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エーテルの精霊使い  作者: 久遠由純
聖杯の奪還
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「ほ、本当にエル・ダーナ神……?」

 思わず聖杯を持つキョウヤの手が震える。

 エル・ダーナ神はキョウヤ達エル・ダーナ人(ダナーン)の式使いが使用する神術の始祖、いや神話によればこの世界そのものを作った神だ。

 その血と遺伝子に刻まれている原始の記憶とでもいうものが、自然と神に対して畏れを抱かせるのだ。

 しかし下々のいち人間でしかないキョウヤの気持ちなど神は知る由もなく。

 ―――エムリスめ、偶然にも己の剣と聖杯によってこの世界と繋がった訳か。うむうむ……。

「………?」

 どこか遠くで、エル・ダーナ神は何かを考え一人納得しているようだ。

「あ、あの、エル・ダーナ様、エムリス神は……?」

 キョウヤはおずおずと聞いてみた。

 ―――ん? おお、あいつはまだ近くにおる。この世界を簡単には諦めないであろう。一度繋がったのだからな。

「そ、そうなんですか」

 ―――汝は名を何という?

「あ、僕はキョウヤ=イシュバラです。ええと、エリドゥラ学園の精霊使い(エレメンタラー)……なんですけど、一応……」

 最後の方はだんだんフェードアウトしていく。職を言ってみたものの、精霊と契約できていないのに精霊使いを名乗っていいものか、途端に自信がなくなったのだ。

 ―――キョウヤは精霊使いか。ほう、そなた……っ!?

 急にエル・ダーナの声が乱れた。

「えっ? エル・ダーナ様!?」

 一体神のおわす『あちら側』で何が起こったのだろう。


 ―――させぬ! させぬぞ兄上! その世界は我のものだ!

 ―――エムリス、止めよ! 我らが直接介入するのは世を乱すことになるぞ!


 二神が争う声が聞こえる。

 しかしキョウヤにはどうすることもできない。

 聖杯を取り返しさえすれば全部解決すると思っていたのに、こんなことになるなんて。

「ど、どうすれないいんだよぉ~」

 かと言って聖杯を手放すこともできず、キョウヤは泣きたくなった。

 ―――キョウヤ、まだいるな!?

「は、はいっ!」

 エル・ダーナ神に呼ばれて、ハッと背筋を伸ばすキョウヤ。

 ―――そなたは一人なのか? 他の職の仲間はいるか?

 エル・ダーナの声の後ろに、おそらく邪魔をしようとしているのだろう、何やらわめいているようなエムリス神の声が小さく聞こえるが、キョウヤはあえて無視して、我が神の方に集中し答えた。

「います! 召喚師(サマナー)異獣使い(エネミーマスター)歌術師(トルパドゥール)です」

 ―――それは重畳! 今すぐその者達の所に行け!

「わ、分かりました!」

 キョウヤは神自らの要請に従い、キュリア達がまだ戦っているであろう場所に走り出した。



 キュリア達の戦いは依然続いていた。

「くそっ、ア・ラ・ヴァータ神が!」

 キュリアの召喚した神が遠い海へ繋がるカルナハの門に引きずり込まれ消えた。しかしリドリールの召喚したヴェザー神もその姿を保てなくなってきているようだ。

「回りこめアーリニス!」

 レンスの異獣も大きな怪我でもして管に戻したのか一匹減っており、同様にディディオもアーリニスとウルフウッドだけで戦っているようだ。

「皆、歌えるのはあと一回か二回よ、ごめんなさい!」

 歌を歌いすぎたのかグネヴィエラはもうあまり声が出なくなってきているし、シャーラも満身創痍の様子だった。


 敵も味方も限界を迎えようとしている。


 そこへキョウヤが駆け込んできた。

「皆さん、聖杯を取り戻しました! だから戦うのはもう止めてください!!」

「何っ!?」

「キョウヤ!」

「よくやったぞ!!」

 全員の目がキョウヤに注がれる。

 キョウヤは聖杯を頭上高く掲げてこちらに向かって来ていた。

「そんな馬鹿な! あの場所は俺達以外には感知できないようにしてあったはずなのに!」

 リドリールが驚きの声を上げるが、すぐに念の薄れたヴェザー神をけしかける。

「うわっ!!」

 キョウヤは聖杯を取られまいと、胸に抱えてうずくまった。

「リドリール!」

 キュリアの一声が響いたかと思うと、ロックス神の短剣がヴェザー神の胸を貫き、〈復讐する神〉は動きを止めた。その姿はゆっくり色あせてゆき……、とうとう消え失せたのだった。

