20 部屋凍結事件
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お陰様で20話までいきました。
お父様と不審者が知り合いだとわかると、マリアンは護衛兵を速やかに退出させ『浄化』を念入りにかけた。ルカとティナも浄化済みの掃除道具で綺麗にしている。全員眉を顰めているので、多分汚物でも付いていたのか。
そうだ。
「掃除が終わり次第、ルカとティナは私のサロンを使える様に。マリアンはお茶の準備を」
「あ、サロンは準備しなくていいよ。代わりに私の執務室に全員来る様に」
お父様が途中で遮る様に指示を出し、ついでに「サルマン、部屋へお茶と摘めるものをいくつか出せ」というやりとりがあった。声に若干険が見られ、少し怒っている様な気がした。
「さて賢者モード、いや、ここではカルでいいかな?」
珍しく感情を顕にお父様は賢者を睨みつけた。
「娘の、ルルの部屋へ無断侵入した弁明については、一応聞いてあげるよ。これでも友達だったからね」
私でもやばいとわかる雰囲気を醸し出したお父様を唖然と見ていると、「!? お嬢様、失礼します」と突然マリアンが私の前に立った。まるで、何かから庇う様に。
よく見れば、『結界』を張っていたマリアン。脂汗が首筋から一滴流れ、顔色は悪い。
そして、よく見れば私の部屋は一面、凍りついていた。
……やばい。お父様ガチギレしていらっしゃる。魔力が制御下から外れ『寒気』として顕現したのである。マリアンが咄嗟に結界を張らねば、私も無事ではなかっただろう。
ティナとルカは、ティナの結界に守られている。よかった、無事だったか。
それにしてもちゃんと答えない賢者……今はふざけている場合では無いのではと、苛立ちを含んだ視線を向けた。早くしろ、と。
すると、何やら私へ手招きし出した賢者。えっと、何々? ちょっとこっちに来い? ……これ以上巻き込む気なのか。
(お父様に見えない角度で)露骨に嫌そうな表情を浮かべると、チッと舌打ちした賢者がズンズンとこっちに来た。幻想の下では髪の毛から靴まで霜が付いている賢者は果たして、一体どうお父様から生存したのか。というか、本当に人間?
失礼な私の目線を無視し、賢者は「それ借りるぞ」と亜空間ポーチをひったくって行った。
「言い訳にしかならんが、これを目印に一刻も早く着く様にと『ワーム』の魔術使った。直前まで大暴走の処理をしていて出発がギリギリでな……だから、まさか部屋に出口ができるなんて思っていなかった」
悪かった。
私へ先に頭を下げた賢者は、お父様へも改めて頭を下げた。
対するお父様はといえば、抑える様に深呼吸をしてから魔力を制御下へと戻した。部屋の温度が戻り、ちょっと安堵した。
マリアンも安心したからなのか、ガクリと床へ倒れかけた。慌てて支えるも、全身の力が抜けてしまっているのか共倒れになってしまった。
よく見れば顔色が悪いし呼吸も荒い。魔力切れの典型的な症状。
無茶、させてしまったか。
「……マリアン、大丈夫?」
「も、申し訳ないです、お、お嬢様……腰が、抜けてしまって」
お父様の魔力に中てられたのかもしれない。震えが止まらず、立つことがままならない様子だった。目線をルカに送ると、頷いてマリアンを救護室へと運んでもらった。
そして、一連をオロオロして見ていたお父様と賢者先生の様子へ溜息を吐いた。
「事情はわかりましたので、一度私の部屋から出て行って頂けませんこと?」
感情を抑えて声を出したつもりだったが、予想以上に平坦な声になった。そんな私の様子へマダオ2名は肩を落として、退出した。
「さて、と……」
部屋の惨状へと深い溜息をまた一つ。
お父様の冷気で氷点下まで一度下がった為、家具の類は全部一度氷漬けになっていた。西洋建築らしく石材建築である我が家は、水の逃げ場がないので仕方が無い。
……いや、木造建築だったら急激な温度変化で最悪割れていただろうしまだマシかもしれない。深く考えないでおこう。
とりあえず、今最優先で持ち出さないといけないのは大判の布類……今日中に乾くだろうか。
ベッドは幸いにも気温保持の魔導具(冷暖房完備の代わり)だったので無事。よかった、寝床は確保できている、と。とはいえ、天蓋とレースカーテンは被害出ているので使えない可能性が高い。
う〜ん、どのみちこの部屋は今夜使えないかもしれない……となると、黴と埃だらけの別部屋で過ごすのか。また一つ、溜息が漏れた。
「掃除……しましょうか」
