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5 遭遇に次ぐ遭遇

間に合ったので更に投稿^^ ブクマと評価ありがとうございます!



 立ち直ったとはいえ、状況は変わらない。

 絶賛迷子中、それもかなり街道から離れてしまったと思われる。必死に逃げていたのだから仕方が無い。

 幸い、この辺は森が暗い割に見通しが良かった。


 なるべく足の踏み場を確保して先へ進んで行く。風で木々が唸りを上げ、風が肌寒い。汗が気持ち悪い。『浄化』をかけたい。

 けれど今は、兎に角魔力は温存せねば。



 先へ進んでいくと、段々暗くなってきた。夕刻に差し掛かっているのだろうか。

 森の奥へ奥へと進んでいる気がしてきて不安だ。方位磁石が欲しい。


 突如ギュルギュルと、悲しい催促音が腹から聞こえた。


 クッキーの破片を口へ入れて『飲水』を出し、思わず噎せるが無理矢理飲み込んだ。気管支に入った気がしてゴホゴホと咳をし、ハッと口を押さえた。

 そして、音を立てないよう暫くそのままでいた。

 今野生動物に遭遇したら、多分逃げ切れない。慎重にいかねば。


 食べ終えて、少し落ち着いた。

 そこで、今の状況を3行でまとめてみた。


1. 1週間準備して脱走

2. 近隣の街へ行く途中迷子

3. 自然界の脅威へ直面中


 改めて見ると、ひどい状態だと実感する。だが反省は後、今必要なことは何だろう。


 寝床確保。それ以外にない。


 現時点で筋肉痛がひどくて、もう一歩も進めそうにないのである。火事場の馬鹿力で走り切った反動だろう。すでに若いからか、全身痛い。

 それに、足裏の皮は剥けているのが感覚的にわかった。

 比較的履きやすいブーツを選んだつもりだったが、ソールその他靴の質は前世のそれとは違いすぎた。正直今すぐ脱いで消毒し、包帯でせめて巻いておきたい気持ちだ。


 嗚呼、痛い。気付いてしまうと全身痛い。


 それと、6歳の貴族令嬢は体力がないことがわかった。

 仕方がない。今まで公爵で大事に育てられていた贈答用の肉体なのだから。同世代の庶民はわからないが、令嬢の基礎体力など高が知れていた。


 最後に時間帯が日没なのである。もう薄暗くて先が見えない。

 ここからが本当に野性の時間。肉食動物に加え魔獣の徘徊する、大変危険な時間。日本語の『逢魔時』は正に、的を射た呼び方だ。


 以上より今晩の寝床確保が急務。

 理想は丁度良い高さの木。私でも登ることができる木。


 今から探すのか……いや、探すしかない。


 筋肉痛を我慢し、なんとか一歩。

 ズキリ、ブチリと音が聞こえるほど激痛が襲う。足裏の感覚も無い。今立ち止まったら寝てしまう。疲れた。このまま休みたい


 けれど、明日の暁を五体満足で拝みたければ、ここでへばる訳にはいかない。


 日没前までまだ時間があるとはいえ、気持ちばかりが焦った。






 ここならどうだろう。


 いい感じの木。

 腐食も無く、青々とした蔓の這う樹。令嬢の軟弱な手でも、これならぎりぎり登れるだろう。


 転生前後合わせて初の木登り、成功するか。いいえ、成功させる。

 でなければ死があるのみ。


 いざ、参らん。

