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エーテルの精霊使い  作者: 久遠由純
対抗試合
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 闘技場は朝から人が大勢集まっており、人々の興奮で包まれていた。

 ここは神話の時代にエル・ダーナ神側の神々とエムリス神側の神々達が戦いを繰り広げたというまさにその中心地。今その神術を受け継ぐ式使い達が戦いを繰り広げるにふさわしい場所だった。


 しかし普通の人々にはそんなことなどたいして関心も関係もない。

 なにせ四年に一度の大娯楽だ。これを楽しみにはるばる遠い国から旅をしてきた人も少なくなかった。

 闘技場の周辺には簡易の天幕やテントがいくつも張られ、王族や貴族達が乗って来た馬車を停車させておく場所を作っていた。その馬の世話をして金を貰う者や、付いては来たが闘技場の中には入れない荷物番の御者や使用人に物を売る商人が天幕の間を回る。その他大勢の一般人の中では、エリドゥラ学園とアンリヘイム学園のどちらが勝つか賭けが行われていて、元締めが『今のところエリドゥラ学園が人気だ! しかし情報によると今年のエリドゥラメンバーの一人の実力が怪しいらしい! アンリヘイムの方が優勢かもしれないぞ!? さあアンリヘイムに賭ける者はいないかー!?』などと声を張り上げたりしていた。


 その賑わいは人気のなかった昨日までとは打って変わって、一夜にして小さな町が出来上がったみたいだった。


 だが、見たい人がいくら大勢いても、闘技場に入れる人の数は限られている。入るには入場券が必要なのだ。

 入場券は試合の二ヶ月ほど前に闘技場前で売り出すのだが、長蛇の列ができ数時間で完売したと言う。しかも列に並んだにも関わらず買えなかった人が何百人もおり、その後入場券は高値で売り買いされるというのが通例だった。


 闘技場は学園ができたのと同時代に作られた物で、建設から千年以上経っている。石造りで外側は高い壁となっており中は見えない。古くはあるが、柱の彫刻などは立派で少しも壊れていなかった。闘技場の管理を任されている石の精霊使いが、定期的に石の風化を妨げ結合を強化する式を施しているらしい。

 いくつもあるアーチ型の入口では、入場券が偽造でないか、二人ペアになった式使いが厳しくチェックしていた。

 5万人程度入れる観客席は、試合開始2時間前にもなるとすでに埋まったようだった。それなのにまだ入口前でたくさんの人が帰らず、係の者が誘導するのを期待の目で見ているのは、『立ち見席』があるからだ。

 立ち見席に入場券はいらず、その場で入場券の半額分の金を払えば入れてもらえるのだ。それにも人数の限度はあるが、入場券を買えなかった人の最後の手段だ。

 ただ、実際に試合が行われる中央の広場から遠い一番後ろでずっと立っていなければならず、観客席と違い入れるだけ押し込まれるので他人と密着し窮屈極まりない。しかし、それさえ我慢できれば『自分は世界中で一番有名な式使い学園生徒の対抗試合を見に行って来た』と自慢できるのだ。

 立ち見用入口にいる二人の式使いに、観客席の方から来た式使いが耳打ちをした。

 入口前で見守っている人達の目が、耳が、彼らの全てを見逃すまいとしているように息を詰める。

 小さく頷いた紺色のマントの式使いが彼らに向かって言った。

「今から立ち見席の誘導を行います! 入りたい人はこの前に並んでください! 料金は三千ドラニーです!」

 告げられた途端、わっと式使いの周りに人が集まった。


 闘技場の中は中央に円形の広場があり、一番広場に近い席は各国の王やそれに代わる代表者達の貴賓席となっていた。そこは席の幅も広く他より優雅な作りで、王や貴族達はより快適に観戦するため、クッションや菓子やワインなどを持ち込む。

 観客席は階段状になっており、一般人になるほど段々と上へと上がって隣同士や前後の幅も狭くなってゆく。そして列の一番後ろの通路には、立ち見客がぎっしりと詰まって少しでも自分の場所を広く確保しようと押し合いへし合いしていた。

 それでも、客達は王族だろうと農民だろうと変わりなく、これから始まろうとしている神術学園対抗試合に胸を踊らせているのだった。


 あと30分もすれば試合が始まるという頃、控え室ではキョウヤが緊張のあまり顔色を悪くしていた。

「おいキョウヤ、大丈夫かよ?」

 ディディオが声をかける。

「全然大丈夫じゃありません……。皆さんは平気なんですか?」

 吐き気を堪えながらキョウヤは上級生達を見た。

 が、キュリアやグネヴィエラは生徒の代表という立場柄、人前に立つことに慣れている。それゆえ緊張とは無縁のようだった。この試合に出られることを名誉と思っているため、緊張どころかどこか誇らしそうですらある。

