16 お嬢様の野望/コミュ症
読者の皆様ブクマ・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!
紙芝居は大体成功したと思っていいかもしれない。
院長先生が『浄化』習得補助可能だと伝え、殺到していった小さい子供達と年上の男の子たち。その背中を見てこっそり内心ガッツポーズをした。
掴みはオッケー。
でも肝心なのは継続性である。
鉄は熱いうちに打てという言葉の通り、まさに今熱が灯った状態で『浄化』を覚えさせたほうがいい。ついでに使う習慣がつけば尚のこと良い。
けれどそれはあくまで理想。実現は難しい。
『浄化』を教えられる院長先生1人対50人近い孤児。それに院長先生もいい年なので今日このあとずっと教え続けることは土台無理な話。
だから今日中に全員『浄化』習得は実現不可能。使い方の指導も後日になることだろう。
となると、この中からどれだけ『浄化』を覚えるモチベーションが持続できるかが重要になってくる。紙芝居後である今感じた危機感がどれだけ有効か。
う〜ん……次回慰問時はアンケート調査を再度実施するか。
調べるのは『浄化』習得率と習得希望率。影響評価をそこから行う(短期目標:『浄化』の習得・習得意欲向上)。
対象者の状態やプログラムの効果を考慮して、新しいことは来年以降。
……本音としては欲張りたいところだが、恐らく世界初の試み。教会本部の横槍が怖いし、ここは慎重にいこう。
同時に今行える事は、孤児院の罹病率・死亡率について昨年のデータ収集だろう。これを今年以降のデータと比較、衛生啓蒙活動前後で有意差の有無を検討する。
そうすることで、結果評価ができる(中長期目標:領内の孤児全体の罹患率・死亡率減少)
その結果から考察、論文という形でお父様へ提示して、初めて以下の領内法の法案追加を願い出られる(論文執筆は素人なので賢者モードに添削依頼出すか)
1. 『浄化』の習得努力義務→【浄化取扱者】領内資格
2. 飲食店への【浄化取扱者】必置義務
最低でも2番目の項目は絶対に通さないと。不衛生な宿屋は駆逐せねば(使命感)あんな寄生虫ご飯が基準レベルならば、いつ飲食経由で疫病が蔓延しても不思議ではないのである。
けれど、最低でも2年……手洗い代用の導入へ2年。道のりが途轍も無く、長く感じた。
仕方がないと、改めて自分へ言い聞かせる。
ここは頑固に中世続けた世界なのだし。再三言うが焦って事を損じないよう慎重に進めよう。
何故この地域(あるいは世界規模)で中世から人類の刻が止まっているのか。ここ1ヶ月謹慎中に時間見つけて公爵家の蔵書する歴史書見たが、結局不明だった。
その事が何とも不気味に感じた。あまり勘でものを言うのは好かないが、嫌な予感しかしない。
思い出して首筋に悪寒を感じるが、頭を振って散らした。
今一番怖いのは目に見えない人類の敵。
そしてその事が認知さえされていない異常な現実。
これを改善せずに、何が未来の領主か。何が貴族か。やったる。私が生きているうちに最低江戸時代水準までは引揚げよう。
差し当たり『浄化』後行うのは、道路と上下水道等インフラ整備。3年後が楽しみだ。
ここで、突然背後からトンと誰かがぶつかった。
相手は3歳くらいの女児で、どうやら『浄化』の列に弾かれて転がったらしい。涙目になっていたので頭を撫でる。そして、優しい声を心がけつつ「大丈夫」と宥め、起き上がらせた。
上目遣いで「ごめんなさい」といってきたので、肘の擦り傷へそっと『浄化』をかける。すると、あっという間に機嫌を直した。
「おねえちゃん、わたしがんばる『じょうか』おぼえる!」
私が返事をする間も無く、列へ戻り……ああ、やはり押された。
「あ、おさないでよ!」
「痛い!」
ぼんやり様子を見ると、同じような光景が幾箇所で見られた。
