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エーテルの精霊使い  作者: 久遠由純
聖杯の奪還
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1

 キョウヤ達は聖杯を取り戻すため、アンリヘイム学園に向かっていた。


 キョウヤはディディオの僕である、炎のように燃える翼を持つ鳥型の異獣アーリニスに乗り、キュリアはグネヴィエラと、キュリアが召喚した天翔ける勇神ポロセティに乗って大空を飛行する。

「にしてもよー、」

 とディディオが並行して飛ぶキュリア達にも聞こえるように口を開いた。

 ポロセティ神はまだ若い青年神で、耳の部分に翼の付いた兜と、くるぶし部分に翼の付いたサンダル、広げると翼のようになる大きなマントを身に着けており、その装備によって空を自在に飛ぶことができる。

 キュリアをグネヴィエラは、ポロセティが抱えるように曲げた両腕の上にそれぞれ座り運ばれているのだった。

「こっちにはトヨカがいるって向こうも分かってるはずだろ? なのにわざわざ盗みに来るなんて、全然意味分かんねーよ」

 ディディオの言葉は耳に入っているはずだが、キュリアはディディオに目も向けず、ずっと沈んだ顔をしている。まだリドリールのしたことが信じられないのだろう。

「バレてもいいと、ヤケになってるんでしょうか?」

 気まずい雰囲気を回避するように、キョウヤがディディオの後ろから言う。

「それにしたって、何が目的なのかよく分からないわ。盗んで手に入れたって力は手に入らない。なのに盗みをしたせいで神力(しんり)は確実になくなっていくのよ。リスクしかないのに」

 グネヴィエラも理解できないとばかりに首を振った。

 皆の意見を聞いていたキュリアは、キッと厳しい目つきで前を見据えた。


「きっと、犯行がすぐにバレようが神力がなくなっていこうが、リスクを冒してでも聖杯を手に入れなければという何かがあるんだろう。それは良くない目的のような気がする」


「……お前、大丈夫かよ?」

 ディディオが少し心配そうに尋ねた。

「何がだ?」

「向こうに着いたら確実に戦う事になる。お前はリドリール相手に戦えるのか?」

「……大丈夫だ。あいつが人として良くないことをするなら、俺がちゃんと止める」

 キュリアは真剣な目でディディオを見つめる。

 キュリアの覚悟はディディオにも伝わったようだ。

「―――分かった。信じてるぜ」



 眼下にアンリヘイム学園が見えてきた。

 エリドゥラ学園と同様、その地はエムリス神が兄神エル・ダーナと対立した際、エムリス神に付いた神々が集った『集いの地』であり、学園はいくつもの尖った塔が目立つ古めかしくも格調高い造りというのも同じだった。周りは広場や森に囲まれ、その先に学生寮がある。


「リドリール、奴らが来たぞ!」

 操門師(ゲートキーパー)のカルナハが、地下礼拝堂で口式を唱え続けているリドリールに報告する。

「すぐ行く」

 リドリールは口式の詠唱を止め、カルナハに答える。

 カルナハは先に地上へと戻った。

 祭壇の上の聖杯と剣の破片は、自ら弱い光を放ち、明滅していた。

 もうすぐ、神が降臨するはずだ。

 その前に邪魔者を排除しなければ。

 リドリールはあとは時間の問題だと判断し、礼拝堂を出る。

 ライバルを文字通り蹴落とすために。


 学園も寮も静かで、いつものように授業をやっているような気配がない。

「どういうことだ? 何かおかしい」

 学園から少し距離を取って旋回しつつ様子を見ていたキュリアが訝しむ。

「皆さん、あそこに人がいます。もしかしたら聖杯を盗った人達かも……」

 キョウヤが生徒が口式を実践するための練習場らしき広場に人がいるのを発見したその時。

「うわっ!?」

 急にアーリニスが棹立ちになった。

「どうした!」

 見るとポロセティの方も体勢を崩している。

「異獣だ!」

 ディディオがそれに気づいた。

 無数の小さな虫のような異獣に、アーリニスとポロセティは襲われていたのだ。

「キイィイ!!」

「これはたまらん!」

 顔の周りに集られて、二体はそれを振り払おうと暴れてしまう。

「キャアアア!」

「ちょ、ま、危ないですディディオさん!」

 グネヴィエラやキョウヤは振り落とされないようしがみつくので精一杯だ。

「火を吹け、アーリニス!」

 ディディオの命令にアーリニスは炎を吐き出すが、そうすると今度は小虫はディディオやキュリアの方を襲ってきた。穴という穴に入ろうとしたり噛み付いてきたりという小虫の攻撃は思った以上に不快だ。

