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エーテルの精霊使い  作者: 久遠由純
対抗試合
6/9

2

 控え室に戻ったキュリアやディディオは、勝利の興奮冷めやらぬ状態で

「よく敵の弱点を見抜いたな! 助かったよ」

「まさかお前があそこまでやるとは思ってなかった! 見直したぜ!」

 二人してキョウヤの背中をばしばし叩く。

 特にディディオは力加減が強すぎたが、キョウヤは文句を言う気はさらさらなかった。


 だって自分もとても嬉しかったから。

 皆の役に立てた。

 このことだけでも、キョウヤは試合に出て良かったと思えた。

「ちょっとあなた達、強く叩きすぎよ。大丈夫、キョウヤ? 途中異獣の下敷きになったかと思ったけど、どこか怪我はない?」

 グネヴィエラが彼らを止めて、少し心配そうにキョウヤに尋ねる。

「だ、大丈夫です、どこも怪我してませんし、皆さんの役に立てて僕も嬉しいです!」

 素直に自分の気持ちを言った。

 するとキュリアもとても満足そうな笑みでキョウヤを見つめた。 

「そうだ、俺達が協力してあの異獣を倒した。全員の勝利だ!」

「はい!!」

「最後の手段を出すまでもなかったな!」

 ディディオも得意げだ。

「え、そんなのあったんですか?」

「おぉ、まあなー。俺らだってちゃんと特訓してたんだ。イザとなったら最高難度の式を使えるようにってさ」

「ええっ、全然知りませんでした! すごい!」

「でも、まだ完全に習得できたわけじゃなくて、ギリギリ使えるか使えないかって成功率だったから、使わずにすんで良かったよ」

 キュリアがホッとしたようにキョウヤに微笑む。

「あとは結果を待つだけね」

 グネヴィエラの言葉に、皆は少し気を引き締めるのだった。



『続きましては、アンリヘイム学園代表メンバーの登場です!!』


 一旦闘技場の荒れた地面を整えてから実況の歌術師(トルパドゥール)が告げると、キョウヤ達が出て来た出入り口の真向かいにあるアーチからリドリール達選手が出て来た。

 今日何度目かの大きな歓声が上がり、先程と同じ手順で異獣が具現化されてゆく。

「いいかお前達、全力を出して戦え。勝てば何も問題はない。コソ泥のような真似をせずに済むんだ、いいな」

 リドリールが険しい顔をして、他のメンバーに念を押すように言い含めた。

 三人もいつも以上に緊張と不安の入り混じった表情で、リーダーにうなずく。

 負けるわけにはいかない。

 彼らの気迫は、単に『過去3試合連続で負け続けてきた悔しさ』以上のものを感じさせた。しかしその意味を知る者は彼ら以外にいなかった。


 異獣の姿が完全に現れる。

 今度の異獣は貝殻のような巨体に触手が何本も生えた奴だった。

『試合開始ィィ!!』

 まずは最初にリドリールがエムリス側の神を召喚した。


「あれは〈復讐するヴェザー神〉だな。リーグン神に匹敵するレベルの神だ。あいつもメンバーに選ばれるだけはある」

 キュリアが小窓から外を見つつひとりつぶやいた。

 一方の壁が闘技場に面しており、上部の小窓から闘技場の様子が見られるのだ。

「一人は俺と同じ『異獣使い(エネミーマスター)』なのは分かるが、他の二人は何の職だ?」

「あの女子生徒は『練気術師グラディインバスターレ』ね」

 女生徒がメンバーの皆に何やら術をかけるのを見て、グネヴィエラがディディオの疑問に答える。

「もう一人は『操門師(ゲートキーパー)』ですね。練気術師も操門師も、僕達エル・ダーナ側の神術使いにはあまり馴染みがありませんが、高レベルの術者にもなるとかなり手強いですよ」

 二人の後ろからのぞき見るように外を見ていたキョウヤが言った。

「なるほどな。向こうも本気の本気ってことか。だけど式使いのレベルが高ければいいってもんじゃない」

 ディディオの意見にキュリアもそう、と繋げる。

「これは実戦の戦い方が試される試合だからな」


 練気術師の女生徒が左足を軸に右足をコンパスのようにして地面に円を描いた。そして符を円の中に放り右足でダンダンッ、と二度、勢い良く踏む。すると、ぶあっと砂が舞い上がり一瞬にして複雑な式の書かれた円陣が出来上がった。