それもそうか……どうやらほぼ全員『浄化』を覚えよう熱に浮かされている様子だからね。いい事だけど、こうも一度に盛り上がると継続性が心配になってしまう。
それに、キャパオーバー気味な院長先生もさっきから困った表情をしている。いい年だし、疲れてさせすぎるのも良く無い。
そう思っていたら案の定子供たちが将棋倒しになりかけた。
熱が冷める前に叩くことは大事だけれど、指導員1人はさすがに厳しかったか……今後を考え一旦休憩を入れるか。
料理長作焼き菓子セットを取り出す。魔術解除で宙に漂う香ばしい香り。
効果は覿面、子供達の目線を一気に独占した。
「あ、クッキー?」
ゴクリと唾を飲み込み、そう尋ねる声。いえいえ、ロシアンケーキとフィナンシェです、と内心で答えた。
本日のロシアンケーキは中央のジャムに杏子を使用している。杏子自体の糖度が高かったせいか、砂糖控え目だけど十分甘い。
本来は苺か桜桃ジャムの使用が理想だが、その赤色が『血色』と評された苺は食用化されていない。その辺に雑草として生えているのに使えないのがなんとも残念。
次回以降のレシピ集へ導入予定。3年後の誕生日にショートケーキが食べられるよう、努力するつもりである。
フィナンシェは紅茶とプレーンの2種類用意してもらっており、どちらもふんわり優しい香りがする。甘さ控えめだが試食した際美味しかったので、大丈夫だとは思う。
ただ、紅茶は年長向けかもしれない……
女の子を中心として一気に集まり、あっという間になくなっていく焼き菓子の山。食べた瞬間の多幸感溢れる笑みは、見ているこちらまで幸福にしてくれた。
やはり、人の笑顔はいいものだな。
そうのんびりしていると、後ろから何かに引っ張られた。
振り返ると、紙芝居中質問してきた子供。
「姉ちゃんがよんでる、来て」
舌ったらずにそう告げると手首を掴み、私を連れて行かんと引っ張った。慌ててマリアンへバスケットを渡して子供達へ渡す様頼む。
ではでは、向かいますか。紙芝居中からずっと睨むように見てきた職員(と思しき子供)の所へ。
私を呼んだ少女は12歳くらいだろうか。
身長はそれほど高く無いが、6歳の私よりは大きく少し威圧的な表情をしていた。
だがもっと気になる事は、彼女の背後に浮かぶ白い球。何か言いたげにせわしなく動いているが、よく分からない。
[ああ、あれは『なりそこない』だな……時間の問題だろうけど]
ジャックの声が脳裏に響き、そういえば着いてきたことを思い出した。糸蜻蛉に模擬して髪留めの装飾品へ紛れている。同色なので一見してもわからないと思う。
(ジャック、『なりそこない』とは?)
[ああ、僕らみたいに存在をある程度固定化できていない連中のことだよ]
君らの言葉ならば『妖精未満』かな?
そう答えたジャックの声はなぜか苛立っていた。そして不機嫌そうな声で尋ねてくる。
[ねえそんなことよりさぁ、あいつずっと君に見当違いな敵意向けてきているけど潰していい?]
(ジャック、ダメよ。この程度なら平気なのだから)
ちぇっ、などと舌打ちして静かになったジャック。
恐らく暇だったこともあって苛立っているのだと思う。だから待機していればと何度も申したのい……助かってはいるが。
帰宅後ジャックの好きな南瓜パイを料理長に頼もう。護衛の礼といっておけば照れ屋ジャックでもちゃんと受け取ってくれるだろう。
さて、それよりずっと黙り込んだこの職員……一体私へ何の用があったのか。
教会信者で紙芝居の内容が気に食わなかったか、あるいは全く別件か。
前者だとすると、ジャックの言う様に決断を迫られる可能性もあるが。どうしたものか。
深呼吸をし、覚悟を決めた様に口を開いた少女。だが空気が漏れ、声が出ない。緊張している様で手足が震えている。
仕方が無いか。確かにこれでも公爵令嬢だから言いづらいのかもしれない。
なら、敢えて全然違う要件で私が話し掛けた体を取れば話しやすいかな?