「まあ、俺達はこれを目標に日々やってきたってところもあるからな。エリドゥラ学園の代表として恥ずかしくない戦いをしないとっていう思いしかないよ」

 キュリアは爽やかに微笑した。

 学園の生徒代表として、完璧な答だ。

 今日は世界中の人々もそうだが、学園の教師達や学園を卒業していった式使いとしての先輩達も数多く見ているのだ。エリドゥラ学園の代表として、無様な戦いは見せられない。

「そうね。私も自分の実力を発揮して、学園を勝利に導ければと思っているわ」

 グネヴィエラの精神状態も完璧だ。少しも気負ったところがなく、一旦震えだしたらそのまま痙攣して心臓が勝手に飛び出してしまうのではないかというキョウヤとは全く違う。

 そんなキョウヤの背中を、強めにバシンと叩くディディオ。その勢いで何かが口から出そうになり、慌ててキョウヤは両手で押さえる。

「落ち着けよ――っても無理かもしれねーが。もっと気楽にしろって!」

 ディディオも、むしろ試合に出ることを楽しみにしているかのように少し興奮しているようだった。

「大丈夫だ、誰もお前には期待してねえ!」

 ディディオはいきなり宣言した。

 てっきり『囮として敵に突っ込んで行くくらいの勇気を見せろ』的な叱咤をされるのかと思っていたキョウヤは、驚きのあまり吐き気を忘れてディディオをまじまじと見てしまう。

「お前は俺達を信用してないのか?」

「そ、そんなことありません!」

「なら大丈夫だ、俺達が付いてる」

 にやりと強気にディディオが笑った。

「そうよ、危なくなったら私達が守るから、あなたは自分の出来ることに集中して」

 グネヴィエラもキョウヤを元気づけるように彼の手をきゅっと握る。

「キミは無理して前に出なくていい。むしろ目立たないように立ち回り、敵を観察するんだ。そしてあらゆる角度から分析して、弱点を探り出す。いいな」

 キュリアがキョウヤの目を正面から真っ直ぐ見て確認する。

 それが精霊使いとして神術を使えないキョウヤに与えられた作戦だった。

「キミの術には期待できなくても、キミの知識には期待している。ちゃんと役割を果たしてくれると信じてるぞ、キョウヤ」

「……わ、分かってます。僕、頑張ります」

 キョウヤは拳を握り締め、きっぱりと言う。

 そうだ、ここで怖気づいてはいけないんだ。

 結局何も習得できなかったキョウヤを責めず、作戦にも加えてくれたキュリア達は他のクラスメイト達とは違う。彼らの厚意に少しでも応えたい。

 精霊使いとして何もできなくても、彼らの気持ちを無駄にしたくないという思いがキョウヤの中に湧き起ったのだ。

「やるぞお前ら!」

「「おーっ!」」

 ディディオが気合いの声を発し、皆拳を突き上げた。


 時間になると観客は誰ともなくしゃべるのを止め、静寂が張り詰める。

 貴賓席より一段高い席の正面の位置には両学園長が座っており、二人の間の頭上には勝った学園に与えられる聖杯が掲げられていた。

 聖杯は大人が両手で包むより若干大きめで、金と銀を混ぜたような色合いの、特に凝った装飾もない普通の杯に見える。実際宝飾品としての価値はなく、歴史的価値しかない。しかしその聖杯は神術使いにとって神の存在と力の象徴のようなものだった。

 今日は普段より豪奢な衣服に見事な仕立てのマントと帽子を身に着けた二人の学園長が、チラとお互い目配せをして同時に立ち上がる。

 そして開戦宣言をした。


「「これより、エリドゥラ学園、アンリヘイム学園の対抗試合を始めます!」」


 二人の声は歌術師(トルバドゥール)の術により闘技場全体に響き渡り、わっと歓声が上がった。

『まずは先行にて戦うエリドゥラ学園の代表メンバーの登場です!!』

 学園長達の下段には実況する歌術師がいて、自分の声を大きくし遠くまで届かせるラッパ状の特殊な道具を使いながら、選手の入場を促す。

「いよいよ出番だ!」

 ディディオが意気揚々と言って、颯爽と進み出した。

 広場へと出る通路に待機していたキョウヤ達は、とうとう戦いの舞台に足を踏み入れる。

 ものすごい歓声が彼らを包んだ。

 控え室や通路は薄暗かったので、広場の明るさに思わず目を細めるキョウヤ。ゆっくり目を開けて、この歓声の大きさと人の多さに圧倒された。こんなに人がいるのを実際に見るのは初めてだ。自分の足音も歓声にかき消されてしまい全然聞こえない。