 そう思い、手をかけようとしたところで突如、手を掴まれた。



「やめておいたほうがいいぞ、それは魔毒蔓の類だ。」



 慌てて手を振り払い、距離を取ろうともがく。だが、ビクともしなかった。まるで鋼鉄に掴まれたみたいに。



「そう暴れなさんな、嬢ちゃん……別に、取って喰ったりしないからよぉ」

「そう言っている人ほど信用ならないですよ、不審者」


「なんだぁ、誰かいたのか? っておい。何だよ、ガキか」

「夕飯でも期待していたのか? この辺アンデルセン様が掃除したばっかりだろう、バカエリク」

「……っせぇ、別にいいだろ」



 ガラの悪そうな言葉遣い。著しく発達した筋肉。けれど人間だ。人間がこの緑の牢獄にいた。

 それだけで、私はもう限界だった。


 ただでさえ全身痛い上に怖くて、寂しくて、疲れていたのだ。私が気絶するには十分だった。不審者と疑う前に人間がいたことで安心しきってしまったのである。

 こんな森の奥で、盗賊や違法奴隷商等アングラな連中だった可能性もあるのに。


 嗚呼でも、もう意識は保っていられない。


 全ては起きてから何とかしよう……後は野となれ山となれ〜





 不審者少女を捕まえた男はふと、鉄錆っぽい臭いを感じ取った。怪我をした時特有の血の臭い。


「おい、怪我してねぇかこの嬢ちゃん……って嬢ちゃん?!」

「おいおい、大丈夫かよ?」



 腕を掴んでいた男は隣にいた男と共に、少女が気絶したことへ気付くと慌てた。そして、何とか意識回復を試みたものの効果は今一つだった。



「ダメだ、起きねぇ。完全に寝ちまったよ、どうする?」



 お手上げと言わんばかりに肩をすくめる同僚。



「どうした、ってアンドレ手前ぇ一体何した?」

「どこで攫って来た?」

「場合によっちゃあアンデルセン様に報告だな」



 次々仲間が登場するなり、責められる男。鬼上司のアンデルセン様に報告と聞いてサッと青ざめた。

 脳裏に浮かぶのは、剣と魔法で吹っ飛ばされる自分。



「正直に答えろよ?」



 ニヤリとした声で揶揄うように詰める声。男は抗議せんと口を開いた。



「だから違うって言っているだろ!? 魔毒蔓触りそうだったから慌てて手を掴んだらこうなったンだよ……おい、テメェだな? 余計なこと言いやがったの、デメル」



 男のそんな声に、デメルと呼ばれる男は背後からひょこり音もなく現れた。



「何のことだぁ? 言いがかりやよ・せ・よ」



 そうして、やはり笑いを含んだ声で答える。



「ガキだしびびって気絶したか? お前その顔だかンなぁ、ギャハハ」



 別の同僚から笑われた強面男(推定)は、さすがにイラッときていた。



「うるせぇ!! それよりさっさと行くぞ、日没だ」



 抗議しつつもちゃんと状況がわかっている冷静なデキる強面(と思しき)男。

 伊達にイスカリオテ公爵家『森林討伐隊』第16班の長をやっているわけではなかったのである。


 少女(不審者)の手首足首を軽く拘束し、俵の様に抱え、指示を出し始めた。




 この王国は政治体制が中央集権制である。原則として私兵は許されていない。例外は、特殊な魔獣が多い辺境な領の保護、王位継承権を剥奪された王族保護監視、そして、戦勝・合併で支配した地域の治安保護の場合。


