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13 帰路/帰宅


 馬車に乗る一歩手前。まずは関所で確認手続。


 久しぶりに鼻の曲がる様な臭気を感じ取り、周囲へ結界を張った。『空気清浄フィルター』を自動で張り巡らせる技術である。

 臭いにぐったりしていた妖精たちはこれで復活し、特にジャックから臭かったことについて文句を言われた。ただ、私の横を歩いていた護衛用の兵から一瞥されたためか、髪の中へ埋もれるように逃げた。



「……お嬢様、少しよろしいでしょうか。」

「許します。」



 そうして尋ねてきた兵。予想通り私の髪にいる異物を排除する許可を求めてきた。


 ため息が漏れる。

 無理も無い、未知の生物が公爵令嬢の髪の毛にいたのだから。


 現在彼らには、『甲虫』、『蛾』、『蜻蛉』が髪に引っ付いているように見せている。完全に隠すことは、私の力量ではまだ難しかったのである。だから、彼らの最も得意な妖精式変化術へ私の『気配希薄』術式をかけることで対応した。


 見える人にはだから見えるのである。令嬢の髪へ虫が着いているという異常な状況が。

 それに慌てない私についても、多分横にいる兵士は疑問に感じていることだろう。以前の我儘(・・)放題な私を知る者ならば、私が『賢者』から何かしら悪い影響でも受けたと思っているかもしれない。



「この子たちは姿を偽っておりますが、ここでお見せするのはいささか……」



 目線を少し下げる。これで察しろという意味になる。


 兵は、「承知しました」とすぐに返事をした。


 そう、それでいい。公爵領の兵はよく訓練されており、主人の命に関しては絶対を貫いてくれる。特に目の前の兵士は顔色一つ変えなかった点で、私的に得点は高い。



「……後で多分、いえ、きっと事情を知らせますわ」



 それに対して報いたいところだが、命令を下す我々は簡単に頭を下げるわけにはいかない。感謝するのさえ難しい。特に高位貴族はそうしたものの一切を(余程親しい間柄でなければ)薄利多売できない。

 それが大きな隙となる可能性があるからである。


 だから多分、対外的に高慢と言われてしまうのだろうけれど。



「え、いや……いえ、お、俺いえ、私、などに気を使わずとも……お気を煩わせて大変申し訳ありません!」



 謝る護衛兵。ほら、こういう態度を見て私たち貴族を高慢冷徹で残忍であると一般に広めてしまうのでしょう。

 ため息をつきたくなったが我慢して、私は口を開いた。



「我がイスカリオテ公爵家へ真に厚い忠義を誓っていることは伝わりますわ、だって、私、公爵家が一の姫へ進言し、異物を公爵領へ持ち込まないよう、食い止めようとしてくださっているのですもの。」



 そう、この兵は何一つ悪く無い。


 説明できない私が一番悪い。

 公爵家を思うならば確かに妖精の姿を晒す必要があるのである。たとえそれが、賢者との約束を破ることになっても。



「ですが、今は難しいのです……ここは公爵領ではないのですから」



 言外に、あなた方公爵家家臣や臣民は信頼できるけれど、他は無理だと伝える……伝わっているよね?



「ただ1つだけ、これらも賢者様の叡智の一端であり、私の守りのためにつけていることをお伝えしておきます……(危険物ではありませんわ)」



 この言葉(最後の呟きを含めて)で一応納得して見せた兵は、さっさと馬車に乗せてくれた。


 これでようやく帰れる。




*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*




 ……やっと着いた。


 馬車旅5週間、約1ヶ月強(中世の移動って恐ろしく時間がかかる)

 苦難の連続だったが、学ぶべきことも多く、何とか生還できた。



 良かった点は野営や魔物対戦も経験できたこと。


 護衛役の兵士(進言した人含む20人)に教えを乞うて、野営方法を教えて貰った。相手は驚いていたものの、快く教えてくれた。

 野営に適した土地(高台・水場が近い)、乾燥した木片の集め方、火のつけ方・終わらせ方、寝床の作り方、可食野草の見分け方、他。元冒険者経験者が数名いたこともあり、大変勉強になった。

