妖精との出会い
少女は屋敷に帰りたかったが、そうも行かないらしい。
「わたくしは、やらなくてはならないことがあるので、先生は屋敷にもどり、わたくしがとつぜん、すがたを消したと、おつたえてください」
「理由をお聞かせ願っても…?」
「わたくしによくにた子どもが、この国のどこかにいるらしいのです。さがして来るあいだ、屋敷ないの、じょうほうを、いただきたいのです」
「でもそれは、貴女ではなく私がやればいいことでは?」
言われてしまえば、確かにそうなのだ。まだ見ぬ将来の弟を探すだけなら、先生にもできる。けれど、私には他に見なくてはいけないことがあった。あるものの存在の確認を。
「先生は…妖精が見えますか?」
「いえ…妖精とはすなわち、現象に似た存在であり、掴むことも見ることもできません」
「それは、まちがいです。妖精は、げんしょうではなく、たしかに"こ"として存在し、生まれ、そだち、死ぬのです。わたくしは、そのそんざいを、かくにんしに行きます」
なんと、と驚き次の瞬間には二つ目の研究材料だなんだとぶつぶつ独り言を始めた先生をほったらかし、私は魔法で姿形を変える。もちろん服装は前世で見たことのあるこの世界のモブキャラの一人の平民の子どもを想像したもの。
「それも…魔法だというのですか?」
「はい。魔法は、まりょくさえあればほんらい何でもできるそうなので」
全て声により教えて貰った情報だ。いつの間にか頭痛は治まり、声も消えたが。
一体誰なのか、なんとなく予想は着くが今のところ答えが出ることはなさそうだ。私は諦めることにした。
「それでは、わたくしは行ってくるので、じょうほうを、たのみましたよ。先生」
「承知しました」
こうして私は妖精の存在を確認しに、一番近い森を訪れることにした。
歩いて3日。浮遊魔法とか転移魔法とかその他もうろう教えてくれればいいものを、歩いて地道に進みながら森の入口まで来た。一番近いとはいえ、子どもからしたらかなりの距離だし少しだけど無理もした。幸いなことに、街の人は子どもの私に食べ物や1日の宿を貸してくれた。名前は覚えたので屋敷に戻った時に自分のお金で払いたいと思っている。
「さて、行きましょうかね…妖精にあいに」
疲れきった足を奮い立たせて、薄暗い森の中へと入っていった。
私はただまっすぐ進んでいく。不思議と怖いとは感じない。先生と戦った時の方がよほど恐ろしいと思えるほどには余裕がある。
『あれー?なんでそんな汚れて疲れてるのー?』
唐突にまた声が頭に響いてきた。すかさず私は移動系の魔法を教えてくれなかったからと突っ込んだ。
『えー?そうだったっけ。まあ、そういう時もあるよ!』
「ないよ!」
『うーん、しょうがないなぁ。あんまり僕が手助けするのよくないんだけどなぁ。仕方ないなぁ』
あからさまに悩んだ様子を私に聞かせたあと、いいことを思いついたような声を出す。
『そうだなあ、空と海と大地なら、どれが好き?』
「とうとつに、またしょうもないしつもんを…」
『いいから答えて。選んだ中で教えてあげるから!』
「いやな予感しかしないんだけど…うーん。じゃあ、そらでいいや」
『でいいやって…悲しい…!』
嘘っぽいこの上ない声で喚いてくる。でも、何が貰えるかわからないのに何がいいかなんて答えられるはずがない。それなら最初のを選んでおけば安牌な気がする。
『しょうがないなぁ。どう転んでも移動魔法はあげる予定だったし、今回はそれで我慢してあげる。ほいっ』
「っ……!」
唐突に何かを送ってきたりするの本当にやめてほしい。控えめに言って死にそうなくらい頭が痛い。思わず膝を地につけてしまう。
デジャブを感じつつも、流れてきた魔法に私は不覚にもときめいた。
光の治癒、風の運搬。この二つだけでもかなり役立ちそうだ。
「おれいは言っておきます。ありがとう」
『どういたしまして〜!あ、そういえば妖精探しに来たんでしょ?』
「そうね。あなたが魔法を、さっさとおしえてくれれば、もっと早くにすすんでいたはずだわ」
『んもー、拗ねないでっ!でも、君はもう見えるんじゃない?』
おちゃらけた声から、優しく悟っているような声に変わった。現在進行形で見えていないのに、なぜそんなことを言うのか理解出来なかった。
「……?いま、なにか音がしなかったかしら」
私の声に彼は反応せず、代わりにもう1度草が擦り合うような音が聞こえた。