 もはやリドリールに高レベルの神を召喚するほどの神力(しんり)は残っていない。

「おのれっ……! 返せ、聖杯を! 本物の(・・・)エムリス神をこの世に顕現させるのだ! そうすればこいつらなど簡単に蹴散らせる! 我がアンリヘイム学園の方が優れていると、証明できるのだ!」

 必死の形相でキョウヤを睨みつけるリドリールは、もうそれ以外のことは考えられないかのようだった。

「リドリールお前、そんなこと企んでたのか!?」

 ディディオがあまりのことに目を見開いて、リドリールや彼の計画に加担した仲間達を見た。

 彼らもリドリールのように険しい顔をしてキョウヤを、その腕の中の聖杯を見つめたままだ。

「ちょ、待てお前ら!」

「それはもう『神術』の域を超えてるわ! 無茶よ、世界のバランスが壊れてしまう!」

「お前達のやろうとしていることがどういうことか、解ってるのか!? 世界の半分が滅びてしまうかもしれないんだぞ!?」

 ディディオと共にグネヴィエラやキュリアもリドリール達を止めようと動きかけた瞬間、


 ―――我を喚べ!!


「うわっ!?」

「なんだこの声は!?」

 辺りに轟くほどの大音声で、エムリス神の声が、その場にいる全員に聞こえた。

 反射的に皆耳をふさいで音の出どころを探るように辺りを見回す。

「エムリス神! お待ちを、すぐに儀式に戻ります!」

 リドリールだけが、その声にひるまず行動しようとしていた。


 ―――その儀式は無駄である! 我はエル・ダーナ!


「「「!!!」」」

 今度は違う声が、やはり大音声で聞こえた。耳をふさいでもあまり意味はないと、そこで皆は悟る。

 耳に聞こえるというより、頭の中に聞こえるという感じなのだ。

 そしてそれ以上に、エル・ダーナという名前にキュリア達は驚きを隠せない。いや、リドリール達も驚愕していた。

 まさかエムリスだけでなく、エル・ダーナとも交信できるとは思ってもいなかったらしい。


 ―――おのれ、兄

 ―――ははは、我の方が聖杯と相性がいいようだな! 聞こえるか我が民よ!

 エムリス神の声が途中で遮られ、エル・ダーナの声がより大きくなる。

「我が民って、俺達のことか?」

 まだどこか信じきれていない顔で、ディディオが仲間の反応をうかがう。

 キュリアは召喚師なので、『神』というものを普段から身近に感じており、それゆえにこの状況を受け入れ易かった。

 ディディオを安心させるように小さくうなずくと、神に応えるために声を上げた。

「聞こえております、エル・ダーナ神よ!」


 ―――そなたらに命ずる! 召喚師は我を召喚する口式(こうしき)を唱えよ! 異獣使いは人型に近い二体を掛け合わせ『獣神』を造り、歌術師は我を讃える讃歌を歌うのだ!


「ま、まさかそれは」

 キュリアが言うまでもなく、これはきっと『エル・ダーナ神をこの世に降臨させる』ための儀式だ。それらの口式は一番難易度の高いものであり、最高レベルの術者でなければ使うことができない術。それも滅多に使われることはない。

 キュリア達にはまだ扱うことはできなくても、己の職の知識として、彼らはそれらの口式を知るだけは知っていた。

 しかし、神を本当に喚んでしまって大丈夫なのか、いや、それ以前にそんなことが可能なのだろうかという不安もぬぐい去れない。

「エムリス神ではなく、エル・ダーナを喚ぼうというのかっ―――くっ!?」

 リドリールが反発しようとするが、彼や彼の仲間達は耳を押さえて苦しげに身を折り曲げた。おそらく頭の中に耐え難い程の音量で音が鳴っているのだろう。


 エル・ダーナがそうしている。

 ―――グズグズしている暇はないぞ! 今やらなければ奴は何度でも同じことをするであろう。


 その一言で、キュリア達は心を決めた。

「よし、やるしかねえ!」

 ディディオはそう言うと、腰に着けたいくつもの管の中から、二本を取り出した。

 手持ちの僕で一番人型に近い異獣はキャスと、トンボのような羽根を持ち手の長い猿のような姿のキリクだ。

 『合成』の術は、実は対抗試合のために特訓していた。二体を掛け合わせ別の個体を造ると、元の二体の異獣とは別の異獣になってしまうが、賢さと強さは格段に上がる。

 試合の切り札として取っておいたのだが、実際の対抗試合では使わずに終わった。特訓中は『合成』でも成功率は半々。しかも『獣神』はまだ試したことがないので、成功率はほぼないに等しいだろう。