 女生徒はさらに両手の指を印の形に組み合わせて口式を唱える。

「『生きとし生ける物の気脈は我が意中にあらん 汝 我に従え』!!」

 印を組んだ手で触手貝の異獣を指すと、それに合わせるかのように円陣から一直線に光が伸び異獣に達する。すると、異獣はびくんと動きを止めた。

 練気術師は、生きているものの『気』をコントロールして、相手を動けなくさせたり相手の意思とは関係なく行動を操ることが出来る。自分の気を操作して、一時的に怪力になったりということも可能だ。

 高レベルの術者になると、術の効果も長くなるし相手の命を一瞬にして奪うこともできる。

「いいぞ!」

 触手貝が動けなくなっているうちに、異獣使いの男子生徒が自身の召喚した体中トゲだらけのトナカイのような異獣と、腕と足が4本ずつある蝶のような異獣をけしかける。

 トナカイが突進し、体当たりで貝をひっくり返そうとしたが触手貝は巨体で上手くいかない。リドリールのヴェザー神も協力して、片側が持ち上がった。

 しかし、ひっくり返す前に触手が動き始めた。蝶が触手の間を飛び回り触手の注意を引こうとする。

『巨体の貝を持ち上げようと手こずっているうちに、練気術師の効果が切れてしまったあぁ!』

 実況のセリフのせいでリドリールは余計に苛立ちを募らせ、練気術師の女生徒に叫んだ。

「行動制御したはずじゃなかったのか!?」

「体が大きくて長く持たなかった! それに耐性があったみたい!」

 触手がうねり、女生徒をなぎ倒す。

「きゃあッ!」

 女生徒は観客席の壁に叩き付けられるが、自身の術で事前に体を頑丈にしていたのでそこまでのダメージはない。

 続けて操門師の方に触手が伸びる。

 操門師は口式を口にしながら、両手の人差し指と中指で符を挟む。それから両腕の肘から手首までを胸の前でくっつけた。

「『我は門を開く者 神の御力 神の門は我が意によりて開かれん ウットルへと門よ開け』!!」

 それから腕を離していくと、符が光に溶けるように消え、両腕の間から目の前に違う景色が出現した。ちょうどドアのような形に切り取られている。

 不思議な光景に観客席から『おおおっ』という驚嘆の声が漏れる。

『おおっと、今度は操門師がここから遠く離れた、ウットルの森へと空間を繋げた!』

 実況の言っている通り、そこに現れた景色は以前彼自身が行ったことのある、国境の深い森だった。

 操門師というのは、『門』によって空間と空間を繋げることができる式使いなのである。通常は移動に時間がかかる遠い場所に、門を通って一瞬にして移動するといった使い方が主だが、こうやって使いようによっては戦闘にも使えるのである。

 レベルが低いうちは自分で行ったことのある場所にしか門は開けないが、高レベルの術者は行ったことがない場所、空の上とか海の中、死者の世界といった異界にも門を開くことができるのだった。

 触手はウットルの森の景色が見える空間の中へ引っ張られるように吸い込まれていく。

「くっ!」

 自身が門を維持できるギリギリまで吸い込んでから腕を閉じると、景色は門が閉じられたごとく消え、触手もそこでぶつりとちぎれた。

『触手を一本奪ったー!!』

「良くやった!!」


 リドリールは新たに召喚した〈破壊の戦士ホージ神〉を加わらせ、貝をひっくり返すことに成功。そこからいくらか時間はかかったが、貝を開かせ、中の心臓を壊して勝利したのだった。



 判定は、神術協会のメンバー10人(エル・ダーナ側5人、エムリス側5人)と試合後に無作為に選ばれた観客11人―――選ばれた観客にとってはちょっとした自慢になり、それもこのイベントの魅力になっている―――の投票によって決まる。

 その判定にしばらく時間がかかるため、しばしの休憩となり約30分後。


『両学園の戦いが終わり、どちらの戦いがより優秀だったのか、結果発表いたします!!』

 休憩中は用を足しに行ったり飲み物や軽食を買いに行ったりと席を空けていた者達が戻り、再び満席状態の闘技場に実況歌術師の声が響き渡った。

 キュリア達エリドゥラ学園のメンバーとリドリール達アンリヘイム学園のメンバーは、それぞれ並んで闘技場の真ん中に、学園長達の方を向いて立っている。

 客席の全員も、結果を聞き逃すまいと誰一人声を発することなく耳を傾けていた。


『今回の優勝は! エリドゥラ学園!! これで4試合連続の勝利です!!』


 わああああーーーーっ!!!


