おかえりなさい
どうやら、私が妖精の世界でグリムと話していた間に私を失った母のために父親が連れてきたらしい。父親からすれば私の代わりになれて、将来家を継ぐのに持ってこいの孤児を探していたのだろう。あのゲームで双子と言われ、心を歪ませるだけある。よほど幼少期はそっくりなのだろう。
しかし、先生によると母はその弟を一切認めていないらしい。どんなに話しかけられても無視を貫き、私の服を着ていようなら殴っているとか。
「たいへん、いますぐむかうわ」
『ちょっと待ってください。今この状態で貴女が無事に帰ってくると弟君は最悪殺されます』
「なんですって!?」
仮にも弟になる子が私のせいで死ぬのは嫌だ。悪役令嬢である私でも、さすがにいじめようと思わないしできることなら二人とも生きていたい。
『私に提案があります』
「なんですの」
『とりあえず、お嬢様は1度私の屋敷にお戻りください。そこで話し合いましょう』
「わかりましたわ」
そう答えると先生との通信は切れ、私は魔法を使って屋敷へと向かった。
初めて空を飛んだ気持ちが、こんな状況でないなら楽しかったかもしれない。流石に風の移動魔法なだけあって、魔法らしい飛び方だ。呪文を唱えた瞬間足が浮き、速度も走るよりももっと全然早い。
「からだも、おもったよりかるいや…」
まるで全体重を浮かせて軽くしたみたいな感覚だ。そして1日も経たず先生の屋敷についた。私が殺されかけた場所であり、先生を従えた場所。先生は既にそこで待っていて、私の足が地面につくと同時に頭を下げた。
「お帰りなさいませ、ノルンお嬢様」
「ただいまもどりましたわ。それで、いま、おとうとはどうなってますの」
「ただ今、我が屋敷にてお勉強の最中です」
「……なんですって?」
声に反して笑顔が張り付いた気がする。私の顔を見て先生は冷や汗を流し、急いで説明をした。
「言っておきますが、私が決めたわけじゃないですしお嬢様が中々帰ってこないのが悪いんですよ!」
言われてみれば確かにそうな気がする。雇われる側と雇う側ではこの世界雇う側が上なのだ。例外はあれど。先生の場合、例外ではないので実質私のお父様には逆らえない。
「一応、ここが見えない所に勉強と称して閉じ込めはしましたけど」
「先生っほんと、なんと言いますかきょうじん、ですわよね。いっそほめたくなりますわ」
「せめてもう少しオブラートに言ってほしかったです…」
とほほ、と落ち込む先生から目を離し、私はまだ見ぬ義弟のいる屋敷を見つめた。
「そうでしたわ。それで、おとうとがぶじなまま、わたくしがもどれるほうほうを、おしえてくださいまし」
「えぇ…。実は……」
内緒話をするように先生は近づいてきた。私はそれを聞こうと耳を傾ける。
「なんですの?……うっ!」
完全に油断していた。先生は仮にも5歳児の腸に1発思いっきりぶち込んできた。その場に倒れ込むと私は痛みと苦しみの中暗闇に意識を落として行く。
「貴女のこと、裏切った訳ではありませんよ」
そんな先生の顔は興味深いと言いたげに口角があがっていた。
夢を見た。私が元の世界に生きていた頃の夢。私はこのゲームが好きだった。特に好き…という程でもなかったが、細々と続けていたような気がする。
「あー!もう、やっぱり変!」
正方形の部屋に一人の女の子。彼女が前世の私だということは、なんとなく察しがついた。
「何度攻略してもおかしい〜!攻略サイトにも出てないし、どういうことー!」
彼女はノアのルートについて叫んでいたらしい。というのも、ノアの数個あるエンドの1つがどうしても不可解なのだ。
「どうして最後のスチル、目の色が変わってるの?」
それは二つあるバッドエンドの最後のスチル。ノアが"完全な姉"になるために作った薬を飲んだ時。
『あはっ…これで、これで僕は姉さんになれる!母様に愛してもらえる…父様に認めてもらえる!だって僕らは2人で1つだから…』
「双子じゃないこと分かってるのに、何で2人で1つなわけ?運営も詳細開示されないし…悩ましい…!」
このゲームを攻略している時のノアは変だった。ある一定の好感度に達すると口調や態度が時々変わるのだ。実は姉は生きていて、時々入れ替わっていたとかのほうがよっぽど信憑性が高いほど。