 それでもディディオは一か八かで、二本の管を目の前に持ち、精神を集中して口式を唱え始めた。


「『我が名はディディオ=エルロウ 疾風の爪キャス 影なりしキリク 我との絆を示しいでよ』!!」


 管に彫られている模様のような口式が青白く光り、切れ目から回されるとまばゆい光と共に二体の異獣が出現する。

 しかしここで術は終わりではない。

 ディディオはさらに懐から両手に(ふだ)を取り出して、キャスとキリクに向けて今度はまた違う口式を唱える。

「『選ばれし僕 力と力はより大きな力に 魂と魂はより大いなる魂に 我らの絆はより強固なる絆に 変化せよ 進化せよ 抗うなかれ 汝らは獣の神とならん』!!」

 僕達に伸ばした両腕を組み合わせると符が青白く燃え上がり、キャスとキリクもその動きに呼応するように光を纏ったままお互い近づいていく。二つの体の境目がだんだん溶け合うように重なってゆき混じり合っていった。


 キュリアもまさか使うことになるとは思ってもいなかった、とっておきの符を取り出した。他の符よりも細かく複雑な式が描かれた符。

 それを構えて目を閉じ、『エル・ダーナ神』の姿を強くイメージする。


「『ここは〈貴方の世界〉にて御身の創り出したる世界なり 我は正統なる貴方の民 貴方の子である 我が声を聞き給え 我は御身を喚び希う 応え給え 現れ給え 我ら全てを統べる者にして偉大なる創造者〈最高神エル・ダーナ〉』!!」


 そのキュリアの『念』はディディオの今まさに融合されつつある僕達に影響を与え、うねうねと形作られているようだった。

 キュリアはその融合が完成するまで、自分の中に残るイメージと神力を全て注ぎ込むかのごとく、何度も口式を繰り返す。


「そうか、あれが『核』なのね!」

 エル・ダーナ神の意図を理解したグネヴィエラは、合成されつつある器に神が降りてきやすいよう、最高神を讃える歌を歌う。


「『おお父よ 全てを生み出した愛する父よ 私達も貴方を愛するでしょう 私達を照らす光が翳らぬ限り 永遠に私達は貴方の光の下を歩くでしょう 幸せの鐘が世界に鳴り響き 私達は貴方の愛を知り涙するでしょう』―――」


 これは最高レベルの式使いでなければ歌うことが許されないとされていた歌だ。

 しかしその効果についてははっきりと伝えられている訳ではなく、『術者の望む効果が顕れる』と言われている、神秘なる力を秘めた歌であった。

 グネヴィエラも、術が成就するまで何度も歌い続ける。


「こ、これは―――!」

 目の前に繰り広げられている光景に、キョウヤは思わず息を呑む。

 何かとんでもないことが起ころうとしている。

 ―――良いぞ! そちらに引き寄せられるのを感じるぞ! さあキョウヤ、汝も口式を唱えるのだ!

「え? えっ、あの、いえ僕は」

 急に神から自分に役割が振られて、キョウヤは慌てふためいた。

「僕は精霊使いですけど、実は何の精霊とも契約できてなくて……だから、口式なんて使えないんです。すみません……!」

 ―――何の精霊とも? あぁそうか、汝はまだエーテルの精霊と契約を交わしていないのだな。

「エーテル? 僕がエーテルの精霊とって、どういうことですか?」

 ―――分かっておらぬのか? 汝はエーテルの精霊使いであろう?


「―――!!」

 キョウヤはこれ以上ないほど驚いた。

「そ、そんなまさか。僕がエーテルの精霊使いだなんて」


 ―――神の言葉を疑うのか?

「いえ、そんな、とんでもない! ただその、僕は落ちこぼれで、精霊使いに向いてないのかなって思ってたから、いやでも、本当にエーテルの精霊使いがいるなんて」

 本当に自分が伝説のエーテルの精霊使いならすごいことだ、という驚きと嬉しさと信じられない思いとがごっちゃになってしまい、自分でも何を言っているのか分からない。

 ―――ふむ。エーテルの精霊使いなのだから、他の精霊と契約できないのは道理であろう。する意味がないからな。とにかく、我がために口式を唱えよ!

