閑話:ある子供の話し
ブクマありがとうございます!
凄く迷いましたが、載せることにしました(^^)
内容はルル様第二次孤児院慰問別視点、かなり長目で8,000字程になります。
(※飛ばしても今後の展開に差し支えはないです。)
その日、孤児院には小さな女神様が降臨した。
陽光を溶かし込んだ金色の髪を結い上げ、春の日昇と冬の日没の空色を集めた茜色の目を瞬かせ、ビスクドールの様に細部まで整った顔を緩ませる。
その透き通った笑みは儚く、触れただけで消えてしまいそうだった。
「本日私へ訪問許可を頂きありがとうございます、先に神様へご挨拶したいのですが」
「……あ、え、ええ、もちろんです。神様もきっとお喜びになられます」
院長先生が珍しく動揺し、言葉が乱れている。でも、無理もない。
ステンドグラスから漏れる陽光に照らされた彼女は、本当に光の元へ還ってしまいそうに感じたのである。その危うい美しさに魅入ってしまうのは仕方のないことだ。
嬉しそうに礼を言うと、彼女は神前台へ向かい、跪いた。
両の手を組み、頭を下げ、祈りを捧げるルルーティア嬢。
教会の光がまるで彼女を祝福するかのように集まる。
「ああ、女神様がいる」
誰かがそう呟くが、本当にその通りだ。
ゴクリと唾を飲み込んだ、ユリアン・トラップ11歳。
彼はトラップ子爵家次期当主を父に持つ庶子。数年前までトラップ家で父祖父母と生活していたが、訳あって現在イスカリオテ公爵家庇護下の孤児院へ保護されていた。
来年12歳から勤務予定先のイスカリオテ公爵家。その1人娘が孤児院へ慰問に来る。
ユリアンは、お手並み拝見と内心思っていた。
彼は現公爵当主の人柄こそ父経由で知っていたが、娘に関しては生きた情報がなかった。知っていることは『裏切り公爵の娘』や『我儘令嬢』と6歳で悪評が立ち、社交場では噂には事欠かなかった程度。
もちろん公爵家への偏見は父が許さなかったし、孤児院での生活で完全に払拭されていた。けれどその娘がどうかは、自分の目で確かめねば。
だが彼女を見た瞬間、その全てが吹っ飛んでいった。
値踏み? とんでもない。そんな無礼なことを女神様相手に自分は出来かねる。
前回の訪問では、短いながらも彼女の言動から垣間見える人柄を見て、結局偏見を持っていた自分を深く反省した。
時折孤児院へ差し入れに来る公爵家使用人から話を聞き、兵士として勤務した先輩から話を聞き、公爵家を知ったつもりになっていた、と。
だけど、彼女を見て彼は気がついた。本当の意味で公爵家やご令嬢を全く理解していなかったことに。
人の噂などやはり、あてにはならなかった。
クッキーを持参し、一緒に遊び、楽しげに笑う姿は年相応だった。けれど、時折院長みたいに老成した優しい目で自分たちを見守っていた。
あれのどこか我儘? どこか裏切り?
あれって噂主の嫉妬とかではないの?
違う、それだけではなかった……必要ないのである、噂を気にすることさえも。
だって、噂などどうでもよくなるほど彼女は輝いているのだから。
また訪問に来てくれたのを嬉しく思いながら、ユリアンは彼女の方を見た。そして、再び息を飲んだ。
おっとりと目を瞑り、両手を合わせた令嬢。
神の肖像へ祈り、頭を下げる姿。
思わず手を伸ばしていたが、届かない。けれど、それでよかったのかもしれない。
シンプルで上品な緑のドレスを着込んだ令嬢。きっと彼女は女神だから。
前回訪問では、楽しげに自分たちと混ざって遊んでいた無邪気で優しいご令嬢。
遊んでいる最中ユリアンは何度も心配になった。だからその度に彼女へ近寄り、然りげ無く、甘い香りや柔らかな頬、暖かい手を確かめた。そこに在るかどうか。
そしてそれら全てが、彼女が同じ血の通った『人間』であることを教えてくれた。
けれどやはり、彼女が同じ『人間』には思えなくなった。
だからユリアンは彼女のことを、地に降りて迷子になった『女神様』として見た。
彼にはその方が、しっくりきたのである。
「ありがとうございます、院長先生」
「いいえ、いいえ。こちらこそ神様へのお祈りありがとうございますね」
祈りを終えて、礼を言う彼女。
上気して、紅の差した頬を見て、ようやく人間に戻ってくれたと感じて院長先生諸共安堵にため息を吐いた。
そんな皺くちゃな院長や皆の暖かい歓迎の笑みへ、嬉しそうに笑みを浮かべた令嬢。
やはり、どこからどう見ても人間に扮した女神だ。改めてユリアンは思った。
