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27 移転失敗/下手人/地雷

 読者の皆様、大変お待たせしました!



 妖精の輪をくぐり抜けると、そこはダーク系異世界だった。


 目前には一面の青黒い森が広がっており、木陰で何かが蠢き揺れているように見えた。

 空なんかは仄暗く、血みたいな夕日色。白褐色の雲は化学実験で失敗した煙のように毒々しく、中心へ向かってとぐろを巻いていた。


 そんな光景に一歩後ずさりすると、どこからともなく「アーッ、アーッ……」と物寂しいカラスの鳴き声が響き渡り、生暖かな空気を(こだま)したのだった。



「妖精郷……ですわよね?」



 浅草○屋敷や富士○ハイランドのCGではなく。

 あんまりな光景に一瞬、唖然とした。


 以前賢者ハウスから入った森は、どこもかしこも光の絶えない美しいところだったのに、これは一体どういうことだろう。


 草木が光の粒子で輝き、花が咲き乱れた道。

 穏やかな青色へ虹がかった雲が流れる空。

 そして、どこまでも伸びる広場の巨大樹。


 メルヘンチックで見飽きないくらい色に溢れた楽しい場所。妖精郷へは、そんな印象を持っていた。


 なのに、一体どうしたのか。

 森の青暗くおどろおどろしい様を眺めつつ、考える。前来た時は、妖精郷の森は前世の伊勢神宮みたいに清涼かつ神秘的な空気があったのに。



「ジャック?」



 この世界への扉たる『妖精の輪』を開いたジャックを呼ぶ。事情を訪ねようと思ったのである。


 だが、彼は答えなかった。


 こちらに背をむけるように立つジャック。表情は影になっていて見えない。

 そして、いつもよりも黒色が濃いように見えた。


 もう一度呼ぶが応答がなく、ますます不安になってきた。



「……なるほど、な」



 禍々しい空を見上げながら、いつの間にか現れたカル先生。

 つぶやくなり、ジャックへ追求する様な鋭い視線を向けた。



「おいジャック、お前『影の国』に連れてきやがったな?」


「うん、どうやらそうなったらしい」



 他人事のように呟いたジャック。

 振り向くと、何かがおかしいことに気がついた。いつものジャックではない……一体何が違うのか。



「そうなったらしいって……お前がやったことだろう?」


「そうだけど、僕は僕自身を把握しきれていないし。だからユール、妖精王族騎士団に所属している君がここにいるんだよね。監視目的でさ」


「!? やっぱりそうなのか」



 カル先生は私へと迫り、肩に乗っていたカルロとユールをあっという間に掴み上げた。



[!? 何をする!! 放せ!!]

[!! いたいよ、いたいからやめて〜]



 ため息を吐いたカル先生は、手を緩めずユールの服を弄った。対抗するように必死にジタバタするユールと、泣き出したカルロ。先生が一見ペドフィリアに見えなくない、視覚的に危ない状態である。

 そこで、助けを求めるように私へ視線を送る2人。よくわかんないけど、これは助けるべきか?



「ルルちゃん手出ししないほうがいいよ、今は」

「!?」



 いつの間にか顔のそばを飛んでいたジャック。いたずらっぽくニヤリと笑う顔は、いつものジャックだった。


 うん? よくわからないけれど、放っておけばいいってことかな?



「そうそう、そういうこと。ルルちゃんは何も悪くないから、大丈夫。むしろ悪いのはユールで……あ、カルロは関係ないこと言うのを忘れていたなー、まあいいや」



 後半の明らかな棒読み発言から、とりあえずカルロはとばっちりだったことがわかった。情けなくベソをかいてぐったりしていたので、ユールを弄る先生からカルロをなんとか奪還した。



[うぅ……ひどい目にあった]


「大丈夫かしら?」



 手のひらに乗せて涙(と鼻水)を拭ってやると、右肩上のジャックが盛大に舌打ちした。君は一体なにがしたかったのか、ジャックよ。



「ジャック、私状況が全く見えてこないのですわ。申し訳ないけれど、一から説明して下さらない?」



 いたずらする暇があるなら私に状況説明プリーズと頼んでみた。

 正直、最初に行った時の妖精郷なら食べ物も水も豊富だったので、中長期滞在も特に問題なさそうだと思っていた。だが、こんな暗い不気味印な森に囲まれた禍々しい雰囲気の場所は、早期退散するに限る。


