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9 賢者の無茶振り




 カル先生は空間属性の魔術であっという間にワームホールもどきを作り出した。これを通って行けば、目的地に着くとのこと。



「行ってらっしゃいませ」

「留守番任せた」



 先生の契約妖精の1人であるベラドンナ先生が手本の如く美しい礼をした。

 彼女は現在私へ宮廷礼儀の指導をしてくれている。今後私もああいった洗礼された礼がしたいものである。

 ……王宮には(臭いから)二度と行きたくないけど。



「手を離すな、俺から離れるな。術者から離れたら永遠に彷徨することになるからな」



 脅す様にニヤリした口調でそんなことを言う賢者先生。でも多分事実だろう。目が真剣だ。

 先生のエスコートを受け、妖精は頭に乗ってもらい、(先生曰く)1日旅行を開始した。


 通路は普通のコンクリート製のトンネル……やはり先生の記憶の故郷は地球と似通った文明だったのだろうか。


 先生の故郷に関しては、謎が多い。

 何故なら、先生がその話題を故意に避けるからである。


 ほんの些細なことだったが、ここ数日で気づいた。

 食や衛生環境に関してモデルケースにしようかと考え尋ねたら、それなりだったとはぐらかされたのである。その後も話題に出す前にさりげなく別の話題を提供してきた。


 過去に何かあったか、それともこの世界をうまだ受け入れられていないのか。(著しく臭いことを始め)私だって受け入れられないことが多くあるのだし、不思議ではない。


 私もさすがに空気を読んで触れない様にしている。でも気になるので、いつか話してくれるといいなとは思っている。



「もうそろそろ出口だ。油断するな〜」



 そうしてトンネルを抜けた。


 外へ出ると陽光が輝き、眩しく感じた。思わず目を閉じ、暫く慣れるまで待った。雨具を持ってきていないので、天気が良い様で良かった。


 目を見開き、外の世界を見つめた。



「うわぁすごい、なにこれ!! 異世界だ、すごい……」



 思わず見惚れる一面の緑世界と湖。


 近くに山があり、そこから1筋の川が湖に向かって流れているのが見えた。白く、とても涼やかな光景だ。

 対する湖は陽光を吸い込むほど深く青黒い。きっと深度が相当深いのだろう。


 今私がいるのは岬の天辺。

 幅は広いが、少し進めば手すりも無いこの場所なら転落してしまうだろう。なのに、よく見たい気持ちに駆られてつい乗り出してしまった。



「あっ」



 そのせいで一瞬落ちかけて、賢者に支えられた。


 ヒヤリと背中が冷たくなり、脂汗がツーっと伝った。

 麓の森林がやけに鋭利に見える。落ちたら最後、あれに刺されてきっと真っ二つだ。


 途端、物語終盤崖から転落した『ルルーティア』の姿を思い出し、ぞっとした。

 彼女の転落理由は忘れた。でも、あのシーンの衝撃だけは覚えていた。悪役だったが性悪ではなかった彼女が何故死ぬ必要があったのか、疑問に思ったからかもしれない。


 将来、私もそうやって殺される(・・・・)のだろうか。



 一瞬様々な恐怖にぼんやりしていたが、先生の声で現実に戻った。



「ほら、危ないから気をつけろ」


「先生、ありがとうございます」



 私を穏やかに見守ってくれていた先生へ、礼を言った。右手を差し出してきたので、エスコートを再び受けた。

 天気もいいし、先生もバスケットを持っている。きっとピクニックかな?


 ベラドンナ先生の作るサンドイッチとマフィンを想像し、ジュルリと唾が溢れた。楽しみだ。

 そんな、割合軽やかなスタートだったのだが……





 早々に気絶した3人の妖精をポケットへ仕舞い、目の前の現実を見上げた。


 巨大魔獣あり、冒険者ギルドでは駆除指定害獣Exランクである超危険生物。

 確かに異世界に行ったら一度は見てみたいとは思っていた。思っていたけれど、何もこのタイミングでと思わなくも無い。

 こんな早くも遭遇したくなかったと、思わず遠い目になった。


 そんな私とは裏腹にさっきから満足気に頷く賢者。

 何を隠そう、この賢者モードが私をこの場へ連れてきたのである。魔力を可視化できる存在がいるぞと言って。


 そうしてドラゴンを前にした私。


 蟻と高層ビルくらい存在の格差がある気がして、生きた心地がしない。

 ピルピル指先が震え、血の気が引いており、さっきから冷や汗が止まらない。背中はぐっしょりとしていた。



「…………正気、ですの?」



 魔力は成る程、確かに可視化されたものを見ることはできるだろう。ドラゴンは激怒するとブレス(魔力)を吐くのだから。

 但し、生還できればとつくが。


 ドラゴンを怒らせた状況で一体私は0コンマ何秒生存できるだろう。



「ああ、大いに正気だな。それに、あの程度なら生還できるだろう?」



 そんな私の様子へ気付かない(あるいは無視している)賢者。うっとりとした目で雄大な西洋竜へ眺めていた。


 確かに一見の価値があるのは認めよう。


 全身翠玉色に輝く鱗の鎧。尻尾先から頭頂部までジェット機の如く飛行に特化した鋭利なシルエット。

 緑銀細工の様な薄い皮膜の巨大蝙蝠羽。


 頭頂部の縦角3本は、陽光を反射して虹色にその輝いていた。その様は、最高級のアレキサンドライトにも劣らぬ美しさと言えるだろう。

 それに劣らぬ見事な翡翠の瞳は、野性的な殺意と理性の煌めきをこちらへ向けていた。


 確かに美しいとは思う。私たちを殺す気満々でさえなければ観察したいと思う程には。



GoaaaaaaaaaaaUnGyaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!



