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15 公爵家調理室/孤児院へ



 孤児院への慰問は、賢者修行から帰宅後2回目となる。


 実は謹慎中、お母様が息抜きにと孤児院慰問の許可をくれたのだった(一緒に食事していた時、私が食欲減衰していることに心配した模様)。



「マリアン、『例のアレ』は?」



 バスケットへ隠した自作ひみつ道具を念のため確かめてもらう。折角妖精3人やマリアンたちに無理言って一緒に作ったのだから、最終チェックはしっかり行いたいのである。

 そんな私の様子へマリアンは苦笑する。



「はいお嬢様、こちらにございます。それと、お嬢様考案の焼き菓子も料理長が……でもその際に次はいつレシピ集が出るのかと、その、聞かれまして」



 言い辛そうに語尾が萎むマリアン。

 レシピ渡した瞬間をふと思い出し、笑みが漏れた。


 ただでさえ羆みたいな図体の料理長。そんな彼が浮かべた獰猛で凶悪な笑み。


 前職場で貴族令嬢・婦人を気絶させて首になったと伝え聞いたが、納得しかなかった。多分、あの表情を間近で見たら子供は泣くだろし、トラウマにだってなるだろう。


 でもそんな凶相に反して、彼の作り出す菓子は人一倍優しい。

 一口で、緊張し萎縮していた孤児たちが自然と笑みを浮かべたのだから。


 無骨なバスケットに積まれたロシアンケーキとフィナンシェの山を見て、前回訪問時にもっと無いのとせびられたのを思い出した。それを伝えたからか、今回は少し大きめサイズで大目に作ってくれた様だ。

 うむ、これなら食べ応えもありそうだ。


 ふんわり漂うバターシュガーの優しい香りに歓声をあげる孤児院の子供達の笑顔を思い浮かべ、口角が自然と上がった。




 最近執筆したばかりの賢者邸レシピ帳。時期尚早かと思っていたが、渡して正解だったかもしれない。

 あれから著しく調理・調味方法が大幅改善した上、衛生状態も大分改善された。



 切掛けは、料理長が「賢者邸で食べたものを教えてください」と頭を下げてきたこと。


 滅多に表へ出ない『賢者』の振る舞うものは、食事から魔導具まで何もかも洗練されている。評判なのだと後日語っていた料理長。

 以前、賢者関係者の関係者の又関係者と縁あって、再現した料理へありつけて以来、賢者邸の料理を目指していると話していた(王家関係者の可能性が高い)


 教会は批判的でも、やはり人は優れたものを求める。

 それに、賢者は王家が保証しているので王国内限定で賢者の叡智を合法的に求められるのである。だから、料理長の様な者は少なくない(その中に衛生関連がないのが少し気になった)。

 料理長が今まで試行錯誤してきたことは事実だろう。結果はまあ、お察しだったが(誤嚥クッキー)


 ところで、公爵家使用人は信頼できる者が多い。

 イスカリオテ公爵家かお父様個人へ大恩を感じ魔力的な忠義を捧げている者が少なくないからである。

 寧ろ、そういう関係者でもなければわざわざ『裏切り』と悪名が広がる我が家へ仕えようとは思わないのだろう。使用人の人材募集期間で下級貴族の三男三女(ミソッカス)以降が来ないのがいい証拠だろう(閑話休題)。


 そうした事情から、賢者修行の件は使用人全員へ拡散済みである。

 下手に隠して関係が拗れるより、多少リスクを負って守ってもらった方がいいと、お父様は当主として判断したのである。

 本当は免許皆伝を得る間でやめてもらいたかったが、これで使用人の忠義が上がるのならば仕方がないと諦めた。その代わり、お父様へ護衛役としてミハエル・リッツ以下数名の追加を要求した。


 賢者邸で暮らしていたことが広まると同時に、料理長からの視線が熱くなった。毎度ビームでも出るのではと思うほどに、元から鋭い眼光へ拍車が掛かった。

 あの目を見て申し訳ないが、憎まれているのかと勘違いした。衛生の件を含め、憎まれることしか私していないと思っていたからである。大方、「公爵家の名前を持って生まれただけの我儘小娘が煩く口出ししやがって」などと思われているかな、と。