「……貴方もお菓子は食べたのかしら?」
「あ、い、いえ、の、残っていたら、あ、あと、後でも、も、もら、もらう……もらいます」
緊張し、吃音を発する少女。
落ち着かせようと深呼吸し、思いっきり噎せた。気管支に入ってしまったのだろう。
呼吸が落ち着くまだ私は待った。そして、待っている間に慌てた様子で歩いてくる院長先生。落ち着く様子の無い少女へ少し目が三角になっていた。
「これエルダ! お嬢様へ失礼はしていないかい? すいませんお嬢様、エルダも悪気は無いのです……何卒お許しを」
許してやってくれと嘆願する院長先生の姿へ思わず苦笑した。端から見れば責めている様に見えたのだろうか。
「いいえ、院長。エルサさんでいいのかしら? 彼女は私とお話ししようとしたところでしたのよ。ただ、今は噎せてしまっただけですわ」
嘘は言っていない。本当に話がしたいと呼ばれただけだし。
それでも心配そうに眉を下げる院長へ、本当に子供思いの良い院長なのだろうと感じた。
子供に呼ばれた院長を見送り、改めて少女と向き合う。
ようやく落ち着いたらしく、呼吸も整っていた。けれどやはり緊張はするのだろう。手は相変わらず固く握りしめていた。
「……な、何で、私を、おこ、怒らないの?」
そうして聞いてくる少女。やはり緊張したままで、吃り、赤面した。
そんな少女へゆっくり向き合い、母親とベラドンナ先生からこってり指導を受けた優しい笑顔を作った。目元を優しげに下げて、笑みを作った。『優雅に、穏やかに』を心がける。
効果は微妙だが、少しは落ちついた様だ。
「怒る要素がどこにあるというのかしら?」
なるべく静かで穏やかな口調で、逆に尋ねる。すると、ボツリと呼びつけてはっきり物言わない事と、たどたどしく答えた少女。
赤面で年下相手に……などと呟きかけて、顔面蒼白で慌て出す。
だから、困った様な笑みで私は返した。
「え……怒って欲しいのですか?」
「ち、ちがう、違う!」
慌て、声を荒げて返事をする少女。だが、再び顔面蒼白になると、ごめんなさいと謝って黙り込んでしまった。
暫くシーンとして、少女は俯く。
……えっと、どうしよう。頑張っても会話が続かない。
話題、何か共通の話題無いかな?
あれ、そういえば同年代の子供ってそういえば今何を話すのだろう。
やばい、まさかと思うが今世の私はコミュ症? そういえばまともに話すのは我が家の使用人か護衛か両親、賢者と妖精……あれ、意外と多い?
いやちょっと待てよ。
妖精以外は全員大人じゃないか!
今更だが、転生してから私は同い年と一度も話していない可能性に気付いて驚愕した(←第三王子の存在は抹消されている)
これには流石の私も動揺し、固まった。
凍りつく空気……私はもう、ダメかもしれない。
どうしよう。
すると、さっき私を連れてきた子供が突然後ろからぶつかってきた。
「エルダ姉さんいじめないで」
ああ、やっぱり端から見たそう見えていたのか。心配そうに孤児たちがこちらを見ている視線に気が付いた。エルダさん? は孤児たちから好かれているいいお姉さんなのかもしれない。
そして、それに慌てたエルダさん。
「リリ、だ、だめ! わた、わた、私が悪いの……」
こちらに向いて、謝ってくるエルダさん。
やっぱり威圧していしまっている私が全面的に悪いのかこの場合は。う〜ん、難しい。元々あんまし人と関わるのが得意でない私にはこういう手合いはハードルが高い。
貴族だしそうも言っていられないが。
「それで、私に尋ねたい事があるのですわよね?」
仕方がなく、私から話を振った。本当はスルーしたいところだけど仕方が無い。
ここまできたら腹ぁ割ってはなそうか。
すると、覚悟を決めた表情でエルダは口を開いた。
Q. エルダさん、まさかのコミュ症?
A. 普段はちゃんと喋れるしっかり姐さんですが、貴族に楯つく緊張感でああなりました。