 一斉に会場から歓声が上がった。まるで闘技場そのものから発せられているかのように闘技場全体が震えるほどの、ものすごい歓声だった。

 その中にはもちろん、キョウヤ達の喜びの声も混じっている。

「やったな!!」

「さすが俺らだぜ!!」

「私達皆の勝利ね!!」

「すごい……すごい嬉しいです!」

 ディディオはまたキョウヤの背中をバシバシ叩き、キュリアの肩に手を回し、キュリアも片方にディディオ、もう一方はグネヴィエラに手を回し、グネヴィエラはキョウヤの手を取って、皆で輪になって喜びを分かちあった。

 エリドゥラ学園の学園長も満足そうな表情で席上から自分の生徒達を見下ろし、控えめに手を叩き健闘を讃えた。

『それでは、聖杯の授与です!』

 神術使い協会会長からエリドゥラ学園長に、恭しく聖杯が渡される。

 学園長は高々と聖杯を差し上げ観客たちに示すと、再び割れんばかりの拍手と歓声が上がった。


 こうして4年に一度開かれる神術学園の対抗試合は幕を閉じたのだったが―――、唯一、アンリヘイム学園のリドリール=ガシュワイだけは、結果発表後からずっと険しい顔のまま閉幕を迎えたのだった……。


「ご、ごめんなさい、リドリール……。私達が手こずったせいで……」

 練気術師のシャーラがリドリールの顔色をうかがうように言った。

「………」

 リドリールは厳しい目つきで前を見たまま、何も返さない。

「俺達も精一杯やったんだけど……」

 操門師のカルナハと異獣使いのレンスも、気まずい空気にうなだれる。

 シャーラ達は、試合に負けたことよりリドリールに叱責されることの方が怖いと思っているようだった。

 リドリールが不意に彼らに向き直ると、三人はビクッと体を硬直させる。

 しかしリドリールから発せられたのは彼らを責める言葉ではなかった。

「もう終わってしまったことは仕方がない。協会のメンバーや観客達に俺達―――いや、お前達が奴らより至らなかったと思われたのは今更どうしようもない。これから、どうするかだ」

 一人ひとりの目を、確認するようにじっと見ていくリドリール。

「計画を実行するしかない。お前らにその覚悟はあるか? 今度こそ失敗はできない」

 今まで以上にリドリールの目は真剣だった。

「……俺はやるよ。リドリールの計画に乗る」

 同じくらい真剣な眼差しをリドリールに返し、カルナハがきっぱりと言った。

「わ、私もやる」

「俺も迷いはないです」

 シャーラとレンスも、覚悟を決めたようにうなずく。

 彼らの決意を認めたリドリールは、

「分かった。今夜決行だ」

 低い声で宣言した。



 試合からキョウヤ達が戻ると、講堂にパーティの用意が出来ていた。

 生徒達はもちろん、教師達もいい気分でキュリア達試合メンバーを讃えた。試合前はあんなにキョウヤに対して不信感を抱いていた生徒達も、結果が良ければ全て良しとばかりに、大っぴらにではないがキョウヤに『良くやったな』と声をかけたり。

 ケミーは涙を浮かべて喜んでいたし、ジャルジュ先生も褒めてくれた。クラスメイトも親しげにキョウヤに話しかけてきたりして、キョウヤは今日が学園に入ってから一番嬉しい日だ、と思ったりした。

 多少のおふざけも見逃され、寮の門限も一時間伸びて、その日は皆が楽しい気分のまま宴会もお開きになったのだった。

 講堂からそれぞれの私室に引き取る際、学園長は他の教師が見守る中、聖杯を学園玄関ホールの正面の台に設置してから、部屋に戻って行った。


 そして、翌朝事が発覚する。


 玄関ホールにあるはずの、対抗試合勝利の証でもある聖杯がなくなっていたのである。

 最初に気付いたのは早朝見回りの教師だった。確かに昨晩台の上に学園長が置くのを見た彼は、学園長に報告しに行くと、実は盗まれたのではないかということが発覚した。

 生徒達が登校する前だったのがまだ幸いだった。

 本来なら試合後一週間、栄誉を称えるために聖杯は飾られておくはずだったのに、と不思議がる生徒もいたが、学園長直筆で『諸事情により展示は延期』と書かれた張り紙があるのだから仕方がない。