 猟奇的にギラギラしだした目を見ていよいよ殺意が入り混じったと焦り、事情を他料理人から聞き出そうとした数週間前。いつの間にか背後に構えていた料理長にばれて……


「お嬢様、賢者邸で食べたものを是非オレに教えてください! お願いしやす!!」


 調理室のド真ん中、部下が見ている中で綺麗に土下座してきた料理長。驚いて固まった私は、暫し唖然と料理長の天辺河童禿げを眺めていた。


 数日後、完成したレシピ第一弾を渡したところ、鬼の形相で集中し出した料理長。周囲も料理長の熱に充てられた様に、調理室は殺気立った。

 そしてその日の晩ご飯、減塩野菜残骸汁の代わりにコンソメスープが出て来た。肉も生焼けではなく、程よく中まで蒸し焼きになったミディアムレアが出て来た。


 その翌日朝食、ガラリと調理が変わった。

 煮過ぎて味を損なっていた煮物系も、極限まで手を加え過ぎて旨味0%だったスープ系も、そして、炭化するか生のままだった肉類も。正に劇◯ビフォーアフター。

 パンや生野菜はまだ手が加えられていないが、加熱調理されたものはこれで多少安全に食べられる様になったと思う。


 第一弾レシピ集作成の段階で、衛生的な保存・調理方法(鮮度を保ち美味しさアップ)を記載したことが功を奏したのだろう。無視されるかと思っていたが、料理長なりに納得・反省して、現在実行しようとしていた(勿論面倒がってやらない人もいるが)。

 今後は様子を見つつ、レシピ集と共に調理室衛生管理は進めていこうと思う。現在はまだ『浄化』を全員習得が終わっていないので、第二弾を出し渋っていたのだが……



「……帰宅後お礼に『賢者秘伝レシピ』第二弾、書き始めようかしら」

「それは料理長も喜びます!」



 即答するマリアン曰く、使用人の賄いが以前に増して美味しくなったのだとのこと。使用人一同が賢者レシピをもたらしたお嬢様に感謝しているらしい。


 ふむふむ、ならば遠慮せず書いていこうか。まだ渡すかどうかは保留として。




 さて、前回の孤児院慰問では孤児院関係者の意識調査を実施した。

 衛生啓蒙活動をするにも相手をまず知らねば始まらない。衛生教育の方法や最初に話すことを決めるためである。


 そこで、以下2つのアンケートを実施した。


①職員:藁半紙へ[はい/いいえ]で記入してもらった。

  1. 『浄化』は使えるか

(※以下、[はい]と回答した人は2.へ、[いいえ]と回答した人は3.へ)

  2. ご飯・トイレ前後で『浄化』は使ったことがある

  3. 今後『浄化』を覚えたいと思うか


②子供:口頭でアンケートを実施した。

  1. 軽いケガ(擦り剥く等)をしたら最初に何をする?

  2. 手が汚れていたらどうする?

  3. 風邪をひく理由は何かな?



 質問内容はなるべく簡潔明瞭に。職員は『浄化』への意識調査、子供へは『衛生』への意識調査を実施した(つもり)。


 尚、孤児院は職員の数5人、孤児人数50人規模。

 教会に併設された施設で、公爵家の援助がある為かかなり大規模な運営となっている。建築物自体は老朽化が進んでおり、やや汚い印象を受けた。


 職員は書面で行い、子供達へは遊びながら聞いたことをメモって行った。回答してくれた人へお礼にクッキーを渡したのが功を奏して、答えられる人は全員答えてくれた。この施設での回答率はそれぞれ、職員100%、孤児60%だった。



