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26 妥協するはずもなく




 一瞬何を言われたのか理解できず固まっていると、お母様は真剣な表情でもう一度言った。



「ルル、しばらく外出禁止ですわよ」


「え……」



 どうしよう……幻聴ではなかったようだ。


 今、このタイミングで外出禁止令は困る。滅茶苦茶困る。

 魔術も魔導具も、外で作業するからである。


 お母様へ訴えるように見るが、にっこり拒否された。



「外出禁止ですわよ。だって、屋外だから危険にさらされたのでしょう? しかも護衛役も外して油断していたようですわよね?」



 ウッと返答に詰まってお母様を見上げると、笑みが深まってらっしゃる(つまりすごく怒っていらっしゃる)。ああこうなったら当分、外出禁止解かないかも。


 せめて、せめて訓練場……1人ではいかないから、ダメかな?



「許可できませんわね」



 お父様を見ると、お父様もまた頭を振っていた。ウルッとした目で見上げても……今回はだめそうか。



「フィオナからの進言もあったけど、最終的に当主である私が決定したことだよ」



 なら無理か……賢者との魔術訓練、屋外じゃないと厳しいのにどうしよう。屋内等密室だと特に土属性の魔術式は粉塵爆発の恐れがあるのだから、普通に怖い。

 当然カル先生はカリキュラム変更するだろうし、そうなってしまえば魔導具作成へ入るのが遅れることになる。


 このままでは、王宮茶会までに魔導具が間に合わない。



「……その代「あらあら、この子聞いていませんわよ?」……ルル?」



 となると、王宮の悪臭(王子)対策ができなくなると……全力で私を殺しにかかってくる例の悪臭に何のガードも無く対峙することになるのか。


 うん、これ普通に無理じゃない?


 王子の芳しい匂い(笑)を少し想像してみる。

 ただでさえ臭う梅雨時干さずそのまま夏場の部室(密閉空間)に放置しまくった雑菌まみれの剣道部防具。そこへ、消費期限切れ数ヶ月の牛乳と潰したてのカメムシを添加した悪臭。

 普通に地獄絵図でしかない(絶望)

 思い出しただけで心身ともに凄いダメージが。胃の痛みと吐き気、頭痛……ストレスがいよいよ天元突破したか。


 想像だけでこんな状態なのだから、王子(悪臭)前にしたら一体どうなるか。



「おーい、ルル……」



 しかも王宮(密室空間)で行われる茶会は数時間にも及ぶ。

 そらそうだろう。王子を中心とした集団合同お見合いみたいなものなのだから。私を始め、上位貴族のご令嬢(多分刺激臭)を集めている。


 そんな中で、防具マスクなしにずっと耐えろというのか。この哀れな6歳児の体に。

 あんな……あんな死にかけた悪臭に数時間とか、それどんな拷問?



 絶対無理だ。インポッシブルだ。

 死んでしまう。



「あの、本当に聞いてルル?」



 けれど、お母様もお父様も私の魔導具作成を邪魔するのである。悪臭対策は私にとっては死活問題、凄く切実なのに。藁をもすがる思いなのに。


 ああ、凄く短い余生だったな。どうやら私の人生はここまでのようだ。


 それにしても予想外だった。

 生まれ変わってこれからという時に王子の悪臭に殺されるのか……それも、夫との再会も叶わずに。衛生状態の改善も中途半端なまま。


 こうなってしまったのも、もしや悪役令嬢の定めか何かだろうか。

 悪役としての運命ならば仕方がないのか。




 いやちょっと待て……仕方がないで済ませられるかぁあああ!!



「お、ルル! お父様が特b「お父様、お母様、この度は私の軽率な行動大変申し訳ございませんでした。謹慎の件、承知しました。暫く深い反省の意味を込めて、私自身のお部屋から一歩もでないことにいたします」……あ、ルル?」



 御前、失礼致します。

 唖然と固まる両親を前に、私は部屋へ撤退することにした。


 三十六計逃げるに如かず。分が悪い戦いは、避けるべし。


 というか、娘の危機的状況に察せられないのなら知らない。

 もういい、こうなったら自分で切り開いてやる! 悪臭王子バスター(仮)の創作活動は、何も公爵邸で行わなくたって問題ないのだから。



[で? 本音は?]



 成り行きを私の影から見守っていたジャック。

 いつ潜り込んでいたのか不明。成り行きを知っている様子なので、私の側にずっといたのか。あるいは、両親か側に潜んでいたのか。


 どうでもいいけど、ジャックなら協力してくれるだろう。



(ジャック……妖精郷への入り口はいつでも開けられるって偽りはないのですよね?)



 力を貸しなさい。


 そう内心語りかけると、ジャックは[畏まりましたルルお嬢様]などと、おどけたように返答した。どこか不気味な笑いを含んでいるが、彼以外に頼れないのだから仕方がない。


 賢者モードもといカル先生は、今回ばかりは頼れなかったのである。『ワームホール』と結界破りの件でお父様を二度怒らせ、その上私を誘拐したとなれば公爵家全体が先生の敵になってしまう。

 そうなれば、私の『賢者』への道が遠退く。



[ところでルルちゃん、対価どうするつもりだ?]



 そう尋ねてくるジャックへ、私は間髪入れずにこう答えた。



(私の髪を許可なく切り取ったことを不問にする、というのはどうかしら?)