 雄叫びを上げ、縄張り不法侵入者である我々を威圧する竜。


 立ち去れ侵入者。ここは我が領土也、容赦せず討つ。

 語外にそう言っているのかもしれない。


 強者が弱者を見下ろすが如くドッシリと構え見つめるドラゴンを見て、さっさと逃げ出したくなった。



 賢者の頓珍漢な返答へ腹の底から次第に怒りが湧いた。


 公爵家の跡取り一人娘をこんな荒ぶるドラゴンの目前に連れて行くとか、正気なはずあるか。

 それに私が今使える生活魔法の『結界』は、馬車の衝撃にギリギリ耐えられる程度の強度。それだけでドラゴン1匹凌いで生還できるとでも?


 鼻息荒くドラゴンへ目を輝かせる賢者モードは賢者の称号を速やかに返上し、今から勇者でも名乗ればいいと本気で思った。少しでも先生を信じてみようと思った私が馬鹿だった。



 ジト目で睨みつけていると、賢者モードが振り返る。キラキラと嬉しそうな目の賢者。

 こいつは知っている、正気じゃ無い。マッドな思考している目だ。



「うん、この程度のドラゴンなら危うげなくブレスに当たっても大丈夫「やめろくださいお願いします無理です無謀です今すぐ帰りましょう!!!」」



 必死にそう主張する私へ、笑顔で首を振る賢者。



「魔力、見たく無いの? アレならとってもわかりやすいだろう?ほら、遠慮することは無い」



 行って来いと背中を押され、転びそうになった私。

 なんとか体勢を立て直した頃には、目の前にドラゴン。


 ヒュゥ、ヒュゥと空気の抜ける音がやけに響き、それが自分の音だと中々気づかなかった。それよりも、荒々しく鼻から煙を出すドラゴンから目が離せない。怖い。


 目が合い、そこに苛立ちの表情を見た。


 そらそうか、私みたいな雑魚が身の程知らずにも縄張りへ土足で踏み込んできたのだから。たとえ私が悪くなくても、全面的に賢者が悪くても、怒りは私に向くのか。



 ああ死ぬのかも。


 今世の両親の笑顔が浮かび、申し訳なさでいっぱいになった。私が家出しなければ多分滅茶苦茶な賢者にドラゴンブレスを浴びさせられることもなかっただろうに。


 あぁでも、一番の未練は『古市紅』である『ルルーティア』が生きるこの世界で衛生啓蒙できなかったことだろう。両親や皆を肥溜に残すのは嫌だな。



 それに、こっちに来ている気がする夫と再会する前に死ぬのかぁ……嫌だな。きっと彼ならば怒って、今度は世界ごと道連れにするかもしれない。



 ん? あれ?


 それにしても、よく意識が残っていな。前に死んだ瞬間は……覚えていないけど、走馬灯はもっと短かった筈。確かにアドレナリンで意識は引き伸ばされたけれど、それにしては長すぎる。


 目を開くと、そこには目前に迫る銀緑色の奔流があった。成る程これが魔力か。

 ここで本格的におや? っとなった。


 あれ、私死んでいなくない?


 そこで気付いたことは、ドラゴンがいつの間にか涙目で臥せっていること。よく見れば岩石と地面にサンドイッチされていた。耳がペタンとしており、尻尾も内股へ引っ込んでいた。


 そして、そのドラゴンは必死にこちらへブレスを吐き出しており、そのブレスは透明な結界で阻まれていた。



「ほら、目つぶっていないでよく観察しておけ。ドラゴンちゃんと続けろよ! ほら、威力が下がっているぞ! 気合いを入れろ、気合いを!」



 いつの間にかドラゴンの上に乗った巨大岩の上でくつろぐカル先生。賢者の称号はやっぱり伊達ではなかったか。


 それから暫く魔力を観察し、魔力の存在を認め、自分に同じものが流れていることがようやく理解できた。

 今まで何故気づいていなかったのか。



「あのカッと胃の奥から流れる感情の様なものこそが魔力だったのですね……」



 この世界の臭さに怒りが湧いた時とか、賢者が私を泣かせた時とか、今さっきドラゴンへけしかけられた時とか、確かに感じたカッと熱くなる感覚である。


 そう呟くと、賢者はため息まじりに説明してくれた。

 それは、感情制御の外れた瞬間体内魔力の制御を失ったのだろう、と。


 公爵令嬢に相応な魔力量と魔力質。その奔流を無意識に危険と判断して制御していた私の肉体。それゆえに、魔力制御が完璧過ぎて(・・・・・)魔力を感知できなかったのかもしれない、と。


 ならばこの1週間やそれまでの葛藤とかは……考えるのをやめた。



「多分ルル嬢ちゃんは、随分前から魔力を無意識に感知していたんだろう……ま、まあ落ち込むな。これで後は命令文さえ覚えれば魔術あっさりつかえるだろうし」



 そう言って慰めてくる賢者の手の中に、エメラルド色に輝く美しい鱗が複数枚見えた。いつの間にかと一瞬思ったが、そっと目をそらし、見なかったことにした。


 ヘロヘロ茜色の空へと逃げ出した、哀愁漂うドラゴンの背中。

 きっと気のせいでなければ最初見た時より輝きが失せている気がする。一番のとバッチリを受けた今回最大の被害者。


 危険生物なのに、避難勧告が出る程の災害生物なのに。

 悲しく遠吠えするドラゴンに、申し訳なさで一杯になった。


 ありがとう。そしてごめんよ、ドラゴン。

 君の勇姿は忘れない。


 キリがいいので今日はここまで!

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