 現実に引き戻され、キョウヤはキュリア達が術を行っているのを見やった。もうすぐ術が成就するかどうかというところまできている。この儀式の成功はキョウヤにかかっているのかもしれない。

「でも、僕はエーテルの口式なんて知りません」

 ―――案ずるな。我が教えてやる。

「え? ―――っ!?」

 一瞬のうちに、キョウヤの脳内に数多の知識が降ってきたみたいだった。

 キョウヤの目は見開かれ、どこか遠くの深淵を覗き込んでいるかのようになる。

 それから数瞬の後我に返るとキュリア達の所へ駆け出し、聖杯を合成中の異獣達の中に投げ込んだのだ! 聖杯は異獣達の体と一緒に融合されてゆく。


 キョウヤは印を結び、口式を唱えた。


「『エーテルの精霊よ 契約に従い我が命を聞け 神を喚ぶ器に霊力を集めよ その意思にて動き働く力となり給え』!」


 初めて精霊使いとして口式を使ったキョウヤは、自分自身に驚いている暇もなかった。

 ディディオの僕達と聖杯の器にキュリアの召喚イメージが加わり、グネヴィエラの讃歌がそれらをまとめ上げる。

 全てが交じり合った『それ』に、エーテルの精霊達が集まりさらに七色の光を発する。

 精霊達は神エル・ダーナのエネルギーと『それ』を『再構成』してこの世界に存在たらしめるようにしているのだ。


 ―――止めよ、兄上、お……ま、さか―――に、……は……


 今までエル・ダーナ神の声の背後で邪魔するように小さく聞こえていたエムリス神の声が、だんだん途切れがちになり、とうとう聞こえなくなった。

 そしてリドリール達への音の妨害も止んだようだった。

 リドリール達がハッとしてキュリア達の姿を目の当たりにすると、もう呆然とそれを見届けるしかなかった。


 実際のところ、キュリア達にその術を成功させるには実力が足りなかっただろう。

 しかし、エル・ダーナ神自らの助けにより、その『儀式』は成就しようとしていた。

 皆の精神力と神力が尽きかけた時、二体だった異獣と聖杯は完全に同化して人の3倍はあろうかという見目麗しい人間の形になる。まだ光に包まれたその姿は、光が収まるにつれだんだんと縮んでゆき―――、最終的にはキュリアと同じくらいの背丈になったのだった。

 白銀の髪が背中まであり、瞳も薄い緑がかった銀色で、細面の顔立ちはとても整っており一見したところでは性別が判らないような気高い美しさがある。これがキュリアのイメージしたエル・ダーナ神の姿と本物のエル・ダーナのエネルギーが合わさってできた姿であった。

 年齢もキュリア達より二つ三つ上程度の若い青年で、服装もあの状況では咄嗟に精緻なイメージができなかったのか、キュリアがいつも見慣れていて分かりやすいエリドゥラ学園の制服を着ていた。


 これが神の顕現。


 ほぼ自分達と変わらぬ人間の姿でも、その内側から出る存在の神々しさに、思わずその場にいた全員が感嘆のため息を漏らした。


 リィン―――


 と、澄んだ鐘の音が一回、空に響き世界中に広がったように聞こえた。

 すぅ……とエル・ダーナが息を吸う。

「よくぞ事を成した、我が子達よ!」

 よく通る声が、形の良い唇から発せられた。

「え、エル・ダーナ神」

 呆然とキュリアがつぶやく。自分達のしたこととは言え、目の前の結果に頭が追いつかない。

 そんな彼らの反応さえも面白がるかのように少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、エル・ダーナは一同を見回した。

 その瞳がキュリア達の背後、一番呆気にとられた顔をしているキョウヤに止まる。

「おぉ、そなたがキョウヤだな? 見事エーテルの精霊使いとしてやってのけたではないか。もっと自信を持つが良い」

「あ、えぇ、はい、ありがとうございます」

 反射的にペコリとお辞儀したキョウヤはがばと体を起こすと、

「そうじゃなくて! あの、本当に僕はエーテルの精霊使いなんですか!? それに、あなたは本当にエル・ダーナ神なんですか!? リドリールさん達はこれからどうなっちゃうんでしょう!? エル・ダーナ神だとして、あなたはこれからどうするんです!?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせた。神に対して失礼だとかいう気持ちはどこかに吹っ飛んでしまっていた。

