7 嘘から出た誠/一寸先は闇(未遂)
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[おいぃ、お前が無理させるからだろ! どうするンだよ、ッたく]
声が聞こえた。
[いいやお前が悪い、お疲れの所を無理矢理迫るからこうなった!]
[ね、喧嘩はやめよぅ……おこられちゃうよぉ!]
怒った声、とがめる声、焦った声。
直後、拳骨の振るわれる音3つ分。
[?!]
[!? !!]
[!!?]
「……はいはい、もう一発ずつ喰らいたくなかったら黙っとけ」
はっと目を見開き、慌てて起き上がった。
痛みが無いことに気付き、同時に開放感があることに気づいた。手を見れば包帯が完全に解かれ、白色の綺麗な手が目に入った。
「おう、起きた様d [起きた] [無事か?] [よかったぁ]……お前ら、人の声を遮るな!」
ワナワナと震える低めの声と同時に、拳骨3発。ゴン、ゴン、ゴンとまたいい音がして、妖精3人は涙目で頭を抱えた。
声と拳骨の主は、とっても不審者な黒色ローブだった。
それ以外に表現のしようが無いのである。顔から足元まですっぽり黒いローブで覆っているのだから。フード下も影になっていてこちらから見えない。辛うじて見えたのは、一瞬裾から突き出された拳のみ。
抗議の声を上げる涙目の妖精3人を素早い動作で補足すると、黙っていろと命令した。渋々随う3人。
そんな妖精虐待不審者ローブを警戒しつつ見上げると、ローブは話し出した。
「さて、嬢ちゃん俺に用があったみたいだがあっているか?」
唐突な質問に混乱する私。
用があったのは1週間安全かつ秘密裏に過ごせる場所で、不審者ローブでは無いが。ああでも、第一次脱走は親に通報されたので失敗か。
今回の失敗に関しては、第二次脱走時に活かせばいい。とはいえ、多分脱走自体が難しくなるだろうけど。
確実にだが、衛生事業からは遠のいてしまった……いつになったら始められるだろうか。そう思い、思わずため息をついた。
そんな私を見て、ため息をついたローブ。
「……えっとな、記憶持ちであるお前が『賢者』を連呼するのが聞こえた気がしたンだが、気のせいだったか?」
勘違いだったら申し訳ないが、今日は返すわけいかん。暫く泊まっていけ。
そう呟くローブ。
『賢者』と聞いて唖然と固まった私。
仕方が無い。誰が初対面で不審人物『謎の黒ローブX』を賢者だと思えるか。それに、偶然にしてはできすぎているのも、不信感を抱かせる。
嘘から出た誠にしては私にとって都合が良すぎるのである。
だだっ広い国の公爵領、その領主邸近所の森をある日彷徨っていた子供を特定・確保。それを賢者が行う確率は、ありふれた盗賊や人攫い業者と遭遇する確率より天文学的に低いことは明白だ。
子供でも知っている伝説上の『賢者』は何せ、現在この王国限定なら1人だ。それと遭遇できるとか、今世の運全部使い果たしたって不可能だと考えられる。
見るからに怪しいローブが寧ろ賢者を騙る詐欺師で、公爵家から今も身代金請求している方がより現実味のある原橋である。
だが、内心それを完全否定する私がいた。
『賢者』やそれに類する何かでなければ腑に落ちない点が幾つもあったからである。
1つ目が、この部屋の異様な清潔さ。
臭くもなければ、とてもいい香りのする部屋。ローブも不審者だが、不愉快な臭いは一切しなかった。
2つ目は、私が転生者とばれていること。
所謂『記憶持ち』であることは、誰にも話した覚えは無い。まして、輪廻転生なんて思想自体、この国の宗教にあるとは思えない。だから、私の言動から思い至る者は滅多に居ない筈だ。
最後に、「他人には見えない」と称した妖精3人をちゃんと視界に入れて話していたこと。どころか、先ほどは素手で捕まえていた……何者だろう。
これだけで一応、一般人ではないということは証明するには十分だろう。
さてさて、目の前の男は本当に『賢者』なのか。それとも追随する特殊能力を持つ者か。
将又、自称賢者な実力者か。
そう思いローブへ視線を向けると、ローブの隙間からキラリと何かが光った。何となくだが、目があった気がした。
不審者ローブは頷くなり口を開いた。
「3人とも一旦外れろ。今から彼女と重要な話をするから邪魔だ」
10秒以内に移動しなかったら暫くおやつ半分な?