彼は想像した、先程の羽が一瞬生えた(様に見えた)少女を。
彼女が必死に神様へ祈りを捧げていたのはきっと、僕たちに会うため。一時的に人間でいることを、彼女は神様へ許してもらったのだろう。
ユリアンの妄想は人知れず、割と手遅れな状態まで進行していった。
「マリアン、あれをお持ちして」
「かしこまりました。」
ふと彼女の鈴を転がした声に、ユリアンは思考を戻す。
見ると、女神様へ仕える侍女がバスケットを2つ持っていることに気が付いた。
片方は甘い焦がしバターの香り……そういえば前回彼女が来てくれた時は、クッキーと呼ばれる焼き菓子が美味しかった。一口で幸せが広がった気がした。
そんな極上の味を思い出し、ゴクリと唾を飲み込んだユリアン。
「あらあら……でもお話しの後にしますわね」
我々の視線に気が付いた彼女苦笑すると、そっと何か魔法をバスケットへかけた。途端、バターの香りが無くなる。
がっかりしたような孤児たちの表情へ悪戯っぽい笑みを浮かべた令嬢は、2つ目のバスケットの包みを外した。
「お菓子はお茶の時間へ楽しみは取っておきましょう。それで今日は皆様へ、物語を持ってきたの」
物語。
そういえば前回も遊び疲れてゆっくりしている時に、面白い話を聞かせてくれたことを思い出す。またあんな話が聞けるのなら、聞きたいな。
一部の不服そうな表情の子供を除き、目を輝かせる子供達。
孤児院は衣食住の不自由こそないが、刺激が少なく淡々とした日々を送ことになっている。だから、娯楽に飢えているのである。
「先に読んでもいいかしら?」
頷く子供達の顔に彼女は笑みを浮かべ、鮮やかな画の描かれた板を何枚も重ねた。それを台の上に置いて、彼女は話し始めた。
それは、子供の話。
そして、子供自身が持つ王国のお話。
子供は無邪気に外を遊んでいた。でも、その子供が楽しく健やかに遊べているのは子供を日々守っている者たちがいるからであった。
子供が息を吸い込むと物資を運ぶ商人や冒険者が入って来る。
この物資や人手を文官が管理し、国王が動かし、そして人々が生活を営む。そうすることで、子供は健やかに過ごしているのであった。
だが、外から来るものには時に、悪意ある者たちもいた。
盗賊や詐欺師である。それを取り締まるのが、門番や自警団の兵。そして、奥底の王宮を騎士が守っていた。
ある日、子供はうっかり転んでしまう。道を走って遊んでいたのである。
道は馬が通ったばっかりだったのか、糞だらけになっていた。
とても汚い。蠅が飛び回り、とても嫌な臭いが漂っていた。
転んだ時に擦りむき、そのまま馬糞がついてしまった子供。
「がまん、するもん」
涙目の子供は痛みを我慢して再び歩き出し、そして仲間に呼ばれて遊びだした。そのうち怪我を負ったことさえ忘れてしまった。
その時、子供の傷口にくっついていた茶色の馬糞から黒装束の悪人が出て来た。
不気味に笑いながら武器を取り、子供の傷口の中へ侵入していった。
黒装束の進んだ後には、自警団の遺体が……
所変わって子供の体の中腹。
子供が体を動かすたびに使われる物資を管理していた文官。彼に、突如不幸が襲う。
「武器を捨てろ!」
傷口から侵入してきた黒装束の悪人が、文官を捕まえると彼の首に剣を突きつけたのだった。傷口からツーっと血が滴り、周囲は騒然とする。
仕方がなく黒装束の言う通りに物資を運び込む同僚。
「ふむふむ、これならいけるな」
黒装束は物資を片手で取ると、あっという間に黒装束を増やしてしまった。
「さてお前ら、奴らを捕まえ従えろ!」
人質を取った黒装束の指令に増えたばかりの黒装束が従い、次々犠牲者が出てしまったのだった。これには捉えられた文官が涙して、隠し持っていた魔導具を取り出した。
「ぼ、ボクのせいで……せめてもの報いを」
そうして文官は、黒装束もろとも爆発した。その黒装束は文官の犠牲で討伐できた。
しかし……
「甘いぞ、オレ様にそんな者が効くワキァネェだろぅ?」
ニヤリと笑みを浮かべた別の黒装束。
全員つけていた黒仮面をとると、同じ顔をしていた。そして同じように下品に笑った。
それを見た文官の部下は涙を拭い、こっそり人相や武器の特徴を描いた。そして抜け出そうとして刺された。しかし彼は倒れなかった。
「何としてでも騎士殿に届けねば」
血が流れるが、彼は一切歩みを止めない。ひたすら王宮へと、歩みを進めるのだった。
この頃傷口に馬糞をつけていた子供は熱を出し、倒れていた。
