閑話:イスカリオテ公爵家
皆様に感謝を込めて。
「旦那様、お嬢様が失踪しました!!」
「屋敷をくまなく探しましたが、どこにもルルお嬢様がいません!!」
突然行方不明となった我が娘、ルルーティア。
執務室で領内の決済を進めている時、突如焦って走る音が聞こえた。扉が全開になると同時に娘に付けていたマリアン、ルカ、ティア3人が入ってきた。
無作法を注意しようと顔を上げると、見たこともない蒼白な顔でそう告げたのだった。
最初はまた、娘の我儘かと思った。
ここ暫く王宮へ行って以来、思うところでもあったのか大人しくなった我が娘。むしろ静か過ぎて、体調でも損なったかと心配になっていた。
今まで服やベッド、香水等へ情熱を注いでいたのにすっかりなりを潜めた。そして、一番値の張る白色への拘りまでなくなった。
そのことへは概ね安堵したものの、報告にあった彼女の行動でかなり心配になった。
今までも、確かに顔を見合わせる度誰に対しても嫌そうな顔をしていたのが、悪化したのである。
王宮からの帰宅以来、自分の部屋から出ること自体を嫌うようになってしまった。食事まで部屋で摂取するようになってしまったので、妻フィオナも心配していた。
やはり王命といえ、第三王子と合わせたのは間違いだったのかもしれない。
そういえば、もう一つ娘に関して。
今までと異なる行動をしていたのである。我が家の使用人の生活魔法『浄化』習得状況について尋ねてきたのである。
不思議に思い聞き返すと、困ったようにはにかんで可愛かったので聞かなかったが、聞き出しとけばよかったか。数日後に娘は専属の3人へ『浄化』を覚えてくるようにと指示したのと何か関係でもあったのだろうか。
「そういえば……誰か、サルマンとロドスを呼べ! 今すぐだ!」
そうだった。娘に頼まれて私付きのあの2人へ何か手伝ってもらう許可を出した筈。それが何の手伝いだったかまでは思い出せないが(←必死に上目遣いで頼んでくる娘が可愛くて、話聞いていなかった人)
「旦那様?」
「如何致しますか?」
慌てて執務室へ入ってきた2人へ早速尋ねた。すると、娘はどうやら先週から来年の今頃まで体調を崩したい回数を教えて欲しいと頼んできたとのこと。
「……理由は? 他にルルは何か言っていなかった?」
「いいえ、我々は……」
「手がかりにならず、大変申し訳ないです……」
すまなそうに頭をさげる2人へ下がってもらい、思案する。
娘がもしや……いや、それはないだろう。でも、あの時、あの3歳の頃、息苦しそうにしていた時ボソリと言っていたのを聞いたのだ。
『アレルギー反応』と。
あれは確か偉大なる賢者様の仰せになった病ではなかったか。
過去、魚介スープをお召しになった王族が倒れた際、体に合わない特定食材が原因で発症する病だと診断されていた。王宮書庫の記録ではそうなっていた。
……だとすると、妙な話だ。
当時幼児教育していた3歳の娘が、そんな特殊専門用語を知っていることが不思議だ。まして、娘は食べ物でなくベッドの方を見て言っていたのである。
あの後心配になり書庫で調べたところ、『悪魔憑き』と『聖女候補』、そして『賢者候補』のどれかが該当することがわかった。だから、見なかったことにして文字通り記憶を封じていた。
仮に漏れれば娘はどうなるか。良くて教会へ連行されるか、言いがかりの末殺されることになるか。
幸い私しか聞いていなかった様なので、今の今まで黙っていた。
信じたくなかったが、もしかしたら娘は本当に……いや、今はそれより娘の行方が先だ。
教会か、賊か、邪教か。それとも妖精郷か。あるいは全然別の場所か。
その日、結局手がかりが得られず邸内が沈んでいたところ、突然騒ぎが起きた。公爵領領主邸周囲の私有地帯へ侵入者有りの反応があったとのことである。