 そして再び、対抗試合メンバーが学園長室に呼ばれたのだった。

 もちろん、キョウヤもである。


 学園長室には試合メンバーの他には当の学園長と、トヨカしかいなかった。

 教師達はこのことを生徒に知られないよう、普段通りの行動をしているのだ。

「実は、聖杯が盗まれたようなのだ」

 重々しく学園長が口を開いた。が、

「ええっ!?」

 と驚いたのはキョウヤ一人で、キュリアやグネヴィエラ、ディディオはほとんど驚いておらず、『やっぱりな』という顔つきだった。

「諸事情で展示が延期なんて、おかしいと思ったんだよ」

 ディディオが言う。

「で、でも盗むって誰が? この学園の生徒のはずないし、普通の人が学園に入ったら分かるんでしょう?」

 一人慌てているキョウヤが皆の顔を見回しながら尋ねる。

 自分達が頑張って戦い手に入れた聖杯を盗む誰かがいるなんて。キョウヤは信じられない思いだった。

「ま、盗んだところで宝石や芸術品みたいな価値はないしな」

 めんどくさそうに答えるディディオの言葉は、神術使いなら誰でも知っていることだ。


 聖杯は歴史的価値はあるが、古いというだけの、見た目も材料も、本当にただの何の変哲もない杯なのだ。売ったとしても金銭的価値はない。

 その価値は神術を使う式使いにしか分からない。しかも、それは持ち主に強大な力を与えるとかいうものですらなく、単に彼らにとっての栄誉といった、気持ちに依るところが大きいのである。

 聖杯の役割は『象徴』だ。

 神術というものが神話の時代から受け継がれ磨かれてきた。そうして神々の戦いに倣い試合をして、勝った方が神の『恩恵』を受けるという、精神的な象徴。

 それもただ持っていればいいというのではない。ましてや盗んで不当に所持したところで、何の意味もないのだ。『試合に勝つ』ということが条件、それ以外に恩恵を受ける方法はない。


 学園長がうなずきながら、静かに告げる。

「それは分かっている。だが、式使いなら、聖杯は盗ろうと思えば盗れた」

 聖杯は普通に台座の上のガラスケースの中に安置されていただけ。

 これまで聖杯を盗もうと思う輩は皆無だったし、盗むほどの価値はないと誰もが思っていたから、今までも昨晩も、防犯措置などは取られていなかった。

 ただ、この神術学園の周囲には部外者の侵入を知らせる線叉(センサー)が張ってあり、普通の人間が許可なく通ろうとすれば術者に必ずバレる。

 この線叉を張ったのは外ならぬ学園長だ。『祈祷師(シャーマン)』として実力者でもある学園長が、無断で線叉を突破する存在に気付かないはずがない。

 しかし、それが式使いだったなら別だ。

 式使いなら線叉を無効にする方法はいくつかある。気付かれずに侵入することは不可能ではないだろう。

 だが、盗みなどということに神術を使えば、『悪事に神術を使ってはいけない』という『誓約(ゲッシュ)』が働き、神術が使えなくなってしまうのだ。それは神術を使う者であれば決して逃れることはできない制約でもある。そんなことをわざわざしようとする式使いはいないはずだった。


 はずだったが。


「……やはり、盗んだのはリドリール達、アンリヘイム学園の生徒ですか?」

 そう尋ねたキュリアは、どこか悲しげな表情だ。

 キュリアはこのエリドゥラ学園に入ってからやたらとリドリールに目の敵にされてきたが、彼自身はそこまでリドリールのことを嫌いにはなれていなかった。

 幼い頃は仲の良かったリドリールが、まさか盗みをするような人間になってしまっただなんて思いたくない。

 その質問に答えたのは、学園長ではなくトヨカだ。

「ええ。リドリール達、アンリヘイム学園の対抗試合メンバーで間違いない」

 遠視師(ファーシーア)であるトヨカが、生徒達が登校する前に密かに呼び出され、学園の玄関ホールで何があったのかを『視た』のだった。

「練気術師が彼らの気配を極限まで薄め、異獣使いが線叉を中和させる異獣を使って線叉に穴を開けて通ったみたい。そして召喚師(サマナー)が盗みの神を召喚し扉の鍵を開け、堂々と中に入って聖杯を盗み、操門師が門を開いて彼らの学園へ戻った」

「どうしてそんなことを……」

「そうよ、対抗試合の決着がついて、結果は正式なものとして認定されたわ。それなのに聖杯を自分の側に持って行ったって、恩恵は受けられないでしょ?」

 グネヴィエラが皆の疑問を代表するように口にする。

「それは、彼らに聞いてみなければ分からない。どういう理由があったにせよ、彼らが盗んだというのは事実」

 学園長が厳しい顔つきでキョウヤ達4人を見た。

「このままにしておくわけにはいかない。君達で、聖杯を取り戻して来てくれ」

「えええーーっ!?」

 校長の発言に、また驚いたのはキョウヤ一人だけだった。

「ぼっ、僕もですか!? 今度こそ僕は必要ないでしょう!?」

 対抗試合は百歩譲って、自分にも何か役割があったから選ばれてしまったのだと思えないこともない。

 だが今度のは絶対に違う。

 こうなってしまったら本気の戦いに発展するに違いない。戦えないキョウヤは完全にお荷物、むしろ邪魔以外の何者でもないのだ。付いていく理由が解らない!