 私が実施した様子を同行したマリアン、ティナ、ルカに見せ、同じことをイスカリオテ公爵領の別の場所で実施してもらった。手段は人を雇っても良いことにしている。


 現在、イスカリオテ領内125箇所の施設中王都・公爵邸近隣の10施設分のデータ回収済み。今後、20施設の結果が届く予定となっている(アンケート実施済み)。


 近隣10施設分のデータ分析結果は次の通りとなった。


①職員の『浄化』意識調査結果

  習得率:20% (回答者115人)

  使用率:10% (回答者23人)

  習得希望率:5% (回答者92人)

→習得率は低く、習得見込みも少ない。また、習得者もあまり使用していない。


②孤児の『衛生』意識調査結果

  軽い怪我への対応:

『放置』83%、『拭く』11%、『舐める』3%、『洗う』2%、『その他』1% (回答者874人)

  手の汚れへの対応:

『放置』98%、『拭く』1%、『洗う』0.3%、『その他』0.7% (回答者874人)

  風邪をひく理由:

『悪魔の仕業』61%、『神様の試練』24%、『妖精の悪戯』13%、『寒いから』1.5%、『その他』0.5% (回答者865人)

→怪我や汚れを気にしない子供が一番多かった。風邪をひく理由を科学的に考える子供は少なかった。



 この結果を受け、行動変容段階における『無関心期(やばいと認識していない時期)』ということを数値的に理解した。

 よって、衛生教育の初回では『不衛生な現状を認識・危機感を持ってもらう』ということをテーマとした。


 今回は紙芝居を用意してきた。傷口の膿や鼻水・痰等の黄緑系(一部黒い)の物体が一体何なのか説明していく形になっている。成るべく可愛らしいイラストにしたつもりだが、うまく伝わるかどうか……



 尚、教会関係者である孤児院職員へは、書庫の古い書物を文献としたと説明。最近公爵邸でスライム発生事件(並びにスライム発生原因解明)が起こったばかりだったこともあり、大体信じてもらえた(と思う)。


 教会本部からイスカリオテ公爵領へ出向している職員は驚異の1%未満。どれだけ我が一族が嫌われているのか……でも、それが幸いした形となった。人数が少ないので(転生者と)ばれる心配はほぼ無いだろう。

 ただ、念のためお父様と相談して公爵邸以外では『賢者』のネームは出さないことにした。



 紙芝居の内容は次の通り。


⓪健康な子供の身体

(血液を騎士・兵士・文官に例えた)


①道端で子供が転倒

(馬糞の撒かれた汚らしい道を想定)


②出血したまま放置

(傷口に馬糞が付着したまま生活)


③傷口へ魔物が侵入

(馬糞に乗った魔物が身体へ侵入)


④身体の中での出来事

(騎士・兵士が頑張って対抗)


⑤傷口の膿と発熱

(騎士・兵士の死と文官が仕事放棄)


⑥ここで、シンキングタイム

[なんでこうなったか考えてみよう!]→時間を取り各班で考え発表してもらう。


⑦答えを発言

[傷口に付着した馬糞が原因だね]


⑧改善案を発言

[軽い怪我を負ったら『浄化』をかけましょう]


⑨物語の後日談

(浄化・風邪薬等の援軍や騎士・兵士の必死の抵抗で生存)



 絵師はカーロとティナで、色つけはルカとジャック、台詞は私とマリアン、ユールで考えた。また、出来栄えは家庭教師のサリバン夫人からもお墨付きを貰い、是非今後絵本として製本することを勧められた。

 ただ正直、子供受けするか不安は残る。



「お嬢様、馭者からもうそろそろと」

「わかったわ。今日も頑張りましょう、マリアン」



 バスケットを持ち、停車の衝撃に備える。相変わらずお尻が痛いし揺れがひどいが、今回はクッションを敷いているので多少マシ。

 マリアン含む侍女たちからも評判がいいので、特産品として売り出そうか検討中。



「お嬢様、本日の慰問ありがとうございます」

「こちらこそ、とても今日を楽しみにしていたわ」



 優しそうなお婆さん院長先生に迎えられ、孤児たちのところへ向かう。楽しげな声ここまで届いており、思わず口角が上がった。

 さて、頑張ってみるか。

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