 途端、ドキッとした感覚がジャックから伝わった。

 ジャック達3人と契約してからしばらく、髪の一部が消失したこと数回。不自然ではないので私では気付けなかったが、毎朝ヘアメイクしてくれるティナが速攻で気付いたのである。


 かまをかけてみたが、やはりお前だったのかジャック……


 悪戯目的にしては髪の毛って意味深だし、一体何に使ったのか。

 できればホラーはやめてほしい。耐性無いので襲われたら抵抗する前に死ねる自信しかない。特に、藁人形や一人かくれんぼの素材、あるいはブードゥー人形の一部とか、生理的に無理。



[で、でもそれだけだと足りないよ。どうする?]



 動揺した様子で再び尋ねてきたジャック。



(そうねぇ、それなら……ああそういえば私の刺したハンカチーフ欲しがっていましたわね! あの『糸蜻蛉』の図案は如何かしら?)



 謹慎中にお母様に言われて行った刺繍。前世でも(結婚後暇すぎて)行っていたのが功を奏して図案から製作まで人並みにできていると思う。

 ……できているよね?


 試作品に、図案を黒い糸蜻蛉と紅葉という和風テイストにしたやつがあったはずなので、それを今回の報酬としてあげようと考えている。以前、もの欲し気にチラチラ見ていたのでいいかもしれない(ちょっと可愛かった)

 まあゆくゆくはあげようと思っていたし、いい機会だ。



[……え、いいの?! あれって初めて作った記念品じゃあないの?]



 驚きと嬉しさを黄色に溶かし込んだ様な声のジャック。

 そうか、そうか。あんなのでもこんなに喜んでくれるのか。初期版で割と拙い作なのに。


 まあちょっと頑張ったけれど……よくわからないけれど、ここまで喜んでくれると制作者としては嬉しく感じる。



(また作りますからいいのです。それより対価足りえるかしら?)



 すると、ジャックのニマニマデレデレとした表情が、アップ状態で私の視界に入った。



[むしろそれじゃあお釣りが出るから、出血サービスしておくよぉ!!]



 僕機嫌がいいから、クソ賢者も時間差で送ってあげる!


 本当に機嫌良く小躍りするジャック。

 まあ、ご好意は受け取っておこう。カル先生なら自力でなんとかしそうな気もしないではないけれど。


 さて、これで安全な脱出ルートと潜伏場所は確保。

 その後の段取りとしては、①部屋に着いてからマリアンたちを下げる、②(次回脱出ように用意しておいた)荷物を出す、③トンズラといった感じか。前回の反省を活かして計画を事前にねっておいた私の勝利だ(いつか脱走するだろうとは思っていた)


 それに、結界が一度壊れた公爵邸よりも、今なら妖精郷が一番安全だろう。隣国の連中も侵入できないし、仮にできても『人』のままでいられるかどうか。

 そうだ、ずっと引っかかっていたのはそれだ!


 賢者は何故『公爵家』を賢者修行用の合流地として指定したのか。


 カル先生は賢者なのだから、こうなることはわかっていただろう。

 強引に空間を歪めれば特殊な魔術結界以外だと容易に壊れる。そして、壊れたならば隙間からよくない連中が侵入してくる。

 先生だってメルトキア人なのだから、そういう経験はあったはずだ。でなければ、先生自身の屋敷があんな厳重セキュリティー地獄になっていないはずである。


 なのに、何故あんなことをしたのか。


 それに、私の契約妖精にあたるジャックが妖精郷まで簡単に行けること等把握していないとは思えない。

 それなら安全な『妖精郷』を修行地に指定すればいいものを……いや、まさかこうなることを最初から分かっていた?

 私が脱走すると(前科があるから?)


 まあいい。

 あの人はどうも秘密主義だから聞いても答えてくれないだろう。こういう時は放っておくに限る。指導さえちゃんとしてくれれば問題ない。



「ジャック、準備の間は誰も部屋へ入れないでくださらない?」

[いいよ〜、ついでにユールとカルロも呼んどいたから]



 クローゼットの影から隠しておいたカバンを取り出す。中には1週間分の食料、自作水筒もどき(ステンレス製)、下着セット、そして、地図が入っている。



「探さないでください、しばらく空けます。これでいいわね!」



 マリアンへの伝言。

 心配させてしまって本当もしわけないけれど、王子(悪臭)対策のためなら仕方がない。



[お待たせした!] [もう出るの?]



 小荷物を背負う2人の妖精。その後ろから若干不機嫌そうな表情のジャックが続いていた。



「ジャック、こちらの準備は終わりましたわ」


[うん……わかった]



 その間は何かしら? そう思っていたら、部屋の扉が開いた。



「妖精郷行くなら、保護者の付き添いは必要だろ? 公爵家との関係はきにするな、その辺は俺ら大人がどうにかするから」


「先生……」



 ニヤリと笑い、ウィンクしたカル先生。右目に青タンがあるので、なんだか締まらない。

 あの後殴られたのだろうか。


 やっぱりお父様って本質的には武闘派貴族なのか。



「よし、ジャック開け!」

[お前が指示するな!]



 こうして私は、第二次自宅脱走を遂行したのだった。

 読者の皆様、ブクマ、誤字脱字報告、評価、感想等ありがとうございます!


訂正:一人鬼ごっこ→一人かくれんぼ ごめんなさい。

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