「いいえ」

 きっぱりと、トヨカは言った。

 閉じた目で真っ直ぐにキョウヤを見つめている。

「あなたは聖杯と運命が結びついている。その先はアンリヘイム学園にあるわ。そこであなたはとても重要な役割を果たすでしょう」

 相変わらず謎めいた言葉だったが、反論をする者は学園長を含め誰もいなかった。


 かくして、キョウヤは聖杯をエリドゥラ学園に取り戻すため、キュリア、ディディオ、グネヴィエラと共に出発させられたのだった。



 その頃、アンリヘイム学園の地下では。

 エリドゥラ学園から盗んできた聖杯を祭壇に掲げ、リドリールが一心不乱に召喚の口式を唱えていた。

 そこは天井が高い空間で、礼拝堂のような造りだった。

 何本ものロウソクで明々と照らされた部屋の中央に聖杯と欠けた剣先を置いた祭壇があり、その周囲の床には複雑な召喚の式が描かれている。召喚師が神を召喚する時に使う符の式だ。

 ではその式はどの神を召喚する口式かというと、


 エムリス神である。


 エル・ダーナ神の弟神とされ、神話の時代には兄弟で戦ったという、アンリヘイム学園の神術の祖でもある、神エムリス。

 最初は、ここに『精霊使い(エレメンタラー)』専用の儀式の間を新たに作る予定だったのだが、生徒会長としてリドリールが造設途中の様子を見に行った時である。

 2ヶ月ほど前のことだった。

 壁を掘っていたら折れた剣の切っ先みたいなものが発見されたというのだ。

 作業人から手渡されたそれは、手のひら大の確かに折れた剣の先だった。そして随分と古い割に、まだ鋭さを保っている。

 その時、声が聞こえたのだ。


 ―――我に応えよ。


 その声はリドリール以外の誰にも聞こえてはいなかったが、リドリールはその声が剣から聞こえてくるのだと確信した。

 そして、声は今作っている地下室でなければ聞こえない。

 剣先を携え何度も地下室に通い、リドリールはその声がエムリス神の声だと知った。つまりこの剣先は聖遺物で、おそらくエムリス神が使っていた剣の物。

 ゆえに、まだ神の力が残っており、縁の深いこの場所で交信ができるのだ。


 エムリス神は自分を召喚しろと言う。そうすればエル・ダーナ神に勝利できると。

 なんと、神々は本当に今でも戦っているらしい!


 リドリールの体は打ち震えた。

 この召喚は召喚師が土地に残っている神の力に姿をあてがうという『術』ではない。本当に(●●●)神をこの世に具現化させることなのだ。

 リドリールはその神の願いを叶えることこそが、自分の使命だと思うようになった。神がこの世に顕現すれば、キュリアにも勝てるはず。

 そうして独断で儀式の間を礼拝堂に作り替えさせ、自分以外の人間を入れないようにした。

 神は自分の召喚に付等具(フラグ)として聖杯が必要だと言った。

 だから対抗試合で勝てれば一番良かった。だが結果は知っての通り。

 残された手段は盗むしかない。

 エリドゥラ学園には過去も未来も見透かせる『霊視師』がいること、それによって自分達の犯行だと簡単にバレてしまうだろうことはリドリールも重々承知していた。

 解っていながら決行した。

 バレても構わない。もはやそんなことを問題にする段階は過ぎてしまった。

 もう賽は投げられたのだ。

 この計画を知っているのは対抗試合メンバーの4人だけ。聖杯を盗むのにわざわざ全員で行ったのも、全員共犯者だという意識を持たせるためだ。

 『盗み』というタブーに神術を使ってしまった今、リドリール達の神力(しんり)は徐々に衰えていく。しかし、完全に式が使えなくなるまでにはまだ時間がある。

 その間にエムリス神を召喚することができれば、聖杯のささやかな恩恵よりも確実な恩恵がエムリス人(エムリスト)にもたらされるだろう。

 『誓約』による神力の低下など無効になるに違いない。


 リドリールは繰り返し繰り返し、エムリス神を喚び出すための口式を唱え続ける。


 あと少し。

 もう少しの時間があれば。

 気づいた奴らが聖杯を取り戻しに来た時には、すでに手遅れになっているだろう。

 リドリールの口元が酷薄に歪んだ。



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