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11 妖精郷2/帰り道


 暫く進むと森の中にツリーハウスの群れがあった。


 巨木の胴を一周するように足場が組まれ、その上に繭玉のようなものが固定されている。繭玉は茶緑色で、中から妖精が出入りしていた。こちらに気づいて飛んでくるものや、逃げるように繭玉へ隠れるものがいた。

 その様まるで、おとぎ話に出てくる『エルフの家』の様だった。


 そこをずっと進んでいくと、徐々に巨大樹が見えてきた。

 麓の広場になっており、人っぽい姿の妖精たちが作業している。どうやら玉座を用意している様だ。



[いそげ!] [そっちもって早く]


[間に合わぬぞ!]



 徐々に近づいてくと、そんな声が聞こえてきた。

 ため息混じりに「すまない」と呟く老人と、「あらあら」と余裕のある笑みを見せる老婦人。彼らの反応へ顔を青くした現地妖精。気の弱そうな、眼鏡の妖精だった。



[もう少々、お待ち下さい!]



 気不味そうに作業を続ける妖精たち。しばらく待たないといけない様だ。




*〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜*




 見上げても天辺が見えず、まるで空へ突き刺さっているようにも見える巨大樹。時間があったので眺めていたが、やはり壮観だな。前世だったらスマホですぐ写メしていただろう。


 その大木はこの世界に入ってから一際魔粒子が濃密で、まぶしいほどに輝いていた。

 周囲は邪魔位ならない程度に距離を置いて木々が生い茂っている。それは、北米にあるメタセコイヤの森を少しだけ彷彿とさせる様な光景だった。



[お待たせしました!]



 ここで声がかかった。どうやら準備できた様子。


 広場のような麓に中央には玉座があり、その周囲を背の高い痩身の妖精たちが警戒するように囲んでいた。騎士のように佇むその姿は、王宮の護衛たちを彷彿とさせた。

 ここで、少しだけ嫌な予感がした。



「この辺でいいだろう」



 玉座直前、老夫婦の姿はあっとう間に若々しい少年少女へと変化した。


 周囲の妖精たちは一斉に跪いた。

 私もまた、隣の賢者に従い跪く。



「よい、頭を上げよ。」



 その言葉へ顔をあげ、正面を見た。


 少女は金髪金目で、肌は雪の様に白く、唇は桜桃のように潤っていた。

 ビスクドールの如く整った顔には、優しげで穏やかな表情を浮かべていた。血色がよく、頬はバラ色だ。


 背中からはみ出た丸っこい羽は透明で、色は黄緑だった。魔力が可視化されているのか輝いていた。手足がほっそりしており、身長は私より少し高い程度だった。


 一方、少年は少女の金色を銀色へと反転させ、鋭いフォームにしたような見た目だった。羽の色は青緑で、細長い形状をしていた。身長は少女の1.5倍程度だった。



「改めて自己紹介しますわね、私は『ティファニア』の名を踏襲し、妖精郷で今代の妖精女王を務めております。ルルちゃん、私のことはティファって呼んでね? 仲良くしましょう」



 親しみやすく、穏やかな声で私は呼ばれ、思わずマナーも忘れてヨロヨロ近寄りそうになった。その前にゴホンと咳払いが聞こえて、意識を取り戻した。



「僕はティファの夫で今代の『オベロン』、つまり妖精王を務めている。妻ともどもよろしく、小さな賢者候補ちゃん。では発言を許す」



 少しだけ棘のある言い方と、値踏みするような目。それを諌めるよう「いじわるしないの」とティファ妃陛下に叩かれるブスリと黙るオベロン陛下。

 力関係は多分ティファ妃陛下の方が上だろうか。


 さて、私も礼儀としてちゃんと名乗ろう。



「ティファ妃陛下、オベロン陛下、ありがとうございます。

私はオストライ=ニルヴァニラ王国イスカリオテ公爵家が一の姫、


『ルルーティア・ベルン・グレンデル・フォン・イスカリオテ』


でございます。こうしてお会いできて、大変光栄にございます。」



 そう名乗った直後、ティファ妃陛下とオベロン陛下は黙り込んだ。どんな表情をしているのか顔を上げて確かめたかったが、許しが出ていないのでそのまま。


 何か粗相をしてしまったのか、不興を買っていなければいいが……姿勢を維持したまま音沙汰を待つ。

 そんな私とは裏腹に、2人は懐かしそう語り出した。



「そっかぁ、君が『グレンデル』の子孫か」

「懐かしい名前ですわねぇ、とんと音沙汰がなくなったと思ったら」



 心配していたのに連絡一つないのだからと語る、ティファ妃陛下。その時私が礼の姿勢を保ったままプルプルしているのに気づいたらしい。



「頭を上げて、よく顔を見せて!」



 頭を上げた瞬間ティファ妃陛下は目前におり、顔を覗き込むように近づかれた。思わず驚いてビクリとするが、なんとか転ばず姿勢を保った。

 そして、私に何かを見たのか、ティファ妃陛下は歓喜の声を上げた。



「そう! 彼はちゃんと守り切ったのね!!」



 そんな彼女の興奮を諌めるように肩をたたくオベロン陛下。



「あらやだ、私ったら、ごめんなさいね。ルルちゃん」

「い、いいえ、光栄にございます」



 ところでこの『グレンデル』の名前(確か小説ではルルーティアのコンプレックスの1つ)、何の意味があるのだろう。でも、今は多分聞くべきではないだろう、この場で聞く勇気も無いけれど。



