出会い
身体が重いのは水圧か、空気か。
今日もお地蔵様に手を合わせる。いつもより、長めに。いつの間にか気配を探っている。忍者みたい。昨日のお菓子もなくなっていた。そこら周りに落ちているわけでもない。誰かが来ているのは、誰の目から見ても明らかだった……と、思う。
「……。何の、用?」
「君は忍者か何か?」
来た。そこに立っていたのはひょろりとした、線の細い男だった。白い肌に白いシャツ。遠目から見たら真っ白。キラキラと輝いていた。眩しかった。
「お菓子、美味しかったよ」
「それはお地蔵様のものであって、貴方のものじゃない」
「うん、知っているよ」
「罰当たり」
「罰当たりでもいいさ。僕はお腹が減ってたんだ」
お腹が減っていた。そんな理由でお供えものを食べる人がいるのか。世界は広い。
「それに、美味しそうだったんだ。このまま放置していたら腐ってしまう」
「だから、食べたと」
「うん。美味しかった。ごちそうさま」
「……お粗末様」
嬉しかった。美味しそう、美味しかった、なんて。そんなこと言ってくれる人はいなかったから。細かく言えば、同性はいたけど異性はいなかった。
「この後、時間ある? お礼がしたいんだ」
「あるけど、お礼なんていいよ。貴方にあげたものじゃないから」
「でも、」
「お礼は要らない。諦めて」
「そ、そっか……。わかった」
渋々だけど理解してくれてよかった。理解してくれないとこっちが困るのだが。
「じゃ、じゃあ! これ! 」
「何、これ」
「お菓子の代金。これくらいしか持ってなくて……」
手渡された10円玉。これしか持っていないということは、この人にとっては貴重な10円玉で。あのお菓子にそれほどの価値があったのかと驚く。
「これしか持ってないなら、取っておけばいいのに。大切な10円玉、何でしょう?」
「よくわかったね。うん、これは大切な10円玉。だってこれが僕の全財産だからね。でも、お代として貰ってくれないかな……。それほど、君の作ったお菓子が美味しかったんだ!」
嘘をついていない目。純粋な目。キラキラ光る綺麗な目。この目は好きじゃない。
「お腹が空いてるからそう感じるだけだと思うけど」
「それでも! それでも……!」
「……。わ、わかった。わかった。ありがたく貰うよ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
やっぱり苦手だ。この人は苦手。人を喰らう鮫だ。
「あ、時間だ。この時間帯ならいるから、また会えたらいいね」
「そうだね、また会えたらいいね」
絶対に会いたくない。この時間帯には絶対に行かないようにしよう。今は黄昏時。もうこんな時間か。もうすぐ夜が来る。私も帰ろう。準備してさっさと寝よう。明日はなんか嫌な予感がする。例えば……考えるのをやめよう。そんなことはないだろう。考えるだけ無駄だ。そう思いつつ準備をし布団に入った。
その予感は当たっていた。