傷口は膿が出ており、とても真っ赤に腫れていたそう。かゆい、痛いと子供は泣くのだが、周囲はどうすることもできなかった。
だって、ポーションが効かなかったのだから。
さて、文官の部下は血を流しながら騎士の籠城する場所へとたどり着いた。
「よくぞここまで逃げてくれた!」
「後は任せました」
そう言って、倒れ伏した文官の部下。
その死を惜しみつつ、騎士は文官の部下が決死の覚悟で持ってきてくれた情報を見る。
「ふむ、これならば……おい、あの武器を出せ」
騎士は彼の従者へ指示を出した。変わった形の剣を所望したのである。
剣の形はちょうど、あの黒装束の嫌がっていた形だった。
「では5番隊、出陣します」
「健闘を祈る」
いざ出陣。
増えた黒装束は、文官たちをまるで奴隷や下僕のように扱った。中には寝返る者もおり、嫌な笑みを浮かべて次々物資を奪い、黒装束へと渡していた。
そこへ突如として、騎士団が現れた。
「5番隊隊長、参る」
戦闘の騎士が切り込み、後から続々と騎士とその従者たちが切り込んでいった。黒装束は嫌がり、だが、対抗した。
「お前らになんざ、まけるかよ!」
数の暴力で圧倒される騎士。それでも彼らはよく奮闘した。
けれど、やっぱり時間の問題だった。
「たいしたことぁねえな?」
黒装束の増幅は止められず、あっという間に領土を広げていく。
「国王陛下、どうしましょう?」
「うむ、我が軍では無理であったが。ならば、援軍を呼ぶしかあるまい」
賢王と名高い国王。どのような集団を招けばいいのかわかっていたらしく、援軍として呼ぶ軍の種類や特徴を書き出した。それを部下に持たせ、国庫から国の財産を出す。
それを元手に援軍を招こうと、国王に任命された特使は国外へと出て行く。
国王は、王宮から各地へ次々騎士を派遣していく。
時には自ら現場に向かって魔法を使い、黒装束を倒していった。だがやはり、黒装束の増幅へ追いつかなかった。
「お逃げください、国王陛下。あなたさえ無事なら我々の家族も安泰です」
「そうですよ、王城でどっしり構えていてくださいよ。末端の我々と違って国王が死んでしまえばこの国は終わってしまう」
「だが、お前たちが……すまない」
何度目かの攻防で、国王陛下が自ら率いた軍が壊滅へ追い込まれた。
文官を殺し、変装した黒装束が虐殺しよとした国民を救うために王城から出てきたのだが、予想以上に黒装束が酷たらしかったのである。なんと、国民を奪い、殺し、黒装束を量産したのである。
残っていた国民を保護し、国王は数名の騎士だけ連れて殿を部下に任せた。
「さあかかってこい、俺たちが相手だ」
「国王陛下の安全な道中を守るぞ」
「皆殺しにしてやる」
こうして騎士数名と貴族の犠牲の元、国民を連れた国王は安全地帯へと戻った。
遠征後、城へ結局戻ってこれたのは悔しそうにすまなそうに涙を流す国王と、悲しむ国民。殿を果たした貴族の婚約者の王女はそっと、彼の死に涙を流した。
カン
突然空気を割る高い音が聞こえ、現実へと戻って来る。
最初不満そうにしていた子供も今や、夢中になっていた。
音の源である貴族令嬢は小さな木片を台に置いた。そして、物語の語り口調とは異なる声音で話し出した。
「皆様へここで質問がありますの」
真剣な表情で彼女を見る孤児たち。
「この男の子は何故、傷が膿んで熱が出てしまったのかしら? 前後左右にいる子と10人で班を作って、考えてみて」
この孤児院にいる子供は全員で50人なので、5班形成された。そこで、話し合いが行われた。時間は令嬢がカンと木片を鳴らすまで。
話し合いは白熱した。
特にユリアンは、組んだのが友人で同期のミックやサシャと一緒だったこともあり、ヒソヒソ令嬢についても話していた。勿論目ざとい侍女に睨まれて撃沈したが。
そうして時間が経つ。
突如、『カンカン』と、やはり空気を割る様な音が聞こえた。
「では、わかった人は手を挙げてみて下さる? ああ、班の中から1人で大丈夫ですわ」
一瞬、目線で誰が挙手するか牽制し合う11歳男性陣を呆れた目で見ていた9歳の少女が結局、ユリアンの班では挙手していた。
令嬢に差されて嬉しげに頬を緩める9歳オリヴィアへ、後で覚えていろと恨み言を言うミック。オリヴィアの2歳年下の妹と喧嘩になりそうになり、そこで慌ててユリアンは仲裁に入った。
その間に令嬢の質問時間が終わった。
「ありがとうございます、では答えを……」
何かな?
