ハッピーハロウィン
「この路地裏に縄を引いといて、すっ転んだ奴を脅してカツアゲするっていう作戦でよ」
「マジウケル! ホント、サトルってば天才だよねー」
俺の提案にナオミが賛同する。人々の喧噪から少し外れた路地裏で、俺たちはカツアゲの作戦を練っていた。
「んで、抵抗するようなら俺がボコれば良いんだろ?」
俺よりも一回り以上デカい身体のリュウタがニヤリと笑う。
俺たちはよく3人で作戦を立てている。喧嘩無敗のリュウタ、美人で男を釣りやすいナオミ、そして参謀の俺ことサトルの3人だ。今まで色んな奴らから金を巻き上げてきた。特にこの路地裏は警察も気付きにくいし、薄暗くて隠れ場所もある。ここは俺たちにとっての狩り場だった。
人通りは少ないが、急いでいるやつはここを利用することもあるので罠を張っておけば案外引っかかるもんだ。
「んでもって、いざというときはこれもあるしな」
そういって、俺はポケットから折りたたみ式ナイフをちらつかせる。
「とりあえずゴミ箱同士に縄を巻いておくぜ」
俺は縄を巻き付けたゴミ箱同士を離れさせて、縄がピンと張るように調節した。
「次にいつもの隠れ場所だけど」
そういってロッカーを開けると、いつものロッカーの中が妙に光って見える。
「なんかこれ、奥の方光ってね?」
「なんかあるんじゃねえか?」
そういうとリュウタは手を突っ込むが、どれだけ手を伸ばしても届かないようだった。リュウタが思い切り手を伸ばすと、彼はロッカーの中に吸い込まれていった。
「は?どうなってんだよ」
「と、とりあえず、追うしかなくね?」
ナオミの言葉に頷き、ロッカーに手を伸ばしてみる。確かにどこまでも先が続いているようだった。ロッカーの奥に部屋でも繋がっているのか? 理解できないが、とにかく中に入ってみることにした。
***
出てきたのは、奇妙な森だった。さっきまでいた都会的な町並みとはかけ離れた、薄気味悪い森の中。
少し離れたところにオレンジと紫の目立つコートを着た男が立っていた。フードを被っており、妙なお面をつけて俯いている。
「なーおっさん、ここどこ?なんかのイベント?」
「……ート……オア……ック……ユー」
「は?何言ってんのかわかんねえよ。コスプレとかマジでキメーわ。俺たちのこと舐めてんの?」
リュウタが奇妙な格好をした男近づいていく。それでも男は顔を上げずにブツブツと何かを呟いていた。
「なあおっさん。早くここから出せよ。つーかここ何処よ?」
「……ック……―ト……」
「はぁ? 話聴いてんのかよ」
「おいおいリュウタ、そのおっさんビビって顔見れねーんじゃねーの?」
「マジで!ダッサ!ウケるわー」
俺とナオミはリュウタの行動を茶化す。リュウタはここらで一番喧嘩が強くてヤバい奴だ。ビビっちまうのもよくわかる。
「……ック……トリック! ……オア ……キル!!
」
俯いていた男が急に叫び始める。頭でもおかしくなったか?
