14・甘いとしょっぱいの無限ループにつきましては、こちらの世界でも多くの皆様の味覚をとりこにしております。
アルプルイチマンジャクを降りた俺たちは、どちらから言い出すともなく、まずはギルドへ向かった。
ナツメはもちろん、猫耳を隠す黒いキャップを目深にかぶり、膨らんだスカートで入念にしっぽを隠して、だ。
依頼書を品定めする冒険者と、イモを肴にクダをまく輩でギルドは溢れ、昨日と変わらぬ光景に安堵する一方で、どこか落ち着かない気分になる。
ここにいる連中はだれひとり、消失ドラゴンの行方を知らないのだ。
消失が墜落なのか、爆発なのか、事故か、故障か、誰も現場を確かめた者はいない。
探索の依頼書が今も張り出されていることが、何よりの証。
依頼が達成されたなら、その紙は回収される。
「コーヘイ、ギルドへ来たはいいが……ここで、キジをこねこねするのか?」
「記事を書くには、紙がいるんだよ。依頼書が張ってあるってことは、ここなら紙もあるんじゃないかなって」
「なるほどな。よし、あの片隅で、お茶をすすっている僧侶に聞いてみろ。経典を記す僧侶は、紙を持っている可能性が高い」
「なるほど。きのうふかしイモパック買った市場じゃ、紙は売っていなかったんだよな」
「そりゃそうだろ。イモと紙を一緒に売るもんか」
買物といえば何もかもが一箇所で手に入るコンビニやスーパーが当たり前の俺にとって、ナツメの呆れ声はむしろ新鮮だ。
それにしても、ひとまず「紙」がふつうに流通している異世界で安心した。街並みを鑑みるに、お高い羊皮紙しか入手できないかと危惧していたのだ。
この国、文明の度合いとしては、近代と考えてよいのだろう。
「あれ、ナツメ? ナツメ??」
しばし思案にふけていると、ナツメの姿が消えている。
「コーヘイ、なにをもたもたしている。ほれ」
背後から声とともに、ぬっと突き出されたもの。
「うわ、びっくりした。……おお、紙じゃん! いつの間に??」
「わたしの抜き足差し足忍び足の隠密行動は、音もなく遂行されるのだ……」
「いやここで隠密しなくていいから。っていうか隠密って……これ、まさか盗んできたんじゃないよな??」
「にゃむーーーーーーー!! ネコなめんなっ」
ナツメの手からにゅううっぅうと爪が伸びてくる。
「ちょっとゴロにゃんして見せたら、あの僧侶のほうからほいほい差し出してきたのさ」
「ゴロにゃんって……何したんだよ……」
甘えて見せたのか……いやこいつのことだから、ゴロゴロと雷のような音を立てにゃんこの爪を伸ばしたのかも……。
「紙、いるのか? いらないのか?? ああ分かったいらないんだな、じゃあ換金してこよう」
「いります! 紙、いります!! 断固としていります!!!」
「ふむ。ハモウナギフレーバーの揚げイモに追加して、はちみつバニラフレーバーもよろしく。あと、あの僧侶にはポタージュをおごっておけ。私は恩にはきちんと報いる」
恩に報いるとは見上げたものだが、金を出すのは俺である。
ナツメが僧侶からふんだくってきた紙――もとい、ポタージュと交換した紙は、俺たちが囲む傷まみれのテーブルをすっぽり覆う風呂敷サイズ。
あつらえたかのごとく、新聞にぴったりの大きさだが、傍目には場違いにもテーブルクロスを広げているように見えるだろう。
「ん? コーヘイ、紙を切らずに使うのか?」
「ああ。とりあえずは壁新聞みたいなものを作るから。ここ、印刷機なんて、ないだろ?」
「インサツキ? それは食べ物か? まあ、ハモウナギフレーバーの美味には負けるだろうが……」
舌なめずりするナツメに、俺は革袋からしぶしぶ金を出し、イモを買いに行かせる。銅貨をかさっらって注文に並ぶ姿は、いつになく機敏な動きだ。
「……しかし、俺、新聞記事なんて書いたことないんですけど」
書いたことないのはもちろん、読んだ記憶もほとんどない。
ニュースといえば、ネットかテレビか、SNSのトレンドを眺めるくらいだった己をちょっと後悔するが、
「いや、俺は悪くないぞ……だって、新聞なんてオワコンじゃん、読んでるほうが変わり者っていうか無駄に意識高い系っていうか……しかしいまやそれが俺のジョブ……」
白い紙を前にして、文字通り頭の中も真っ白になる。
「しかもほら、スマホで何か書くのは慣れてるけどさ、ペンなんて使わないじゃん俺らの世代。これを持った途端、何にも書けなくなる気がするんだよなあ……」
胸ポケットから、羽根ペンを取り出す。
右手に握り、構える。
やはり、解けない問題を前にしたような焦燥感だけが募る。
「参ったな……ペンを握れば、真実の光が、俺を正しい文章へと導いてくれるなんてことは、ないか……」
ふと脳裏をよぎった甘い期待だが、試してみる価値はある。
俺は横目で、あたりをうかがう。
冒険者たちはそれぞれ、自分のミッション選びかミッションを終えた後のビールかとりあえずビールかに夢中で、俺を気にしているヤツなぞいない。
カフェブースの注文口にいるナツメは、明らかにハモウナギとはちみつバニラだけとは思えぬ量の揚げイモをトレイに載せて……おい、まだ注文するんかい!!
「いやいや、いまばかりは好都合、ナツメがイモに集中しているうちに……」
俺は紙に向かってペンを構えた、何かを書きだす姿勢のままこっそり唱えた。
「ペンは剣よりも強し!」