 彼らが全員キョウヤ達を見ているのだと思うと、また緊張が高まってくる。

「大丈夫よ。周りなんて気にしないで」

 キョウヤの後ろにグネヴィエラが立って、キョウヤの肩をぐっと支えてくれた。

 見るとキュリアもディディオも堂々としていて、女性の声援に手を振ったりしている。

 流石だなあ、なんてキョウヤは思ってしまった。

「ま、すぐに目の前のことで手一杯、観客のことなんて気にならなくなるさ」

 キュリアも意味ありげに言って、ふっと真面目な顔になった。

「だな。気を抜くなよ」

 サービスの時間は終わりだとばかりに、ディディオも表情を引き締める。


 とうとう戦いが始まるのだ。


 彼らが広場の中央まで来て立ち止まると、観客の声も次第に収まってゆき静かになった。

『今回君達と戦ってもらう異獣はこれだ!』

 実況の歌術師がアンリヘイム学園の学園長にばっと手を差し上げると、アンリヘイム学園長はエリドゥラの学園長との間にある水晶球に神力(しんり)を注ぎ込んだ。すると広場のキョウヤ達の目の前の空間に異変が起こった。別次元から少しずつ体を転移させられているかのように、異獣の体が足元から徐々に現れ、構築されてゆく。

 それがこの闘技場の特殊な機能だった。

 今までこの闘技場で戦った異獣や人物をそのまま再生できるのだ。しかも、外見や能力を組み替えて設定し別の異獣を作り出したりすることもできる。しかしそれはこの闘技場内だけで、闘技場から出てしまえば消えてしまう存在だが、ここで戦うという役割には充分適していた。

 毎回の対抗試合はこうして、学園長同士がお互いの式使い達と戦わせる異獣の設定を決めるのが習わしだった。もちろん不公平のないように学園長同士はその相手となる異獣の強さがどちらも同じくらいだと確認し納得済みである。

 そして両学園の生徒が戦い終えた後、どちらがより式を有効に使い異獣に苦戦せず勝ったか、審査を担当する式使い達が判断するのだ。


 そんな訳で今キョウヤ達の前に現れたのは―――、獣型の異獣だった。

 太い丸太のような体に、馬の足がムカデみたいに何本も生えている。横長の体の上には、筋骨隆々の人に近い猿の上半身が載っていた。当然普通のサイズではない。足の生えた胴体だけでもキュリアの背丈より高く、横はその三倍はありそうなほど長い。その両側にある馬の足の太さも普通の馬の二倍はあるだろう。そんな足に踏みつけられたら大怪我は間違いない。

 猿の上半身だって妙な下半身と同じく巨大で、力が強そうだ。殴られたりしたら無事では済まない。

 ごくり、とキョウヤは唾を飲み込む。

「倒しがいありそうじゃねーか、おい」

 不敵な笑みを浮かべてディディオが言った。

 完全に姿が現れると、異獣は凶暴さをアピールするかのように吠えた。空気がビリビリと震え、観客席の客達もその異獣の姿に恐怖する。


『準備はいいか!? ―――始め!!』


 実況歌術師の合図が響いた途端、異獣がキョウヤ達の方に突進してきた。

「逃げろっ!」

「うわあぁ!!」

 咄嗟に四人は散らばって、突進を避ける。

 異獣は勢いを緩めることなく観客席まで突っ込んだ。

「キャアアア!!」

 当然観客に被害が及ばないよう祈祷師(シャーマン)が強力な結界を張ってあるので、客に怪我人が出たり客席が破壊されたりといったことはないのだが、異獣がぶつかった衝撃で客席が揺れた。