 さて、この地、イスカリオテ公爵領は数年前まで別の小国だった。紆余曲折あって、前王時代に外交で平和的に吸収合併されたのである。

 ただ一つ、『王家直轄領にはしない』という条件を飲んで。


 当然これが火種となった。


 彼の地は恵まれすぎていたのである。

 豊潤で肥沃な農耕地帯。鉱脈と、それを存分に駆使できる魔導技術街。

 おまけに元は国だけあって、領地は広大。


 この地の領主になるということは、国家丸々得られると言っても過言では無いのである。

 これで下手な貴族に領地運営を任せれば、増長し、独立や叛逆を見据える可能性が高くなる。


 そこで、王家は屁理屈を使った。

 王家直轄にできないが親類関係が治めるのはいいだろう、と。


 結局、前国王の従兄弟ロンベルド侯爵家が第二子、現イスカリオテ公爵が大抜擢されるに至った。

 これには元小国の国民だった民衆が、不平不満を抱いた。約束が違う、と。


 これを不安に感じた現イスカリオテ公爵は、前例にならって前国王へ私兵許可を取ることとなった。名目上は王国国民を守るためとして、実質軍事的抑止力として。

 そして、現在までその習慣が続いていたのであった(閑話休題)。



 倒れた少女を保護した男たちは勿論、盗賊や違法奴隷商等のアングラ組織側ではなかった。むしろそれを取り締まる方。


 その名もイスカリオテ公爵領『森林討伐隊』。

 本日巡回当番だった第16班所属の軍人であった。


 いつものように、公爵家周辺の森に不審者や不法侵入者がいないか確認していたのである。その日もさっさと回って飲みに行くか、などと呑気話していたところだった。


 イスカリオテ公爵家が屈強な私兵を持つことは周知の事実であり、人はおろか、巨大魔獣でさえ最近公爵家周辺の森には出ない。だから、危険が少なく高給だと評判になり、当番制になる程度に公爵家周辺の森巡回は人気があった。彼らは運と実力(時々コネ)に恵まれ、この仕事をしていた。


 そしてその日も問題無かったと帰ろうとしたところで、『私有地へ侵入者有り』と感知役が捉えた。


 慌てて行ってみれば、いたのは子供。

 地味で薄汚れた格好だが、髪の毛や手指の手入れが成されていたことからある程度裕福な家の子供だった可能性が高い。


 大方借金取からの夜逃げの最中、両親から逸れたか。

 どちらにせよ不幸なことだが、詰所まで連行するほか無い。


 彼女を保護した1人であった平民出の兵士マックスは、少し気の毒になって縄を緩めた。


 あの益荒男隊長……だから、花形職なのに女性陣から不人気なのだろう。

 こんな娘と同い年くらいの少女へ無体な。体つきで暗殺者や間者でないことは明白だろうに。


 白く細い手首は縄が擦れたのか、痕ができている。何ともそれが、痛々しかった。

 せめて、着いてから薬でも塗ってやろう。


 内心娘と重ねた少女を憐れみながら、マックスはふとその赤い手首に指を走らせようとした。だが、半ばでドンッと宙へ身体が投げ出された。


 フワリと浮遊感のを感じたマックス。


 唖然と受け身も取れず、後頭部を打ちつけ気絶した。

 一瞬の出来事に、誰も動けなかった。


 ぐったりと横たわり頭から血を流すマックス。その姿に、仲間の隊員たちは青褪めた。



「おいマックス!! マックス!? しっかりしろ!!」

「今度はなんだよ……っておいおいおい、大丈夫なのかこれ?」



 隊員の呼びかけに応答の無いマックス。慌て彼を背負い、現場から離れる隊員。


 今は時間が無い。もうあたりが見えないほど暗いのである。

 彼はちゃんと送り届けるからここは任せた。


 マックスを担いだ隊員はそう、隊長へ黙礼した。

 夜闇へと消え、向かう先は公爵邸手前の本部。応援を呼ばねばと、歩みを速めた。



 一方、残った隊員たちは顔を見合わせ、警戒する。

 何かがいる。それもとびきりやばいのが、と。



スゥ……ボッボッボッボッボ…………ミシミシミシ



 突如として膨大な魔力反応が起こり、空気が軋みを上げる。そして、森に風が起こった。

 警戒していた兵は剣を抜いた。いつでも魔法発動可能なように、体内で練り込む。術式も用意しておく。


 だが、クスクスと笑う声に全て掻き消された。



ウフフ、アハハ……

                          ……クスクスクス



[いやぁ、まさかあの子がここに来るとはねぇ……嬉しいなぁ、嬉しいなぁ]

[今度はちゃんと、いい子を選んだでしょ? 僕を褒めてよね]

[うん、ばっちり。この子ならきっと頑張ってくれるよ]


[……連れて行こう。いけ好かんが、約束だ]


[! そうだった早く行こう]

[首を長ぁくして待っているかもね]



 不気味な声は、どこからともかくする。だが実体がない。王国有数の感知能力で持ってしてもだめだ。

 これではまるで、空気そのもの。


 完全お手上げだ。


 声はとても美しい。風のように透き通っている。質量を感じさせない。いつまでも聞いていられる類だ。それがとても優しく、慈しむように響く。隊員の中には、聞き入っている者さえいる。


 なのに、自分は得体の知れなさが勝る。

 伝令役の兵は、背筋がゾッとした。

 気絶した子供を囲うように声が響く。まるで守るかのように。それがなんとも不気味で、その兵にはダメだったのである。


 次の瞬間、殺気が膨れ上がった。



[でもさ、傷つける君たちはいらないよ]

[無能だよねぇ、主君の子だと何で見分けつかないのかなぁ]

[いっそのこと、奴に処分してもらうか?]