だが、男の顔を見て血の気が引いた。
顔がぐしゃぐしゃに潰れていたのだ。
顔の皮はほとんど剥がれ落ちており、真っ赤に染まった肉が剥き出しになっている。眼球は顔の下に垂れ下がり、所々腐ったような肉からは蛆虫が顔の中を出入りしていた。
「う、うわああああああああ」
リュウタは直ぐさま男から離れようとしたが、何故かその場に立ち尽くしたままだった。
「おい、リュウタ! 速く逃げるぞ!」
「待ってくれ! こいつが腕を掴んでて離れねえ!」
リュウタは死人のように白い顔をしてこちらに叫ぶ。リュウタは必死に腕を振り払おうとするが、男は決して離さない。そんなバカな。リュウタは今まで喧嘩で負けたことが無いんだぞ。そんなリュウタがあんなヒョロヒョロの男に負けるはずが無い。
「離せよこの化け物!」
「トリック! キル! トリック! キル!」
ゴキッ
嫌な音が森に響き渡る。
俺はリュウタが喧嘩中に相手の指を折ったときにもこんな音がしたな、とイヤに冷静に考えていた。
「アガアアああああああ!!」
続いて響くリュウタの叫び声。俺とナオミは状況が理解できずに目を白黒させていた。
「えっ、なんでリュウタの腕が? 待って、マジ無理。わけわかんない」
ナオミは目元に涙をためてヒステリ―気味にそう叫ぶ。俺にもわからない。なんだこれ、なんでリュウタがやられてんだ。
「離せ化け物! 腕を離せって言ってんだろうが!!」
リュウタは絶叫しながら、折られた手と逆の手で何度も化け物の顔を殴るがビクともしない。
俺とナオミは恐怖からその場に立ち竦み、加勢できずにいた。
「えっ、なに、あいつら。これヤバくない?」
ずっと怯えていた様子だったナオミが震えながら指を指す。リュウタと化け物の後ろから、何かが大量に迫ってくる。顔はよく見えないが、明らかに人間では無い何か。そいつらはこちらめがけて突き進んでくる。
「化け物の仲間だ! ヤバい! 逃げるぞナオミ!」
俺はナオミの手を引いて逃げ出す。きっとリュウタはもうダメだ。
「おい!待てよ! 俺を置いてかないでくれよ! おい! サトル! ナオミ!」
俺とナオミは聞こえないふりをした。少ししてリュウタの断末魔の叫び声が聞こえてきた。
俺は悪くない。俺は悪くない。
自分の心に言い聞かせ、泣き出しそうなナオミの手をしっかり掴んで走り続ける。心臓がバクバクする。
森はどこまでも同じ様な木々に包まれていて風景が代わり映えしない。
「あ!あれ!」
ナオミが指さす方向に、光が差し込んでいた。
「出口だ!きっと出口なんだ!!」
やった! 帰れるんだ、きっと元の世界に戻れる! そんな期待を感じると、疲れていた身体が元気を取り戻してきた。
しかし、急にナオミが地面に倒れ込んだ。繋いでいた手がほどける。
「痛っ! 何これ! 足にツルが絡まって!」
「ナオミ!」
「ちょ、ちょっとサトル助けて!」
ナオミは草のツルに足を取られているようだった。
ツルをほどこうとするナオミの後ろから、化け物共が迫ってきている。戻れば俺も巻き込まれるかもしれない。
「……。」
「何してんのよ? 早く来てよ!」
俺はナオミを見捨てて全力で走り出した。
後ろからナオミの叫び声が聞こえる。俺に対する恨みを含んだ暴言も聞こえてきたが関係なかった。
「嘘でしょ!? お願い行かないでよ!! 助けて!」
ナオミの懇願する声が遠くから聞こえてくる。
誰が助けるかバーカ!
クソビッチめ、お前の所に戻ったら俺まで殺されるかもしれないだろ。俺は絶対生きて脱出してやる! こんなクソみたいな所で死んでたまるかよ。
ナオミがどうなったのかはわからない。そんなことを考えている暇も無かった。息が切れる、心臓が破裂しそうだ。
出口の光が段々と近づいてくる。
「あと少しだ!」
そう叫んで、光の中に飛び込んだ。そして、必死に走り続ける。
どこを走っているのかもわからなかったが、どこか遠くに向かっていることはわかった。
***
「痛ってえ!」
光の中から飛び出した俺は、何かがぶちまけられる音と共に足を取られて盛大にすっ転んだ。
どうやら誰かが足元に縄を仕掛けていたようだ。転んだ拍子に縄が縛り付けられていたゴミ箱が倒れたみたいだった。出てきた場所は薄暗いが、よく見慣れた路地裏だった。
路地裏から慌てて出て周囲を見回す。
目の前に広がるのは、ライトアップされたいつもの町並み。そしていつも通り他者には無関心な人々。
「戻ってきたんだ! やった!」
腰を抜かしたまま思わずガッツポーズを取る。
それも束の間、とんでもないものが目に入る。
「嘘だろ……」
目の前から、化け物共が大群で迫ってきた。もう走る体力なんて残っていない。
「クソ!殺されてたまるか! 俺は死なない! 俺は強え! 俺は強え!」
自分に言い聞かせる。もうやるしかねえ。1匹ぐらい殺してでも逃げ切ってやる。
俺はポケットに潜ませてあった折りたたみナイフを取り出して、化け物の軍勢に飛びかかった。
***
「臨時ニュースです。先ほどハロウィンパーティーのパレード中、路地裏から飛び出してきた青年に数人が切りつけられ、重軽傷を負うという事件が発生しました。犯人は警察に取り押さえられた後も錯乱状態にあり、「俺は強え」などの意味不明な供述を続けています。現在警察が薬物などの線から捜査を……」