 だって、さっき無数の目が光っていたのである……森の影から。

 ホラー耐性持っていない私にとって、ここは鬼門すぎる。


 一瞬ためらったジャックは、紅色に染まった目をこちらへ向けた……デュラハンの兜から覗いていた様に光った目である。

 そうか、黒曜石色が石榴石になったのか。それがいつもとの違いか。



「簡単に説明すると、僕の妖精の輪がアイツの持っていた『監視の目』っていう妖精魔法と相性が悪くて、辺鄙な場所へ飛ばされたってことだよ」



 監視の目って……それではまるで盗撮していたみたいではないか。そう疑問に思ってジャックへ尋ねると「その通りだよ」と忌々しげに答えた。

 ふむふむ、なるほど。



「え、私の様子をずっと誰かが盗撮していたってことですわよね!?」



 着替えとかおトイレとか入浴とか。それ以外にも、こっそり屁こいたり、大欠伸したり、だらしない姿勢で寝転がったり、足バタバタさせたり……つまり、その恥ずかしい姿を誰かに四六時中見られていたって。


 思わずユールへガバッと振り返ると、涙目でカル先生に「お願い放して!」 などと嘆願しているところだった。ふと、私へと視線が向く。



[主人殿……]



 事情を知った私は彼女へにこりと笑った。



「カル先生、遠慮せずやってしまってよいですわ。即刻、変態妖精魔法が潰れることを願いますわ」


「おう、任せておけ!」



 親指を上に立て、いい笑顔で答えた先生。

 ユールの悲鳴を無視し、懐から見つけ出した魔法媒体を取り出すなりあっという間に潰してしまった。


 情けない顔で[あぁああぁぁ……]と項垂れるユール。

 よし、悪は滅びた。



[ユール、弁明は一応聞きますわよ?]



 縛った上で正座させて、皆でユールを囲い込んだ。もちろん、勝手に恥ずかしいところを盗撮されて腹が立ったのでリンc……逃さないためである。








 エグッエグッと泣き止まないユールを慰めつつ、私はどうしたものかとカル先生と目を合わせた。すると、カル先生は肩をすくめてどうにもならないと頭を振った。


 やっぱりそうなるよな〜……



 ユールへの罰は当面保留。

 彼女は加害者どころか被害者だったのである。最初から疑ってかかって悪いことをしてしまった、疑わしきは罰さずが基本なのに。


 彼女は脅されていたのである……肉親である妖精王に。


 妖精王の浮気相手との間にできた子供であるユール。現妖精王妃様に消滅させられてもおかしくない存在なのだが、妖精王妃自ら彼女を匿って、秘密裏に育てたのだという。

 枕詞で必ず「いつか恩は返してもらうわよ」という言葉を聞きながら。


 その言葉を額面通りに受け取ったユールは勝手に親衛隊試験を受け、合格した。そこで自分の娘を認識した妖精王は面白半分で彼女へ出自を教え、その後も度々介入したらしい。

 恩を仇で返された様な妖精王妃にとっては当然面白くなく、ユールの希望に反して勝手に異国の神秘生物との政略結婚を企てた様だ。


 一方、ユールは近衛騎士を希望していた。

 彼女の夢は、女性だからこそなれる女騎士。男性騎士が入れない場所まで高貴な女性を警護する役割。

 そして、大恩ある王妃様を守りたいと思っていたのである。



「……だから、ジャックが契約主の元へ向かうと言った時、これは好機だと思って飛びついて、妖精王に暴かれて…………」



 妖精王妃としては体の良い厄介払いができたと喜ばしく、全面バックアップの上で将来有望株なカルロ(カーロ)をつけた。彼女としても私の方が異国の神秘生物よりも信用がおけると判断してくれたらしい。

 何より、彼女としては片方とは言え『妖精王族』の血筋を『グレンデル』を継ぐ私の側に置いて、安心したかったとのことだ。



「妖精王は、私が出ていく条件としてその……『目』をつけることを要求して、守らなければ、王妃陛下が進め、止めた異国の神秘生物との縁談を復活させると……」



 涙目で語られた予想外のドロドロ事案。

 多分地雷はこれに留まらず、次から次へと出てきそうな予感がした。もう私の事情とユールの件だけでもお腹いっぱいなのに。ジャックも何か持っていそうだし。


 これに加えてカーロ(カルロ)もまだ未知数。

 カーロとカルロ両方の名前を持つことになったのか(私としては、前者を名前としてつけてつもりだったのに)。何故王妃様がカーロ(カルロ)を有望株と称してユールついでに私へつけたのか。

 何かしら厄ネタを持っている臭いがプンプンする。


 今更だが、地雷は私だけではなかったのである。

 異世界ハードモード……いや、現実なんてこんなものか。



 溜息混じりにふと空を見上げ、はっとした。

 もう日は完全に沈み、夜闇が迫っていたのである。


 いつもブクマ、感想、評価、誤字脱字報告等、ありがとうございます!

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