「男の子の体に熱や膿ができた理由は、傷口を綺麗にしていなかったからですわ」
そして、馬糞を含む『不浄』なものには様々な目に見えない魔物が潜んでいるという話をする令嬢。誰かが「うそだぁ」とヤジを飛ばす。見ると、職員と仲の良い孤児だった。
『この世の万物は神様か悪魔のものだから、魔物は馬糞にはいない』
同意するように頷くのは、子供の後ろに待機していた職員。
おそらくその人が物語中断の発端だろう。ただ、その疑問はある意味当然だった。だって教会では常識だったから。
そして、言われた令嬢は毅然と答えた。
「最近屋敷の井戸に魔物が湧いていたのよ……井戸の蓋には沢山キノコが生えていたの。冒険者ギルドで調査依頼を出したのだけれど、馬糞に生える馬糞茸の近縁だったそうよ?」
途端、職員は動揺したような表情をした。
「その井戸にはね、スライムが発生していたの。さて、それを発見した我が家の使用人と護衛騎士と庭師、合わせて6人前後かしら? 彼らが言うには魔物スライムが発生する様を見たというのよ」
突然黴が蠢き出してあっという間にスライムと化したそうよ?
一部の幼い子供達にとっては難しくてわからない話だった様だが、とりあえずユリアンは理解した。馬糞に何故魔物がいるか彼女が知った経緯について。
そして、馬糞には本当に魔物がいるということが。
ここでふと、紙芝居に出てきた物語がありふれていることに気がついたユリアン。思わず背筋がゾクリとして、周囲を見回した。すると、同じく何かに気付いた子供が顔を青くしていた。
そうだった。これって、つい2年前に死んだ仲間の話と同じだ。
その子供は物語と同じように外遊びで転んで、ざっくり怪我を負っていた。その後、怪我がひどくなり、グジュグジュで黄緑色の物体が出ていた。その上熱も下がらず、痛みとかゆみに苦しんでいた。
最後は確か、高熱で死んでしまった。それはアンリという明るい男の子で、今生きていたら12歳になっていた筈だった。
そう言えばさっき質問した職員。
彼女もその頃はまだ孤児で、年下の弟みたいなアンリを気に入って可愛がっていた。看病だってつきっきりで、死んだ時に憔悴していた。
そのことを思い出した子供達。最初咎めるよう見ていた子供も、暗い表情の職員から目を逸らした。
「では続けますわね」
令嬢は淡々と続けた。
子供は魘され、熱はさらに上がった。
見かねて誰かが医者を連れて来た。そして子供の状態を見た医者は、こう指摘した。
「ああ、傷口を汚しましたな……汚れが入ってしまったのでしょう」
医者は教会で『浄化』を習い知っていたので、浄化を使ってまずは傷口を綺麗にした。それからいくつか薬を出した。
子供の保護者へ医者は言った。
「薬は毎日飲ませなさい、それと一度沸かして冷ました水とご飯、無理なら砂糖と塩をレモン汁と一緒に一度沸かして冷ました水へ入れて飲ませなさい」
保護者は医者の言う通りに水を作り子供へ飲ませた。
その頃子供の体内では、追加物資と援軍が来ていた。
「おう、助かる」
「そう思うなら、報酬に反映してくれよ」
援軍は傭兵団でちょっとガラが悪い。味方や人質諸共敵をバッサバッサと討伐していく。けれど、圧倒的に強かった。
あっという間に黒装束はいなくなる。
「ちっ、このままじゃ全滅しちまう、逃げろ!」
黒装束は子供の体から逃げ出した。
ようやく子供の体王国は黒装束に打ち勝ったのである。
「報酬ももらったし、もう行く」
「ああ、助かった」
援軍は報酬をがっぽりもらうと子供の体王国から出て行く。そして、戦後の復興が始まった。
さて、その頃の子供は……
「熱がようやく引いた、よかった!」
熱が下がり、やや痩せてしまったが笑みを浮かべる子供に保護者が喜ぶ。子供もまた、元気になったことを喜んだ。
