妖精王
『ここがお家なの。王様はこの先』
「そうなの?とてもきれいなばしょね」
私は妖精杏の案内により、森の奥深くに足を踏み入れた。その先には、玉座が1つあった。
「きれい……」
圧巻してしまう程に草花が綺麗な場所だ。周りに植物が生えてるおかげか、空気も澄んでいて気持ちがいい。
私は玉座に近づいて玉座に触れようとした。
「ここに何の用だ、小娘」
「……!!」
振り向くと、そこには若そうな綺麗な男が立っていた。
『あ!王様!ただいま!』
「?……お前、どうしたんだ。その姿」
『名前!貰ったの〜!』
「何?……小娘、お前がやったのか」
杏の言葉で切れ目の瞳がさらに鋭くなった。
「…は、はい」
返事をしたにも関わらず、男は値踏みするかのように私をじっと見つめた。そして、満足したかのようにいきなり吹いて笑いだした。
「ははっ、まさかお前みたいな子どもに契約ができるとはな!面白い、最近の人間は野良妖精を見ると得体がしれないと毛嫌いするのにお前はしないんだな」
「野良妖精…?」
そんな単語この世界にあったかしら。聞いたこともなかった。そもそも、妖精は野良が普通なのでは、と思ったがどうやら違うのかもしれない。
「名はなんと言う」
「あっ…えっと、その子は杏となづけました…」
「くっ…はは、こいつじゃなくてお前の名前だよ!」
勘違いが恥ずかしくて顔が一気に真っ赤になった。テンプレにもほどがある。ついでに名乗ればよかった。
「……ノルン・アッシュベルトともうします」
「そうか。俺の名前はグリム。グリムと呼べ。本名もあるが、その年じゃ長くて覚えられんだろ」
教えられてもないのに分かるわけないだろうと突っ込みたいのを山々に私は笑って頷いておいた。
「しょうちしました、グリムさま」
「グリム」
「しょうちしました」
「グリム」
「……」
「敬語もいらん」
この世界に来て初めて殴りたいと思った。今日が輝かしい記念日になるだろう。
「わかったわ、グリム」
「ついでに言うと土の妖精の長みたいな感じだな。頑張れば地震で世界壊せるぞ」
「……」
何も反応しまい。反応したら終わりな気がする。
深緑のストレート髪に、蒸栗色のメッシュ。瞳の色は月の色をしている。ドSっぽい。限りなくドSっぽいイケメンだ。こんな人が真顔で頑張れば世界壊せるとか。そんなこと言うわけがない。
「……げんちょうかしら」
「紛うことなき事実だから安心しろ。別にとって食ったりもわざわざ疲れることもしない」
「……」
世界壊れることが疲れることに分類されている。流石に土の王なだけある。何が安心だ。何も安心できるはずがない。
「…はぁ。それで、わたくしはどうしてここに連れてこられたのかしら」
「そんなの俺が知るか」
イラッと来た。けれど、確かにさっきは知らない風な態度だった。
「どうせ、杏が珍しく気に入ったから俺に会わせようとでもしたんだろ。妖精は基本的に優しいからな。俺と違って」
グリムの目が伏せられた。まるで何かを諦めているような悲しい顔。王と言われるほどなのだから、長い年月の間で何かがあったのかもしれない。
「まるで、グリムがやさしくないみたいな、ものいいね。わたくしからすれば、自分のりょういきに入ってきた、ふほうしんにゅうしゃに、ここまでフレンドリーなあなたもやさしいとは思うけど」
「お前どんだけ殺伐とした人生送ってんだよ。今からそんなんだと禿げるぞ」
「なっ……!しつれいよ!」
本当に失礼な男だ。女の子に軽々しく禿げるなんて恐ろしい言葉を使うなんて。でも、王の割にここまで軽いと不安も多いが今の私からすれば安心する。
「そんなことより、お前は妖精が好きか?」
「たたりまえでしょ。だからこんな、とおい森まで、とほで来たんじゃないの」
「ははっ、徒歩でか?お前みたいなお嬢様なら馬車かなにかで来れると思うが?」
お嬢様だとバレた、だと。と言っても、王ならそれくらい知っていて朝飯前な気もする。私は細かく気にする事は本当にやめようと思う。
「わがやおかかえの先生に、ころされかけたので、ついでにすがたをくらませて来たの」
「ははは!本当に面白いやつだな。帰るつもりもないのか?」
「いえ、さすがにかえります。ようじが終われば」
「用事?」
グリムに興味を持たれたようだ。面白そうだと言わんばかりにニヤニヤしながらグリムは玉座に座った。
「妖精にあいたいのもありましたが、ちのつながらないおとうとを、ひとめ見たくて」
「弟?血が繋がっていないのにか」
「あととりとして、いえをつがせるために、おとうさまがひろってくる…はずです」
「どういうことだ?まさか、未来でも見たとでも言うのか?」
「見た、とまではいきませんが…。かのうせいのはなしです」
「ふーん?」
グリムは話し終えたらもう興味が無いと言いたげに頬杖をついた。
「それで、その弟には会いに行かなくていいのか」
「まだしっそうして3日なので、いそぐほどでもないかと」
「何言ってんだ?この空間に入ってからお前もう1週間経ってるぞ」
「はい!?」
まさかの亜空間だった。時間の流れも違ったらしい。さっきまでの流れで一体どこにそんな日数がたつような出来事があったのかと思うほど私には数時間のことのように思えていた。
「なんだ、そんなことも知らないのか」
「しらないわよ!いいかげん、おいとまするわ」
「なんだ、もう帰るのか。つまらん」
「え…」
さっきまでとは違い、寂しそうな顔をされた。いくら年の差があれど美形にそんな顔をされると困る。次の瞬間、グリムは面白いことでも思いついたかのような顔をした。
「そうだ。お前にいいことをしてやるよ」
「へ…?……な!!」
グリムは私に近づいて跪くと、額にキスをした。乙女の初めてを奪われた気分だ。
「ちょ、なにするのよ!」
「んだよ、祝福してやったんだから喜べよ」
「え…しゅくふく?」
「なんだ、そんなことも知らないのか」
本人曰く、小さな妖精と違って王から賜る祝福は王によって様々らしい。キスをする者もいれば、ものか何かを贈る者もいるとか。恐らく好みの問題ではなかろうかとも思うが、それは王のみぞ知ると思われる。
だが私はそんなことが知りたいのではなかったが、今は大人しく引くことにした。
「とりあえず、入口までなら転移させてやれるぞ」
「わるいけど、おねがいしてもいいかしら」
「ん」
地味に優しい。伝える気はないが、そう思った。グリムは壁に手をあてると一言呪文らしき言葉を呟くと、穴が空いた。
「ここ通れ。入口まで飛ぶ」
「……わ、わかったわ」
もうちょっと魔法らしい飛び方がしたかった。けれどこれに文句も言っていられない。私は穴の前に立った。
「グリム」
「なんだ?」
「また来るからっ…」
恥ずかしくて穴に飛び込んだ。
気がつくと本当に森の入口まで出ていた。杏の姿もなければ、当然の如くグリムの姿もない。少し寂しい気もするが、今は弟のところに行かねばならない。
『ノルンお嬢様!!!』
「は、はい!」
いきなり大声で名前を呼ばれた。テレパシーの一種だろうか。声の主は先生だった。
『よかった…中々繋がらなかったので死んだのかと思いましたよ』
(何かあったのですか?)
『何か、じゃありませんよ!貴女に弟君がいたなんて知りませんでした。早く戻ってきてください!』
「……え」
これから会いに行こうと思っていた本命が、予想より早く来てしまったらしい。