 キュリア達はその剣幕に慌ててキョウヤを押し止める。

「お、おいキョウヤ、落ち着け」

「とにかく状況を整理しようぜ。質問はそれからだ」

「一つずつよ、大丈夫、全部ちゃんとするから」

 キョウヤはようやく一人一人の顔をゆっくり見て、ぎこちなくうなずいた。

「そ、そうですね……、すみません。何か色々なことが起こりすぎて、取り乱してしまいました」

 そう言ったキョウヤはいつもの気弱で大人しいキョウヤに戻っていた。


「俺達は、失敗したんだな」

 不意に、リドリールの声がした。

 キョウヤ達が振り向くと、リドリールとその仲間達が全ての希望を剥ぎ取られたかのように疲れ切った様子で立ち尽くしていた。

「失敗ではない。元々、そなたらの儀式ではエムリスを降臨させることは叶わなかったであろう」

 咎めるでもなく、ただ事実だけを述べる口調でエル・ダーナが言った。それが彼らにとって慰めになる訳ではないことは承知している、というふうに。

「そう、だったのですか……」

「まあ元よりエムリスにも解ってなかったのであろうな。アレは我との勝負の優位にこだわるあまり、多くを望み過ぎた。此度我が降臨できたのも偶々全ての条件がそろっていたからに過ぎず、奇蹟に近い。二度目はないぞ」

 ちらりと見せた神の厳しい眼差しで、リドリールは悟った。もう二度と同じことは起こらないのだ、と。

 それはそうだろう、とリドリールにも解っていた。エムリス神と交信できたことがすでに奇蹟のようなものだし、この計画自体が、その奇蹟に頼ったものだったのだから。

 それに、どうせもう神力はなくなってしまうのだ。できようができまいが構いはしない。

 神術は自分とは関わりのない世界になってしまうのだ……。

「あの、リドリールさん達は誓約(ゲッシュ)を破って、聖杯を手に入れたんです。でもそれはエムリス神にそそのかされたからだと思うんです。結局どうなってしまうんでしょうか……? そそのかされたとしても、本当にもう神術は使えなくなってしまうんですか?」

 おずおずとキョウヤが尋ねる。

 これだけのことを企てた張本人なのだから、神術が使えなくなろうと同情する余地はない、と普通の者なら考えるだろう。だけど、キョウヤにはそこまでリドリールを責める気にはなれなかった。

 学園に入る者は誰でも多かれ少なかれ神術に対して自分の拠り所のような、生きる意味のようなものを持っているはずだ。

 それがなくなってしまったら……。

 いくら悪いことをしたリドリール達といえども、神術まで奪ってしまうのは酷なことのように思えたのだ。

 でもエル・ダーナの答は容赦がなかった。

「そうなるな。こればかりは我でもいかんともしがたい。誓約はこの世界の理であるからな。理由がどうであれ、己でも承知の上でやったのであろう? ならば潔く今回のことにけじめをつけるが良い」

 神にぴしりと言われて、リドリールも何か吹っ切れた気がした。


 自分は負けた。

 キュリアにも、アンリヘイム側の神術使いとしても。

 今はもう、あんなに燃えていたエリドゥラ学園やキュリアに対する対抗心が消えている。不思議な気持ちだった。

「そうですね。そろそろ学園の皆も眠りから覚める頃だと思いますし、学園長に全てを話します」

 リドリールは礼儀正しく神に一礼すると、他の仲間達もそれに倣って頭を下げる。

 そしてそのまま皆に背を向けて、学園校舎の方へ歩み去って行く。


「リドリール!」

 キュリアが声をかけた。

 リドリールは歩みを止めたが振り返りはしない。それでも構わず、キュリアは言葉を継いだ。

「何か困ったことがあったら、いつでも、何でも言ってくれ!」

「………」

 リドリールは何も返さず、再び歩き出したのだった。

「おそらく、あの者の嫉妬心やら対抗心やらの強い思いがエムリスの我への対抗心と呼応して、あの者が見つけたエムリスの剣の破片もあり、繋がってしまったのだろうな」

 彼らの後ろ姿を見ながら、エル・ダーナが説明する。

 つまりは色々な偶然が重なってこうなったということか。

「エル・ダーナ神よ、我々と共にエリドゥラ学園に来ていただけますか」

 キュリアが改めてお伺いを立てると、麗しき人の姿になった神は鷹揚な笑みを向けた。

「いいだろう。そなたらの学園に赴き、全て話そうではないか!」


 という訳で、聖杯奪還を命じられたキョウヤ達は、神を連れて学園に戻ったのだった―――。

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