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お菓子と人魚姫


今日も暗い暗い海の底でひっそりと上を見上げている。

 寝て起きて、ご飯食べて支度して。小声でぼそりと『行ってきます』を言う。いつもと同じ朝。でも今日は違う。お菓子を作った。おやつ用とお供え用。こういう食べられるお供え物って誰かに食べられてしまうのだろうか。そんなことを考えながら学校へ向かう。今日は綺麗な月が見れるだろうか。今日は船に上がれるだろうか。今日こそ岸に辿り着けるだろうか。今日は、今日は、今日は。今日こそは。


 「空野さん、おはよう!」


 「お、おはよう……」


 いつの間にか教室に着いていた、なんてことはなく。昇降口でいきなり声をかけられる。心臓に悪い。 びっくりする。あぁ、でも。今日は早く上に行けそうだ。

 ガラリ、と開けるとしん、となる。席に着くとざわざわと一瞬にしてうるさくなる。今日も、ざわざわひそひそ。こちらを見るもの、見ないもの。全てがぼやける。全てが揺れる。


 「あ、移動か」


 移動教室がある日は憂鬱だ。さぼりたい。けど後でどうなるか知ってるからさぼれない。めんどくさい。


 「空野さん、空野さん」


 「何?」


 「あのですね、」


 チャイムが鳴る。終わった。一番に教室に戻る。今日は乗れない日だ。諦めよう。人魚みたいに地上に憧れる存在になろう。今日限りの、可哀そうな人魚姫。

 一番平和で、一番安全な場所は、魔女を閉じ込め姫に枷を付ける場所。その中に1人の人魚。しくしくしくしく泣いている。貴女みたいになれたらよかったのに。

 いつの間にかお昼。時間経つの早い。先生との約束がある。待っている間にも、1人、また1人と帰っていく。今日は午前授業なのだ。先生が来た頃には教室に残っている人は数人しかいなかった。


 「空野さんは今日も1人?」


 「先生……。それは余計なお世話。好きで1人でいるんだから」


 「ふーん。そかそか。じゃあ先生が寂しくないようにご飯に付き合ってやろう!」


 「最初からそのつもりのくせに」


 この人は仲の良い先生がたくさんいる。なのに私とお昼を一緒にしてもいいのだろうか。


 「お見通しか~。やっぱ『空の眼』のおかげかな?」



『空の眼』



 その単語は聞きたくなかった。どこから知った。どうやって知った。何も言っていないのに。誰から聞いた。噂か。親か。

 あぁ、そうか、お前も海獣だったのか。海の底にいる私が邪魔になったか。鬱陶しくなったか。

知りたくなかった。知ってほしくなかった。また、同じことの繰り返しだ。あの時と、あの時と、あの時と!! 同じ過ちは繰り返さない。何の為の眼帯だ。


 「空野さん?」


 「大丈夫です」


 大丈夫じゃない。でも周りに人がいる。ネタを探している好奇心の塊が。嘘を平気で言える上っ面の仮面が。こちらを見ている。なら、穏便に済まそうじゃないか。


 「『空の眼』という単語は今後一切口にしないで」


 「わ、わかった。約束する」


 「ありがとう」


 「五時間目は何?」


 「日本史」


 「日本史かぁ……。あれか、鎖国とか」


 「今は戦国時代」


 「あ、前だった」


 「うん」


 「でもその言い方かっこいいね!」


 「そ、う?」


 「うん!」


 関わって2年目。この人のストライクゾーンが分からない。分からなくていいんだけど。


 「そのお菓子は?」


 「おやつ。食べる?」


 「食べる!!」


 こうして見ると、ただの女子高生の会話、だよなぁ。余分に作ってきてよかった。

 ちなみに先生に敬語を使わないのは、使わなくていいと言われたから。壁を感じるらしい。


 「美味しい!お菓子作るの好き?」


 「どっちでも……」


 「そっかぁ~。また作って!」


 「気が向いたらね」


 「楽しみにしてる!」


 チャイムが鳴る。帰れる。寄るところは寄るけど。


 「じゃあね、先生のお昼に付き合ってくれてありがとう!」


 「うん、また明日」


 今日もお地蔵様の所へ向かう。でもいつもと違って人が来るかもしれない。周りには十分に気を付けないと。見られるのだけはご勘弁。

 お菓子を置いて手を合わせる。ふと、視線を感じた。気配はしないのに視線は感じる。不思議な感覚。早く帰ろう。私はその場を後にした。


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