……ほーほけきょ……」
ホーホケキョ? 一体何を鑑定してるんだ?
女神のガチャといい、この世界におけるホケキョは鳥の鳴き声ではないオノマトペなのか?
ってか、まだか? まだ息止めてないとだめか?
「ぷはっっっっっ」
「こらっ。まだいいって言ってないだろ!」
「いやいや、鑑定時間、かかり過ぎでしょう!」
肩で息をしながら、俺は必死に抗議する。
「そうじゃなくて、あと3.6秒で息止め最長記録更新だったのにねえ。更新者には、揚げたイモにまぶす『おばちゃん特製・水晶風味フレーバーの素』を差し上げるのにねえ」
水晶風味ってどんな味だ。
でもそれを聞いたら話がすごく長くなりそうなので、あえて無視する。
「で、あの、俺の鑑定結果は……」
おばちゃんは水晶風味に食指を動かさない俺をつまんなそうに一瞥してから、水晶に視線を戻した。
「ふんだ、写すよ……しっかし、あんた、どういうことだいこりゃ?」