『おおっと、早速の異獣の突進だァ!!』

 試合を煽り立てるように実況が叫ぶ。

 こういった異獣や神術の凄さを直に体験できるスリルも、この対抗試合が人気の理由の一つである。

 結界がなかったら客席には大穴が空いていただろう。

「皆大丈夫か!? キョウヤ!?」

 キュリアが確認すると、キョウヤが異獣の側面で尻餅を付いているのが見えた。

「は、はい大丈夫です! 皆さんは僕に構わず戦ってください!」

 今ので戦意を喪失したかもしれないとキュリアは半ば心配していたが、彼の目はそこまで怯えてはいない。むしろ勇気を出して自分のやるべきことをやり遂げようとしているように見える。

 キョウヤは完全に落ちこぼれてはいないのだ。ただ式使いとして結果が出せず、八方塞がりになって自分に自信が持てなくなっただけだ。彼の心の奥底には、秘めた勇気や芯の強さがある。

 キョウヤの目に満足したキュリアは、彼にうなずいて他の二人に声をかけた。

「二人共、あの足に気を付けろ!」

「分かってるよ!」

「皆の肉体を強化するわ!」

 そして異獣が方向転換に時間がかかっているスキに、三人同時に口式を唱えた。


「『偉大なる父 貴方の御手は 私達に強さと祝福を与えた』―――」


「『我が名はディディオ=エルロウ 炎の翼のアーリニス、我との絆を示し出でよ』!!」


「『ここは〈決戦の地〉にて御身のおわす場所なり 我は正統なる者にして御身を喚ぶ者 我が声を聞き要請に応え顕れたまえ 〈戦と力の神リーグン〉』!!」


 キョウヤ達の肉体が強化され、ディディオの僕アーリニスが現れ、巨神が召喚された。

 ディディオが赤い鳥に飛び乗り、猿異獣の上に飛び上がる。

「アーリニス、あいつの顔に火をかけてやれ!」

 アーリニスが旋回しながら、こちらを見上げている猿の顔に炎を吐きかける。

異獣使い(エネミーマスター)の炎攻撃! これは熱そうだァ! 猿も身悶えているゥ!』

 実況の通り、熱さのあまりジタバタ腕を振り回しているのかと思ったら、そうではなかった。猿は激しく腕を振り回して炎を消していたのだ。

「こいつ、ほとんど効いてねぇ!」

 猿はニヤリと凶悪に笑う。その顔や体は、毛が多少焦げた程度にしか影響がなかった。

『なんと、猿はあの炎でもほぼ無傷!』

「リーグン神よ、あの異獣の足を切ってください!」

「承知」

 キュリアが召喚した神に指示すると、リーグンはスラリと剣を抜いて異獣に駆ける。異獣の大きさはリーグンにも引けを取らない。

「ぬおおお!」

『お次は召喚師(サマナー)の攻撃! あのたくさんの馬足を切るつもりか!』

 異獣は戦と力の神を迎え撃とうと、胴体を持ち上げその何本もの足で襲いかかろうとする。

 リーグンは怯まず剣を思い切り横薙ぎにした。

 馬足が四本、斬り飛ばされる。

 地面に着くべき足を失い、胴体の前部が前に傾いた。

「よし、他の足も切って動きを抑えれば……!」

 と言ったところでキュリアの言葉が止まった。

『ああっと、切ったと思われた足が生えてくる!!』

 いかにも実況の説明は的確で、馬足は切られた部分から肉が盛り上がりみるみるうちに再生したのだ。

 そのおぞましい光景に会場がざわめいた。

「足切ってもダメなのかよ!」

 悔しそうにディディオが叫ぶ。

 足が生え揃った途端、異獣はまた突進してリーグンを跳ね飛ばした。

「リーグン神!」

 リーグンは地面に倒れたものの、何事もなかったかのように起き上がる。召喚された神は痛みなどは感じないのだ。

 一体ではこの異獣を止めるには力が足りないらしい。

「動きを遅くしてみる!」

 グネヴィエラが神を讃える歌を歌う。


「『御身の光は邪悪なるものを縛る それは正義の光』―――」


 ひとときの間、グネヴィエラの歌声に会場内が魅了される。

 歌が効き、異獣の動きは緩慢になった。 

『これは美しい歌声です! 歌術師の歌が異獣の動きを遅くした! これで生徒達は有利になったか!?』

「一体で駄目ならもっと出すまで!」

 ディディオは腰に着けた管を三本いっぺんに引き抜き、目の前に構え持つ。

「『我が名はディディオ=エルロウ 孤高なるウルフウッド 疾風の爪キャス 硬き鱗のロッソ 我との絆を示し出でよ』!!」

 口式を唱えるディディオを乗せたアーリニスに猿の腕が伸びるが、忠実なアーリニスはひらりとその腕をかわし旋回、ディディオは管を回し僕を出現させた。

 闘技場に三体が降り立つ。

 狼のような頭部と胴体に獅子のような手足のウルフウッド、全体的に虎縞の耳の大きい猫のような姿のキャスは、二足歩行でその下半身は兎っぽい。狐のような二本の尻尾があり、両腕の先の爪は細身の剣のように長く伸びていた。ロッソは一角の生えたワニのような頭を持ち、首から下は熊のような体つきだったが全身鱗に覆われている。

