エピローグ
神の依代を前に、これまでの経緯を聞かされた学園長はしばらく開いた口がふさがらず、ふさがったと思ったらやにわにひざまづいた。
それを見て他の教師らも慌てて身を伏せる。その中にキョウヤの担任のジャルジュ先生もいた。
「ははは、そんなにかしこまる必要はない! そなたはここの学園長なのだろう? もっと堂々とせい! ほら、そなたらも立て」
楽しげに手を振って、エル・ダーナは学園長や教師陣を立たせた。
ここ学園長室には、学園長とキョウヤ達4人、トヨカ、聖杯が盗まれたことを知っている教師数人がいるだけだった。
学園長はふうと大きく息を吐いて落ち着きを取り戻してから、エル・ダーナに尋ねる。
「え、ええと、もう一度お話を整理させていただいてよろしいでしょうか? つまり、聖杯は」
「うむ、我の一部となった。この世界に具現化するために必要だったのでな」
「なるほど……。しかし、なくなってしまったことを正直に生徒達に知らせるのはちょっと―――、理由が理由ですし……」
「なぜだ? 我が顕現したと伝えれば良かろう。学園生徒達は皆式使いなのだから、我の降臨に理解はあろう」
「まあそれはその通りなのですが、このようなことは学園だけでなく周辺の国全体に混乱を招く恐れがあります。神が実際に降臨したということは、できれば我々以外の者には内密にした方が賢明でしょう」
「そうか? ならば良きにはからえ」
このエル・ダーナは神の性質故か、人間の小さな事情など気にしないのだ。
学園長が神妙な顔で、他の教師達を集め相談を始める。
そんな学園長達を尻目に、神は自由に室内を歩き本棚の本や窓から見える景色を見て回っていた。
「ふむ、この世界は珍しいな! まさかここまで我々が授けた神術を忠実に発展させているとは」
エル・ダーナの感心したような物言いにふと違和感を感じたキョウヤが、つつ、と神に近寄って尋ねる。
「あの、他にも世界があったりするんですか? 神術が使えない世界があるとか……?」
「当然であろう、世界は無数にある! 神話に伝えられている通り、我とエムリスは宇宙をいくつも作った。他の世界では、この世界のようには神術が伝わらなかった所が多い。人が神術に頼ったのはわずかな期間で、やがて神術は忘れ去られ機械文明が発達していたり、限定した力だけが発達して超能力と呼ばれるようになったりな。我々はずっとそれらの世界を見守りながら、より多くの世界を自分の側に傾かせようと力を注いでいるのだ」
「……!」
キョウヤは目を丸くした。
他にも無数に世界があり、それらの世界は自分達の世界とはまるで違う文明らしいなんて、それを聞いたキュリアもディディオもグネヴィエラも、さすがに驚きを隠せない。
そして神々は自分達の作った世界を使って、今も争っている。
これは神々のゲームだ、とキョウヤは思った。
世界を自分の色に塗り替える、神々のゲーム。
「途方もない話だな……。ん? 待てよ。じゃあ『今』は他の世界はどうなってるんだ? エル・ダーナ神がここにいたんじゃ、エムリス神がやりたいようにできるんじゃ?」
ディディオが漏らした疑問に、エル・ダーナはははは、と笑った。
「安心するが良い! ここにいる我は本来の『神』としての我の力のほんの一部に過ぎぬ。本来の我エル・ダーナは今までと変わらず数多の世界を見ておるよ」
「そ、そうなのか……」
ディディオは唸るように言った。
スケールが大きすぎて、話を飲み込むのに時間が掛かりそうだ、とディディオは思った。
「それにしても、キョウヤがエーテルの精霊使いだったなんてビックリしたわ」
グネヴィエラが思い出したように、キョウヤに語りかけた。
「えっ、あ、はい。正直、僕もです」
未だに自分でも信じられないといった顔つきで、キョウヤは応える。
というかさっきまでアンリヘイム学園でリドリール達と争ったことさえも夢の中の出来事のようだ。
けれどもそれが嘘ではないと分かっている。その証拠に、今までは全く知りもしなかった口式が頭の中に思い浮かべられるのだから。
「私の先見はそういうことだったのね。あなたに秘められた力があるという私の見立ては間違ってなかった」
トヨカが閉じた目で頭上を仰いでから、顔をキョウヤに向けた。
「あなたの運命は聖杯と結びついていた。きっとこうやってエル・ダーナ神を降臨させる役割を持っているということだったんだわ。それ以外にリドリールの、エムリス神の野望を止める術はなかったでしょう」
にこりと、トヨカは微笑む。
「でも、僕が今では伝説になってしまっているエーテルの精霊使いになれただなんて……自分で納得するのもまだできてないくらいで。クラスメイトの誰も信用してくれないだろうし」
「なぁに弱気なこと言ってんだよ! お前は今回本当にすごいことをやってのけたんだぜ!? もっと自分に自信を持て! 周りの奴らには、ちゃんとお前がエーテルの精霊使いだということを見せつけてやればいいじゃねぇか!」
ディディオがキョウヤの背中をバシッと叩いてから気さくに肩に腕を回した。親しい友人にするように、自然に。
ディディオの言葉にキュリアも同意を示すように笑う。
「その通りだ。キョウヤ、キミはもう自分の実力に引け目を感じることはない。ちゃんとできることを俺達の前で証明したのだから。それでも自信がないのなら、納得できるまで練習すればいい」
「それは良いな!」
急にエル・ダーナ神が言った。
「我はこの世界を回ってみたい。キョウヤ、そなたも同行せよ! 修行の旅だと思えば良い!」
「「えっ、ええーーーーーっ!?」」
キョウヤの驚愕の叫びに他の者の同様の叫びが重なる。今日はもう驚かされてばかりだ。しかし驚きの元はといえばこちらのことなどちっとも意に介さずで。
「拒否はできぬぞ? せっかくこの世界に降臨したのだ、満足するまで去る気はないし、我の存在はエーテルが頼りゆえ、定期的にそなたの術でエーテルを補充してもらわねばならぬのだから」
「はぁっ!? そうだったんですか!?」
「うむ、そうだったのだ。しかもそなたはこの世界でただ一人のエーテルの精霊使いなのだろう? そなたしかいないではないか」
「―――!」
キョウヤの口が餌を求める池の魚のようにぱくぱくと動いたが、かすれた息が出てくるだけだ。
助けを求め先輩達3人を見つめるキョウヤ。その顔は今日イチで情けない顔をしていたに違いない。
だがキュリア達が何か言う前に、エル・ダーナは
「あぁ、そなた達も来るが良い。我はそなたらの術で構成されているからな、術に綻びができた場合すぐ対処できるように傍におらぬと困る」
……………。
「「はあぁーーーーっっ!!?」」
今度はキュリアとディディオの絶叫、+グネヴィエラの控えめな声が室内に響いた。
彼らの叫びを歓喜の声とでも勘違いしているのか、わざとそうして彼らのうろたえる姿を楽しんでいるのか、エル・ダーナ神はにこやかに微笑みながら学園長室のテラスに続く窓を開け放つ。
キラキラした瞳で己の創り上げた世界を眺め渡し。
そして皆に振り返った。
「さあ、旅立とうではないか!!」