17・少しさめて、やわらかくなった揚げイモもそれはそれでおいしい
とはいえ、どこを探したらいいものやら。
足は自然と、ギルドへの道をたどっている。
「ナツメー、ナツメー、ホーホケキョー」
うっ。いつの間にかホーホケキョが口を突いて出るようになっている。
こんなことで異世界に馴染んでも仕方ないのだが。
「ナツメー、ナツメー、出てこないと、イモ食べちゃうぞーーー」
揚げイモの芳醇な香りを嗅ぐだけ嗅いで食さずにいるのは、拷問に近い。
「もう本当に食べちゃおうかな……あいつだって、揚げたてがいいだろうしな、うんうん」
包みを破ろうとしたその瞬間、
黒猫が俺の目の前をこちらを睨みながらよぎった。
「う……まるでナツメに見張られているかのような」
猫の行く先に視線をやる。粗末な木造の家が並ぶ、細い路地だ。
「ん……道の真ん中にも、猫ちゃん?」
黒猫は、路上の黒い塊に向かって四足を進め、
「あ、咥えた!」
そのちいさな黒いかたまりをとらえて、なぜか俺のほうへ戻ってくる。
「あれ、子猫じゃないよな……まさかねずみでは……」
捕まえた獲物をこれみよがしに見せてえばって褒めてもらおうとして飼い主の悲鳴を呼ぶのはネコの常だが、
「これは、ナツメの!!」
黒猫が俺の前でぽいと口を離したのは、ネズミではない。
黒いニットキャップだった。
見間違うはずがない。ナツメが、猫耳を隠すためにかぶっていたキャップだ。
「あいつが街でこれを外したり、落として気づかないわけがない……。どういうことだ?」
背筋に冷たいものが走る。俺は右手にキャップを握りしめ、左腕に黒猫を抱え、キャップが落ちていた場所で叫ぶ。
「ナツメ!? ナツメ?? どこにいるんだ???」
たった一本、細い路地に入っただけで頬で受ける空気が変わっている。
危険のにおい。
無関心を装いながら、奪えるものはないかとうかがう。そんな、見えない視線をびりびり感じる。
そう、ここで声を張り上げるのは危険なのだ。
だけどその名を呼ばずにはいられない。
「ナツメー! ナツ……、こらこらペンが落ちちゃうだろ」
俺の言葉を遮ったのは、胸ポッケをかりかりする黒猫のいたずらな手だった。
「そうか、ペン。真実の光が、ナツメのいる場所へ俺を導いてくれるはず……!」
羽根にじゃれる猫ちゃんからペンを取り上げ、俺は頭上に振りあげた。
「ペンは剣よりも強し!」
◇◇◇
真実の光が一直線に走る。
頭上に上げた俺の手から、足もとへと一直線に。
「なにこれ……この決めゼリフ、またわけのわからんことを……」
黒猫が俺の手から地上へと、やわらかに着地する。光が突き刺す路上を、カリカリしている。
「バグかよ……いや、待てよ、これはもしや……」
ナツメは、地下にいるってことじゃないか。
顔を上げて見れば目の前には「盗賊のアジトです」と紹介されたら一発で信じそうな、廃屋だ。
そして南京錠で施錠された扉。
光るものに目がないのか、今度は錠をカリカリする猫。
「おいおい、何でもカリカリしてたら爪が痛むぞ……って、カギ開けてるーーー!!!」
黒猫の爪は、ピッキング犯の針金なのか。
あっさり鍵を開けた猫は、ぷらぷらする南京錠に前足をかけて弄んでいる。
「お前すごいなあ。もしかしてナツメの知り合い?」
「にゃぁああああぁん、ほけきょ」
……ネコまで、ホケキョ言った。
「いいんだ、ホケキョのことは今はおいておこう……よし、黒猫のナツメ2号、俺と一緒にこの廃墟に乗り込んでくれるかい?」
ふにゃぁあ、といいお返事が聞こえた、気がして。
俺は、記憶を失った。