その言葉に抗議の声をあげつつ慌てて出て行く3人。扉に開いた丸い穴を通って外へ出て行くのを見て、音もなく侵入した絡繰がわかった。
大方、この場所はああいう通り道が多いのだろう。
「愉快な連中だろ? あいつら今後お前のお目付役になるからよろしく」
「………………わかりました」
そう嫌がンないでやってくれよ、と苦笑するローブ。ベッド傍の椅子に座ると、ローブを外した。
ローブの下から出てきたのは、冴えない中年男性……に偽装された何かだった。
脂ぎった地肌が見える程頭は禿げ上がっており、顎は傷たらけで無精髭が目立つ。頬は痘痕だらけで、顔の中心に大きな傷跡があった。歪んだメガネは薄汚れ、瓶底のように分厚い。そのせいで、垂れ目はより小さく情けなく見えた。さらによく見れば垢と思しき黒色の物体が首元に付着しており、服へも付着していた。
人の第一印象を決めるのは見た目85%というが、人の嫌悪感を煽る姿をわざとしているのだろうか。見た目の割に無味無臭なので、どうせ見たまんまではないのだろうし。
一瞬不衛生な中年男性姿がブレたので、間違い無いだろう。
冴えない中年男性は、メガネを外すと更に姿が一変した。
肩あたりまでの髪の毛に、鋭い銀目。
痘痕と無精髭は変わらないが、顔の輪郭自体は細く整っていた。目は鋭いが端正、色もクリムゾン系。髪は黒の濃い目な灰銀色。
なるほど、『世をしのぶ仮の姿』でもやりたかったのか。
高位貴族なら移動や視察で『姿変え』魔道具の行使が常識であり、私も2歳誕生日で貰って以降使っている。素朴な商家の娘風に見える装置である。今回の脱走でも実は使っていた。
定番過ぎて新鮮味は無いが、きっと何らかのパフォーマンスがしたかったのだろう。心はきっと永遠にそういうお年頃なのだ。一大人として、優しく見守ってやらねば(齢6歳)
生暖かな目で元ローブを見る。
そんな私へ、フンと鼻を鳴らし目を逸らした元ローブ厨二病もとい賢者。
「……まあいい、一応自己紹介をしておく。」
アッシュグレーの髪へ指を通しながら、ニヤリと人が悪そう笑った賢者。
「俺は、賢者としては『モード』を師より拝名しているが、真名は『サジャール・カル・ツー・ヴァイレンホッフ』という。
後お前の師になるので、一つよろしく頼む」
モード賢者、というか賢者……モード、賢者モード、ブッ
なんとか笑いそうなのを、令嬢教育で鍛えた表情筋を総動員して抑える。けれど、次から次へと笑いがこみ上げて来た。
そんな私を怪訝な表情で見つめる賢者へ、咳払いをしていから挨拶した。
「私も名乗らせていただきます。
イスカリオテ公爵家が一の姫、
『ルルーティア・ベルン・グレンデル・フォン・イスカリオテ』
でございます。
賢者モード様、今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。」
名乗り上げた私へ、ますます満足そうに頷く賢者モード。
賢者モードは意味ありげな笑みを浮かべながら口を開いた。
「とりあえず筋肉痛がしばらくきついだろうから肉と野菜でも食って休んでおけ、後でベラが持ってくるだろうから。それと、保護者へはちゃんと連絡したからな」
後日ちゃんと御叱りを受けろ。
黙って出て行ったらしいな? もの凄く心配していたぞ。
そう言われ、素直に頷いた。
あの両親には本当に親不孝な子供で申し訳ない。心労かけてしまったかな。
同時に、6歳だからなのか怒られることが確定したことへ青褪めた。お父様はもちろんだが、お母様が滅茶苦茶怖い。体罰こそないが、精神的にじわじわダメージの蓄積する怒り方をいつもしているのである。覚悟しておこう。
私のそんな表情へ揚々と頷いた賢者は、疑問に答えるように口を開いた。
「疑問に思っていることだろうし一応答えるが、『賢者』の称号持ちは大体前世を持つ存在だ。それが、賢者の元で賢者の指定した時間修行し、賢者の持つ記憶や技術を何か1つ引き継いだら『賢者』の称号と名を貰える」