『異獣使い、さらに三体の異獣を追加だァ! 並みの異獣使いなら三体以上の異獣を扱うのはかなり難しいとされているが、流石にエリドゥラの精鋭といったところか!』

「ロッソ!」

 ディディオは口式の書かれた符を取り出して、ロッソに投げつけた。

 ロッソがばくりとその符を咥えると、符に書かれた文字がロッソの体内に染み込むように消え、符自体も一瞬燃えたかのようになって消える。ロッソは他の二体よりいささか知能が劣るので、符で命令を聞くように縛らなくてはならないのだ。

 三体が猿の異獣を取り囲んだ。


 ほぼ同時に、キュリアももう一体の神を召喚する口式を唱えていた。

「『ここは〈決戦の地〉にて御身のおわす場所なり 我は正統なる者にして御身を喚ぶ者 我が声を聞き要請に応え顕れたまえ 〈勇気の神ガリオン〉』!!」

 キュリアの召喚の符が燃えると、銀色に輝く鎧と虹色に光るマントを身に着け、槍を携えたたくましい男神が顕現した。

『ガリオン神はリーグン神よりややレベルは落ちますが、高位のリーグン神を保ったまま二柱の神を召喚! しかもこのディディール! この召喚師もかなりの使い手と言えるでしょう!!』

 実況の感心した声が入る。

「おお、そこにいるのはリーグンではないか! ここは戦場か? ならば我らで勝利をもたらそう!」

「そなたがいるのなら心強いぞガリオン!」

 二人の神はかつての時のように、お互い肩を並べて馬足の異獣に向いた。

「気高きリーグン神に雄々しきガリオン神よ、あの異獣の動きを押さえてください!」

 キュリアが要求を述べると、

「しかと承知!」

「か弱き民草よ、その要請を受けよう!」

 神々は異獣に向かっていった。


「皆頑張って!」

 グネヴィエラがさらに全員の気持ちを鼓舞し攻撃力を上げる歌を歌う。

 彼女が歌うと、今まで歓声を上げたり興奮の声を上げている会場が一時静まる。まるで歌を邪魔してはいけないとでもいうように。

『彼女の歌声も素晴らしい! 結界でこちらには効果がないはずなのに、思わず聞き入ってしまうほど!』

 実況がキュリア達の優秀さを伝えているが、試合のメンバーはもう一人いる。

 最後のメンバーキョウヤはと言えば、戦いに巻き込まれないようにするのが精一杯だった。

 キュリアの喚んだ二人の神々が異獣の足をまとめて抱えて掴み、締め上げる。そうして下半身の動きを封じている間に、ディディオの僕ウルフウッドが上半身の猿腕に噛み付いた。猿はもう一方の腕でウルフウッドを殴ろうとするが、その腕を今度はロッソがワニ頭の角で突き刺す。

 猿はロッソに頭突き、だがその鱗は固く、ロッソはビクともしなかった。

 ウルフウッドが獅子の腕で猿の脇腹を抉ると、猿は暴れてウルフウッドとロッソを振りほどこうとする。叩きつけられる前に、ウルフウッドとロッソは猿から飛び退いた。

 そこへキャスが敏捷に猿の目の前まで飛び跳ね、長い爪をひと振りした。

 爪から鋭い衝撃波が発生し、猿の体に数本の深い傷を与える。ムカデ的な体にも衝撃波は当たったはずだが、こちらには傷ひとつ付いていなかった。しかも、ディディオの僕達が与えた傷はみるみる再生していく。


 キョウヤは彼らの足元をウロウロしながら、必死になって異獣の弱点を探そうとしていた。ありったけの思いを込めて精霊の出現を願い、出てきてくれたのはこの闘技場の精霊らしかった。

 精霊はキョウヤを避難すべき場所に導きながら、彼に寄り添って飛んでいる。

「こいつやたらと再生能力が高いんだな……。こういうのは心臓を潰さない限り倒せない気がする」

 キョウヤは自分の知識を総動員して必死に異獣を観察し、弱点を見出すべく考えていた。

「でも、形態から言って普通にあの猿の上半身にあるとは限らないな。どこか違う場所にあるんだ」

 大理石でできた人形のような姿の精霊は、キョウヤの周りを飛びながら異獣の馬足の隙間からすいっと胴体の下に入って行った。

「え? キミ、どこ行くの!?」

 驚いたキョウヤは後を追うべきか一瞬迷った。

 その時馬足の胴体がキョウヤの方に突っ込んで来る!