 カタカタカタと、不快な音が突如した。音ので所がわからない。


 奴らの仕業か?

 剣をて取ろうとして、そこで上手く抜けないことに気付いた。


 カタカタという音が、強くなった。


 自分を手元を見下ろすと、震えて見えた。いや、事実震えている。

 柄にかけた手の震えに連動し、剣と鞘にぶつかってカタカタ音を立てていたのである。


 そこで、自分が怯えていることに気付いた。目の前の、強大すぎて感知できない(・・・・)敵が怖い、などと。



「遅いから迎えに来たぞ」

[鬼隠居様が早よせんかと催促が五月蝿くて、五月蝿くて敵わん]



 柳の木を連想させる老人と、老人を背に乗せる馬。呵々と笑う老人は一見好々爺だが隙がなく、油断ならない。


 それに、あれは馬では無い。その実体は何かまでわからなかったが、それが余計に恐怖を煽った。



[皆のもの、雑魚は捨て置け。さっさと行くぞ]


[[[はーい]]]



 羽を持つ子供たちが突如として宙に現れる。先ほどの囁きは彼らなのか。


 地に横たわる女児を拾い上げ、軽々運ぶ子供たち。女児の縄は解かれ、縄を締めた兵士の頭がグルグル巻きにされた。仕返しのつもりなのか。

 やはり只者では無い。到底敵うまい。


 悔しいが、自分たちの実力では女児は保護できない。


 この辺は盗賊・大型魔獣が出ないので危険度は低く、農民でも気軽に薬草採取可能だ。自分たちが巡回し、駆逐しているのだから当然だろう。


 森の中1人彷徨し、きっと不安だっただろうに。

 一体どのくらい迷子になっていたのだろうか。


 遭遇し気絶する直前の安心しきった少女の顔を思い出した隊員は、心が痛んだ。


 そしてやっと保護され、後もう少しで街だったのだ。

 詰所ではせめて暖かいものを食わせたやりたかった。


 けれど彼女はこの恐ろしい連中に連れて行かれるのである。自分たちが不甲斐ないばかりに。きっと慢心していたんだろう、イスカリオテ公爵家の精鋭だと。


 申し訳なさで唇から血が滲む程噛みしめた隊員。


 旦那様、アンデルセン様。申し訳ございません。

 我々では領民1人、しかも子供を守ることができませんでした。


 目を瞑り内心深く謝った。

 挑めない情けなさに、1粒目元から涙が漏れた。


 この時馬上の老人は1人、隊員の悔しそうな顔に気付いた。悔しさで震えている様子から悪気があって少女を捕縛したわけではなかったことをなんとなく察したのだった。

 少し大人げなかったかと反省し、バツの悪そうに頭を掻いた。



「仕方がないのぅ」



 責めてもと一瞬で空気が和らげ、撫でるような風を送った。

 それに反応して思わず顔を上げた隊員。



「そこの伝令役、安心しろ。この子は1月で戻る。

 それより公爵の小童に伝えておけ、『娘は丁重に持て成す、任せておけ』と」



 和らいだ表情で穏やかに告げた老人。人外だとわかる白目部分の無い翡翠色の目が一瞬だが、優しげに細められた。

 返事をしようと口を開く直前、老人と子供たちは、馬と共に消え去った。


 残るのはただ、夜の静寂のみ。

おまけ

 とばっちりで頭打ったマックス君(35)は、3児の父親。最近の悩みは可愛い盛りの末娘に『パパくさい』と言われてしまったこと。後日、革ブーツ水洗いしておカミさんに叩かれる光景が目撃された。

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