先生と呪縛
目安の枚数がわからない( ˙-˙ )
先生の後ろを歩いていると、いつの間にか屋敷から少し離れていた。心做しかいつもより歩く速度が早い気がする。
「せんせい…どちらへ行くのですか?」
「楽しいところですよ。緑豊かでとても綺麗な場所です」
「せんせい…やしきから、はなれています。もどりましょう?」
「大丈夫ですよ。私を信じてください」
なんだか怪しい。それに、警告するようにどんどん頭が痛くなってくる。屋敷から離れてはいけない気がする。先生について行ってはいけない気がする。でも、先生について行かないということもできない。
「うっ…」
「どうしましたか?ノルン様」
先生が振り返って笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。離れなきゃいけない。逃げなきゃいけないのに頭が痛い。
「なん…で、も…ありま、せんっ…」
「そうですか?頭を抑えているので、頭痛がするのではないですか?」
そんなにわかりやすくなるほど痛がっているのか、今の私にはそんなことは頭の隅にも入らない。
「おやおや、大変だ。貴女は先生と散歩の途中に頭痛がして、次の瞬間得体の知れぬ者によって殺されてしまった」
「えっ…?」
どんどん頭痛が酷くなっていく。もう限界だと膝が地につく。
「先生は負傷し、お嬢様を守れなかった責任から屋敷から出ていく。……くくっ、すばらしいシナリオじゃないですか!」
「いっ……!」
痛みが頂点まできた、と本能が感じたその時。映像が頭を駆け巡った。先生が魔法で私を消す映像と刃物で私を殺す映像。どちらに転んでも私が死ぬのは確実だ。
『魔法でも目覚めない限り、ね!』
「えっ…」
何か声が…そう思った時には先生がナイフを取り出して私に向けていた。もう時間が無い。なんでもいいから助かりたいと強く念じた。
『さあ、おいで。始めよう!』
「絶対防御…!」
自然と頭に入ってきた呪文を唱えた。生きられるならどんなものでも良かった。
私に向けられたナイフは私の肉体を貫かず、空中で壁に当たったかのようにはねた。私が魔法を使えたことに驚いた先生…否男は、攻撃方法をナイフから魔法に変える。
「上位魔法をいきなり使うなんて…ですが、あなたも所詮は子ども。火玉!」
また映像が流れた。その映像が何かを思考で理解する前に、攻撃がまた目の前にくることを本能が感じた。
「っ……絶対防御!」
何度も何度も、同じ呪文を口にした。けれど、魔法は発動したままだし微塵も壊れてなどいなかった。
『何度も唱えなくて大丈夫だよ!相手が使う呪文、唱えてみて?』
「っ……火玉!!」
「なっ…!?」
頭に響いた声を頼りに、違う呪文を唱えた。すると、今度は無数の赤い火の玉が男を襲った。それは男が反撃できるほど弱くなく、程なくして男に直撃した。
「ぐぁっ……!!」
倒れた男に、おずおずと近寄る。すると、待ってと一言頭に声が響いた。
『何してくるかわからないから、行動を制限しないとね!僕のあとに続いて。呪縛』
「……呪縛」
「ぐっぁぁあ!」
今度こそ身動きが取れない男に私は近寄った。立ったまま覗き込むようにすると、男と目が合う。
「まさか…ここまでとは。驚き、ました…」
「……どうして、こんなことをしたのですか?」
「別に、研究心ですよ。私は貴女の先生以前に、研究者ですから。人と違う貴女に研究心がわいたまで。殺すなら、好きにしてください。私は満足です」
本当に満足そうな顔。そんな印象を与えられた。そんな彼に、私は怒りも恐怖心も抱かなかった。
「せんせい」
「もう、貴女の先生にはなれません。殺すなりご両親に告げるなりしてください」
「先生…」
「死ぬのは怖くありません。貴女を殺そうとしたのですから、死ぬことは近いうちに免れることの出来ない運命なのですよ」
どうしようもない。まるで死にたいと言っているようなものだつた。けれど、私は彼を殺したいわけではない。何とかして話がしたいが、どう切り出せばいいのか分からなかった。
『そーんなことか。なら、縛ればいいんじゃない?今度は別のものを』
にやり、とそう笑われた気がした。縛ると言っても、何を縛ればいいのか分からずにいると声は『魂だよ』と言った。
「先生」
「…なんですか?いい加減、先生じゃないとわかってください」
「わたくしは、あなたを、たましいごと、しばります」
「……は?」
「わたくし、は…せんせいを…ころしたく、ないです…」
嗚咽とともに涙が溢れてきた。 先生は驚きと別の何かで口を開けたまま固まってしまう。
私は、さっき流れてきた映像を思い返していた。この世界のこと、この先の事。きっとほとんど何もかもが見えたのだと思う。