 それに、干し肉野草入りスープが宿屋のご飯よりまともで驚いた。そして、自炊する冒険者は案外衛生観念を持っているらしいことがわかった(「体が資本」と元冒険者が発言)


 練習すれば何とかサバイバルできるかもしれない。

 全てメモしておいたので、次回脱走する時の参考にしようと思う(反省していない)


 また、盗賊には1度も遭遇しなかったので、血を見ずに済んだことは大きい。前世を持つ私にとって、殺人はまだ厳しいのである。今のタイミングで見ていれば、確実にトラウマとなっていただろう。

 公爵領が中世にしては治安が良い状態で本当によかった。お父様の領地経営手腕に感謝したい。


 でも、やはりあの宿屋はいただけない。

 値段は知らないが、おそらく貴族向けだったと思われる。


 一見するとまともに見える宿。その実態はだが、最悪だった。


 まずは部屋。天蓋付きのベッド。


 ベッドやマットレスは黴とダニ、(のみ)の温床で、一晩中結界を張っていなかったらきっと翌朝悲惨なことになっていたことだろう。ちゃんと洗濯してるのか疑問だ。

 でもそれだけで終わらない。


 天蓋には蜘蛛の巣が、天蓋のレースにはカツオブシムシや蛾の幼虫と思しき虫の群れ。黒いブツブツしたやつが動き回っていたのを見て、当然眠れなくなった。結界を張っていたとしても、落ちてくる光景だけでもうダメだったのである。


 床は埃や泥がちゃんと掃除されておらず、結構残っていた(洋式なので土足だから仕方がないのか)。その中に汚物らしきものまであり(アンモニア臭)泣きたくなった。

 トイレが無い関係で、お花摘みに外へ行くかポットでするしかない現状なので、きっとこぼしてしまったのだろう。


 廊下はもっとひどかった。

 窓辺や部屋の角にはやはり蜘蛛の巣が張っており、そこにはビッシリと虫団子が(天井から落ちてくる)。尚にはカメムシのつぶれた悪臭が散布されており、息苦しかった(空気清浄フィルターを通してもダメだった、何故?)


 そして食堂。

 地面は廊下以上に薄汚れ、椅子も机も一体何年掃除していないのか(泥がこびりついていた)。驚いたことに、店の前や横でおトイレを済ます人々が多数(多分酔っていたのか、さすがにそうだと信じたい)


 でも、それ以上にひどかったのは食事。 

 夕飯の内容は、変色した塩漬け肉の生焼け、黴だらけの砂パン、高濃度ワインスープ。そして最後に腐った果実とぬるい水割りエール。


 特に最悪だったことは肉に寄生虫がいたこと。

 肉解体時に飛び出したウニョ〜ンとした謎の白い生物は、見ただけでやばいと全身の毛穴がスタンディングオベーションした。


 慌てて全員に喫食を即中止させたのは言うまでもない。


 それなのに、宿屋の女将はこちらを幼女だと見下したのか「嬢ちゃん、我儘はだめだよ」と主張しやがった。

 結局『賢者』の名前で証言するしかなかった(腹下し・頭痛の原因、嘘は言っていない)あんまり『賢者』仮免許取得中に、教会の目が怖くてアピールしたくなかったのに。


 言出しっ屁として自腹切って干し肉炙ったものを全員分の代替えとしたおまけ付き(持参した宝石払い)あの顔は絶対多分ぼられた、最悪。


 明らかにアルコール過多6歳に出していい食事内容ではなかったし、人としても出しちゃ駄目な食事だった。

 食欲が戻らず夕飯抜いたのは我儘だろうか、仕方がないのでは(でもこれが中世基準という理不尽)