「そう、あなたが次代の賢者なのねぇ、楽しみだわ」



 語尾に音符がつきそうな程嬉しそうに、キャッキャと喜ぶ妖精王妃陛下。王はそんな妻を愛おしげに見つめ、そっと腰を抱いた。

 それから、真剣な表情で賢者の方を見た。



「暫く家を開けるために、候補者を探しに来たか」

「その通りです、協定に従いご助力いただければと」



 頼む賢者に対して少し考え事をするオベロン陛下。それに対してティファ妃陛下は肩を叩いて悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「ねえ、私がそれ何とかしますわ! それに賭け事も私の勝ちでしたよね? だから、私のお願い聞いて下さらない?」



 キラキラした上目遣いで頼まれたオベロン陛下は肩をすくめながら、「内容による」と返答した。すると、ムッとしたように頬を膨らませるティファ妃陛下。



「でもあなたはいつも私の外出をよく思わないわよね?」

「当たり前だ、吾ならともかくお前は危ない。何かあれば、現世を壊してしまうからな」



 その言葉へ笑うティファ妃陛下は、「数日だけで貴方も一緒なのに?」 などと返事をした。これにはしょうがないと肩を落としたオベロン陛下。


 なるほどこういうやり方もあったのか、今度夫に……そういえば私死んだんだった。


 今更ながら夫の不在へ寂しく感じた私。今まで忘れていたわけではなかったけれど、こんな喪失感を突然感じるとは思わなかった……また会えるよね、彼ならきっと会ってくれる。そう信じたい。

 涙が出そうになり、ぎゅっと目をつぶった。


 すると、私の手を暖かな体温が包んだ。

 恐る恐る目を開くと、小さな手を握る大きく無骨な手が目に入った。賢者の手だ。



「何も聞かないが、今は堪えておけ」



 低く呟く声に、自分の現状を思い出して気をしっかり持つ。


 そうだった、挨拶して、突然喜ばれ、夫婦空間を作成して……おとなしく待っているところだった。ゴホンと咳払いする賢者。



「それでオベロン様?」

「ああ、アクトラに頼んでおくから案ずるな」



 それより早く下がれと言わんばかりに手を振ったオベロン陛下。仕様がなく、賢者とともに礼をして下がった。


 これでもう帰っていいのか、というか、何のためにここへ来たのか。あとでちゃんと説明してもらおう。その権利はある筈。

 ジト目で賢者を見上げると、ため息をついていた。



「すまんな、付き合わせて。けれど、これも『賢者』の仕事の一つだから覚えておけよ」



 要するに、妖精界との調整役としての役割を『賢者』は担っていると。


 賢者教育にあった『魔粒子と妖精』の項。

 過去人と妖精の争い。『悪しき妖精』と呼ばれる妖精種によるグルドニア人の虐殺。それに対抗し、そのうち妖精が魔導媒体として有用であることを知ったグルドニア人。

 残忍なグルドニア人が次々妖精を魔導具の材料として罠や狩りで殺した。多くの無実で優しかった妖精は、姿を消していった。

 それに憂いた妖精たちは、かつての賢者と妖精王の作った空間へと逃げ出した。

 世界(というより地域)から魔粒子は減り、魔力を喪失し、人々は魔力無き暗闇の世界へと戻りかけた。だがここで、賢者の遺言と、次代賢者の助力で魔粒子は徐々に元へと戻っていった。


 魔粒子は妖精のもたらす奇跡。人を照らすのは太陽と妖精の光。

 そして、人の子でもある賢者は常に妖精と良き隣人たれ。



「わかりましたわ」



 頷くと、あとで事情は説明すると約束してくれた賢者。

 私たちは来た道を戻ろうと足を踏み出し、その直前誰かに止められた。



[トルメキアの民? おお、我が友『カルフォルド』ではないか!! 案内をするのでついて参れ]



 カルフォルドと呼ばれ、複雑そうな表情を浮かべる賢者。



「……ありがとう、我が友ドレイク。それともうその名は名乗れないんだ。今度からは『カル』で頼む」



 承知致した!


 そう返事をした首の無い騎士は、首を抱えたまま先導するように先を歩いて行った。あっけにとられてその光景を見ていると、騎士を避けるように妖精が逃げ出して道ができ上がった。


 振り返った騎士は、黒紫に煌めいた。抱えた鎧兜の奥から紅黒い光がジジッと音を立てて漏れた。



[相変わらず嫌われておるの……仕方が無いか]



 豪快に笑いながら先を進む騎士。


 一瞬濃紫のモヤに囲まれると、いつの間にか馬上にいる頭のついた騎士がいた。

 それを見て、なぜか顔を青くする賢者。突然私を腰から掴み上げる。



「な、何をしますの!?」



 あまりに紳士に反した行動へ、抗議の声を上げた。すると、賢者は私を正面から抱き寄せ……突然全身にGがかかった。


 この後のことは覚えていないが、気分が悪かったとだけ記しておく。

 ちょっと中途半端ですが、本日はここまで

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