「!!」

「キョウヤ!!」

 砂煙が立ち、キュリアにはキョウヤが見えなくなった。

 キョウヤは踏み潰された訳ではなく、馬足のついた胴体の真下に入り込んでいたのだった。

「うっわーーー、危なかったぁ~……」

 自分でも一瞬死んだかと思ったほどだったが、どうにか無事だ。そのことが今でも信じられないくらい、まだ心臓の鼓動が早い。

 外側ではディディオの僕達やキュリアの神々が戦っているらしい物音が聞こえる。キョウヤどこだ、と彼を呼ぶ声も聞こえる。

 こんな自分でも彼らに気遣ってもらえているのは嬉しかった。だからこそ、多少の危険を冒してでもこの異獣の弱点を見つけなくては。


 仲間達の勝利のために。


「闘技場の精霊は……」

 辺りを見回すと、真上に精霊が漂っているのが見えた。しきりに上を指差している。

「! あれは!」

 ムカデと獣を合わせたような腹部を透かして、赤い光がぼんやり見えた。

 あれが心臓に違いない。

「ありがとう精霊!」

 キョウヤは急いで馬足の隙間から外へ飛び出すように逃げ、キュリアにそれを報告した。

「ちょうど猿の上半身と馬足の胴体がくっついてる辺りです! その中心にある心臓を壊せば、倒せるはずです!」

「そうか、よくやったぞキョウヤ!」

 キュリアはすぐさま他の二人を呼んで作戦を伝える。

『ここに来て作戦会議か? それとも試合を降りるか?』

 実況が不安を煽るような言い方をする。もちろん途中で試合を降りれば、負けるよりも評価が低くなるのは必然だ。

 ディディオとグネヴィエラはうなずいて、再び戦闘へと戻る。

「神々よ、頼みます!」

「アーリニス、ウルフウッド、キャス、ロッソ、タイミングを合わせろよ!」

 神々と僕達は猿異獣の前にひとかたまりになり、ヤツが突進してくるのを真正面から受け止めた。

「「ぬぅおおおおおお!!」」

 二人の神が馬足の胴体を高々と持ち上げ、横ざまに倒した。

 猿は起き上がろうともがくが、聞こえてきたグネヴィエラの歌声で力が不意に抜け、ばたりと倒れたまま眠ってしまった。

「長くはもたないかもしれないから、早く!」

 胴体の裏側、腹が丸見えになるとキュリア達にも心臓のありかが分かる。

「あれか! ヤツが目覚める前に行け!」

 ディディオの号令と共に僕達が一斉に心臓を取り出そうと襲いかかった。

 しかし、胴体の方は固くて、僕たちの拳や爪は通らない。

「ディディオ、僕達をどかせろ。リーグン神がやる」

 キュリアが新たに符を取り出し、口式を唱え出す。すると戦と力の神リーグンもそれに合わせて口式を口にし、剣を高々と構える。

 剣がオーラに包まれ、まるで急成長したかのようにぐん、と巨大になった。

 リーグンは力を溜め、勢いよくそれを振り下ろし!

「万物両断!!」

 オーラによって刀身の伸びた剣は、異獣を一刀のもと縦に真っ二つに切り裂いた。

 技の衝撃が観客達の結界まで伝わり空気を震えさせる。

『おおおーーーっ!! 大技が出たぁーーーっ!!』

 二つに分かれた異獣の体内にウルフウッドが腕を突っ込み、心臓を取り出した。

 赤く輝く臓器は、体外に出ても不気味に脈打っている。

 それをアーリニスが炎でこんがり焼き、ロッソが大足で踏み潰して文字通り息の根を止めた。

 すると、猿と馬足の異獣の姿が一瞬ブレ、現れた時の逆再生のようになって、徐々にその肉体を消していくのだった。

 それはキョウヤ達の勝利を意味するものであり。


『エリドゥラ学園、見事異獣に勝利しましたーーーーー!!!』

 実況の宣言と共に観客席から割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。



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