 何としてでも衛生啓蒙活動を成功させようという決意を抱かせるのに充分な経験だった。ハヤクナントカシナイト


 一方、馬車に関しても改良が必要だと感じた。特に道路の整備。

 まさか道中、3度4度と車輪が引っかかるとは思わなかったし、車輪が2度も馬車から外れるとは思わなかった。


 馬車の事故が多い理由ってもしや道路環境が悪いからでは? そう思わず疑ってしまった。


 尚、お尻の皮は何度が剥けた様な気がしたが、最後の方は麻痺していたのか感覚がなかった。こちらも課題である(サスペンションの作り方わからないので、賢者に要相談という名の丸投げ予定)



 総合的には前世含めて史上最悪な旅だったが、学ぶべきことが多かった。


 それに、王宮帰りと比べたらまだ快適だと思えた。全ては『空気清浄フィルター』術式のおかげで。

 ずっとかけっぱなしにするのには疲れたけど(見かねたのかジャックが変わってくれた)


 がんばって魔導具開発をせねば(使命感)


 馬車から降りて、家の悪臭に眉をひそめた。再び『空気清浄フォルター』術式起動。自分の周囲だけ呼吸が可能となった。

 乾燥馬糞の舞い上がる空気は喘息を引き起こす可能性が高い。子供の死因の1つはこれかもしれない。飲食だけでなく、衛生事業はやることは多いと思う。


 さて、悪臭から解放されて目を覚ました妖精たち。

 ここ数ヶ月ずっと妖精の姿を隠してもらっていた。今は早く羽を伸ばした気にウズウズとした様子だった。



「いいでしょう、許します」



 この一言で、姿を解放する妖精。


 宿の就寝時以外はずっと虫に模擬していた妖精たちは、やはり苦痛だったのだろう。解放されたと嬉し気に体を伸ばしたり宙返りしたりと、躍動的に動き回った。


 周囲はそんな様子に唖然としていた。

 特に驚いていたのが、進言してきた兵。



「約束はちゃんと果たしましたわよ?」



 クルッと振り向いて笑顔でそう発言すると、こりゃ参ったと兵は笑った。


 彼らとも親しめたものである。最初こそ公爵家の我儘令嬢と距離を置かれたが、野営や食中毒未遂事件を機によく話すようになった。


 実は離れるのがちょっと寂しい。

 せめて名乗っていいかな? いいよね?



「改めて、公爵家が一の姫


『ルルーティア・ベルン・グレンデル・フォン・イスカリオテ』は、


あなた方の厚い忠義、大変嬉しく思いましたわ。お名前を伺っても?」



 笑っていた兵はスッと一瞬で姿勢を正した。

 そして、無骨な動作で膝を折った。



「俺、いえ、私はイスカリオテ公爵家が家臣、デット士爵家が五男

『ミハイル・デット』であります。」



 そうか、『ミハイル・デット』ね。覚えておこう。


 この人ならきっと私が間違った道に進んでも、身を挺して進言してくれることだろう。

 あの国境を越える直前、他領主領や私に無礼打ちされるリスクを度外視してまで公爵家の安全をとったのである。それがどれだけ難しいことか。


 身分問題と男尊女卑文化はネックだ。その文化的背景を見れば多少仕方なくも思えるが、それでも改革を私が進めるのには障害物でしかない。

 けれど、それを乗り越えてでも成してみせよう。




 それでは『衛生事業』を始めよう。


 まずは、自分の身の回り。公爵邸周辺の衛生状態から。

 早速、領地の衛生環境を整える前に彼に協力を仰げる体制を作っておかなければ。お父様へ最初の『我儘』である。




 この時の私はすっかり家出したことに対する罰の存在を忘れており、お父様とお母様に叱られて結局1ヶ月程謹慎処分を食らうことを知らなかったのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] *^-^*) 連載になってる嬉しいな O(≧∇≦)o [気になる点] 主人公のストレスと妖精の行動で禿げないか心配です。 [一言] 楽しみが増えました、ありがとうございます。
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