1・スキルは品切れだからってガチャを回せってそんな
目覚めたら、美女とサシで座っていた。
「えーっと、で、俺はこちらに転生した、と」
「そういうこと。階段を踏み外したところまでは、憶えているでしょ?」
「階段を……」
憶えているっていうか、思い出してきた。
「いかにも踏み外しそうだもんねえ」
「あの階段?」
「いや、あんた」
女神アリアネスと名乗った彼女は、琥珀色のロングヘアを指先でもてあそびながらそう言った。
「目ざめるまで時間かかり過ぎなんだよねえ。せっかく定時で上がろうと思ったのにー」
それでこの女神、塩対応なのか。
しかし、目ざめなかったのも仕方あるまい。前世での俺の睡眠時間は平均4時間を切っていたはずだ。
「そうだ、俺は、荷物をまとめて……このクソ会社ともおさらばだぜって、階段の手前で恨みを込めて振り向いたところで……足もとにペンが転がってきて……」
「備品のペンだったらパクッてやろうという、今思えばしょうもない、ささやかな反抗心にそそのかされて……」
「ペンを拾おうと屈みこんだところ、大荷物が腹につかえて、バランスを崩して……」
「「階下へ、まっさかさまーーー!!」」
盛大に笑い声を上げる、俺とアリアネス。
「いや、笑いごとじゃなーい! で、俺はどうなったんだ?」
「どうなったって、ここにいるじゃん。あたしがこっちに、召喚してあげたから」
「……あざーっす。じゃ、はやいとこチートスキルを授けてくれ」
「ない」
「あと当面の路銀と、この世界のお金や単位の一覧表みたいのもほしいな。基本は戦闘スキルがいいけど、鑑定スキルも必須だよね」
「だから、ない」
「ない?? はいーーーー???」
「あらゆるスキルは、ただいま品切れです」
「異世界で? スキルが?? 品切れ???」
「この10年くらいさ、スキルの消費量が全異世界的にハンパないのよ。転生・転移者が多過ぎて、これじゃスキルだって枯渇するってもんよねぇ」
「あんた、召喚の女神なんだろ。そんな、池の水全部抜くみたいに、スキルの泉を枯渇させちゃだめだろう」
「わるいわるい。実はさあ、あんたが寝ている間に来た転生者が可愛かったから大盤振る舞いして……スキル、すっからかんになった。てへ」
「てへ、じゃねーーー! どうすんだよ、スキルがなきゃ、冒険だって農業だってできないのがこの世界だろ」
「そんな気の毒なコーヘイのために、心優しい女神アリアネスが用意しました! じゃーん、決めゼリフガチャでーす!」
アリアネスが右手を鳴らすと、白い床があたかも巨大な入道雲のごとく膨らみ、
「なにこれ……冷蔵庫?」
身長172の俺より頭一つでかい、四角い物体が現れた。
「失礼な! これはガチャよガチャ。よく見て、取っ手と取り出し口があるでしょ」
「いや、まずサイズがガチャじゃねえだろ」
「大は小を兼ねるって決めゼリフがあるでしょ」
「いや、それは決めゼリフじゃねえ。格言だろ」
「え、そうなの? ここにはそういう決めゼリフがぎっしり入っているんだけど」
アリアネスは冷蔵庫を、親し気にぽんとたたいた。
「だいたい何だよ、決めゼリフガチャって」
「その名のとおり決めゼリフのガチャよ。最近の転生者はさあ、スキルに頼りすぎなんだよ。キャラで勝負してほしいんだよね、女神さまとしては」
「なにを言う。キャラの薄ーいモブたちが、チートで活躍するのが異世界の醍醐味だろ」
「で、それにはやっぱり、決めゼリフが肝心だよなーって。『倍返しだ!』とか、『お前はもう死んでいる』とかさー。決めゼリフがあると、キャラが立つでしょ?」
「ねえ、俺の話、聞いてる?」
「だけど、すでにキャラが確定しているセリフを与えられてもつまんないでしょ? だから、まだキャラが立ってない、いろんな言葉を集めてみました!」
「集めてみましたって……その力を、スキルの生産に使ってくれよ……」
「はい、さっさと回す!」
どうみても、家電でごわすといった体の、おばあちゃんちの冷蔵庫にしか見えないガチャの前に、俺は突き出される。
「リアルのガチャ回すのって久しぶりだな……ま、ヘンなの出たらリセマラしよ……」