ふと、数日前に負った怪我へ触れる子供。
あれほどひどかった腫れや痛みが引いて、膿でグジュグジュ担っていた箇所には茶色の瘡蓋ができていた。後少しで完治。よかったと子供は安堵した。
さらに数日後、子供は再び外で遊んでいた。
元気に、陽光を浴びて。仲間たちと楽しそうに走り回る。そして、仲間が怪我をしたらその子供は『浄化』をかけてあげた。あの後、頑張って覚えたのである。
子供の体内、王国国内は殆ど復興が済んでいた。
優しく勇敢な国王と、悲しみを乗り越えた王女。最後まで国を守りきった騎士たちと、その活動を支えた文官。
人々の家財は戻り、商人や冒険者の出入りが通常通りへ再開した。防衛戦に駆り出されていた農兵もまた、自分たちの村へと戻って行った。
その様子を見て、ずっと見守っていた者たちが安堵の笑みを浮かべた。
「もう、大丈夫だろう」
「ならもう逝っていいかな?」
王宮近くに建設された追悼碑。
そこへ戦死した霊が集った。愛する者たちを、家族を、国を守れてよかったと。そして、彼らが『当たり前』の生活を送れている様子に報われたと。
笑顔で神様に導かれ、天の国へと一足先に向かったのだった。
こうして少年の人生が終わるまで、王国国民は健やかに日々を営むのだった。
物語が終わり、ユリアン含む数名ははふと、『浄化』を覚えようと思った。
ユリアンは更に、物語の騎士や兵士の勇姿を思い出す。
自分はああなりたい、公爵家を守りたいと。そして、あわよくば王女様へ騎士がしたように、剣を捧げたい。
女神様が自分へ微笑む様を妄想し、一瞬うっとりするユリアン。職員の生暖かい目で慌てて表情を取り繕った。
同時に彼は一つ、先程の物語に対して複雑な気持ちが浮かんだ。
それは、アンリの死に方との類似性。
ありきたりだった可能性もある。けれど、もしかして女神様はアンリのことを知っていた? 有り得る、だって女神様だから。
ならば、アンリの死を我がことの様に惜しんで二度と起きないようにとこの物語を送ってくれたのか?
もちろん深読みなのだが、ユリアンにとってルルーティア嬢は女神様に見えるのだから、そう勘違いしてもある意味仕方がなかったのだろう。
こうしてユリアンは、この儚く慈悲深い女神令嬢を守る護衛騎士を目指す決意をしたのだった。
一方、アンリを密かに思っていた元孤児現職員のエルダ13歳。彼女の心には黒い染みができていた。
彼女は悪い意味で勘違いしたのである。
公爵令嬢がアンリの話を出汁に皆を扇動した、と。
(尚、扇動して何をしたいのかは知らないけれど)
彼女は別に信じていないわけではなかった。なぜならアンリの死後傷口に『浄化』をかけることが有効だと知ったのだから。アンケートの『その他』に入っていた数少ない1人は、彼女だったのである。
なぜかわからないが、ひどくアンリの死を馬鹿にされた気がして、やるせなくて、彼女は許せなかった。だが、12歳を超え成人している彼女はぐっと気持ちを抑えた。
公爵家令嬢に、敵意を向けることはやはりいけない。いくら嫌われている公爵家でも、領主様であり、孤児院で良くしてもらったのである。亡くなったアンリも供養して、墓を建ててくれて。自分も孤児院を出て職がないといえば職員にならないかと声をかけてくれて……
それでもやはり、胸に痼りのような蟠りが残った。
だから、公爵令嬢が帰る前にアンリの話をしよう。それとなく。あの件を知っていなければ対応できないような話題でもって。もし知っていたら恨むけれど、知らなかったらその時は私が知らせればいい。
決意した彼女は、お菓子を配る彼女を遠巻きに見つつ、話すタイミングを伺った。
お読み頂きありがとうございます!




