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3 脱走中/賢者の必要性/迷子

 ここから続きです(お年玉)



 脱走後、早半日。

 心が折れかかっていた。


 青々しい森に囲まれたご機嫌色な空を見上げ、溜め息を吐いた。


 脱走しなければよかった。

 いや、脱走するにしてももっと計画的に行うべきだったと言えばいいのか。


 いや本当に何故忘れていたのか。

 屋敷より外の方が臭い。公爵邸内が(靴付着のうん○と風呂に入っていない使用人の体臭で)あれだけ臭うならば、外はよりひどいことになっていると予想できたはずだ。


 街道沿いを森の中進めばいいと思っていたのが第一の間違いだった。


 言い訳をするようだが、街道だと馬車接触事故や人さらい遭遇リスクと馬糞やご遺体への遭遇リスクが高いと考えていた。だから、道端を超えた森の中を進めば多少マシだろうと考えたのである。


 けれど、よ〜く考えればわかるはずだった。


 道の真ん中は論外として、道端だって色々積んであったら邪魔になるだろう。道路交通法があるかどうか知らないけど、馬車横転事故を起こして経済的損失を出す可能性だってある。


 だから、整備されていて当たり前だった。

 問題となったのは、その整備方法。


 現代日本では、路上の障害物に関して運ぶことで取り除かれていた。流れとしては、障害物の特定・原因究明後に専門業者が運搬、別の場所へ保管・廃棄処分していた筈。


 一方、異世界式の方法は森への不法投棄。以上。


 金目の類は無いに等しいが、それ以外の馬車の残骸等のガラクタや人馬のご遺体と糞便が木々の麓に転がって分解され始めていた。


 道端の森はだからこそ障害物が多く、嫌悪感しか抱けない害虫と悪臭の宝庫だったのである。

 この道を進むのはだから、実質不可能だと判断した。


 誰だ、「馬車道脇進めば楽勝」なんて杜撰な計画したの。

 責任者出てこい(自分だよちくしょう)


 そしてあんまりにショッキングなR-18光景(グロ)と遭遇した結果、私も思わず嘔吐してしまった。誰にも見られずに済んで尊厳は守れたが、気分が悪い。


 というか、胃が凄まじく痛い。


 それでなくても日々のストレス(悪臭)で胃酸亢進していたと思しきこの幼い体。口腔〜胃までの粘膜がよく焼けしたかのようにジンジン痛む。本当に最悪な気分である。いまなら胃薬と友達になれそうだ。


 生活魔法の基礎である『ヒール』を口腔内からかけて、とりあえず今は経過観察。

 血反吐は出なかったので良かったと思っておこう。胃がシクシク痛い。



「これからどうしましょうかね」



 この口調もまた、悪い意味で予想外だった。


 1人になればマシになるかとおもったが、独り言で出てくるのは相変わらず令嬢言葉。

 思考は完全に現代日本人になったものの、こっちの言葉は慣れ親しんだ上流階級風の言葉遣いで固定された模様。なんともチグハグで気持ちが悪いが、こればかりは生育環境の影響なので仕方がない。


 ただ、これだといざ逃走せねばならん時に平民にまぎれるのは難しい。

 今のうちになんとかしたいが、周り貴族で固められている現状難しいかもしれない。


 それより今は、ここからどうするか考えねば。既に目標は達成できているし一旦帰るか?



 脱走した理由はそもそも発言権を得るためであった。


 中世欧州風の世界はやはり、性別の壁が大きかった。女性は男性の付属物という考え方が主体となっているからだ。

 発言権は低く、男性の一歩後ろに付き従うのが理想とされており、貴族女性の教育には政経・管理系は見事除外されていた。習うのは社交とその他淑女教育、趣味程度。


 例外は、王妃・王子妃身分と相続関係で特殊な事情がある場合。

 王妃ともなれば政治や内政に関わるので、帝王学含む諸教育を行う。特に、一部の外交関係は王妃の管轄となるので重点的に取り組むそうだ。

 また、特殊な事情で女児しか家を継げない状況の場合、侯爵位以上の家に限り女性が次期当主として教育を受ける。理由は、血筋を残すためであるとのこと。家乗っ取り防止対策なのだろう(閑話休題)。


 さて。こんな状況で私が何か提案して、それが通ると想像できるだろうか。

 まぁまず無理だろうと考えた。女性で、しかも6歳。発言権どころか人権だって怪しい。


 ならば、権力と暇のある知識人な爺様の発言ならどうだろう。特に、隠居中の知識人なら尚のことよし。平穏のため名前出し禁止ともなれば最高。

 そこで、『流浪の賢者』という謎の知識人が登場するわけだ。


 賢者爺が特別に知恵を授けてくれた、実践したい。女児であってもそうやって話を持っていけば、周囲の大人も納得して動いてくれるだろう。

 衛生状態向上は恒久的に行うべき事業なので、相手を納得させて意識改革を行っていく必要があるのである。権力による押し売りは一過性で、持続性がものを言う事業には不適切なのである。


