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序の1

めっちゃ遅いと思います。

いろいろと約束できません。

有言不実行が一番罪深いので不言不実行です。

 リリー・M・パシェットが奴隷として名前も知らない鉱山に連れてこられてから1週間目になる。

 彼女のことをライト目にサラッと紹介するなら犬耳族っていう、名前通りに少し犬要素のある亜人なわけだけれども、犬耳族の特徴はというと『鼻は聴くがやや間抜け』と申せばよいのか、人さらいに捕まったり詐欺師に騙されたりしやすい傾向がある。

悪いヤツの被害にあわないにはどうしたらいいって、そりゃ関わらないのが1番なんだけれども、犬耳族の犬要素がここで邪魔をする。なんか人懐っこいので積極的に人間社会に入り込もうとする。人間様ハァハァ尻尾フリフリとされちゃあ、いい人からしたら「おやおやかわいいかわいい」と思えるもんだが、悪い人からしたら推してしるべし。


 鉱山での生活はシンプルである。

 朝起きたら雑な食事と少々の水を与えられる。食べる時間なんてほとんど与えられないが、そもそも与えられる食事の量が少ないのでまあ食べきれる。

 鉱山の前に整列からの点呼、「夕飯食いたかったら死ぬ気でやれー」だの「鞭うたれたくなかったら死ぬ気でやれー」だの「『無理』というのはですね、嘘つきの言葉なんです」だの「たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理やりにでも一週間やらせれば、それは『無理』じゃなくなるんです」だのと中身のない話を2メートル150キロの監督官から聞かされる。

 それからは夜までトンカントンカントンツカタン。たまに倒れるヤツがいると監視役に担がれて運び出される。うらやましいなと思うこともあるが、倒れて運び出された奴隷が返ってきた事はない。やっぱり怖いので踏ん張るしかない。

 夜遅くに雑な食事と水を与えられ、食べ終わったら布切れかぶって寝るだけ。ギュウタンゲームをやる体力も恋バナで盛り上がる気力も残っちゃいねえ。


 そんな、ただしんどいだけの日常だが、リリーにもひそかな楽しみがある。

 同時期に連れてこられた、マオと名乗る男。

 粗末な貫頭衣を着せられ足かせをめられ、腰まで伸びた黒髪はボサボサ、顔もほこりまみれのザ・奴隷スタイル。しかし毎日「眠いマジ無理マジで寝落ち5秒前」と常時文句ぶうぶう不満たらたらな彼の深紅の瞳は、確かに今にでも寝落ちしそうでありながらも、何もあきらめていなかった。


 かっえりたーい(トンツカタン)

 かっえりたーい(トンツカタン)

 あったかいチーズケーキまっていっるー(カンカン)


 もう1つ、マオはなんかもう余裕がすごいのである。

 鉱山労働は明らかに肉体労働、それも過酷な方の。過酷だから人がやりたがらない。人がやりたがらないから奴隷をさらって強制労働させるわけだ。対してマオは右手だけでつるはしトンツカタン、左手は目をコシコシ耳をホジホジ、気分転換につるはしを左手に持ち替えては右手で目をコシコシ耳をホジホジ。

大の大人でも両手持ちでやっとのつるはし、それを片手持ち、しかも歌いながらカンカンする力が一体どこにあるのか。


「あのあの、マオさんはチーズケーキがお好きなんですか?」

「世界がチーズケーキになったらいいのに」

「ダメですよーお肉も野菜も食べなきゃ」

「チーズは牛からとれる牛乳を加工して作る。牛からとれるって意味ではつまり肉と一緒だよね。そしてケーキの材料である小麦粉は元々小麦、小麦は畑からとれるから野菜といっても過言じゃないよね。つまりチーズケーキさえ食べれば健康上なんの問題もないのさ」

「そうなんですね!!」

「そなんだよー。世界をチーズケーキにかぁ……やっちまおうかな」

「またまたーそんな夢みたいなこと出来るわけないじゃないですかー」

「でもー、あのでっかいおじさんが言ってたじゃないか。無理だと言うから無理なのさ」

「そうなんですね!!」

「そなんだよー」


 初対面の時はなんだかとっつきにくかったが、一週間もすれば大分打ち解けてきて、気軽に話せるようになってきた。

周りの他の奴隷からしたらうるさくてたまらんだろうし、

「チーズケーキだぁ? ふざけんなよそりゃ俺たちだってチーズケーキ食いたいさ。でも現実を見なはれ。固くて臭いパンと汚い水、これが奴隷の現実じゃい。俺たちは一生カチカチパンしか食えないんじゃ夢みてんじゃねーぞコラァ」