私は音のする方に近づき、ゆっくりと草を手でわけて入る。すると、その先には緑色のちまっこいサンタのような子が泣いていた。
「……。妖精さん?」
その子は私の声に肩を揺らし、大粒の涙を流す。なんとなく、震えているような気もする。その様子に戸惑う私。てっきり、妖精は人が好きなものだと思っていたけれどこの世界では違うのかもしれない。
ゲームの中の妖精といえば、声もなく主人公の近くにいて励ましたり、魔法の手伝いをしていたり人間を祝福していたりした。
だからてっきり友好的に近寄ってくるものだと思っていたが、とりあえず目の前の子は違うようだ。
「ひとのことば、わかるかしら?なにかこまっているの?」
『……っ!(フルフル』
どうやら違うらしい。なら一体何が原因なのだろうか。緑の妖精はかたくなに言葉を発さないし、私もわけがわからず観察していると、服で見えづらいが足を怪我していた。
「もしかして、足が痛いの?」
『……!(コクコク』
やはりそうらしい。相当痛いようで、動かそうとしているがその度に痛みで涙が零れていた。
それ困ってるのうちに入らないのかしら。
「ちょっとごめんね。あなたに害はあたえないから、おとなしくしてて?」
『(ビクッ)……っ』
「光の治癒」
呪文を唱えた瞬間、傷周りの汚れた肌は風呂の後のように綺麗になり、血は乾いたように止まった。意外と効き目はあったようだ。完全に治癒しきれていないところを見ると、万能薬のように魔法は使えないということだろうか。
『……アリ、ガ、トウ』
「いいえ、こまった妖精さんがいたら、たすけるのは、とつうぜんですわ」
初めて声を聞いた感動と、楽になったのか少し余裕のある顔になった妖精を見て安心した私は自然と笑いかけていた。
『ワタシ、ココ、スム。アナタ、ヨウ、アル…タ?』
人と話すことが慣れていないのか、人の言葉を話すのが難しいのか。カタコトな話し方をしてくる妖精。私はなんとかその言葉を汲み取り答える。
「ええ、そうなの。あなたたち妖精さんに会いたくて来たの」
すると、先程まで泣いていた妖精は一気に明るい笑顔になった。周りの草花が風もないのに喜ぶように揺れていた。
『ワタシ、アナタ、スキ!』
きゃっきゃと、手を鳴らしながら笑っている妖精。流石にまだ歩くのは辛いようで、立とうとはしなかった。
私は可愛く思えて触ってみようと人差し指を妖精に伸ばした。すると、妖精はその人差し指を握手と受け取ったのか、小さくて柔らかい両手で掴むと小さく上下に振った。
『ヨロシク!ヨロシク!』
「……ええ、よろしくおねがいしますわ」
そんな私たちの様子を見ていたのか、2匹の妖精が近寄ってきた。私は微笑み、怖がらせないよう伸ばしていた手を引っ込めた。
すると、妖精たちは怪我をしていた子に近寄り足に手を当てて魔法を使った。
『緑の治癒』
すると怪我が完治し、跡形もなく消え去った。
もしかしたら、魔法の相性や使用別に何かがあるのかもしれない。妖精のおかげで新たに治癒魔法を2個も覚えられた。後で先生にきこう。
「それでは、ケガもなおったみたいですしわたくしは、帰らせていただきますね」
『ヤダ!カエル、ヤダ!』
駄々をこねられた。可愛い。そして大粒の涙を溜めている。
「でも、私は帰らないと行けないのよ。また来るから…」
『ヤダ!オオサマ!アウ!』
「おおさま?」
王とは一体誰なのだろう。もしかして、妖精王とかいう存在がいるのかもしれない。それなら、そちらの確認もしたいところだ。
私も先生に似ているのかもしれない。研究心というよりは、探究心に近いのかもしれないけれど。
「あんないを頼めるかしら?ええと……」
『ナマエ、チョーダイ!』
テンプレ展開が来てしまった。名前を付けなくてはならないらしい。名前をつけた後にデメリットがありそうで怖いが、付けないわけにもいかない。この世界は恐らく普通のよくある悪役令嬢ストーリーにはいかないのだから。
「そう…ね…」
『いい名前思いつかないのー?』
「きゃ…!いきなり話しかけないでちょうだい!」
『……!(ビクッ』
「あら、ごめんなさい!あなたたちのことじゃないから、心配しないで、ね?」
どうやら、声は妖精には聞こえていないらしい。恐らく先生にも聞こえていなかったのだろう。ということは、私は1人でぶつぶつ話していた可哀想でおかしい子に思われていたかもしれない。この考えなしは早急に直した方がよさそうだ。
『声に出さなくても、君の考えはわかるよ!』
(それならそうと言ってよ!)