「何言ってんの! すでにリセットされてこっちの世界来てるんでしょ! 一発で勝負しろ!」
「ガチャ1回しか回せないってそれ自体罰ゲームだろ! ……あーもう、分かったよ、回してやるよっ」
ホーーーーホ、ホケケキョ。
拙いうぐいすの声とともにガチャは回った。
「なんだよホケキョって……ガチャなんだからせめて、ガチャッて回れよ……」
「はい、出ましたー! 早く開けてみてっ」
カプセルは、よくある蜜柑サイズのものだ。
そのなかに、おみくじに似た紙片がひとつ。
……いやな予感しかしないのはなぜだろう。
「えーっと、決めゼリフ:ペンは剣よりも強し」
「…………」
「なにこれ、どういう意味? あのさ、沈黙しないでくれる?」
「なんだったっけ、ちょっと記憶にないんだけど……」
アリアネスが指を鳴らすと、「決めゼリフ・トリセツ」という雑な題の巻物が中空に現れた。
あたかもスマホ画面をスクロールするように中空で指をすべらせ、アリアネスは巻物をめくっていく。
「あ、あったあった、ペンは剣よりも強いって意味みたいねっ」
「それまんまだろ」
「言葉の力は、武力に勝るって意味で使われている……みたい……」
「なんで自信なさげなんだよ」
「んーでもここ、剣と魔法の国なんだけどなあ……ペンが剣より強いって、そんなこと、あるのかなあ……」
「ま、ないだろな」
「ですよねーー!」
「ですよねー、じゃない! なにこれ、ハズレ枠決定じゃん。俺の異世界ライフを、どうしてくれるんだ」
「まあまあ、とりあえずステータス見てみようよ。やり方は分かるでしょ?」
「……ステータス、オープン! っていえばいいのか?」
と聞いている間に反応したのか、本当に、
「おおっ。ステータス表示だ!」
アリアネスが指を鳴らしたときと同じく、ホログラムのような輝きをまとったプレートが現れ、文字が浮かんだ。
名前:コーヘイ
レベル:1
決めゼリフ:ペンは剣よりも強し
装備:ペン
職業:新聞記者
「え、えらいあっさりしているな……」
「まあはじめはこんなもんなんじゃない? よかったね、職業あって」
「職業:新聞記者って、こんなのゲームじゃ見たことないけど」
「うん。あたしも初めて見た。それ、どんな職業なの?」
「なぬっ?? 女神が知らない職業だと?」
「しかも装備も付いている! ペンだって! やっぱり剣じゃないんだね! ……ああ、コーヘイは階段から転げ落ちながら、ペンを握っていたわよね。これもご縁ってことねえ」
「いやそのご縁は遠慮したい。ペンじゃなくて剣をくれ」
「そう言われても、あんたの胸ポッケにはペンが刺さっているわよ」
ぎょっとして、俺は自分の姿に目をやる。
俺の格好はいつのまにか、裾の広がったシャツに長いローブ、やたら脚のかたちに添う膝丈のパンツとソックスという姿に変わっていた。
そして白いシャツの胸元には、銀色の羽根ペンが挿し挟まれている。
羽根の不思議な輝きに吸いこまれるような錯覚を覚え、しばし見惚れてしまう。
「きれいな羽根ペンだな。でもこれ書くのに、インクいるよね?」
「インク? なにそれおいしいの?」
「インクないの? つ、つかねぇ……なにもかも、とことん、つかねぇ……」
「大司教とかが使うペンは、こう、くるくるっと回すと、文字が書けるようになってたけどー」
「そりゃ魔法じゃないのか? 俺のステータス表示に魔法ないけど、使えるの?」
「さあぁぁ?」
「……頼む。もう一回ガチャ、回させてくれ。なんならツケで、課金してもいい」
「もう無理よ。ステータス開けちゃったでしょ。返品・交換は未開封商品に限ります!」
「!!!! お前がステータスオープンさせたんだろーーーちくしょーーーー」
「あ、『弱い犬ほどよく吠える』って決めゼリフとなら、どのセリフとも交換可能だった!」
「……いや、いいです」
「じゃ、決めゼリフも決まったところで。この国のことちょっとだけ説明しとくわね。……いきなり死なない程度には」
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