明後日はせめて、使えるようにせねば。
魔導具等で専属以外に任せられない部屋なので、自ら掃除することにした。そして、その間にティナへはベッドの天蓋レースを洗濯場へ持っていく様頼んだ。これでも一番軽いものだが、湿っている分重いし負担は大きい。
すまなそうに頼むと、寧ろ私が掃除しようとしていることへ恐縮するティナ。緊急事態だからと無理やり納得させた。
天蓋のレースカーテンを担いだティナは「速攻で戻ってまいります」と一礼するなり走って廊下を行った。ドダダダと駆ける音がして、廊下を掃除していたメイドが顔を歪ませた。
そして、彼女が進んで行った場所にはくっきり足跡が出来ていた。靴が濡れているせいだろう。これはメイド長から雷落ちるかもしれない……後で一言私から言っておこう。
ティナが去って改めて部屋を見て、溜息がまた漏れた。折角この部屋綺麗だったのに……お父様と賢者のせいで。あ〜あ。
「そうですわ、絨毯も出さなければ」
ベッドの下に敷いてある絨毯もまた霜が溶けてジュクジュクに濡れている。放置したらこの季節(春)、黴だらけになること間違い無い。
お父様のせいで賢者歓迎どころでなくなった……オトシマエはしっかりつけねば。
いや、そもそも賢者のせいなのかこれは。でも謝ってもらったし、多分今朝採れたての魔物(から強奪した)素材の土産持ってきてくれたっぽいので、許すべきか。淑女の部屋へ突撃訪問した件は別として。
っと、いいところにルカが戻ってきた。
「ルカ、ベッドを一旦動かしますわよ。片側頼みましたわ!」
「? へ、お、お嬢様??」
混乱するルカを片側へと移動させ、魔術式でベッドにかかっているGを軽くしてから2人で持ち上げた。ますます混乱した様子のルカだが、ちゃんと仕事はしてくれた。
無事ベッドを外し、絨毯を丸めた。やっぱり広範囲で濡れていたので乾かさねば。
こういう時、生活魔法に『乾燥』とか何故無いのかと思ってしまうものだが仕方が無い……昔試そうとした人は家ごと炎上したということだし。
かといって、魔術に関しては仮免許状態なので賢者の監修無しには使えないのである。G軽減も本来なら駄目だが、ばれなければ問題無い。
「ところでルカ」
「はい、お嬢様」
丸めたカーペットを指差して尋ねてみる。
「これ、一人で運べるかしら?」
ルカは絨毯を一瞥すると、「失礼します」と言いながら持ち上げようとした。だが、想像通り持ち上がらなかった。困惑したルカへは「水を吸っているので重くなっているのでしょう」と説明し、誰か人足を頼もうかと話しかけ……
「あの、私が運んでおきますわ。我が主人が大変申し訳ございません」
申し訳なさそうにベラドンナ先生が細い片腕でヒョイと絨毯を持ち上げ、続いてカーテンとクッション数点をもう片方で楽々持ち上げ運んで行った。
その様子を唖然と見送ったルカと私。
ルカは鼻水が垂れていたが、あまりの衝撃映像に気付いていない。無理もない。
黙ってハンカチを取り出しルカに渡すと、反射的に鼻をかんでハッとした。また青ざめるルカ。若干ハンカチを持つ手が震えている。
「……度々申し訳ございません」
「何も見なかったことにしましたので、謝罪はいりませんわ」
「あ、そういえば主人の代わりにこの部屋乾燥させますわね」
ニュッと出現したベラドンナ先生。
手に持っているのはさっきの絨毯……乾燥済み。
「う〜ん、本来はドライできる類のものでもないので、これとこれ、あと、これは今日中に天日干しで……これは陰干しですわね。後は大丈夫かしら?」
私とルカが固まっているうちにさっさと部屋を乾燥させていくベラドンナ先生。というか、ベラドンナ先生妖精なのに魔術使えるのか。
一通り終わらせると、くるりとこちらへ向いたベラドンナ先生。
「後は……天蓋とカーテンですわね! 今から取りに行って乾燥しておきます」
私たちの返答を聞く前にパッと姿を消したベラドンナ先生。
もう、なんて言っていいのかわからず、無言でルカと見つめ合うこと数分。
「ただいま戻り……あれ?」
パタパタと走ってきたティナは、ぽかんと部屋を見渡した。
そこでようやく正気に戻った私とルカ。ティナから説明求むという視線を受けて、ルカが無理だと首を振ったので仕方がなく話した。
「……賢者の連れてきたベラドンナ先生が魔術でこの部屋を乾燥させたのよ、文字通り」
あんな風に温度調整を細かくするのはまだ私には難しい。精進せねば。
尚、ジャックは賢者の手が緩んだ瞬間に逃げ出しています。