と思っていることだろうが、マオの眼を見ているとなんだか「あとちょっと我慢したら元の日常がかえってきそう」な予感、希望を持てるのである。


 変化が起きたのは翌日、奴隷生活8日目の朝のこと。


 リリーたちはいつも通りのカッチカチのパンに水を流し込み、坑道の前に整列していた。

 奴隷は大体60人、20人が1列で3列に並ばされ、後ろから横から監視員数名に見張られている。

正面には監督の大男。

 60人もの奴隷がたかだか数名の彼らに逆らわないのは全員の右足に嵌められた足かせに加えて、監視員たちが鞭やら剣やらといった凶器をもっている。

 とどめは監督官の2メートルもある巨躯と、背中にしょっているこれまた2メートルある大剣。

仮に下っ端をなんとかできたとしてもこの巨人に何人かいてこまされるわこりゃたまらん。そりゃ60人でかかれば勝てるかもしれんけれども、あんなどでかい剣をぶわんぶわん振り回されてもうたら10人は死ぬんちゃうか。60人中10人が死ぬっちゅうことは6人中1人死ぬっちゅうことや。結構死ぬ確率高いで。こりゃあきまへん、と。

 ブラック企業の社長だって社員全員が立ち上がって逆らえばぶっ飛ばせますやんか。取り囲んでしまえば「な、なななななんだね君たち私は社長だぞ偉いんだぞやっぱりごめんなさい給料上げますから命だけはぎにゃあああ」とやっちまえばいいんですよ。

でもやらないのは後日警察に捕まって社会的に死んでしまうかもしれないからですね。

 どうにもこうにもリスクを感じると人は動きにくい。


 少々脱線した。


 毎日中身のない話を延々と垂れ流す監督官であったが、今日は少し趣が違った。

「えー本日はボスがいらっしゃっておる」

と、監督官。


 するといつも半開きなマオも眼が62%くらいまで開いた……のを隣のリリーは見逃さなかった。

と、同時に犬耳族の犬要素『鼻が利く』ので、新たに人の体臭が3つか4つ、微かな香水と馬の臭いが近づいていることにも気づいた。

 果たして右の方から現れたのは馬に乗った貴族らしき初老の男(おそらく彼がボスか)とお付きに軽装の男が3名。


「ねえリリーさんや」

 マオが口を開いた。怒られないように小声で。

 対してリリーがビビッて返事できないのを察したか、かまわず続ける

「犬耳族ならわかるでしょ? 他に人の気配、増えたりしてない?」

 マオの察した通り、ビビッて声を出せないリリーはウンウンうなづいた。

「おっけーおっけー……ってあれ? 今頷いたのは『ウンウン、マオさんが懸念していらっしゃる通り、他にも気配がありますよー』の頷き? それとも『ウンウン、マオさんのおっしゃる通り、増えたのは今やって来た4人だけですよー』って意味の頷き? どっち?」

 ビビッて声が出せないリリーは肯定も否定もできず固まった。

「あ、しまった。質問の仕方が悪かったか」

 ウンウン

「どうやって聞いたらいい?」

 ブンブン(それじゃ答えられません)

「え、何が違うの?」

 ブンブン(YesかNoでこたえられるように聞いてください)

「まいったなー、こちらとしては正確な人数知りたいんだけどなぁ。さもないと誰か死んじゃうかもしんないし」

 ブンブン(それは困ります。何をなさるのか皆目見当もつきませんができれば死人が出ないようにお願いします)


「コラそこぉ! 何をこそこそやっとんじゃワレェ!!」


 しまった気づかれた!

 リリーは固まってウンウンもブンブンもできなくなってしまった!


「あっちゃーバレたかー」


 半面、マオの表情は涼しげで、そして彼の眼に諦めの感情が宿った。


「もういいや、全員潰す」


 刹那、ズシーンというか、ズッシーンというか、そんな感じの擬音。

 リリー含む59人の奴隷、奴隷をしばき倒していた監督官に監視員、貴族らしきボスも、護衛の付き人も馬も地べたに這いつくばっていた。

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