「何故…ですか?本当に変わったお嬢様ですね。研究心がさらにわきそうです」
「さすがに、もう、やめてほしいです」
ふふ、と諦めたように先生は笑った。私はさっき流れてきた映像を思い出す。先生が私を殺したあとのことを。
私、ノルン・アッシュベルトはファンタジー乙女ゲームの死んだ悪役令嬢となるはずだった。
何故死んだのに悪役令嬢なのかというと、その少女の双子の弟がノルンに影響されて病むからだ。実はその双子は血なんて全く繋がっていない。他人の空似で、ある日突然父親が連れてくるのだ。
仲が良くなかった姉と、弟を毛嫌いした母親は弟を限りなくいじめた。それにより病んだ弟は姉に幻想を抱くようになる。
いじめるために贈ったぬいぐるみに優しさを感じて。
その後姉は何者かに襲われ死に、さらに夢を乗せた弟の歪んだ愛はエスカレートしていった。鏡に映る姉の顔に話しかける日々。
ヒロインには不細工だなんだと嫌い突き放し、そのうちヒロインの優しさに姉を重ねいつしか本物の愛を育む…。
だがしかし、私は弟には出会ってないし死んでもない。そもそも、私が何故死ななければならなかったのかの理由もわからない。それに、本来は誰に殺されるかも明記されていなかった…。
「またおこる…ということ…?」
「はい?」
「あっ…いえ、なんでもないです」
その可能性がある限り、私は一人になるわけにも死ぬわけにもいかない。
『その男、生かすの?殺すの?』
「いかす」
「ノルンお嬢様…?」
声は分かった、と一言。その後頭に流れた呪文は今の私に一番必要な呪文を教えてくれた。
「先生、わたくしのこと、けんきゅうしんが、さらにわくとさっきおっしゃいましたよね?」
「ああ、はい…貴女は不思議な方ですから」
「では、わたくしを、死なないていどに、けんきゅうするくらいなら、許しますし、こんかいのことも目をつむります。なので、とりひき、しませんか?」
そう提案すると、少し悩む素振りを見せはしたが聞き返してきた。
「あなたは、わたくしに、死ぬまでつかえつづけ、うらぎらないように、わたくしの、じゅばくの魔法を、たましいにかけるのです」
「魂に…さっきも仰っていましたが、それは無理なのでは?そんな魔法、聞いたこともございません」
先生が聞いたことがないということは、恐らく声の主ぐらいしか知らない禁忌の魔法なのだろう。不安が募ると思ったが、私には何故か確信しかなかった。
「……できます。まずはこれを、はじめのけんきゅうかだいとおもって、うけとってください」
「……。承知しました。私のお嬢様」
深呼吸をし、手を先生に向ける。さっきの突発的に出した魔法と違い、集中力を上げる。先生に教えて貰った魔法の知識を体で感じさせる。魔力の動き、色、強さ。そして一言呪文を唱えた。
「魂の束縛」
この世界で、初めて魂の契約を人間にかけた少女がいたそうな。
ここは広間。13人の影が円卓を囲っていた。
「どういうことだ」
威厳ある1人が口を開いた。
「何がー?」
とぼけたように明るい声で聞く1人。
「何が、じゃないですよ!あなたも分かっているからあの子に力を貸したんでしょう?」
「うん、そうだよ!」
髪の長い影に元気に答える1人。髪の長い影は呆れたようにため息をつく。
「パーシヴァル、トリスタン。今はそんなことをしている暇はない」
低く。呼びかけるだけで静まる。
「パーシヴァル、アイツは今どうしている」
「うーん、妖精探そうとしてた…かな?」
「なんだと?」
パーシヴァルと呼ばれた1人の発言により、円卓はざわつく。
「まさか、1人でか?」
「はい!あ、でも移動魔法教えてないから今自力で歩いてるんじゃないかな?」
なんということだ、と全員が呆れた。初めて会った時は大人の姿をしていたが、今彼女は5歳だ。最悪どうでもいいところで死にかねない。
「パーシヴァル」
「なーに?アーサー王」
「アイツはお前に任せた。必要最低限のことは教えてもいいが、魔法はあまり教えるな。死なない程度に助けておけ」
「……!わかった!」
嬉しそうに返事をしたあと、円卓の席からパーシヴァルの影が消えた。
「王よ。あれにすべてを一任するのですか?」
「ああ」
「承知いたしました」
その声を最後に、トリスタンの影は消えた。あとを追うように1人、また1人と消えていき残ったのはアーサー王と呼ばれた者だけ。
「……」
彼が何を考えているのか、その胸の内を知るのは彼のみ。誰もいない広い部屋で、王は1人ため息をついた。
主人公の漢字があったりなかったりするのは、発音がはっきりしているかしていないかで大体分けています。発音しやすいものは基本的に漢字になると思います。