「うわっ! やめろっ気持ちワリィっ!!」

「くっ!」

 キュリアの念が弱まり、ポロセティの姿が一段階薄くなる。

「マズイ! ポロセティ神、降りてください!」

「アーリニスも降下しろ!」

 二体は飛んでいられなくなり、地上に降りるしかなかった。

 ポロセティ神が消え、アーリニスが待機の姿勢でディディオの後ろに控え、キョウヤ達がやっと視線を前に移すと。


 そこに待ち構えていたのは対抗試合メンバー4人だった。


「ここから先へは行かせない」

 リドリールが言った。その声にはかつてキュリアと仲良く遊んだ頃の面影など微塵も感じられない。

 なぜそんなに変わってしまったのか。

 キュリアは彼の変わりように心を痛めながらも尋ねる。

「聖杯を返せ。お前は何をしようとしてる?」

「決まっている。お前に勝つため、エル・ダーナ人(ダナーン)に勝つために必要なことをしている」

「こんなことしたって勝てる訳がないだろ? 勝ちたきゃ死ぬほど鍛錬しろよ」

「私達に勝ちたくっても、あなた達は悪事に神術を使ったわ。やがて式を使えなくなってしまうのよ? それに何の意味があるの?」

 ディディオとグネヴィエラの言葉を聞いても、リドリール達4人は動じない。既に何か重大な覚悟を決めているような顔つきだった。

「俺らにとっては意味がある。確かに俺らは誓約(ゲッシュ)を破った。だけど、完全に式を使えなくなるまでまだ時間がある」

 カルナハが挑むように答える。

「それに、この学園はどうなってんだよ? やけに静かじゃねえか」

 ディディオが顎をしゃくって学園の建物の方を指す。

「……学園の皆、生徒も先生達も全て、私の術で眠ってもらったわ」

 練気術師グラディイスタンバーレのシャーラが真相を明かした。

「それってお前―――!」

 それはもう学園のためとかそういう大義名分など関係なく、自分達の独断でやっているということだ。

 そして、学園全体にまで自分の術の影響下におけるとは、彼女の実力もかなりのものであり、さすが対抗試合のメンバーの一人だと認めざるを得ない。少なくともグネヴィエラと同程度の力はあるはずだ。

「こうなることは予想していました。これはその準備です」

 アンリヘイム側の異獣使い(エネミーマスター)レンスも引く気はないらしい。

「聞いての通りだ。俺達は聖杯を返すつもりはない」


 リドリールのその言葉でキュリアの心は決まった。

「……俺達もこのまま手ぶらで帰る気はない。そちらがその気なら戦うしかないようだな!」

 リドリールに対する宣言、キュリアの力のこもった一言が、戦闘開始の合図となった。


 皆が一斉に散らばる。

「え? え? うわあっ!?」

 行動が遅れたキョウヤも、慌ててアーリニスの後ろに隠れるように移動した。

「や、やっぱりこうなっちゃうんじゃないかぁ~! なんでトヨカさんは僕も一緒に行けって言ったんだよお。こーなったら僕なんて何の役にも立たないのに」

 僕の陰から皆の様子をうかがいつつ、ボヤくキョウヤ。


 シャーラが素早く地面に円を描き、(ふだ)を足で踏みつける。

「『生きとし生ける物の気脈は我が手中にあらん 我は汝らの魂を縛る 我が意志は汝らの意志なり』!」

 円陣から数本の光が伸びる。

 それはキュリアとディディオ、グネヴィエラ、キョウヤの方へと向かっていった。

「「「!!」」」

 キュリア達はシャーラの術に掛かってしまい肉体を拘束されてしまう。が、キョウヤはアーリニスの陰にいたおかげか、捕まっていたアーリニスが飛び上がったのでギリギリ術から逃れた。