とりあえず、あまり人に聞かれずに済んでいてよかった。早めにこういうことは気づいておきたい。
『名前つけるのに、悩んでるんでしょ?』
(そうだけど…何かいい案でもあるの?)
『花の名前とかどう?どうせその子草花に関連してる妖精だろうし』
(確かに…でも、私に花の知識なんて求めないでよ?私花言葉を覚えてるほど勉強はしてないし)
知っている花の名前なんて、桜や薔薇くらいだ。そこら辺に生えている花も派手な花も私は知らない。そういう所はテンプレの悪役令嬢と違うところだ。私には何も特化していい所がない。
『そうだ。知恵の本を君にあげるよ!』
(知恵の本?なに、それ)
『真っ白な本だよ。見ればわかるから、それ見て名前を考えたら?』
そう言われて、目の前に球体の光が現れた。それは点滅しながら私の手の中に収まると、本の形になった。
私はその本の表紙をめくり、そこに書いてある文字を読んだ。
"1つ、この本の文字は誰にも読めず見えることは決してない。
2つ、念じることで関連するすべての知識を読むことが出来る。
3つ、誰かに譲渡することは出来ない。"
簡潔かつ的確な説明書だ。さっそく使わせてもらう。
(花の名前…花言葉…)
念じて開くと、そこには写真付きでたくさんの花が書いてあった。一体この本にはどのくらいの知識が入っているのか気になるほどだ。でも、多すぎて分かりづらいのでもう少し絞ってみようと思う。名前をつけてほしいと言ってきた子の特徴に合っている花言葉を探してみた。
"花名:杏(Apricot blossom)
花言葉:臆病な愛、疑い、乙女のはにかみ"
ドンピシャがあったような気がする。なんとなく、この妖精の名前には合っていそうだ。
「妖精さん、あなたのなまえ…杏っていうのはどうかしら?」
『アンズ…?』
「はなのなまえなの。どうかしら?」
『アンズ!ナマエ!アンズ!』
嬉しそうなのでよしとしたい。
妖精、もとい杏がはしゃいでいるといきなり光だした。当の杏は気づいていないようだけど。
だんだんと強くなった光は杏を包み込み破裂した。
「杏!?」
破裂した場所にさきほどの杏はおらず、代わりに少し成長したような妖精がいた。
『名前をありがとう。わたし嬉しい。あなたの名前も知りたい』
可愛かった。とても可愛い声をしている。可愛い。身長はさっきより3センチ伸びたようだ。ほか2人より差がある。
「わ、わたくしのなまえはノルン。ノルン・アッシュベルトともうしますわ…」
『ノルン!とても可愛いわ!もっとお話しましょう?』
そう言って成長を遂げてしまった杏は私を森のさらに奥に引っ張っていくのだった。
少し力強く感じるが、その可愛さによりついて行こうと決めた私は杏に合わせて走り出したのだった。