3 包丁>戦斧
「呼んだお兄ちゃん?」
改めて整理しよう。
俺が手に入れたこの石盤にははるか昔に封じ込められた龍が封印されていた。だから俺は盗み出し、その封印を解いたんだ。
で、今目の前にいるのは何だ?
ただの女。年端もいかないいたいけな少女といったのが最初の衣装。見たことのない服装だが、北の国「ヘイセン」あたりの装束がそれに近いだろうか? それ以外は特になんの変わりもない。
まあ強いて言うならなかなかの美少女。
「おま、お前がバハムートなのか?」
間の抜けた声を一回区切り言い直す。
もしそうだとすれば少女は仮の姿。真の姿を偽るための姿なんだ。うん、そうに違いない。
「馬羽夢有人……? 誰それ? お兄ちゃん、まさか彼女じゃないよね」
いや待て、待て待て。
全然話が噛み合ってないぞ。
というか何だお兄ちゃんって。契約を結んだんだからそこはマスターor主様だろ? それとも義兄妹の契りをかわさなければいけないのか?俺としたことが不勉強だったぜ!
とにかく、こいつはハバムートではないことを前提に考えよう。なるほど、そうすれば異常な少女でも納得がいって一件落着……
「フハハハ、よくわからんが召喚失敗のようだな。所詮落ちこぼれの召喚士か、捕らえろ」
じゃねえええええ!!
全然一件落着じゃねえよ、おい!
どうしようめっちゃ騎士集まってきてる。殺される!
一斉に俺の元へ向かってくる騎士たち。俺の精一杯の抵抗も虚しく俺は組み伏せられる形で取り押さえられてしまった。
「ふむ、一時はどうなるかとおもいきや。あっけない幕切れだな」
俺の顔をヘーゲルがジロジロと眺めてくる。蔑む様な、憐れむような、なんとも言えない眼差しだ。
「今すぐこいつの首を落とせ」
「なっ!!」
「ここで殺さないとまた同じようなことが起きるかもしれんぞ。それに反抗組織へのいい見せしめにもなる」
ギラリと冷たい刃が俺の首筋に当てられた。死がすぐ先に迫っていることを自覚すると、声が上ずり、今にも泣き喚き許しを請いたくなる衝動が暴走しそうになる。
「へっ……やれよ」
だがプライドは捨てたくない。どのみち殺されるならかっこ良く死にたいものだ。
そして騎士の掴む首切りの斧がなんのためらいもなく振りおとされる。ちょ、やれとはいったけど、そんな一瞬で!
「何してるの? 私のお兄ちゃんに」
が、その斧は俺の首を両断する前に動きを止める。え、助かった?
見ればさっきの女が象の首すら切り落とせると言われている堅牢な斧を受け止めているのだ。女の右手には小ぶりな刃物、短剣……いや、包丁だ。どこから取り出した?いやそもそもそんな一般家庭にも普及している調理用の刃物でどうして数々の剛の者の首を切り落としてきた戦斧を受け止めることができるのだろうか?
なんつー馬鹿力。いや、もはやそんなレベルは超えているだろ。
「ジェームズ!! 何をやってるそんな小童に」
「た、隊長! こいつ……なにかおかしいんですよ! 国一の力を持つこの俺様が……パワー負けしてるなんて」
斬ッ! と逆手に持った包丁を振り上げる少女。するとどういうことだろうか、戦斧ごとジェームズの腕を切り落とした。
叩き落とされたジェームズの右腕。飛び散る鮮血。うっとりと淀んだ瞳を輝かせ、少女は言う。
「いい? お兄ちゃんの首を切るなんて許さない。切るんだとしてもそれは私の役目。あなた達なんかには渡さないんだよぉ……?」
「「「ジェームズゥウウウウウウウウウ!!」」」
騎士たちの驚愕と戦慄がないまぜになった叫びが交差する。
助けられた俺でさえゾクリとしてしまう少女の囁きはこの場にいる全員の度肝を抜いたことは間違いない。
こいつはマジで狂ってる。もしかしたらバハムートなんかよりもずっとヤバイものを呼んでしまったんじゃないのか俺。