「え、うわっ!?」

 しかしアーリニスの急な浮上にキョウヤはビックリして手を離し、下に落ちてしまう。

「いてっ!」

「アーリニス、術者を攻撃しろ!」

 ディディオの命令が飛ぶ。体は動かせないため他の異獣を出すことはできないが、声は出せるのだ。

 アーリニスがシャーラに飛びかかろうとすると、その前にあの大量の小虫のような異獣が立ちはだかった。

「ファフード、そいつを足止めするんだ!」

 即座にレンスが命じる。無数の小虫は一塊に集まると一匹の大きな虫になった。

 蜘蛛のような毛だらけの足を持つハエのような巨大な虫に。

 アーリニスはファフードに炎を吐き、異獣同士の交戦となった。


「ど、どうしよう……!」

 キョウヤの力では皆を助けることなんてできない。尻餅をついたままオロオロするばかりだ。


「『慈悲深き女神メリー・アンよ 貴女は心 貴女は愛 貴女の情け深き涙は我らを癒し賜う―――』」

 グネヴィエラの歌声が仲間達を包む。

 真珠のようにキラキラした小さな粒が無数に降り注ぎ、歌の力とマントに付与された状態異常の耐性効果によって、束縛が解けた。

「キョウヤ、聖杯を探すんだ! 絶対この学園の敷地内にあるはずだ!」

 キュリアが叫ぶ。

 その声に我に返ったキョウヤは、ハッとしてキュリアを見た。

「行け!!」

 キュリアはリドリールに目を据えたまま、もう符を取り出し口式を唱えようとしている。

 グネヴィエラもシャーラを相手にするように、次の歌を歌い始めていた。


 もし彼らを、キョウヤの初めての仲間といってもいいキュリア達を手助けすることができるなら、聖杯を取り戻すしかない。そうすればリドリール達も諦めてくれるかもしれない。

 キョウヤは決心して立ち上がる。

「分かりました! 皆さん、どうか持ちこたえてくださいね!」

「行かせるか! 『我が声を聞き要請に応え顕れたまえ 〈復讐するヴェザー神〉』!!」

「させない! 『顕われたまえ 〈諧謔と幻惑の神ロックス〉』!!」

 駆け出すキョウヤを阻止しようとリドリールが神を召喚、キュリアもこの場で召喚できる神を召喚した。

 細身で華麗な衣装に身を包んだ男神が、荒々しく髪を振り乱し大きな戦斧を持った神と対峙する。

「神力が弱まっているとは言え、まだヴェザー神を召喚できるのか」

 キュリアは半ば感心し、半ば残念そうな声を漏らした。彼としても、リドリールの式使いとしてのレベルの高さは認めざるを得ない。

 ヴェザー神とロックス神が拳を交える。

 そのスキに、キョウヤは学園校舎の方へと走って行った。

「ならば、これならどうだ!? 『神の門は我が意によりて開かれん サルーの街へと門よ開け』!!」

 カルナハの前に幻影の門が開かれ、両腕の間に街の景色が見える。サルーはここから一番近い街だが、徒歩だと大人でも一時間以上かかる街だ。

 『門』がキョウヤを捉え、その奥へ引き寄せようとする力が働いた。

「うわっ、引っ張られる!」

 キョウヤは足を取られてつんのめった。そのままズルズルとカルナハの方へ引きずられてゆく。

「そのままサルーの街へ行って、少し休んで来い!」

「そう上手くは行かぬぞ!」

 大きな拳がカルナハの前に打ち下ろされた。地面に大穴が空く。

「っ!?」

 その衝撃でカルナハは後ろに飛ばされ、術が途切れた。『門』が閉じられ消える。

 拳を放ったのはロックス神とは違う神、〈金剛石の拳のア・ラ・ヴァータ神〉だった。凝った意匠の篭手を着けたその拳は、まさに異名の通り硬い金属でできているかのように、全ての物を打ち砕く。

