序の2
いきなりブックマークしてくれた3名様すいません。
性別変えちゃいました。
お察しかと思うが、というよりあらすじで既にネタバレ済なのではあるが、マオは魔王である。
それも史上最強の。
人類と魔族が『融和』してから30年。
お互いに対する先入観、偏見がある程度は薄まったが、それでも人類にとって魔王は畏怖の対象である。
なのでマオは素性を隠しているので、まあ、なんちゅーか、そういう前提で読んでください。
で、史上最強というのがどれくらい最強か、説明するのは少々難しいところである。
だが、1つのエピソードとして父親である先代魔王は、生まれたてのマオを一目見た瞬間、尋常ではない魔力を感じ取り、汗とお小水をお漏らし、そのまま後ろに倒れこんで気絶したという。
ちなみに母親は「あら、パパが気絶しちゃいましたねー。きっとあなたは生まれながらの魔王なんでしょうねー。そうだ、名前はマオでいいわね。魔王だけにHAHAHA!」と終始ニコニコ平常運転だったとも言われている。母親すごいっすね。
さて、そんな魔王のマオがなぜ奴隷なんぞをやっていたのかって話になりますよね、そりゃ。
バーウィック王国の首都、ロックムース。
南東は国内最大の湖であるヒキボラ湖に面して淡水魚を釣り上げながら、南西部は田園地帯で牛を育てており、統合するとたんぱく質が豊富。
行商人はロックムースでたんぱく質を積み込んで方々で売りさばいてから鉄鋼を仕入れて帰ってくる。
その鉄鋼は街の中央にある鍛冶屋街で武器やら防具やらフライパンに加工され、行商人はそれらの加工品を積み込んでながーながーい旅に出る。
鍛冶屋街を北に抜けると王宮を取り囲むように富裕層の邸宅が並び、さらに北はヒキローズ川が東西に流れ、やがて南にカーブしてヒキボラ湖に流れていく。
ヒキローズ川を南北から挟んで商業区がある。
10日前のこと。
マオは、その商業区で商売を営んでいる兄のジャックから呼び出しを受けていた。
マオとしては「貴様が来いバカ兄貴」と言いたいところであったが、兄は話を聞かない。仕方なく出向いてやった。
「弟よ。君にやってもらいたい仕事がある」
「イヤだ」
「なぜだ」
「貴様の顔がムカつくからだ」
「これは生まれつきだ」
「嘘つくなバカ兄貴」
ジャックの頭は、カボチャだった。
タキシードを着た180センチくらいの男性の体にジャックオランタンがのっかっている姿をイメージしてほしい。まんまそれだから。
マオに物心がついた頃、既にジャックは頭をカボチャにしていたのでマオは本当の顔を知らない。ジャックというのも偽名らしい。そこまでいくと、こいつが本当に兄貴なのかも疑わしい。
だが母親いわく「ジャックも生まれた時はそれこそ人間の赤ちゃんと変わらない可愛さだったのにね。いつからカボチャになっちゃったのやら……ていうか、なんでジャックって名乗ってんだろ。ていうか、本当の名前はなんだっけ? 私が名付けたはずなのにねHAHAHA!」と、いうことらしいので、本名と素顔を隠したこのカボチャ男が兄貴なのは確からしい。
さすが魔族、なるほどわからん。
「落ち着け弟よ。話を聞いてからでも遅くはあるまい」
(カボチャなので)表情一つ変え(られ)ずジャックが言う。話す度にカボチャをくりぬいた眼と口の部分がテカテカ光る。
「ここ最近で私が1番懸念していることって存じる?」
「存じねえよ」
「ここ1か月、ロックムーズで行方不明者が爆発的に増えてることだよ」
「おいおい目のつけどころがいかちーな」
最近神隠しが多いらしい。マオも噂には聞いていた。
『最近なにがしが増えているらしい』といった噂の類、こういうのは知り合いに被害者が出てこないといまひとつ実感がわかないものであるからして、ついつい油断しがちである。だが、自分が被害にあってからでは遅いのである。『大丈夫だろう』ではいかんのですよ皆さん。
ちゅうわけで日頃から『かもしれない運転』を心がけるマオは噂に関係なく不要不急の外出をしないため、幸い被害にはあっていない。
「最近、身なりの貧しい人間をとっつまえて『いい仕事アルヨー』とかなんとか口八丁手八丁でだまくらかして連れ去る人さらい団がいるらしい」
「そいつを逆にさらって閉じ込めて『お尻だけは! お尻だけは勘弁してください! 他のどこでもいいからお尻だけはやめてください!』と叫びだすまで『アウトー』ってケツバットすればいいのかい?」
「年末じゃないんだから……そして話はもうちょっと複雑だ。もう1つ懸念しているのは……人さらいが出始めたのと同時に鉄の流通量が若干増え、価格も若干下がっている」
「ふむ」
エコノミクスの話になるとマオはさっぱりなのだが、わかったふりをして続きをアイコンタクトで促す。マオがエコノミクスのことがさっぱりなのは重々承知しているジャックはアイコンタクトでわかった、と伝える。マオがエコノミクスがさっぱりなのをジャックが重々承知していることはマオも重々承知しているので聞き流すから早くしろ、と伝える。
「所詮、仮定の話なんだが、隠し鉱山があるんじゃないかと睨んでいる」
マオはぽかーん。エコノミクスのことがさっぱりだから。
筆者もエコノミクスに詳しいわけではないので、ざっくりと説明する。
国の知らない鉱山で、人さらいで集めた奴隷をトンツカタンさせて、とれた鉄鋼でひっそり儲けて、税金を納めない、そんな不届き者がいるんじゃないかという話である。
「と、言うことで弟には潜入捜査に行ってきてもらいたいのだよ。ちょうど貧乏くさいし」
事実、マオは貧乏である。
史上最強の魔王は史上最強に貧乏なのである。
だが、
「ヤダめんどくさい」
魔王は断る。
「なぜだ」
「今めんどくさいと言った」
そう、この魔王は自堕落なのである。自堕落なので、貧乏なのである。
「弟よ、君には正義感はないのか」
「あるわけない」
魔王だからね。
「それに、仮に兄貴の予想が当たっているとするじゃんか。すると潜入捜査って魔王が鉱山で強制労働トンツカタンするんだよね。ダメじゃない。魔王が強制労働ってダメじゃない? 魔王が強制労働させるのはわかるけど、させられるってマズくない? なんかモラル的に」
「魔王がモラルを語るなよ」
「普通の労働だっていやなのに奴隷みたいなことはもっとイヤだ無理無理。大体俺じゃなくても優秀な冒険者がいっぱいいるじゃないか。とにかく俺は降りるよ達者でな」
早口でまくしたて部屋を去ろうとするマオ。
「うーん、困ったなぁ」
帰りかけたマオの背中にジャックが
「ベイジル将軍の依頼なんだけど……」
ピタッ、マオの足が止まる。
バーウィック王国将軍、ベイジル・アーバスノット・アサートンといえば家族以外でマオの正体を知る男の1人で、かつ母親の親友である。
魔王としては将軍はちっとも怖くないし、なんならバーウィック王国軍を1人で全滅させてやることも赤子の手なのだが、『母親の親友の依頼を断る』というのが非常に良くない。
『親を大事にしましょう』という家族愛的な話ではない。
単純に怒らせるとマズいのである、母親が。
ギギギギギギと首だけを後ろに回して尋ねる。
「それって、実質的に強制じゃないですか?」
「強制ではないが、母親を怒らせない返答を期待しているよ。私も自分の身がかわいいのでな」
しゃあしゃあとジャックは答える。
では、そろそろ時を戻そう。