 だから、我儘令嬢の名を使うのは別の機会にとっておく。お父様の権力は絶大過ぎるので無闇矢鱈と使うものではない。



 また同時に、賢者のネーム力は宗教に滅殺されるリスク軽減にもつながる。


 奇天烈な思想や技術は必ず衝突を生む。その時代の習慣や常識の枠を外れることを人々が恐怖し、拒絶するからである。

 これはもう仕方がない。人間の脳が『新しいこと』を拒否する性質を持っているのだから。脳メカニズム詳細は省くが、ダイエット成功率が低いのとおおよそ原理は同じ。

 『減量』という新たな取り組みを脳が嫌がるように、『新技術・思想』は嫌われるのである。たとえどれほど利益が出ようと。


 結果、異端審問・魔女裁判を経て時代から排除されるわけである。

 ああ勿体無い。多様性・新規性こそが人間の美徳だというのに。


 尚、一番受け入れられやすい方法は脳を騙すスモールステップ技法だと証明されている。文字どおり塵程度の変化を蓄積することで山のように大きなことを取り入れる方法である。本来ならこの方法で行いたい。


 けど、時間がない。圧倒的に足りない。一刻も早く衛生状態改善しないと疫病が怖い。


 だから、別の方法を使うことにした。

 権威による時間稼ぎで実績を作って発言権を得る方法だ。


 人を黙らせるのに一番有効なのは、『権威』と『実績』である。どちらも即効性があるが、実績の方が信頼関係を構築できる可能性が高い。双方とも個人で得るには時間が足らない方法でもある。


 だから、賢者だ。


 賢者とは、『賢者』という特殊スキルを持った天変地異抑止因子(と思しき存在)。

 別名『時代の導者』ともよばれ、勇者や聖女、皇帝を導くのは決まって賢者だったとされていた。尚、情報源が子供向けの絵本なので情報の精度は微妙であるが、民衆の大半は賢者をそう見ているとわかったが(早く大人向けの書物を読みたい願望)


 きっと、権威にひれ伏す人々が私を守ってくれるだろう。そして、「賢者様が語ったことなら取り敢えず試そう」などと考えてくれる可能性が上がる。

 さらに、私の実行予定なことは地球で効果は実証済みのことだ。科学的な分析に基づいた公衆衛生活動は、着実実行すれば必ず結果に結びつくのである。


 そうなればもうこちらのターン。

 大半の民衆は皆、よほどのマゾや阿呆でない限り生活を楽にしたいと自主的に実行・継続していく。その方が生活が圧倒的に楽になるから。


 そして世界に『衛生』という価値観が根付いて私の大勝利となるわけである。

 ついでに情報ソース(私)の提案が通りやすくなり、より先進的な衛生事業の実行が今後容易に成るという寸法だ。


 それに、『賢者の弟子』扱いならば堂々婚約を延期できる。婚約破棄も親の許可なく私側から破棄できるだろう。

 本来なら男性側からしかできない理不尽を回避できる利点は大きい。


 その上王族は賢者関係者を裁くことが禁じられている。

 だから、断罪処刑や連座処刑は私に通用しなくなるだろう。賢者になれば、ついでに悪役令嬢としての運命からこれで一抜けできるということである。


 他にも色々複利効果があるのだが、獲らぬ狸の皮算用となりそうなので詳しく語らないでおく。



 よって、言い訳はこうなる。


『国を憂いた権力嫌いの賢者に導かれ、叡智を授かった。現在私が勧めていることと同時進行で行うことを推奨された。あとは私の判断に任せるとのこと。』


 これで、(多少苦しくても)通用する(筈)。



 そして信憑性を高めるため、実は最初の案にあった羊皮紙は用意した。

 一週間で書き留めた前世知識で、『忘れそう、だけど忘れたくないこと』を中心に書いた書物である。


 最優先で自分と夫の名前や経歴をざっとまとめ、何か作るための素材・機材・方法を書き出した。次に、今回の衛生改革計画と必要事項、優先順位。最後に他覚えていること全般とりとめもなく。

 忘れたらリカバリー不可能なので、風化する前になんとか頑張ってつもりである。また、今後思い出したら『賢者知識』と称して順次追加していこうと思う。


 当然使った文字は、ひらがな・カタカナ・漢字・漢数字等。幸いこの国の共通言語は英語に近く、日本語はない。一応公爵家侍女が務まる程の貴族教育を受けているマリアンに尋ねてみたが、スラヴ・ゲルマン・ラテン系言語はあっても日本語はない様子だった。


 ごちゃごちゃ言ってきたが、結局家出した時点で勝負は決まっていたのである。

 生きて帰る事さえできれば、私の大勝利となる。


 だが、その勝利も現在杜撰すぎる計画で潰えようとしている。


 誰だ、「馬車道脇進めば楽勝」なんて杜撰な計画したの。

 責任者出てこい(自分だよちくしょう)



 全ては脱走後どう過ごすか具体的に考えていなかったが為に起こった。こればかりは反省せねば。



 ところで、ここってどこだろう。


 目の前にはさっき見たような気がする木が複数。でも全部一緒に見える。

 あれ? 街道側ってどっちだろう。凄まじい悪臭するから距離十分とったからか、ここからではわからない。


 つまりさっきから考え事していたら迷った、と……



「……!? 私、遭難? してしまいましたの?!」



 どうしよう。

 せめて書き置きしてくればよかったか。1週間戻らなかったら探してくださいって。


 いつの間にか見渡す限り、永遠と続く緑の牢獄。

 街道は見えず、加えて方向音痴な私。


 さて、どうするのが正解か。街につく方向はどっちか。

 果たして、生きてここから帰れるだろうか。




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