 キュリアが同時に二神、召喚したのだ。

「くそっ、もう一度門を開く!」

「我をなめるな!」

 しかし式を唱える前に、ア・ラ・ヴァータ神が邪魔をする。門を開けないと攻撃手段がないカルナハにとって、こういう一対一の戦いは圧倒的に不利だった。


 『門』の引っ張りから逃れたキョウヤは、再び立ち上がり走った。もうそれを止める者はいない。


「『孤高なるウルフウッド 疾風の爪キャス 我との絆を示し出でよ』!!」

 ディディオは上空の戦いはアーリニスに任せ、自分は異獣使いのレンスに攻撃を仕掛けた。

「『暴君ドーラス 密やかなグレイヤーン 我との絆を示し出でよ』!!」

 レンスは一つ目で毛だらけの球に力強い腕が生えたような異獣と、細身の豹のような異獣を出して応戦する。

 異獣たちはお互い飛びかかり、引っかき、殴り、激しい攻防を繰り広げた。


「くそっ、この地の力を考慮して、ロックス神とア・ラ・ヴァータ神を喚ぶとは流石だな、キュリア!」

 ヴェザー神をけしかけながら、リドリールが言う。リドリールもキュリアと同じく、二神を同時に召喚することはできるはずだが、その様子からすると神力の低下のため一体の神に集中するのが精一杯のようだった。

「お前の念は薄いんじゃないのか!? 誓約を破った影響が出てきてるんだろう!」

「馬鹿にするな! お前は、いつもそうだ。いつも俺の一歩前を先に行く……!! 高貴なる神ヴェザーよ、もっと激しくロックスを打ち据えるのだ!!」

「承知である!」

 憎々しげにリドリールに応え、ヴェザー神の攻撃が激しくなる。それを受けるロックス神も中々の動きではあるが、だんだん押されてきた。

「美麗にして強大なロックス神よ、幻惑の術を!」

 キュリアが新たなる符を手にして神に請い願う。

「いいだろう。我は寛大なるゆえに、か弱き人の子の要望に応えよう」

 美丈夫の神はそれに応え、華麗な仕草で口式を唱え始めた。一緒にキュリアも同じ口式を唱えている。

召喚した神に技を使わせるのは、召喚師(サマナー)の術の中でも高度なものだ。それは対抗試合前の特訓でキュリアが磨いてきた技術だった。

「くっ、そんな術まで使えるのかっ!?」

 術が発動し、リドリール達全員は幻惑の霧に覆われる。今見えているものが得体の知れないモノに変化していく、そんな幻惑だ。


 皆対抗試合よりも死力を尽くして戦っているのだった。



 キョウヤは一人戦いから離れ、学園校舎の方へと走っていた。

 ふと、いつの間にか白く輝く小さなモノが並走しているのに気付く。

「あれ、キミは何かの精霊?」

 キョウヤが立ち止まるとその光も止まる。よく見ると白い光の層の下で七色に光っていて、とても綺麗だった。

 キョウヤは勉強は良くでき、教科書に載っている全ての精霊の描写を覚えているはずだったが、これは何の精霊だか分からなかった。それでも、『精霊』は人の想いの強さや年月によって、今知られているものだけでなく新たに見出されることもある。