曰く、転生者を含む『特殊能力者』が異端者狩りされるのを防止する目的で定めた法律の様であった。大きく国益を損じた事件があって以来、当時の国王が反省の意を込め『賢者』の地位を作ったらしい。
ただ、それを行っても現存する賢者の数が尚少ない。理由は、①謀殺・暗殺されること、②教会に連行されること、③賢者未満で潰される、の3点が多いとのこと。
賢者なんてチート職がありながら世界の発展が遅い理由の1つはこれなのだろう。
ということは、私が今後行おうと考えている公衆衛生事業も難しいだろうか……志半ばで倒れないよう、慎重にことを進めることが重要か。
今後も異端審問や魔女裁判を十分警戒しておこう。
恐らく賢者に出会う以前に前世の知識をひけらかしていたら、今この世にいなかったかも知れない。いや、アレルギーの件で既に目をつけられていたっておかしく無い。
そう考えれば今後も危ない。公爵家の愛娘へ政治的に手を出し辛くてもいくらでも手はある。例えば教会信者が来る可能性が高かった。
兎も角今は『賢者』に会えてよかった、危険な森を彷徨った甲斐があったというものだ。
後、『賢者』の権限は、絵本の通りだとわかった。これは大きな収穫である。
詳細は弟子になってから説明がある様だが、下手な貴族子女より発言権は持てるとのこと。そのため、自称賢者や金を積んで賢者の弟子になる貴族もいるとのこと。
この話を聞いて真っ先に思い出したのが悪役展開。公衆衛生もそうだが、命あっての物種だ。悪いがこちらの修行を先に行おう。
どの道選択肢は限られており賢者の弟子をする他無いのだが、そう思えば多少モチベーションも変わる。なるべく短期間で終わらせてみせるか。
脳裏で皮算用しながら気もそぞろで賢者の話を聞いていたら、突然声音を変えて賢者は言った。
「ルルーティア嬢ちゃんも運がよかったな、あの2人のお眼鏡に叶って。それと、あの3人に好かれて」
何故かぞっとするような悪寒を感じ、賢者を見つめた。そんな私へ賢者様はこちらへニヤリと笑って見せた。
そして、最大級の爆弾を投下した。
「もしあの3人が俺に助命しなきゃそもそもお前拾わなかったし、その後の対応次第でお前は死んでいたんだよ」
本当に命あってよかったな。
ポンと置かれた手に、最早痛みか恐怖か出所不明な冷や汗を流す。
異世界が全く私に優しくない。全力で殺しにかかって来ている。こんなハードモードで生きていけるのだろうか。
今更ながら、今後が不安になった。
補足説明:賢者の発言・賢者候補選抜・妖精族
賢者が主人公を知っていた理由
→3歳時点で『アレルゲン対策』を知っていたこと、突然周囲への態度が変わったこと(鼻を摘む・顔を顰める)、『我儘令嬢』呼ばわりされていること。以上の3点より、転生者の疑いがかかりました。
『賢者の弟子』選考会
[一次選考]では、賢者がわざわざ赴こうと思えた賢者候補(転生者)を拾います。
[一次面接]人外の老夫婦が面談。お眼鏡にかなったら合格。不合格の場合は文字通り人生終了のお知らせとなります。
[二次面接]お付き予定の羽虫っぽい妖精と面会できます。そこで出てきた妖精が全員見えたら『賢者の弟子』になれます。見えなければ大体死にます。
妖精族に関して
→絶滅危惧種。子供時代が一番狙われ易く、人間たちに捉えられて奴隷の他、魔導具や秘薬の素材にされていました。効果の有無は不明ですが、魔力電導率が良いため魔力媒体の1つとなることは事実です。
飛行不能タイプは一部の知力特化以外絶滅済み。飛行タイプのうち、体重・脳味噌・骨重量が幼少期全て並以下、なお且つ魔力並以上の一族のみが地上で生存しました。
長く生きた妖精族がこの現状を憂いて賢者と『とある契約』した結果、賢者候補の保護や賢者選抜に関わるようになりました。いつの間にか『妖精郷』を作り、引っ越し、現在地上で見かけることは稀となりました。