それはSNSやブログでも囁かれていた。ノアのバッドエンドだけ節々がおかしいことを。それでも、ノアのルートは2番目に運営が力を入れたと言われているだけあって素晴らしいのだ。素晴らしいからこそ、誰もが気になっているのだ。
「せめてアニメ化されてバッドに行ってくれればなぁ…でも、大体のアニメってハッピーとかに行くし、その上ノアは2番目だから多分来ないし…はぁ」
そう言って彼女はゲーム機を持ったまま机に突っ伏した。
画面には涙を流しながら歓喜の笑みを浮かべるノアと、血だらけに倒れた女の子。
そのスチルが、あまりにも美しかったと記憶していたことが鮮明に蘇った。初めて見た時は、何故か涙が出たことも。
「…そういえば、なんでノアの姉の描写が少ないんだろう。仮にも双子だし、ノアの回想があってもいいと思うんだけどな…」
その言葉を最後に私の意識が遠のいでいく。まだ知りたいことはあるのに、考えなきゃいけないこともある。なのにその希望は暗闇の中へと消えていった。
「……様。…お嬢様!ノルンお嬢様起きてくださいませ!!」
「……っ!?」
「あ、よかった。お目覚めになられたのですね!」
目が覚めると、先生の屋敷の天井が目の前に広がっていた。隣には本を読んでいた先生がそれを閉じこちらに近寄ってくる。私は起き上がろうとするが、先生はそれを止めた。
「先生…どうして…」
「もう、全部終わったので大丈夫ですよ。貴女の弟君…ノア様は捨てられることも殺されることもないのでご安心を」
「えっ…ほんと?」
「はい!」
結局何をしたかは教えてもらえていないが、ノアが無事だったことに私は安堵した。
「おとうとには…いつあえますか?」
「…それは、私が決められることではありません」
「……?」
とても暗い顔をされてしまった。どうやら、弟の命を守る代わりに何か一悶着あったようだ。
そのまま気まづい沈黙がこの部屋を包む中、いきなり扉が開いた。
「ノルン…!」
「おかあさま…!?」
「ああ…無事で、無事でよかったわ!」
そう言って飛び込んできたお母様により私はきつく抱きしめられた。そんな彼女を抱きしめ返して私はここに帰ってきたのだと改めて実感する。それと同時にノアのことを思い出し、お母様からゆっくりと離れた。
「おかあさま、わたくしの、おとうとのことなのですが…」
「…いいのよ、あの人が連れてきたどこの馬とも知れぬ子供のことなんて。私たち家族はあんな子供に邪魔なんてさせないわ。あなたが嫌なら今すぐ捨てるよう…」
思いの外お母様は病んでいた。このままだと、せっかく先生が捨てないようにしてくれたのに無駄にしてしまう。そう思い私は母の言葉を止める。
「わたくしは、あたらしいかぞくが、できてうれしいですわ。すてるなんて、そんなことはおっしゃらないでください」
「で、でもね?あの人浮気したのよ…?あなたに似てるってことは、絶対にどこかで浮気してきたのよ…」
お母様の手は震えていた。きっと、真実は何も知らないままなのだろう。お父様がどんな思いで弟を拾ってきたか分からないのかもしれない。お母様はお父様を溺れるほど愛しているのだ。だからこそ、自分とできた子どもに似ていることが自分との絆を否定されているようで怖いのだ。
「おかあさま、おとうさまはそんなことはいたしません。信じて、本当のことを知りましょう?」
「本当の…こと?」
「先生からききました。おとうさまは、わたくしがいなくなって、おかあさまがあまりにもかなしむから、せめてとおもいどこからかつれてきたのだと」
「私の…ため?」
「はい」
私の…と、お母様は小さく何度も呟いた。手の震えはもうなく、そのうちにお母様も落ち着いてきたようでさっきよりはスッキリとした顔になっていた。
「…そうよね。あの人が浮気なんてするはずないわ。きっと理由がある…そんなことも気づけないなんて、アッシュベルト家に嫁いだものとして失格よね!私どうかしてましたわ!」
「よかったです!」
母は私が記憶を思い出す前の姿に戻り、もう1度私を抱きしめた。私は今度こそ、母から離れることなく時間が来るまで抱きしめ返した。
「そういえばすっかり忘れていたわ」
「なんですか?」
「ノルン、おかえりなさい!」
「……ただいまですわ!」
続いた。うれしい