 その複雑な光を宿す精霊も、そういったレアなケースの精霊だろう、とキョウヤは思った。

 七色の精霊は考えているキョウヤの周りを一周して少し先に飛んで、止まる、というのを二度ほど繰り返した。

 まるでキョウヤが後に続くのを期待しているかのように。

 こういうことは昨日の対抗試合の最中でもあった。精霊が何かを知らせたがっているのだ。

「そっちに行こうってことだね?」

 キョウヤはすぐに納得して、精霊の後に付いて行くことにした。

 アンリヘイム学園は本当に生徒達が中にいるのかと疑ってしまうほど静まり返っており、キョウヤも勝手に違う学園をうろついていることに少し罪悪感を覚えてしまう。

 精霊はそんなキョウヤの胸の内などお構いなしにふわふわと飛びながら、校舎から少し離れた所にある、小さな小屋のような建物にキョウヤを導いた。

 小屋自体は正面に扉があるだけの、何の変哲もない質素な石造りの建物だ。

 その扉を精霊はすいっと通り抜けて行く。

「この中に聖杯があるの?」

 扉は意外にも鍵はかかっておらず、あっさり開いた。

 中は地面に地下へと降りる階段口がぽかりと口を開けているだけで、他には何もない。精霊が階段の下に消えるのを見て、キョウヤもビクビクしながら後を追う。

 弧を描くように続く階段を降りて行くと、やがて明るくなっていく。いつの間にか精霊はいなくなっていた。役目を終えたと判断したらしい。

 行き着いた所は、礼拝堂らしき空間だった。

「あっ、聖杯! 見つけた!」

 蝋燭がたくさん灯された部屋の中央に祭壇があり、その上に置かれた聖杯に気づいて、キョウヤが駆け寄る。

 祭壇を中心に据えた床には複雑な口式の描かれた法円が。精霊使い(エレメンタラー)の契約の儀式を行うときに使う法円のようにも見えるが、全く見たことがないものだった。

 式の文字も全体の形も全然違うし、とても複雑で手が込んでいる。ここまでのものは書くのも大変で、何時間もかかったに違いない。

「何だろう、この式の法円は……」

 状況からして聖杯を何かの術の付等具(フラグ)に使っているらしいことは分かるが、それが一体何なのか、この術で何が起こるのかまではキョウヤには解らなかった。

 聖杯の中には剣の切っ先の欠片も入っていて、二つは自らぼんやりとした光を放って明滅している。儀式がもうすぐ成立するという兆しのようだ。

 奇妙に思いながらも聖杯に手を伸ばし、触れた瞬間―――、キョウヤの頭の中に声が響いた。


 ―――もっとだ! もっと力を捧げよ!


「え?」

 ―――リドリール、我が民の愛しき子よ!

 キョウヤにもその声は聖杯のせいだと解る。

「あなたは……、誰ですか?」

 ―――む? お前は、リドリールではないな?

 訝しげな声は、大きさの調節が効かないという感じで、頭の中で大きくなり小さくなりして響いた。 

「ち、違います。僕はキョウヤです。エリドゥラ学園の生徒です」

 ―――なんと。ではリドリールは失敗したのか? 我を召喚することを?

「召喚?」

 そこでキョウヤはハッとした。

 この床にある複雑な式の法円。そして付等具として必要とされていた聖杯。中には剣の欠片も入っているが、きっとこれも付等具なのだろう―――、こんな大掛かりなことをしてまで喚び出そうというのは。

「まさか、あなたは……!」


 ―――我はエムリス。お前達の世界を創造した神であるぞ! 今その世界に具現化できれば、兄に勝てるやも知れぬ。さあ、儀式の続きをするのだ! リドリールをここに呼べ!


「エムリス神だって!?」


 まさかそんな。

 だけどそれなら、あんなにアンリヘイム側が、リドリールが躍起になって聖杯を手に入れようとしたことも説明がつく。

 彼らは、まさにアンリヘイムの最高神、エムリスを顕現させて強引に神術的に優位に立とうとしたのだ。

 しかもこの儀式は『神のエネルギーに形を与える』という召喚師の召喚とは訳が違う。本当に神が(・・・・・)この世に降臨(・・・・・・)してしまう(・・・・・)のだ。そうなったらこの世界のバランスはどうなってしまうのだろうか?


 いけない、とキョウヤは思った。

 神には誰も対抗できない。もしエムリス神がエル・ダーナ人(ダナーン)を根絶やしにしようとか術を使えなくさせようとかしてしまったら?

 いくら神でもそんなことは許されない。

「だ、ダメです! あなたをこちらに喚ぶ訳には行きません! 聖杯は僕達の学園に返してもらいます!」

 キョウヤは聖杯をひったくるようにして祭壇から下ろし、そのまま胸に抱き抱えて儀式の間を出ようとする。祭壇から下ろされると聖杯は明滅を弱めた。

 ―――む!? 聖杯をどうする気だ? 止めよ!

 キョウヤは何度も制止しようとする頭の中の声を無視して、階段を駆け上がった。

 儀式の間への入口を隠していた小屋からも出た時、それまでキョウヤを止めようと喚いていた声とは違う、別の声が一際大きく割り込んでこう言った。


 ―――聖杯の中の剣の欠片を捨てよ!


「!?」

 さっきまでのエムリス神の声じゃない。

 それだけで、キョウヤはその声に咄嗟に従い、聖杯から奇妙に脈動し聖杯と融合しつつあった剣の切っ先を足元に捨てる。

 そうした途端、エムリス神の声が一気に遠のいたのが分かった。

「あ、あなたは、もしかして……?」

 キョウヤの恐れに慄いた質問に、新たな声は答える。


 ―――我はエル・ダーナ。


 と。

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