11・お別れしたものたちはお空じゃなくて、異世界で楽しくやっているんだ、たぶん。
はじめそれは、星、と見えた。
夜が、宙だけでは飽き足りず、大地までをも己の領分として星を降らせたごとき輝きだった。
幾分近づくと、それは、雪、と見えた。
繊細な粒子が冷やかにきらめいて、きのうまでの緑の大地に、白いヴェールを被せたようだった。
さらに近づくと、それは、
鱗だった。
大きなものは俺の握りこぶし程度、小さなものでもナツメの肉球くらいと異物感たっぷりで、
遠目に感じた澄んだ輝きとは打って変わって、不用意に触れては指先をざっくり切り落としてしまいそうな、刃のごとき鋭さを放っている。
ここは、アルプルイチマンジャクの山頂。
その大地は一面、鱗に覆われて。鱗は、朝の光を浴びて。禍々しく、照り輝いている。
「ここは、山頂だろ……それなのに、大量の鱗が広がっている……」
俺のつぶやきを受けて、ナツメが神妙な顔をする。
「コーヘイ、お前も気づいたか」
「ああ。この状況から考えられるのは……」
ナツメが息をのむ。
「昨夜、ここにツキジシジョウが転移した」
「にゃむーーーーー?」
「トヨスの登場により、役割を終えたツキジ。しかし本当は、異世界に転移していた……すなわち、さまざまな海の魚が集められ、アルプルイチマンジャクにて一同に会したのだ。何千、何万という魚がな。そしてこの場で捌かれ、鱗を取り払われ、鮮度の極みのまま、食う者の口福に寄与してくれた。今我々は、その宴の後に立っている。この大量の鱗は、彼らの生きた証。ナツメ、俺と一緒に魚たちに感謝をささげよう」
「……コーヘイ。冗談はそのくらいにしろ」
「はいはい、ジョークですよジョーク。いやちょっと、鱗に圧倒され気味の心を落ち着けようと思ってさあ」
「何千、何万の魚だと? どうしてそのことを私に教えてくれなかったのだ? 私はイモも好きだが、なんてったって大好物は魚だぞ?」
ナツメの猫耳がぷるぷるしている。瞬間、愛らしさを覚えるが逆立った毛に気づくと、背中に冷たいものが走る。
この子、めっちゃ怒っている。
「ツキジシジョウ? それが魚のいる場所なのだな? いますぐに、私をそこへ連れて行け。さもなくば、ツキジシジョウをここへ召喚しろ」
「いや、俺、召喚の神じゃないし……」
「じゃあなんだ、さっきの話はウソなのか? 私の腹の虫は、もう手がつけられないぞ? 魚を寄こせと暴れているぞ?? 脂ののった身や、まあるい目玉に食らいつかないと、収拾がつかないぞ……???」
ナツメのかたちのよい唇の奥に、
牙が見えた。
俺は頭を抱える。
当然分かっていましたよ。
ここ、アルプルイチマンジャクは輸送ドラゴンの消失現場。その大地が一面、鱗にまみれているということは、
鱗は、ドラゴンのものである!
ではなぜ鱗のみで、ドラゴン本体の姿は見えないのか。
1、見つけていないだけで、どこかにいる。
2、空中で爆発し、鱗だけが霰のごとく舞い散った。
3、ドラゴンは脱皮した。
という推測についてナツメと検証したかったのだが。
俺のジョークを真に受けたヤツの頭と胃袋は、ツキジシジョウの魚に囚われている。
「コーヘイ……ツキジシジョウ……さもなくば……死……」
地の底から響く呪いの詠唱のごとく、ナツメは喉の奥をごろごろ鳴らしながら俺を恫喝する。
「わーー待って待って。とにかく腹を満たそう、な。俺ちゃんと、街で『冒険者御用達!ふかしイモパック』ってやつを買ってきたんだよ、ナツメの分も」
「イモ……?この期に及んで、イモ……?それも冒険者用の、非常食の、腹がふくれることに八割がたの労力を注ぎ味わいは二の次三の次、食事を馬鹿にしているとしか思えない、ふかしイモパックだと……?」
なだめるつもりが、食欲の火に油を注いでしまった。
「魚を寄こせ……魚だ……サーモニア、ブリリ、ヒイラメ、マルグロ、サンショウウオ……!!」
これはもう、手が付けられない。どっかの川にもぐって何でもいいから魚とってこようと、上着の裾に手を掛けた、そのときだった。
「おじょうさん、塩焼きどうだい」
鼻孔から胃袋までをわくわくと刺激する、香ばしいにおいをつれて、
髭を生やした小柄な女性が、串焼きにした白身魚の切り身をたいまつのように掲げて、こちらへ差し出す。
「おお、奥さん。ご親切に」
ナツメは満面の笑みで串に手を伸ばす。
「え、このひと、知り合い?」