森林討伐隊本部へ赴くと「もしかしたらお嬢様かもしれないです」と口々に言われた。見つけたのが日没前後で、領主邸へ徒歩で行ける距離である。
確かにあり得ると期待していた。していたのであった。
「旦那様! 誠に申し訳ございませんでした!!」
揃って土下座する『森林討伐隊』総隊長、副隊長、そして第16班班長。彼らの後頭部を見ながらどうしたものかと思案した。
曰く、目に見えない敵に襲われ、1人隊員が負傷し、その後不審者が一言伝言を残して件の侵入者と消えたとのこと。
「侵入者は確かに私へ向け『小童に伝えておけ、娘は丁重に持て成す、任せておけ』と言ったのだな?」
「そうです、大変申し訳「もういい、多分大丈夫だ」」
頭をなすりつけるように土下座する伝令兵の肩をたたく。すると、力が抜けたように崩れ落ちてぐずりだした。だから、私は苦笑して言った。
「多分お前たちがあったのはヴァイレンホッフ辺境伯関係者だろう」
怪訝な表情を浮かべる森林討伐隊16班。
知らないのも無理はない。
あいつがこの国の賢者『モード』だと知っているのは一握りであり、漏らしてはいけないことになっている。
特に教会関係者には警戒しないといけない。
「娘は無事だろうし、安心しておけ」
納得した……そうか、娘もカルと同じだったか、と。
ならば、あの我儘も意味のある我儘だったのだろう。
フッと笑いが漏れた。
これからこの地が変わるかもしれない。あいつの時もそうだったからな。あの領地は今も、良い意味で変化が続いている。
これからイスカリオテ公爵家も大変になるな。
特に教会との調整を行わねば。元から『裏切りのイスカリオテ』と呼ばれる我々に恐れは無い。
心配があるとすれば一つ、フィオナが何と言うかということ。多分呆れるんだろうけど最終的についてきてくれる気がする。
……娘失踪の件といい、怒られるのが怖いが覚悟しておこう。
「さて、これで婚約解消は速やかに行えるな。」
賢者の弟子ともなれば、婚約は急ぐ必要は無い。
『賢者』は賢き者に送られる世界のギフトである。だから、それさえあれば、この国では領地を継ぐ資格は満たされるのである。
教会過激派さえ注意しておけば、娘はこの先自由に生きられるだろう。後継者問題も、領土経営も、国にも縛られることはない。
娘は己の叡智を使い、羽ばたいていける。
「だから、臭がられたのか」
謎が解けて清々しい気分だ。
娘はそうか、我々を嫌っていたのではなく慣れなかったのだろう。理解してやらなくて悪かったな、もっとちゃんと話を聞いてやればよかった。
初対面のカルにもそういえば、「控えめに言って汚い・臭い世界です」と言われたことがあったな。今更ながら古い記憶を思い出し、苦笑した。
カルも下手に度胸があったからああ言っていたけど、それさえなければきっと王国をより発展させていたのだろう。いや、殺されずに済んだだけでもまだよかったのかもしれないが。
彼や娘からすれば、この世界は苦痛そのもの。我々と違って世界を苦痛を感じることができてしまい、その改善方法を思いつくことができる。
賢者候補はそうした『知』を持つことへ『無知』である者。賢者は『知』を持つことを『知っている』者。
カルを見て、私はそう解釈した。そして、だからこそ発展していけるのだと。
私はそれを、生きている限り近くで見ていくか。このイスカリオテ公爵領、いや、妻の実家であった『旧■■■■■王国』がどう発展していくのか。
ああそれは、とても楽しみだ。
親馬鹿公爵、この後王宮で見事親馬鹿が炸裂しました。
「私の娘へ関心を持っていただけて幸いですが、より視野を広げることも大切かと進言します。私を含む臣下は常に協力を惜しみません」
(あんなのに私の大事な大事な愛娘はやらん、欲しいなら私の屍を越えていけ怒)
「そ、そうか……」